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Happy Halloween!


「Trick or Treat!」
「……は?」

 ドアを開けるや唐突に言い放たれた耳慣れぬ言葉に、私は咥えタバコが落ちるの気づかず間の抜けた声を漏らした。
 季節も晩秋に入り風が若干冷たくなり、暖かい日差しが恋しく感じ始めたある日の夕暮れ間近、
この日は貯まりに貯まった有給を消化する為、休暇をとったは良いがやる事もないので、家のリビングのソファーで寝転がりうつらうつらとしていた矢先、
突然のチャイムで呼び出されて頭を掻きながら応対に出た時の事である。

 今、私の前に居るのは身長や声から言って、学園の初等部の竜崎 奈緒と中等部の三島 瑠璃だろうか?
……だろうか? と疑問系になったのも無理もなく、その子達は一様に奇妙な格好をしていたからだ。
奈緒の方はインクでおどろおどろしい目と口を書いたシーツを被っているだけだったり、
はたまた瑠璃の方はパリッとしたスーツに裏地が血の様な真紅の黒いマント、そして閉じたマズルからも見えるやたらと大きな付けキバをしていたり、
 おそらく、お化けと吸血鬼といった風体なのだろうか……しかし何でこんなコスプレを?

「ほら、獅子宮せんせー! 今日ははろうぃんだよ!」
「『Trick or Treat』って言われたら、お菓子を渡すかイタズラされるか選ばなきゃいけないんだよ」
「それともせんせーはイタズラされたいの? イタズラしちゃうよ!」
「あ? ……ああ、そうか」

 状況が飲み込めず、落ちたタバコを拾うのも忘れて呆然と佇んでいた所で、
尻尾をぶん回す二人に囃し立てられ、私はようやく、今日のこの日が何の日であるかを思い出した。

 ――ハロウィン。
 確か、もともとはある地方での収穫感謝祭が、他の民族や地域にも行事として伝わった物が始まりで、
それが宗教などの行事と入り混じる事で今の形へと変わって言ったものだった、と思う。
まぁつまりはこの日はこの年の収穫に感謝すると同時に、ついでに悪い物を追い払ってしまおうという志向で行ってる行事と思えばいい。
んで、その日はお化けやら吸血鬼などの魑魅魍魎のコスプレをした子供が、かぼちゃのランタン片手に各家を回ってお菓子をねだって行くとか……。

 ああ、だからこの子達はこんなコスプレをしていたのか……
よく見れば、彼女らは恐らく母親の手作りと思われるかぼちゃのランタンを片手に下げていたりする。

「ほら、早くしないとイタズラしちゃうよー!」
「イタズラの準備は万端なんだよ!」
「ああ、分かった分かった。少し待ってろ」

 ハロウィンの事を思い出していた所で子供達に更に囃し立てられ、
私は可愛いお化けたちに何も渡さんのも難だと家の中へと引っ込み、尻尾を揺らしながら適当なお菓子がないか探し始める。
数分ほど戸棚を探した結果、出てきたものは酒の肴にと買っていたおやつカルパス一箱とあたりめ一杯、
そして禁煙の場所での口寂しさ避けのキャラメル一箱……と、まぁこんなものか。
更にそれ以外にもう一つあったのだが、これは子供に渡すのは少々酷だと戸棚の奥へと押しやり、
ひとまずおやつカルパスとキャラメルの箱を開けて、適当な数を可愛いお化けたちに渡してやる事にした。

「ほら、これで良いか?」
「わーい! ありがとー! でもせんせー、一つ忘れてるよー!」
「……ん? ああ、Happy Halloween。暗くなる前に、気をつけて家に帰れよ?」
「はーい! 先生もHappy Halloween!」

 戦利品を手に、「後で分けっこしようねー」などとはしゃぎながら元気に駆け出してゆく子供たちの背を見送った後、
床に転がる煙草を拾ってゴミ箱に捨て、そういえば今年ももう後二ヶ月か、などと取るに足らない事を考えつつ、
玄関からリビングに戻った私はソファーの定位置に寝転がり――

