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第六話:姫と騎士(後編) - (2007/09/24 (月) 16:21:51) のソース
*鋼の心 ~Eisen Herz~ **第六話:姫と騎士(後編) 「はい。それでは歴史の授業を始めますわね?」 歴史の教師、斎藤浅葱。 前髪を切り揃えたロングヘアに柔和な微笑。フランクな態度での分かりやすい授業が特徴だ。 スタイルも良く、服飾のセンスも教師としてギリギリのレベルで魅力的にまとまっているためか、男女を問わず生徒からの人気も高い教師であった。 しかし…。 「えー、今日は十字軍の遠征をテーマにするつもりでしたが、あんなロクでもない騎士ども話なんか如何でもいいので、すっとばしちゃいますわ。そこで今日は中国は明の初代皇帝。洪武帝のあたりから始めたいと思いますの」 「「えっ!?」」 教室中が一瞬ざわめく。 「何か文句でもありますの?」 「………あの、先生。十字軍の遠征は歴史的な重要事項であり………」 「テストには出しませんわ?」 おっしゃー、と一部の者がガッツポーズ。 これで生徒の過半数はオチた。 「しかし、受験のためには避けては通れない道で………」 食い下がるのはクラス委員長以下数名の、高学歴志望組。 「大丈夫。大学入試に十字軍なんて1割も出ませんわ」 それを言ったら、洪武帝なんかもっと出ないと思う。 そう口に出していえる命知らずはこのクラスには居なかった。 「ですが、先週配布したレジュメにはあれほど丁寧に資料をそろえていたではありませんか!?」 「ええ、ですが昨日騎士が嫌いになったんですのよ」 「………」 流石に絶句する委員長。 「他に文句のある人は居ませんわね?」 沈黙する教室。 「はい、それでは授業を始めますわ………。ああ、それと先週のレジュメは各自で焼却でもしちゃって下さいな」 今日の斉藤教諭は、えらく不機嫌だった。 「…って事があってな」 「それはまた………。ユカイな教師ね………」 歴史の授業の後はすぐに放課後。 何時もどおり“奇遇にも”合流した美空に、祐一は今日の出来事を話した。 [こんにちは、ユーイチ。今日もレライナは万全よ。早く対戦しましょう] 美空に連れられてやってきたリーナが、祐一の腕を取りながらはしゃぐ。 [分かった。それじゃあ対戦台借りてくるね……] 祐一は半ば逃げ出すようにカウンターに向った。 「そういえば、美空とフェータは知ってたの?」 残されたアイゼンがアーンヴァルとその主に尋ねる。 「え、何を?」 「あの子、イギリスのジュニアチャンピオン………」 日本語なので、傍にいるリーナは会話の内容を理解できていない。 「…へぇ、そうだったんだ」 「………聞いてないんだ?」 「すっごく強いのよ、とは聞いていましたけど、流石にチャンピオンだとまでは………」 「道理で、強いわけだ………」 なるほどなー、と頷きあう美空とフェータ。 「フェータは、レライナに勝てる?」 「え?」 アイゼンの問いに意表を付かれたフェータが一瞬考え込む。 「………え~と、たぶん互角だとは思いますけど………」 控えめにそう言った彼女の言を訳せば、勝率は5割を超えると言うことだろう。 似て非なる戦法を持つ両者だが、後の先を取るレライナと先の先をとるフェータでは、多少フェータに分があるのだ。 だがしかし、アイゼンにとっては瞬間速度の高いレライナの方が比較的相性が悪い。 あの異常な速さがその原因だ。 近い距離でダッシュされれば、決して低くないアイゼンの動体視力をもってしても、補足できるかどうかは微妙なところ。 もしも見逃せば、レライナは一瞬とは言え“消える”のだ。 