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白い死神


雪がちらつく中、葉を繁らせた常緑樹の生い茂る山道を、突撃銃片手の迷彩服姿の男達が行く。
ただ、道を進み行くだけだと言うのに、彼らは過剰と言える位までに目と耳と鼻を駆使して慎重に周囲に気を配り、
更に突撃銃の先で茂みを突つく事で周囲の茂みに危険が潜んでいないかを確かめつつ、1歩1歩確実に進軍して行く。

後もう少し進めば、敵の陣地の直ぐ側に辿りつく。そしてここから攻めてくる事に敵は気付いていない。
このまま奇襲を行えば、自分達は確実に勝利が出来る筈。
……そう、彼らは確信していた。

だが、彼らはまだ気付いていない。
もう、既に彼らは死神にに見入られていると言う事を。

最初の被害者は先頭を歩いていた歩哨――ではなく、一番最後尾を歩いていた者だった。
不意に叩きこまれた側頭部への一撃に、彼は何が起きたのかも殆ど理解できずに死体へと変わった。

「スナイパーだ!」

最後尾の仲間の異変に気付いた誰かの上げた声に、毛皮を逆立てた彼らの動きが慌しくなる。
彼らはすぐさま何処かに潜んでいるであろう狙撃手の存在を探し出すべく、或いは被害の拡大を防ぐべく、
先ほど撃ち込まれた方角へ耳を向け、意識を集中させ神経を張り巡らす。

しかし、彼らが行動に入った時には、
既に死神は別の位置へと移動を済ませ、新たな獲物へ狙いを定めていた。

次の被害者となったのは、先ほど難を逃れた歩哨であった。
唐突に放たれた額への冷酷な一撃に、彼は悲鳴すら上げることも出来ずに死体へと変わる。

「クソッ、何処から撃ってきてるんだッ!!」
「だ、駄目だぁっ! もう勝てっこないんだ!」

たった数分にも満たない時間に二人を屠られ、姿無き敵に対する恐怖はパニックへと変わる。
ある者は闇雲に突撃銃を乱射し、ある者は恐怖の余り文字通り尻尾を巻いてその場から逃げだし、
そしてある者はその場に蹲って事が過ぎ去るのを待った。

しかし、死神は彼らに対し、何ら容赦する事も、そして慈悲をかける事すらも無かった。
先ず、突撃銃を乱射する者へ死神は精確な一撃を額へ叩きこみ、死体へと変える。
その次に、逃げ出そうとした者へも死神は容赦無く後頭部へ一撃し、死体に変える。
そんな仲間達が上げる騒乱の中で、蹲る者は恐怖が過ぎ去るのを神へ必死に祈った。

――そして……どれくらいの時間が経ったのだろうか?
不意に騒乱が収まり、静けさを取り戻した森に、彼は不思議そうに顔を上げて周囲を見やる。

「……終わった、のか?」

――森は不気味なまでに静かだった。
動く者は何一つ無くなり、代わりに周囲にはかつては仲間だった死体が累々と横たわっている。
聞こえる音とすれば、時折、風に揺れる木々が鳴らす葉擦れの音と、何処からか聞こえる野鳥の鳴き声。

彼は暫く周囲を伺った後、自分のヘルメットの上半分を茂みから出す事で、狙撃手が撃ってこない事を確かめる。
もし、狙撃手がまだ近くに居るのならば、茂みからヘルメットを出すと同時にヘルメットへ一撃が叩きこまれる事だろう。
……しかし、待てど暮らせど、ヘルメットへ一撃が叩き込まれる事は無かった。

安全を確認した彼は安堵の溜息を漏らすと、伏せていた耳を立ててそっと茂みから立ち上がる。
一刻も早く自分の陣地へ帰還し、作戦を立て直さなくては。 
そう思いつつ、彼が横をむいた。

――その次の瞬間、彼のその額へ一撃が叩きこまれた。

                       ※  ※  ※

「やれやれ、今回も『白い死神』を前に我々は為す術無しだったな……もう、強すぎだよ。
結局、攻撃を受けてから我々が全滅する最後まで、奴の姿を見る事すら叶わなかったからなぁ
おまけに、俺の自慢の鼻で奴の臭いを探そうにも、奴は臭い消しまでばっちりしていた様だったから全然役にたたねぇし」

それから日も沈み始める頃になって、
森林近くの広場で、迷彩服姿をした垂れ耳のイヌの青年が、缶コーヒー片手に苦笑混じりに漏らす。
その横の、同じく迷彩服姿をした三毛のネコの青年が手にしたペットボトルのお茶を呷りつつ溜息混じりに返す。

「今度こそ奇襲が上手く行くと思ったんだけどなぁ……まさか『白い死神』があそこに居るなんて思っても無かったよ」
「全くだ、まるで『白い死神』は俺達の行動を読んでいたとしか思えないな。」

