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世界の救い人


≫144からのリレー

如何してこうなった、なんだってこんな事に、と言うかここは何処?
余りにも短い間に色んな事が起こり過ぎで、オーバーフローを起こした僕の脳味噌は混乱に満たされていた。
たしか、さっきまで黒く大きなドーベルマンに追い掛け回されて、必死に逃げているうちに神社の階段から転げ落ちた。
……ここまでは憶えている。しかし問題は其処から先だ。

目が覚めたら、僕は見知らぬ場所に居た。
……確か、僕は神社の階段から転げ落ちた筈だ。
ならば目を覚ましたら。其処に見えるのは神社の階段の途中か、その先にある商店街の光景の筈である。
けど、僕の目の前に広がるのは、以前に見た海外の世界遺産を特集するTV番組でしか見られないような
古びた大理石の石床に装飾の施された凄まじく大きな石柱が何本も並ぶ、まるで神殿の中を思わせる光景が広がっていた。

「大丈夫? ずっと目を覚まさない物だから少し心配したわよ?」

しかも、僕を散々追い掛け回していたドーベルマンに頬を舐められていて、
そしてそのドーベルマンにはおっぱいがあって、しかも僕達人間の様に二本足で立って人の言葉を喋っていた。
何この急展開。こんなの最近のジャ○プのマンガでもやらないような展開だぞ?

無論、僕は即座に今の状況が夢だと決めつけ、頬を思いっきり抓ってみたりもした。
しかし、僕の願いも虚しく、頬の痛みと共に今の状況が夢でない事を再確認しただけであり、
おまけにドーベルマンの人に不思議そうに首を傾げられてしまった。うう、まるで僕がバカみたいじゃないか……。
そんな独り後悔する僕の様子に、ドーベルマンの人が服を着ながら困った様に言う。

「う~ん、ちょっと混乱しちゃっている様ね……」
「仕方ないじゃない。いきなり説明も無しにこんな所に連れて来られたら誰だって混乱するわ」

声は僕の後ろから聞こえた。思わず振りかえり、声の主を確かめてみる。
しかし、その姿を認める事が出来ず、僕は思わず首を傾げた。

「ちょっと、何処見てるのよ! ここよここ!」

下から響く怒声に近い声に、僕が視線を下へ落としてみれば、
其処にはすっごく小さな……なんと言うか、キツネ?の女の子(服装から見て)が尻尾を立てて憤慨している所だった。
その背中には、彼女の小さな身体には酷く不釣合いなトゲ付きのごついハンマー。
なんだ? ドーベルマンの人だけでもビックリしていると言うのに、今度は別の意味で凄いのが出てきたぞ?
次から次に振りかかる状況の変化に脳の処理が追いつかず、僕は唯、目を白黒させるしか出来ない。
そんな僕の様子を、キツネの子は思いっきり不信感丸出しの眼差しで眺めながら、ドーベルマンの人へ文句有り気に言う。

「……ねえ、本当にこんな奴が神託にあった『世界の救い人』なの? アタシ、一瞬だけ神を信じられなくなったわ」
「そんな事は言わないの、コリーヌ。彼はこれでも神託に書かれていた『世界の救い人」で間違いないのよ?」
「ふぅん……こんなハダカザルがねぇ?」

窘められながらも、彼女は思いっきり怪しい者を見る目つきで僕の方へ鼻を突き出し、スンスンと匂いを嗅ぐ。
そんな彼女を見て、ドーベルマンの人はすこし困った様に僕の方へ苦笑してみせた。
どうやら、このドーベルマンの人にとって彼女――コリーヌは少し扱いかねる存在らしい。
と言うか、『世界の救い人』って何? ひょっとして僕の事を言ってる訳?

