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おとなのおんな


「うっひょぉー!」
 叫び声とともに水しぶきがあがり、夏の空にきらきら水玉が光った。
プールサイドに手をつきながら、アキラはプールから這いずり上がる。
ぶるぶると全身を震わせて水滴を跳ね飛ばしながら、
「やっぱりスライダーは最高だぜぇー!」
 アキラはタスク、ナガレのいつもの三人組で夏休み最後の日曜日に屋外プールへ来ていた。
毛皮が水分を含み多少歩きづらくなるが、冷たい水の感触は炎天下の元ではたまらないものだ。
数学の課題だとか、美術のデッサンの宿題だとかがあったように思うが、アキラは今は考えないことにした。
「アキラー、よくあんな怖いの滑れるね……。あれここのプールで一番長いやつだよ」
 タスクがつぶやく。
「おうともよ!男は黙ってスライダーだろ!ほれ、次はタスクもナガレも行くぞ!」
 アキラがタスクとナガレをぐいぐい押しやるが、二人はあまり乗り気ではない様子だった。
「いやだよ、あんな怖いの滑れないよ。あんなのに乗ったら僕、水死体だよ!」
「俺も面倒だ。毛皮がなかなか乾かんしな」
 そう言ってなかなか進もうとしない。
このやり取りをしている間にも、時間はどんどん過ぎていく。
このままでは埒が明かないようであった。
「んだよー、お前らそれでも雄か!もういい、俺一人で行く!」
 そう言ってスライダーの行列へと駆け出した時だった。

「ねえ、そこのアナタ」
 声が聞こえた。妙に艶っぽい、抑揚を抑えた声だった。
アキラがそちらを向くと、目に焼き付くような真っ赤なビキニを着た、銀髪の狐人の女性がビーチチェアに寝そべっていた。
「え、俺ですか?」
「そうよ、そこのワンちゃんのアナタ。頼みがあるんだけど……」
「な、何でしょうか?」
 狐人は背に手を伸ばし、ビキニの紐をするすると外す。
「私の背中に、オイルを塗ってくれない?」
 紐とビキニの端がはらりとチェアに垂れる。
現れるのはしなやかな金色の獣毛。呼吸に合わせて艶かしく胎動する。
狐人は凄艶な笑みを浮かべており、それでいっそう妖しい魔力を放っているように感じられた。
アキラはごくり、と自分の喉が鳴るのを聞いた。
「これは……『おとなのおんな』……!」
「ア、アキラ?なんかこの人すごい怪しい感じがするよ……。やめておこうよ……」
 とタスクがアキラの尾を掴んで制しようとするも、
「こいつは夏休み最後の神様からのプレゼントに違いねぇ!男は当たって砕けろだ!」
 アキラの耳には入っていなかった。猛ダッシュで狐人の下へ駆け抜ける。
「おねーさん、俺アキラです!よろしくお願いしまぁぁぁぁす!」
 タスクとナガレはやれやれ、といった様子でアキラへついていく。

 思わず引き受けてしまったものの、アキラにとって女性の裸体に触れるのにはかなり戸惑いがあった。
科学教師である跳月に手伝わされて高価な実験器具を持ち運んだときよりも細心の注意を払って、狐人の獣毛にオイルを塗っていく。
「お、おねーさん、こんなもんでよろしいでしょうか!?」
「おねーさん、って呼ばれるのも嬉しいけど、私にはね、悠里、って素敵な名前があるのよ?」
「ででででは悠里さん!塗り加減はこんなもんでいいでしょうか!?」
 オイルのぬめりと獣毛の滑らかさが、アキラの言動をしどろもどろにする。
アキラ自身、自分で何を言っているのか分からないほど混乱していた。
「うん、ちょうど好い加減だわ。それよりもアキラ君、この後時間空いてる?」
「こ、この後ですか!?いいったい何を……」
「ふふ……お姉さんがもっといいことを教えてあげるわ」
「い、いいことですか!?うおっ鼻血が!」
 アキラの理性の糸はもう張り裂けんばかりになり、とうとう鼻からはつうと鼻血が垂れてきた。
血が悠里の毛皮を染めないようにと必死に鼻を押さえながら上を向く。その様子を見ながら、悠里はくすくすと笑っていた。
「そう、おとなのいいこt……っ!」
 悠里の言葉が途中で途切れる。たん、と音がしたのでアキラがそちらをみやると、ビーチボールが跳ねて転がっていくところだった。
どうやら何者かが悠里の頭めがけてビーチボールを放ったようだ。
「おい悠里、お前、何また年下を誘惑してんだ!」
 言葉とともに水着にパレオを纏った人の女性と、桃色のスカートビキニを身につけた兎人の女性が悠里たちのほうへと歩いてくる。
ビーチボールの投手は人の女性の方のようだ。
「なによっ、翔子。せっかく人が楽しんでいたところを!」
「なによ、じゃない!いつまでそんな年下をからかって楽しむなんてアクシュミなことやってんだ!」
「失礼ね!年下だけじゃないわよ!たとえ年上でもウブなところがあれば私は誘惑して見せるわ!」
「そういう問題じゃねぇから!」
 翔子と悠里のやり取りを尻目に、兎人のりんごは、呆気に取られているタスクとナガレの元へと歩いていった。
「タスクくん久しぶりー」
「あれ、星野さん。一体どうしたんですか」
「うーん、翔子ちゃんと悠里ちゃんと一緒にここに来たんだけどね、悠里ちゃんがあの調子だから……」
「あの調子?」
「うん、悠里ちゃんなんか『そういうこと』に免疫がない男の人をからかうのが好きみたいで……。
 タスクくんの友達に迷惑かけちゃったね。ごめんね……」
 りんごが目を潤ませてうつむく。タスクも慌てて制止する。
「いえいえ、アイツもいっつも調子乗ってるから悪いんですよ」
「ううん、こっちこそ私たちが見張っておかなきゃいけなかったのに……」
「星野さんたちは悪くないですよ!僕らもアキラの暴走を止めなくちゃいけなかったのに」
「違うよ、タスクくん。私たちこそ……」
 一方翔子と悠里の争いはまだ続いていた。
「とにかく、人様には迷惑かけるんじゃない!」
「迷惑なんてかけてないわよ!これはギブアンドテイクの関係よ!」
「なにがギブアンドテイクだ!ただ自分のいい様に捻じ曲げてるだけじゃねーか!」
 争いが激しくなるにつれて、悠里の乳房はたゆんたゆんと揺れ動く。ビキニの紐を外したままなので、いまにもポロリしてしまいそうである。今のアキラには刺激が強すぎた。
「あ、俺もう限界……」
 アキラの鼻から鮮血が噴出した。

 口論の続く悠里と翔子、鼻血を流し倒れるアキラ、ひたすら謝り続けるタスクとりんご。
「……早く帰りてぇ……」
 彼らを見てナガレは一人呟いた。


おわり