その呟きに垂れ耳が缶コーヒーをグイと呷り、相槌を打つ。
二人は何れも首に『死体』と書かれた看板を下げ、それぞれ額と側頭部に赤いペイントの華を咲かせていた。
良く見れば、話し合う二人の周りにいる人々もまた何れも首に『死体』の看板を下げ、
頭の何処かに赤いペイントを張りつけていた。

端から見れば滑稽な仮装をした彼らは、
サバイバルゲームを趣味とした者達の集まりで、東佳望町に本拠を構えるチーム『東第12軍』のメンバーである。
彼らはこうやって月に一度、西佳望町に本拠を構えるチーム『西方旅団』と佳望学園の裏山で対戦を楽しんでいる。
そしてつい先ほど、彼らは『西方旅団』によって見事なまでな敗北を喫し、今はその反省会の真っ最中である。
そんな中、キツネの少年がふと思い立った様に、垂れ耳のイヌの青年へ問い掛ける。

「あの、少し聞きたいんですけど、さっきから先輩達が言っている『白い死神』って一体何の事ですか?」
「ああ。そういやお前さんはこれに参加するのは始めてだったよな?
俺達の言う『白い死神』ってのは、先ほど俺達をフルボッコにした彼女に付けられた、いわば通称みたいな物だよ。
他にも『シモ・ヘイヘの再来』とか色々と言われているけど、『白い死神』ってのが一番良く通ってるな」
「はあ……それは分かりますが、その彼女って一体何者なんです?」

キツネの少年の更なる問い掛けに、
三毛と垂れ耳はお互いに顔を見合わせた後、二人そろって深い溜息を付いて話し始める。

「あ~…それがわかりゃ苦労しないんだよなぁ……」
「彼女、って呼んでるのはチームの登録書類に記載されている性別が女だったから、そう呼んでいるだけで、
『白い死神』ってのも、白い外套を羽織ってたって言う唯一の目撃談から、皆が彼女の事を勝手にそう呼んでいるだけなんだ」
「その他にわかっている事と言うと、彼女はウサギである事と、それと年齢が高校生くらいである事くらいなんだよな?」
「そして更に言えば、姿を一切見せる事無く、必ずヘッドショットで敵を葬る凄腕の狙撃手ってのもあるな。
まあ、これは俺達を含めてお前さん自身も実際に身を持って知った訳だけどな?」

言って、自分の額の毛皮にべっとりと張りついたペイントを指差す三毛。
狭い事を指す慣用句にも使われている程、他の種族に比べて狭いネコ族の額のその中心へ正確に命中させている辺り、
彼らの言う『白い死神』の腕前の凄まじさが容易に窺い知る事が出来るだろう。

「ついでに言えば、彼女は何時の間にかゲームに参加していて何時の間にか帰ってるんだよ。まさに神出鬼没って奴」
「そのくせ、彼女はちゃんとゲームのルールは守ってるからな。腕前が腕前だから誰も文句を言えやしない。
それ所か、俺達の仲間ん中ニャ、何としてでも『白い死神』を討ち取るって息巻いている奴が居るくらいだしな?」
「ああ、『白い死神』にご執心なあいつの事だろ? 真偽は如何だかわかんね―けどロシア生まれだって言ってる奴。
って、そういやあいつ、今日は事情があるとかで参加してなかったみたいだけど」
「そうそう、なんかそいつの実家の方で……」

二人の話がそろそろ在らぬ方へ逸れてきたので、キツネの少年は会話を適当に聞き流す事にして、
今まで聞いた情報から元に、謎の狙撃手『白い死神』について色々と考察してみる事にした。
先ず、『白い死神』は女性の兎人で年齢は高校生くらい、つまりは自分と同じ位である。しかし、それ以上の事は不明である。
そして彼女が凄腕の狙撃手である事は、何よりも自分の後頭部に張りついたペイントが証明している。
更に、何時の間にか帰っていると聞く以上、今更それらしい人物を探した所で見つからない可能性が高いだろう。
しかし、それで居てサバイバルゲームのルールにちゃんと則って参加しているとも聞く。

(って事は、『白い死神』って凄腕な上に生真面目で、それで居て恥かしがり屋なケモノ……?)

ここまで考えた所でキツネの少年はいよいよ訳が分からなくなり、
痛み出した頭を休める為、一先ず思考を中断する事にして少しぬるくなったコーヒーを口に含んだ。

                            ※  ※  ※

「ちょっと其処の! 学校に関係無い物を持ちこんじゃダメでしょ!」

所変わって、寒さが身体の芯まで染み渡るような、冬の朝の学園の正門前。
冬の寒さも何のそのと職務を果たすリオは、目の前を過ぎ行く生徒の持つ見慣れぬ物が目に止まり、反射的に引き止めた。
髪の毛を留めたレースのリボンが印象的な、何処と無く大人しい印象を抱かせるリオと同じウサギの少女である。
少女はゆっくりとした動きで振り向くと、鼻をヒクつかせながら自分を引き止めたリオへ不思議そうな眼差しを向けた。