ピンポーンピンポピンポピンポーン

「…………」

 耳に飛び込んできた耳障りな位に連打されたチャイムの音に、私は再び玄関に向かわざるえなくなった。
……全く、行事にしても、もう少し寝る暇を与えてほしい物である……。
 そう、少しだけ不機嫌になりつつ玄関へ向かい、ドアを開ける。

「Trick or Treat!」
「…………」

 そこに立っていた者を前にして、私は無意識に咥え煙草を強くかみ締めると共に、尻尾を不機嫌にばたりと揺らした。

「おい、とっつあんぼうや……お前其処で何やってるんだ」
「えっ? やだなぁ、獅子宮センセ。僕はサン・スーシじゃないよ! ハロウィンに現れる妖精、ジャック・オー・ランタンだよ」

 不機嫌に尻尾を振り回す私の問いに対し
私の前に立つ、やたらと大きなかぼちゃの被り物に、全身を覆う外套をつけた背の小さな犬の男、サン・スーシはおちゃらけた様に答えた。
おそらく、私の予想が正しいなら、こいつはお菓子目当てでこの変装をして各家々を周っていたのだろう。
その証拠に、片手に下げたバスケットには、既に彼方此方から集めたのであろう戦利品が山の様に入っている。
……無論の事だが、さっき自分で正体をばらしていた上にその特徴的な声とさっきからぶん回している尻尾で正体はモロバレである。


「で、そのジャックと豆の木が何の用だ? 新聞なら間に合ってる」
「ちょ、ジャック・オー・ランタンだって! それに新聞屋でもないって! ほら、ハロウィンだからさ、お菓子くれないとイタズラしちゃうよ!」
「あーあー、そういえばそうだったな…ったく、其処でおとなしく待ってろ」

 一瞬、追い返してやろうかとも考えたが、このとっつあんぼうやの事だ、本気でイタズラをしてくるのは確実だろうと寸でで思い直し、
仕方なく私はさっきのおやつカルパスでも渡そうと戸棚へと向かい……先ほど見つけた”それ”の存在を思い出し、会心の笑みを浮かべた。
 ……そしてそれから数分後。

「ほら、これで良いだろ? 満足したならとっとと墓場に帰れ」
「……あれ? 妙に素直に渡してくれたね? どして?」
「……流石に菓子一個を惜しんでイタズラされるのは面倒だと思っただけだ。用が済んだならとっととどっか行け」
「変な獅子宮センセ……まあ良いや。そいじゃ、Happy Halloween!」

 何も知らずに”それ”を受け取り、意気揚々と去ってゆくサンの奴の姿を最後まで見送った後、
笑いが堪えきれなくなった私は遂にその場で噴き出してしまった。

「ぷくっ…くくっ…くははっ! あいつめ、まさかタコヤキキャラメルを渡されてるなんて、夢にも思わんだろうな」

 そうである、奴に渡したのは、あのジンギスカンキャラメルほど有名ではないが、それに匹敵、いやそれ以上の不味さのタコヤキキャラメルなのだ。
以前、大阪出張から帰ってきたいのりんから、何かの話のタネにとお土産としてもらった物なのだが(その際、サンの奴は出張で不在だった)、
噂にこそ耳にした事はあったが、一粒食べただけで全身の体毛が総毛立ち、箱ごとゴミ箱に投げ捨てたくなったと言うのは流石に初めてであった。
 なんと言うべきか、ピリ辛のソース掛けたタコヤキそのままを甘くしたような味、と言えば分かるだろうか、
いや、むしろ分からないままの方が良いかも知れない。つまりそれだけ酷い代物なのだ、”それ”は。

 その後、捨てるにしてもせっかく貰った物を捨てるのは気が引ける、かといってアレな味だから食べる気にもなれず、
結局、処分も保留のまま消費期限切れまで戸棚の奥で眠る事になったのだが……まさかここで役立つ事になるとは、世の中分からない物である。
 ……無論、渡すその前に匂いでばれない様、普通のキャラメルの箱へ、普通のキャラメルと混ぜるように詰め直しておいた。