「おう、姐さん。こいつが『世界の救い人』かい?」
「ええ、そうよ。ブルータス」

うわ。また何か出てきた……今度はすっごくごっついまんまブルドッグの人だ。
その背中の大きな剣と片目のアイパッチ、そして大きく響く低い声が彼のごつさを更に強調している。はっきり言って恐い。
彼――ブルータスは硬直する僕をまじまじと眺め、2度3度匂いを嗅ぐと、僕の頭をぽんぽんと軽く叩きながら言う。

「何だ、大仰な神託な割に『世界の救い人』ってのは随分と可愛らしいもんだな?
俺はもう少し凄い物が出てくるかと期待してたんだけどな」

言って、ブルータスは見た目どおり豪快にガハハと笑う。
そしてコリーヌもそれに賛同する様に、うっすい胸の前に腕組しながらうんうんと頷いて

「全く同感ね。こんな頼りなさそうな奴じゃあ世界を救うどころか、捨てイヌ一人すら……」
「こら、幾らなんでも目の前でそんな事言ったら駄目よ!」

しかし、途中まで言った所でドーベルマンの人に怒られ、コリーヌはシュンと耳を伏せ。ブルータスは頭の後を掻いた。
その様子を僕が呆然と眺めていると、ドーベルマンの人が僕に目線を合わせるように僕の前にしゃがみ込み、

「ごめんなさいね。彼らはあんな事言ってるけど、本当は良い人達なの。だから悪く思わないで頂戴ね?」

と、申し訳なさ気に耳を伏せて謝って見せる。僕は「良いよ…」と、返すしか出来なかった。
……そう言えば今、気が付いた事だけど、僕はドーベルマンの人が恐いと感じなくなっていた。
なんと言うか、彼女の物腰からにじみ出る僕に対する優しさが、最初に感じていた恐さを消してしまったのだろう。
と、それより、先ずはここは何処で、そして僕は何で連れてこられたかを聞かなくちゃ!

「あの、えっと……」
「あ、そう言えば自己紹介がまだだったわね? 
私の名前はベルマン・ピンシェル。これでも王宮の騎士団の団長をやってるの。
で、この戦鎚を背負った小さなのはコリーヌ・フォルクツァイケル。こう見えて私の騎士団の副長よ。
そして、この大剣を背負った大きなのはブルータス・ガウンドール。私の騎士団では斬り込み隊長をやってるわ」
「……宜しくね。不本意だけど」
「宜しくな、人間のボウズ!」

しかし、僕が疑問を言い出す前に自己紹介を始められ、僕は「はあ…宜しく」と返すしか出来なかった。
それでも僕が諦めずに言おうと顔を上げるが、どうやらベルマンさんも僕が聞きたい事が分かっていたらしく、
再び僕と目線を合わせるようにしゃがみ込み、優しげに微笑みながら言う

「君が聞きたいのはこの場所が何処で、何で自分がここに連れてこられたか?って事でしょ?」
「は、はい」
「それじゃあ、君をここまで連れてきた責任もあるからね。私がしっかりと分かる様に説明してあげるわ。
先ず最初に、君が来たこの世界は、君の住んでいた世界とは異なるケモールと呼ばれている世界。
そして、今居るこの場所は、そのケモールの真中にある、異界への扉の神殿。分かるわね?」

僕の住んでいた世界と異なる世界? そして異界の扉の神殿? ますますファンタジーっぽい言葉が出てきた。
まあ、イヌが衣服を着て二本足で立って喋っている時点でファンタジーだけどさぁ……。

「そして、君が何故ここに連れてこられたかというと、
さっきコリーヌやブルータスが君の事を『世界の救い人』とか言ってたでしょ?」
「はい、そうですね……」
「掻い摘んで説明すると、今からちょっと前に、近々この世界が大変な事になる、と神託…まあ、神様からのお告げが来てね。
それを回避するには、異世界に居ると言う『世界の救い人』を私たちの世界のある場所まで連れて行くだけしかないのよ。
そして、その神託によると、その異世界に居る『世界の救い人』と言うのが……」
「僕の事だった…と?」
「その通り、話がわかるじゃない」

自分自身を指差して言う僕に、ベルマンさんは嬉しそうに短い尻尾を振って言う。

「それで、『世界の救い人』たる君を迎え入れる役目に、我がピンシェル騎士団が抜擢されたんだけど……」

言って、後で五目並べ?をやっている二人の方をちらりと一瞥して、

「コリーヌはあの小さい体であの性格だから、途中で君の捜索を投げ出す可能性があるし
そしてブルータスはブルータスであの厳つい顔だから、君に会う前にひと悶着起こす可能性があったからね。
それで、私が君を迎えに行く事になったんだけど……」