その間に何かをされてもアイゼンには見えていない。 相手を見て、それに対応するアイゼンのようなタイプにとって、レライナは天敵だった。 「………勝ち目はあるんですか?」 フェータの言葉にアイゼンは顔を上げた。 表情は何時もの無表情。…だが。 「大丈夫。祐一がいるなら負けない」 その瞳には受付を済ませ、戻ってきた祐一が映っていた。 戦闘フィールドは草原。 平地が主体の見通しの良いフィールドだが、岩や森林と言った遮蔽物として使える地形が周囲に散りばめられており、神姫のタイプに応じて主戦場を選べるようになっている。 そして、そのタイプが食い違った際、如何に自分の有利な地形で戦わせるかが、オーナーの腕の見せ所といえる。 『言って置くけど、今日のレライナは本気モードよ。昨日のバトルロイヤルでは使ってない武器だってあるんだからね』 [それは楽しみ。こっちも修理が終ったばかりのパワーアームだ。接近戦だからって楽に勝てると思うなよ?] 『ええ、それじゃあお互い楽しみましょう。幸運を』 [そっちもね] 言って敵側のコーナーとの通信をきる。 「アイゼン。調子は如何?」 「問題なし。レスポンス、精度ともベストな状況」 「火器は?」 「装備方面は問題なし。火器管制もオールグリーン」 「よし。……レライナのパワーは凄いけど、パワーアームで武装している分、単純な力押しならこちらが有利だ。問題となるのは機動性だけど、瞬間的な速度以外はフェータと比べればそこまで絶望的な数値じゃない」 「つまり、あのダッシュが曲者?」 「そうだね、いかにサイフォスとは言え、攻撃力自体はフェータに及ばない」 昨日の戦闘でも、さして耐久性に優れる訳でもないマヤアが、クリーンヒットではない攻撃には耐えていた。 「つまり、ちゃんとガードすれば耐えられるレベルだ。………だからダッシュで撹乱されて、無防備な急所に一撃を貰うのがまずい」 「つまり、あのダッシュを見切れるかどうかが鍵………」 「そう言う事。―――頑張ってね、今日は早めに決着を着けるよ?」 「…………、いいの?」 「ああ」 祐一が頷くと同時に、戦闘開始が告げられた。 アイゼンは会話を打ち切り、戦場へと向う。 アイゼンの武装はストラーフの標準装備、パワーアームに強化レッグ。そして各種ブレード類。 追加装備としてフォートブラッグの滑空砲を二門、パワーアームにマウントし、手持ちの火器はアサルトライフルを選択している。 勝つことを最優先とするアイゼンは、対戦の際に特定の武装に拘る事が無い。 敵に応じて武装を変えられるのが、そして如何なる武装でも使いこなし、マスターの構築した戦術を余す所なく発揮するのが、優れた神姫であると考えているからだ。 そんなアイゼンが唯一拘るのがこの装備。 バトルロイヤルに挑む際の装備である。 コンセプトは臨機応変。 遠距離砲撃から近接格闘までこなす重武装と、武装を追加し“重くした”副腕を“振る”事によって生み出される瞬間的な高機動。 ストラーフのパワーアーム本来のパワーと頑強さを、そのまま火力と機動性に直結させたアイゼンの最強形態と言ってもいい。 「────!! 目標捕捉!!」 レライナの姿を空中に捉え、アイゼンに驚愕が走る。 『あれは……、フローラルリング?』 そのシェルエットから祐一が口にしたのは、本来ジルダリアタイプの主兵装の名だった。 この基盤となるリングと、そこに付属する大小合わせて四対の翼剣は、装備した神姫の機動性と攻撃力を同時に、かつ大幅に増強する。 極めて強力な兵装ではあるものの、神姫側からの操作が難しいらしく、習熟にはかなりの時間を要する“使い勝手の悪い”兵装でもあった。 