「さて、タコヤキキャラメルを食った奴の吠え面が見物だな……くくっ」

 そうして、私はタコヤキキャラメルを食べて浮かべたサンの表情に思いを馳せつつ、再び怠惰に耽るべく部屋に戻るのだった。

                            ※      ※      ※

 ……それから翌日。

「――妙だな……?」

 時刻は既に放課後の時間帯へと移り変わり、外の景色もやや薄暗くなりつつある頃。
私はこの時刻特有のけだるい雰囲気、疑問の呟きをもらした。

「あのとっつあんぼうや、何も反応が無かったが……まさか、アレを食ってないのか……?」

 そう、私が疑問を感じたのは他でもなく、サンの奴の様子が何ら変わりが無いと言う事である。
何時もの奴ならば、私から何かしらの酷い目にあった後、次に校内で私に会った時に何かしらの態度を見せる筈なのだが……。
今日会って見た限りでは奴の様子は何時もの何ら変わりは無く、何時ものおちゃらけた調子であった。
……はて、これは一体……?

「みんなー! 僕にちゅうもーく!」

 噂すればなんとやらと言うか、何時もの体格の割りに無駄に大きい声が私の耳を振るわせた。
その方向へゆっくり視線を向けてみると、そこには思った通りの妙に胸を張って尻尾ぶん回すサンの奴の姿。
……そして、その片手には何処かで見たバスケットが……何か嫌な予感がしてきた。

「おやサン先生、どうしたんですかいきなり」
「昨日、ハロウィンだったでしょ? その時にお菓子を集めたんだけど、皆親切だから結構な量になっちゃってね。
それを僕一人で食うのも難だし、ここは皆におすそ分けしようと思って」
「おお、そういえばそろそろおやつの時間ですね……折角ですし、ご相伴に与らせてもらいますか」
「猪田先生」
「良いじゃないですか、英先生。たまにはこういうのを楽しむのも」
「しかし……」

 いのりんと英先生とのやり取りを他所に、私の視線はバスケットの中のある物へと注がれ、心中を焦りの色へと染め上げていた。
なぜなら、其処には昨日しがたサンへ意向返しにと渡した、タコヤキキャラメル入りキャラメルの箱があったのだから……!
 こ、これは本気でまずい……まさかこうなるとは私自身予想だにしていなかった。
サンだけが被害を被るならともかく、他の同僚まで被害を被ってしまうのはさすがに私も望んじゃいない。
しかも、もし万が一これが私の仕業と判明しようものなら、それこそ英先生&いのりんによるダブル説教in生活指導室も三時間ではすまないだろう。
 ……それだけは何としてでも避けたい。いや、避けねばなるまい!


「さて、いのりんからも許可も貰った事だし、早速おやつタイムと行こうか♪」

 拙い! このままでは本当に私の恐れていた事が現実になってしまう!
かくなる上は……仕方あるまい!

「さーさー、皆並んで……って獅子宮センセ?」
「ちょうど煙草切らして口寂しかったんだ、これを貰うぞ」
「え、あ、え? ちょ?」

 突然の行動に戸惑うサンに構う事無く、私は徐に周囲にあったキャンディやクッキーごとキャラメルの箱を掴み取ると、
キャラメルの箱をあけて一息に口へ放り込み、包装紙が付いたままであるのも一切気にせず一気に咀嚼して飲み込む。
当然、それによる気持ち悪さが怒涛の如くこみ上げるが、持てる精神力の全てを使って我慢する。

「し、獅子宮先生……?」
「用事を思い出した。少し早いがここは早引けさせてもらおう」

 そして、私は泊瀬谷を初めとした同僚達の視線から逃れるように踵を返し
その場で吐き出しそうな気分が表情に出てしまわないよう、必死に我慢しつつ足早に職員室を後にした。

 ミッションコンプリート……これでダブル説教から逃れる事は出来た。
 だが、代償はあまりにも大きく……うっぷ



 ……その後、私の素早い行動が功を奏したのか、幸いな事にハロウィンの件について、いのりんと英先生からは何のお咎めも無かった。
だがしかし、無茶をした代償かお腹を壊してしまったらしく、それから数日の間寝込んでしまう羽目になってしまい、
その上さらに聞いた話では、その時の事が誰かの口から漏れたらしく、「獅子宮先生乱心事件」として生徒の間で語られる事となったそうだ……。

 因果応報、自業自得とは、この事か……。

―――――――――――――――――――おわれ―――――――――――――――――――