其処まで言った所でベルマンさんは少し恥ずかしそうに笑い、

「まさか異世界での自分の姿が、本来の獣の姿、獣の知性になってしまうなんて夢にも思ってなくてね。
その所為で、私は『君を迎えに行く』という目的を果たす事だけしか考えられなくなっちゃって、
その結果、君には怖い思いをさせちゃったのよ……あの時は本当にごめんなさいね?」

と、僕に向けて頭を下げるベルマンさん。
なるほど……そう言う理由だったのか。と素直に納得する僕の人柄は『世界の救い人』たる所以なのだろうか?
と、其処で五目並べに勝利と言う形で決着を付けたコリーヌがベルマンさんの話に頷いて言う。

「本当、あれは団長にしては珍しい失敗だったわね?」
「まあ、おかげで姐さんのあられもない姿が拝め―――いってぇ!?」

コリーヌの話に相槌を打とうとした所で、ブルータスが唐突に悲鳴を上げた。
見れば、彼の尻尾が笑顔のベルマンさんに思いっきり握り締められている所であった

「ブルータス? そう言う事は心に思っても決して口に出さないのが生き残る秘訣よ?」
「は、はい……分かりました。すいやせん、姐さん」

どうやら、この様子を見る限り、ブルータスは場を盛り上げる(和ませる?)ムードメーカーなのだろう。多分。
と、そうだ。もう一つ気になってた事があるけど……。

「あの……ベルマンさん、一つ良いですか?」
「あら、何かしら?」
「その…『世界の救い人』の役目を果たせば、僕は元の世界に戻れるんでしょうか?」

そう、僕が帰ってこなければ父さんも母さんも心配するし、
それに学校の友達や先生だって心配する筈だ。そして、僕が一番気になるあの子も……。
それはともかく、幾らこの世界の為とはいえ、僕にだって事情があるのだ。早く帰れるならばそれに越した事は無い。

「大丈夫よ、心配しないで頂戴。役目を果たせばちゃんと君を元の世界へ戻してあげるわよ。私が保証するわ」
「なら良いんですけど……それで、僕がやるべき役目って……」
「それも大丈夫よ。君がやるべき事は唯、目的の場所に行くだけの事だから。そう難しい事じゃないわよ」

ああ、よかったぁ……てっきり、何処かのRPGの様に魔王とかと戦わなくちゃならないのかと思ってたよ……
そうやって僕が安心した矢先、ベルマンさんは僕の安心をぶち壊す事を言ってのけた。

「それに、目的の場所まではここから歩きで半年ほどの距離だから、そう心配するほどの事じゃないわ」
「……え゛? あの、今、なんと……?」

思わず聞き帰す僕に、ベルマンさんは酷く不思議そうに首を傾げながら

「だから、そう心配するほどの事じゃないわって……?」
「いや、そうじゃなくて、その前に言った事……」
「……その前? 大した事無いでしょ? 歩きで半年くらいの距離って」

実に事も無げにベルマンさんが告げた事実を前に、僕は気が遠くなる物を感じた。
は、半年……? って事は、この場所から行って帰って来るまで最低でも1年は覚悟しなくちゃならないの……?

「ちょ、君、いきなり倒れて如何したの!? 私、何か悪い事言っちゃった?」
「団長。どうせこいつは安心して緊張の糸でも切れたんでしょう?」
「やぁれやれ、しょっぱなからこの調子じゃ先行きが不安だなぁ」

僕が倒れた事に酷く慌てるベルマンさんと、的外れな事を言うコリーヌ
そして、それを前に何処か呆れた様に漏らすブルータスの声を聞きながら、
僕は薄れゆく意識の中、心の何処かで悟っていた。

父さん、母さん。そして学校の皆。どうやら僕は、長い旅に出る事になりそうです。と……。