逆に言えばジルダリアタイプとは、この兵装を使用することに特化した神姫だといってもいい。 ジルダリアの素体を使用しながら、この兵装を放棄する神姫が少ない事がその証明となる。 『冗談じゃない。あれだけの性能を有しながら、フローラルリングまで使いこなすって言うのか?』 確かに、切り札としてはこの上ない代物だろう。 祐一もアイゼンも、レライナの剣技には敵わないまでも追従は可能と考えていた。 近接戦に入っても、致命的なダメージを負う前に何とか鍔競り合いに持ち込み、パワーアームのパワーで押しつぶす。 そんな作戦も立てていたのだ。 しかし、“レライナが”“フローラルリングを”装備しているのなら話は変わる。 向こうが有する同時攻撃可能な刃は9つ。 それに対してアイゼンの腕は4本しかないのだ。 『アイゼン。偏差射撃で弾幕を張って近寄らせるな。流石にアレと至近距離で戦うのは無謀だ!!』 「了解」 アイゼンが頷き、戦闘の口火を切った。 パワーアームの両腕にマウントした滑空砲を左右交互に発砲。 アサルトライフルの射撃も合わせ、浮遊しているレライナに対し弾幕を張る。 「ふん甘いわ、その程度が当るものか……!!」 フローラルリングを蝶の翼のように操り、接地。 そのまま地を蹴り弾丸のように突進してくるレライナ。 「チャンス!!」 直線的な機動を取ったレライナに、アイゼンは予測射撃で応じる。 如何に速くとも直線的な軌道であれば、着弾時に存在している空間を割り出すのは容易だ。 アイゼンは迷わずその空間に滑空砲の片方を発砲。 連射を中断し、リロードを終えたもう一方の砲は、追撃の為に温存する。 「だから甘いといっておる!!」 レライナは空中で翼を羽ばたかせる。 当然ながらアイゼンは、レライナが翼で回避を試みる事も予測していた。 しかし、レライナの低空跳躍はその余りの速さゆえに、多少の軌道修正では着地地点を変更できない筈だ。 そして、フローラルリングにそこまでの機動性は無い。 (この砲撃が外れる要因は、無い……) しかし、レライナが行なった軌道修正はアイゼンの予測を上回る。 もちろん軌道修正のパワーが、では無い。 軌道修正の方向が、である。 「地面に!?」 レライナは、信じがたい事に、低空を高速移動している自身の身体を、自ら地面に叩き付けた。 これで確かに砲弾の直撃はかわせただろうが、レライナが受けるダメージはそれ以上になる筈だ。 自滅? そんな考えを抱いた次の瞬間。 「────!?」 アイゼンは何の理由も無い直感で、その場から跳躍する。 その直後。 ぞっ、と鈍い音がして、空気を引き裂く一閃がアイゼンの一瞬前まで居た空間を横薙ぎに薙ぐ。 「……!!」 そこにアイゼンは、剣を振りぬいたレライナの姿を見た。 「今のをかわすか。こ奴、想像以上に出来るわ……」 『昨日美空に聞いたでしょ。アイゼンは強いんだから、油断しちゃダメ』 「ふん、言われずとも分かっておる」 実を言えば、レライナの最大の武器は、剣技でもフローラルリングでも無い。 剣技に限ればレライナより上の神姫も幾人か居るだろう。 ましてや、フローラルリングの扱いは普通のジルダリアにも劣るとさえ考えている。 しかし、剣技は一撃であらゆる神姫に致命的なダメージを与えられればそれで充分であり、フローラルリングに至っては、彼女の最大の武器を活用するための追加装備に過ぎない。 その最大の武器とは、桁外れの瞬発力である。 素体のチューンに加え、バッテリー出力を最大限に活用するためのコンデンサと、それらを統合する自作の制御プログラムが生み出した爆発的な加速力。 そのパワーは、決して軽くはないレライナの身体を、弾丸と見紛うばかりの速度で打ち出せる程である。 