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戌忍ちひろ


 お昼時、芋羊羹のビニールをくしゃくしゃに丸めながら、張本丈は吐く息が白く濁っていることに気がついた。
口を窄めて息を吐くと、勢いよく真っ直ぐに吹き出し、さながら幼い頃にテレビの中で暴れていた怪獣の出すそれと似ているな、と思う。
「今朝ニュース見てたんだけどよ、どっか北の方で猛吹雪ンなってたぜ?それくらいの寒さ」
 初等部の思い出に浸る丈の後ろで、チーターの水前寺清志郎が呟く。
少々不満の混じっているような声だった。
購買のそばメシパンを頬張りながらも、尾をゆらゆらとせわしなく揺らしているところからも、その心境が見て取れる。
 仲間内ではゼンと呼ばれている彼は、陸上部に所属している為か筋肉質でありながらスマートな体形である。
外見だけなら女性受けがいいのだろうが、性格に少々問題があり、寄り付く女性は少ない。
「まあ、そろそろこっちでも雪が降ってもおかしくはないな。
 しかしガキの頃は雪が降る度に尻尾振って駆け回ってたのに、最近じゃそんな光景もなかなか見かけねぇ」
 遠い目をしながら、丈が呟く。嫌がる透を無理矢理炬燵から引っ張り出して、よく4人でカマクラを作って遊んだものだ。
「そうそう、俺たちが子供の頃は、冬と言えば初雪とクリスマス、そしてお年玉を今か今かと待ち望む季節だったってぇのに、近頃のガキと来たら……じゃなくて、違う!俺が言いたいのは!」
「言いたいのは?」
 丈ののんびりとした口調に対し、ゼンが叫ぶ。
「何故、こんな、寒い日に!わざわざ屋上で昼メシを食わねばならんのだ、ということだ!」

 屋上には丈とゼンの二人以外誰もいなかった。中等部の男子生徒も、大空部の部員もいない。
何時もならば透も昼食を共にしているのだが、流石に年内最低気温の予想が出されている日には外へ出たがらなかった。
それでも丈が屋上へ出たのは、やはり街を見渡せるこの場所が好きだったからだ。
せわしなく動き続ける街を見つめていると、自分も街の一部なのだ、と感じる事ができて、好きだった。
今回は何故かゼンまで付いてきたが。
「どうして!教室という!優しい温もりあふれる桃源郷ではなく!わざわざ惨たらしい!寒さ肌刺す!無間地獄に出向く!」
 ゼンが歌劇の歌い手のように吼える。
「無間地獄ってのは八熱地獄の最下層の地獄だ。この場合マカハドマ地獄の方が正しいな。寒いから、八寒地獄の」
「なんでそこら辺に突っ込む!俺は、わざわざ屋上まで来てこんな寒い中ごはんを食べることはないよねぇ、ということを言っているんだ!」
 ゼンがバンドのボーカルだったならばかなり
「まぁ、馬鹿と何とかは高いところが好きというしな
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ!駄目だ、まるで話にならねぇ!もう帰る!」

 ゴミの入った袋を掴みながら180度回ったとき、ゼンは妙なものを目にした。階段室の壁が、不自然に膨らんでいるのだ。高さにして150センチほど。その辺りだけ不自然に色が白くなっており、明らかに頭部にマズルのある、犬科の獣人のシルエットをしていた。
 ゼンはそろそろと静かに後ずさりして、丈に耳打ちする。
「おい、丈……。いつの間にかあいつ、また来てるぜ……。」
「気づいてるよ。俺たちが来る前から居たみたいだな。多分昼休みのチャイムが鳴ってから速攻でここに来たんだろ」
 ゼンは腕時計を見る。現在時刻午後12時43分。昼休みは、12時丁度からだ。
「つーことは、40分もこの寒い中、じっとしてたのか!?信じらんねぇ……」
 二人の会話が聞こえるのか、壁のシルエットはもぞもぞと落ち着きをなくして動き始めた。
ここで飛び出して行きたいところだが、飛び出していったらいったで、少々気まずい雰囲気になるのではないかと懸念しているようだった。
「お、おい……。なんか、構ってあげないとかわいそうじゃね?」
「じゃあお前が何とかしろよ、ゼン」
「な……何で俺が!?もともとお前が蒔いた種だろうが!自分の問題を他人に押しつけるんじゃない!」
「言い出しっぺの法則」
「なんだと!?」
 数分間続いたやりとりの末、折れたのは丈の方だった。面倒そうに、投げやりな棒読みで壁の膨らみに語りかける。
「そこにいるのはわかっているぞー。もうすぐ授業始まるからとっとと出てきなさい」

 待ってましたと言わんばかりに膨らみは動き出す。灰色の布の下から現れたのは、小柄な柴犬人の少女。それが正体だった。
「アタシの隠れ身の術を見破るとは流石ね、丈先輩!この伊賀野ちとせの眼鏡にかなっただけあるわ!」
 伊賀野ちとせ、佳望学園2年B組、出席番号3番。忍者同好会所属。
ミニスカートにブレザーというところは同年代の少女と同じなのだが、忍者を意識しているのか、口元を覆うマフラーが明らかに異質であった。
腰元の鞄から抜き出したクナイを手に、丈に宣戦布告する。

「さあ、丈先輩!今日こそアタシと勝負よ!……ん?」
 しかしクナイの先には目標の丈の姿はない。
当の本人とゼンは、すでに階段室へと向かって歩いているところだった。
「なあゼン、次の授業なんだっけ」
「たしか地学だったと思うぜ。そら先生」
「あー、そら先生か。少しくらい寝ても大丈夫かな」
「お前それでこの間地学赤点とってたじゃねーか」
 ちとせの存在など無かったかのように、二人は。
「ぐぐぐ……アタシを無視するとはイイ度胸ね、先輩……。これでも……」
 受け流されたちとせは、クナイを構え、
「食らいなさい!」
 投げた。クナイは風を切って、真っ直ぐに丈へと突進する。
丈の顔に当たるか否か、というところでクナイは180度方向を変え逆行する。
丈がすれすれでクナイを食い止め、ちとせに投げ返したのだ。一瞬のことだ。
ちとせがそのことに気づく前に、彼女の額にクナイが刺さった。スコン、と軽快な音が鳴った。
「無念……」
 腹の底から声を絞り出し、ちとせは倒れた。潔く散る姿に、丈はサムライ精神を見た。ゼンがあわてて駆け寄る。
「わわわわささささ刺さっとる!刺さっとるよ!やべぇよ、早く保健室!」
「めんどくせぇことしやがって……」
「投げ返したのはお前だろう!そもそもクナイ止めるだけでよかっただろうが!」
 丈とゼンの声を耳にしながら、そういえば昼ご飯のサーモンサンドを食べていないことを思いだし、意識を失った。
 幸いちとせは軽傷ですんだものの、丈の放課後はクナイを振り回すちとせと、それを追う海賊姿の保険委員の少女と、とやかく口うるさい風紀委員のウサギの少女とで騒がしいものになったのだが、それはまた別の話。