「ねえ、わたしの話を聞いてるの?」
「……え? あ、はい」

再度声をかけるリオに、少女は驚いた様に目を丸めた後、蚊が鳴くようなか細い声で返事を返した。
ひょっとしてこの子はわたしをバカにしているのだろうか? 少女の態度に思わずムッとするリオ。
しかし、よくよく見れば少女はリオをバカにしている、と言うより本気で驚いている様であった。
なら、なんで声を掛けただけだというのに驚いているのだ、この子は? と、それより本題だ。

「その鞄からはみ出た長い包みはなんなの? 何に使う物なの?」
「え、えっと、その…これ、モシン・ナガンは…その…」
「もしん…? 何言っているのか良く分からないけど、もう少しはっきり喋ったら如何?」

しかし、リオの問いかけに対して、少女は恥かしそうにぶつぶつと繰り返すばかりで要領を得る返事を返してこない。
その少女の態度に、朝っぱらの寒い中で持ち物検査し続けていたリオのイライラが遂に爆裂しようかと言うその矢先。

「あら、如何しました? 因幡さん。何かこの子に問題でもありましたか?」
「あ、佐藤先生…」

後から掛かった声にリオが振り向くと、其処に居たのはメンフクロウの国語教師、佐藤 光代。
冬のこの寒い時期なのだろうか、彼女は何時もにも増して全身の羽毛がふっくらとしている為、一回りふt…大きく見える。
無論の事、リオは丁度良いタイミングに現れた教師へ、少女の持つ校則違反と思われる持ち物の事を報告する事にした。

「それがですね、佐藤先生。この子の持っている荷物に、学校への持ち込みが許可されてない物がありまして」
「ああ、それですか? それの事なら大丈夫ですよ」
「へ? 大丈夫って…」

佐藤先生から返って来た思わぬ言葉に、目を丸くするリオ。
その様子が滑稽だったのか、佐藤先生はホホホと笑いながら少女(と鞄)を翼先で指して説明する。

「その荷物は部活の練習に使う空気銃なんですよ。この子、私が顧問を務める射撃部もやっていますので」
「え、あ…そうだったんですか?」

……『射撃部も』? 佐藤先生のその言葉にリオは一瞬、引っ掛かる物を感じたが、
そうしている間にも他の生徒が次々と通り過ぎているので、ここは深く考えず職務に戻る事にした。
と、その前に自分の勘違いで引き止めてしまった少女に謝罪をしなければ。そう、風紀委員は誠実さも大事なのだ。

「ごめんなさい、わたしの勘違いで引きとめてしま――って、あれ?……いない??」

しかし、謝罪するべくリオが少女の方へ目を向けた時には、
さっきまで其処に立っていた筈の少女は、まるで幻か蜃気楼かの様にその場から姿を消していたのだ。
リオが驚くのも無理もない。何せ少女から目を離したのは佐藤先生と話した僅か数秒の事である。
それにも関わらず、少女は足音すら立てる事すらなくその場から姿を消したのだ。普通は驚く。
そんなリオの様子に気付いたのか、佐藤先生が不思議そうに首を90度傾けてリオへ問う。

「どうかしましたか? 因幡さん」
「い、いえ、さっきの子が居なくなって……あれ?」
「あらあら、あの子ったら相変わらず引っ込み思案ねぇ……。
因幡さん、後であの子には私から一言言っておきますので、この件に関してはご心配なさらずに」
「は、はぁ……わかりました」
「では、私はこれから授業の準備がありますので…。
と、そう言えば今日の私の一番最初の授業は因幡さんのクラスでしたね。
因幡さん、授業中に居眠りとかする生徒が出ない様に、あなたのその眼鏡でばっちりと見張っててくださいね?」
「了解しました、佐藤先生!」

「頼みましたよ」と言い残して校舎へ行く佐藤先生の後ろ姿を見送った後。
改めて職務に戻ろうとしたリオはふとある事に気付き、思わず言葉に漏らす。

「そう言えば、あのウサギの子……わたしと同級生の様だったけど、誰だったかな?」



「今日は本当にびっくりしたなぁ……。
まさか佐藤先生と利里君以外に、私に話しかけてくる人が居るなんて…やっぱり、同じウサギだから気付いたのかな?
あ、それより来週、隣街でサバゲの大会があったんだ。学校終わったらモシン・ナガンの手入れしておかなくちゃ……」

兎宮 かなめ。
狩猟同好会と射撃部を掛け持ちしている物静かなウサギの少女。
実は言うと彼女は西佳望町サバイバルゲームチーム『西方旅団』に所属しており。
更にはその界隈では『白い死神』と呼ばれ、敵味方共に恐れられている事を知っている者は、殆ど存在しない……。

―――――――――――――――――――――終われ――――――――――――――――――――――