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タヌキと酒

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タヌキと酒


ある夜、一匹のタヌキが空の酒瓶を前にして腕を組んでいた。
「ついに無くなってしまった……。」
神社から盗んできたお神酒の味を覚えて以来、自分で集めた木の実やら、人間から貰った食べ物やら、
はたまたお地蔵様のお供え物やら……兎にも角にも、食べられる物を手に入れてはそれを肴に酒を飲むという日を続けていたタヌキ。
しかし、そんなことを毎日していれば酒が無くなるのは当然である……が、そんな日々を当たり前に過ごしていたタヌキの頭は
『いかにして新たな酒を手に入れるか?』でいっぱいになっていた。
「また、あの神社から盗むか?……いや、数日前に通ったらタコみたいな神主が怒りでテンタクルと化していたし……
 人間みたくスーパーで買おうにもお金は無いし……第一、葉っぱを使ったお金の偽造はタヌキ的にも倫理違反だし……。」
そう言いながら、近くにあった葉っぱを指でつまみながら回すタヌキ。

その時、突如強めの風がタヌキの体を通り抜け、そして葉っぱをタヌキの指から解放するのであった。
ジェットコースターのように孤を描く葉っぱ。
そして、それは風に戸惑っていたタヌキのおでこに着地した。

その瞬間、タヌキにひとつの悪知恵が浮かんだ。
「そうだ!これで行こう!!」

それから数分後、タヌキは闇夜が広がる道の草むらに隠れていた。
「ふふふ……ここで人が来るのを待つ。その間に、この葉っぱで人間に……そうだなぁ、『お涙頂戴路線』で行くなら、
 『鬼のような亭主に「酒を買ってくるまで帰ってくるな!」と追い出されたか弱き人妻』に変身して、お酒を買って来てもらう!
 ……設定としては『お金を落としてしまい、買いに行くことが出来ない。お金を再度取りに帰ろうにも、亭主が怒りを露わにしている。
 どうか、お助けを……』ってな感じ……かな?……お?」
独り言を続けていたタヌキの眼に飛び込む、自転車のライト。
そこには、酒瓶のような物を買い物袋に入れてペダルを漕ぐ男の姿があった。
「ナイスタイミング!それじゃあ、この葉っぱで変身を……。」
そう言って、タヌキはおでこに葉っぱを乗せるのであった。
「3……2……1……変身!可哀相な人妻キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
「どわぁっ?!な……何だぁ?!?!」
テンション高く現われた女性の出現に驚く男。
そして、その拍子に自転車から落ちそうになる……が、ギリギリで踏み留めると、男はその場に自転車を止めるのだった。
一方、タヌキはタヌキで若干バツの悪い表情を見せてはいたが、すぐさま落ち着きを取り戻し、
先程自分の脳内で組み立てていた脚本を男の前で演じ始めた。
「……申し訳ありません……私、夫に頼まれてお酒を買いに行こうとしていたのですが、お金を落としてしまい……
 お金を取りに帰ろうにも夫は暴力的なため、酒を買わずに帰って来た日には何をされるか分かりません……申し訳ありません、
 お礼は致しますから私の代わりにお酒を買って来ていただけないでしょうか?それか……失礼なお願いではありますが、
 そのお酒を譲っていただけないでしょうか?」
お酒のため、丁寧な言葉で男に話しかけるタヌキ。
対する男は、最初の『異常な登場』が頭に残っていたために不安になっていたが、タヌキの見せる『可哀相な人妻』の幻と
その言動に心を奪われてしまい、タヌキのお願いを拒否出来ない心境となっていた。
「えぇっと……よろしかったら、さっき買って来たお酒があるんで、よろしかったらこれを……。」
そう言って、買い物袋の中にあった酒瓶をタヌキ……いや、人妻に渡す男。
酒瓶の中には透明な液体が並々と注がれており、ラベルにはタヌキの読めない文字が描かれていた。
「これは……?」
「……ああ!僕、洋酒の……特に変わった物を買うのが好きなんですよ。」
「変わった……洋酒……。」
今までお神酒しか味わったことの無かったタヌキ。
そんなタヌキにとって洋酒は興味深い存在であり、さらに男の言う『変わった酒』という言葉にも心を踊らされ……
最終的にタヌキの頭は「今すぐ飲みたい!」という気持ちでいっぱいとなった。
「あの……。」
「何です?」
「申し訳ありませんが、味見してよろしいですか?あの……貰っておいて言うのも何ですが、
 夫の口に合うか確かめたいので……。」
「……ああ、いいですよ。」
そう言って、酒瓶のフタを開ける男。
そして、金属製のフタをコップ代わりにして酒を注ぎ、人妻に渡すのであった。
「どうぞ。」
「それでは、頂きます。」
そう言って、タヌキはフタに入った酒を一気に飲み干した。

……その直後であった。
酒が体内に取り込まれた瞬間、まるで火傷したかのように熱を帯びるタヌキの喉。
その熱さにおもわずむせる……が、せき込むと同時にタヌキの視界はグニャグニャと曲がり始め、そして暗転した。
「……!だ……大丈夫で……?!」
顔を真っ赤にして卒倒する人妻を抱えようとする男であった…が、人妻の姿は消え去り、
そこには眼を回して倒れるタヌキの姿が露わとなるのだった。

男がタヌキに渡した変わった酒……それは100%に近い高濃度のウォッカであった。

おわり

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