これにより、レライナは敵の反応を許さぬ速度で、最も無防備な場所に、最大限の力を込めた一撃を放つ事が出来るのだ。 レライナが、イギリスを制覇した三度の大会。 その全てを合わせても、レライナに2撃目を要求した神姫は10を数えない。 しかし、日本に来て僅か2日で、その2撃目を必要とする敵が2人も現れた。 「くくく、面白い。面白いぞ……」 再び距離を取るアイゼンを見送るように、レライナは暫し待つ。 アイゼンからの再度の発砲。 素直にレライナの居る場所を狙ってきているのは、先ほどの軌道を確認するためか。 当然、レライナはこの一撃を低空跳躍でかわす。 ぐん、と視界が狭まり、空気の壁に押し返されるようないつもの感覚を突き破る。 狭まった視界の隅でアイゼンの発砲。 弾道予測の先は、先ほどと同じく着地予想地点。 「だから、それでは無理だというのだ!!」 これも先ほどと同じ。 フローラルリングを駆使し、只でさえ低い跳躍の軌道を地面すれすれまでに近付け、そこで強引に別方向へ跳躍する。 ずれた軌道を修復して、三度跳躍するまで5分の1秒もかからない。 上から見ればジグザグの軌道。 敵から見れば、消えたレライナがいきなり目の前に居るように感じるはずだ。 当然、レライナが振るうソードに対応できる筈も無い。 しかし。 「何っ!?」 『嘘っ!?』 アイゼンは、軽く後方に跳びあがり、振るわれたソードをパワーアームのナイフで受けた。 ソードに弾き飛ばされるように、跳び上がっていたアイゼンが吹き飛ばされる。 ────否。 レライナのソードの力を利用して、アイゼンは無理矢理間合いを離したのだ。 発砲!! 着地と斬撃の反動で硬直していたレライナの耳元を掠めるように、轟音を上げて通り過ぎてゆく砲弾。 「そんな馬鹿な、たったの一撃で我の動きを見切ったとでも言うか!?」 『レライナ、来たわよ!!』 レライナの驚愕を他所に、アイゼンは三度距離を離しての砲撃を開始する。 もちろん、レライナが避けない訳には行かなかった。 『かわされた!?』 「ちがう。発砲のタイミングがコンマ1秒ずれた」 『タイミングがシビアだね。もう一度出来そう?』 「ん。マスターが望むなら、何度でも……」 こちらの発砲から、レライナの斬撃が到達するまでの時間が短すぎて回避が出来ない。 かと言って、瞬間移動じみたレライナの動きは目で追える訳も無く、攻撃を受けるのも困難。 フェータとは違い、斬撃そのものは決してアイゼンが捌けないレベルではないのだが、攻撃の開始モーションが見えなくては何時、何処で受け止めれば良いのか判断がつかないのだ。 そこでアイゼンは、最初の一回のアタックパターンを解析し、高さと方向を予測。 その軌跡に“ナイフを置いておく”事で二撃目を受けたが、そう何度も通用する手段ではない。 『こんなその場凌ぎ。多分、次にはばれるだろうね、ここで決めるよ』 「ん」 最初の跳躍への予測射撃。 跳躍中に強引に接地して、“消える”レライナ。 レライナ自身に押し跳ばして貰う為に、軽くジャンプしてナイフを構える。 しかし。 「────っ!?」 襲ってきたのは斬撃ではなく体当たり。 「あっ!?」 後悔する間もなく体勢を崩され、無防備な姿を晒してしまうアイゼン。 隙は極微だが、レライナを相手取っては致命的とも言える時間。 そう考えたのとどちらが早かったのか、がつっ、と鈍い音が胸部から響く。 そこに突き立てられた白銀の刃。 『アイゼンっ!!』 「大丈夫。ライフルだけ。本体のダメージは軽微」 言いながらバランスを立て直して着地。 半ばから切断され、既に用を成さなくなっているライフルをレライナに投げつけて、離脱の時間を稼ぐ。 『……?』 レライナが煩わしそうにライフルの残骸を振り払う間に、アイゼンはなんとか距離を取った。 「強い……」 『アイゼン。滑空砲の行進間射撃は可能?』 「命中は期待ないよ?」 『構わないよ。それでね……』 アイゼンは祐一の作戦を聞き目を丸くする。 「それで、いいの?」 『ああ、単純な格闘戦だけならフェータ程じゃない。充分に対処できるだろう?』 「あの踏み込みからの一撃を捌くよりは………」 『充分だ、行け』 「んっ!!」 答え、アイゼンはレライナに向けて踏み出した。 「────っ!?」 アイゼンの予想外の行動に戸惑ったのか、レライナの迎撃は余裕のないものだった。 チャンスとばかりに、パワーアームの大型ナイフで畳み掛ける。 祐一の読み通り、迎撃はソードで行なわれた。 (やはり、フローラルリングには本体ほどの精度が無い) もしあるのなら、今の一撃はフローラルリングで受け、その隙にソードを振るう方が良いはずだ。 それをしないと言う事は、出来ないという事。 それを否定しようとするかのように、フローラルリングが展開して斬撃を放ってくる。 しかし、それが逆に祐一の予想を裏付ける。 一撃、一撃が重くない。 左右のパワーアームが握るナイフで、本体の手にしたブレードで、包み込むような斬撃の群を捌いてゆくアイゼン。 『パワーでは上なんだ。ソードの一撃にさえ注意すれば、むしろ移動に翻弄されない近接戦の方が分がある』 レライナのアタックパターンが、あの低空跳躍にある事を見抜いた祐一が立てた作戦。 それが、明らかに不利である敵の間合いでの戦闘だった。 「それに、フローラルリングがこの程度なら、多少は捌ける………」 むろん、フェータほどではないにせよ、格闘戦におけるレライナの技量はアイゼンより上だ。 そこにフローラルリングまで加わっては歯が立たない、と一度は放棄した近接戦だが、実の所中距離からの射撃戦を挑むよりは分がある。 どうせ距離を離して砲撃しても、あっという間に距離を詰めての斬撃が来るのだ。 ならば、こちらから近接戦闘を挑む方が、砲撃による隙を作らない分まだ勝ち目があるといえた。 更に、レライナの困惑が一時的とは言え互角の戦いを展開させてくれる。 逃げる敵を追うことに慣れているレライナは、その実このような斬撃の応酬に慣れていない。 当然だ。 何処の誰が、飛び道具を持たない持たない騎士型神姫。近接最強を謳われるサイフォスに、態々正面からの格闘戦を挑むものか。 ましてや、有名になればなるほど、挑んでくる神姫はレライナを研究し、近接戦対策を考慮した者ばかりになってくる。 そう。 最強の近接戦能力を持つが故に、レライナは近接戦の経験が不足していたのだ。 「お、おのれ……!!」 冷静になったのか、それとも逆上したか。攻勢に出るレライナ。 しかし、アイゼンは攻撃を放棄し、レライナの斬撃を受ける事だけに終始する。 威力のあるソードへの対応を最優先にしているため、捌ききれないフローラルリングが何度もパワーアームの装甲を引っ掻くが、辛うじて致命傷だけは回避できている。 このような近接戦では、レライナ最大の武器である跳躍は今までのようには活かせない。 しかし、交わされた斬撃の応酬が三桁を数える頃、レライナがそれに気付いた。 「飛べぇ!!」 アイゼンに向っての直接跳躍。 「────くっ!!」 パワーアームで武装したアイゼンの巨体を、体当たりで吹き飛ばし間合いを広げる。 そして、ダッシュからの斬撃と言う必殺のパターンに持ち込もうとするが……。 アイゼンも、この体当たりを待っていたのだ。 「そこっ!!」 体当たりから跳躍へ移る一瞬の隙。 しかし、その瞬間を待っていたアイゼンがそれを見逃す筈も無い。 「────しまっ!!」 左右両方の滑空砲で同時射撃。 アイゼンが外すような距離ではない。 当然、直撃だった。 しかし。 「────!?」 爆炎の中から飛び出してきたフローラルリングの翼剣がアイゼンの全身に突き刺さる。 「この程度でぇ!!」 続いて飛び出してくるレライナ。 被弾し、大ダメージを負ってはいるが戦闘不能ではない。 翼剣を射出し、用済みになった基部を切り捨て身軽になると、そのまま横薙ぎの斬撃を繰り出す。 「────!!」 ざくっ、と嫌な音がしてパワーアームの左手が動かなくなる。 分厚い装甲を突き抜け、中枢部にまでダメージが及んだらしい。 「────やられる……!!」 次の攻撃は最早防げない。 アイゼンは敗北を覚悟した。 「………………、…………、……、…?」 しかし、止めの一撃は何時まで待っても来なかった。 「……レライナ?」 剣を振りぬいたまま立ち尽くす青い騎士。 返事は、無い。 コンピュータがアイゼンの勝利を宣言したのはその時だった。 「……バッテリー切れ!?」 レライナの敗因を聞き、素っ頓狂な声を上げる美空。 彼女の言うとおり、先の戦いの決着はレライナのバッテリー切れによる戦闘不能であった。 「じゅ、充電して無いわけ、無いわよね?」 美空はクレイドルの上で眠るレライナを指差し、小声で尋ねる。 わざわざ小声なのは、寝ているレライナを起こさない様にとの配慮だろうか? [レライナの戦い方はバッテリーを馬鹿喰いするのよ。だからすぐ寝ちゃうし、戦うとき以外はあんまり起きてないわ……] 美空の言葉を翻訳され、リーナが唇を尖らせる。 ちなみに通訳はフェータである。 [だから、早めに決着をつけようと思ったんだけど、さすがユーイチのアイゼンだわ。レライナが仕留めそこなった相手なんてこれが始めてよ?] [あと、メンテナンスも頻繁に要求するだろう?] [ええ。ブーツのサス取り替えろって、よく言って来るわ] [まぁ。負担の大きい戦い方しているからな……] 祐一は苦笑する。 実の所、祐一はレライナの弱点が継戦能力の低さである事には、とっくに気付いていた。 それ故に、短期決戦で決着をつけようと思ったのだが、レライナはそれほど甘い敵ではなく、戦いを長引かせてしまった結果がこれである。 (実質、負けたようなものだね……) 勝つには勝ったが、これでアイゼンがレライナより強いと胸を張れるかといえばそうでもない。 英国チャンピオンの実力は想像以上だったと言えるだろう。 [でも、これでレライナの弱点が分かったわね。今度はもっと格闘戦の訓練をしてユーイチに挑戦しなくちゃ!!] 「戦い方を変えるのが先だと思うけど?」 眉を寄せて唸る美空。 [何言ってるのよ美空。レライナが力尽きるまで耐えられるのなんてアイゼン位だわ] [……美空のフェータは、俺が知る限り格闘戦では最強だよ?] 通訳を続けるフェータを見ながら祐一は言った。 [嘘っ!? だってフェータってアーンヴァルじゃない!?] [うん、俺も最初に戦ったときはビックリした] [……へぇ、それじゃあ次はフェータと戦いたいわ] 「いいわよ、返り討ちにしてあげるわ」 [うふふ、それは楽しみね……] リーナは美空を見て、唇の端を吊り上げる。 「マスター?」 にらみ合う美空とリーナを横目にアイゼンが祐一に寄って来る。 「あ、ゴメンね。メンテナンス一人でさせちゃって」 「……あのね」 「?」 いい淀むアイゼンに祐一は首を傾げた。 「パワーアーム、また壊れた」 「え゛っ!?」 美空のフェータに叩き斬られ、修理から帰ってきて早々。 アイゼンの最強装備一式は、再びメーカー送りとなった。 [[第七話:デルタ1]]につづく [[鋼の心 ~Eisen Herz~]]へ戻る