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スレ6>>632-635 蒼の悲劇(>>613からリレー)

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silvervine222

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蒼の悲劇(≫613からリレー)


「ひゃっほ―、海だぁぁぁ!」

空に真夏の日差し煌く白亜の海岸、子供の様にはしゃぐサン先生の声が波音を一瞬だけ打ち消す。
その後に少し困り顔で付いて来るのは泊瀬谷先生、そして猪田先生。
そして更にその後には、ビーチマットとビーチパラソルを両脇に抱えた獅子宮先生の姿があった。
今日は佳望学園高等部の臨海学校の下見。海に危険が無いかを確める為に彼らはここに訪れたのだ。

「ほら! 泊瀬谷先生も早く! 早く!」
「ええ? わたし…水が苦手なんですよお」

早速波打ち際で遊んでいるサン先生と泊瀬谷先生を横目に、
獅子宮先生は波打ち際から少し離れた場所にビーチマットを敷いて、その側にビーチパラソルをしっかり立てると、
パラソルを開いてその影にビーチマットが入っているのを確認し、ビーチマットへごろりと横になる。
そして、咥え煙草へ火をつけた獅子宮先生は、空の青と海の蒼の触れ合う水平線を眺めて心地良さ気に呟く。

「……こう言う所で吸う煙草も、一興だな」
「おや? 獅子宮先生も海に入らないのですか?」
「いや、私は結構だ。私は海に入ってキャイキャイと遊ぶ様なガラじゃあないんだ」

隣に座った猪田先生へ言って獅子宮先生は煙草をプカリ。煙は夏風に吹かれて消えていった。
目の前では、勇気を振り絞って海に入った泊瀬谷先生の逆襲によって浅瀬へ尻餅を付いたサン先生が喚く姿。
相当派手に水飛沫を上げたらしく、サン先生は服はおろか尻尾も耳の先もずぶ濡れ。
それを目にした獅子宮先生と猪田先生の顔に、自然と笑みが零れる。
と、其処へ一旦海遊びを切り上げたサン先生と泊瀬谷先生が談話しつつ戻ってきた。

「あーもう、酷い目にあったよ……」
「つまらない事をするからそうなるんですよ? サン先生」
「ふふ、濡れ鼠ならぬ濡れ犬か。中々似合ってるじゃないか、とっつあんぼうや」
「もう、獅子宮先生まで! ちょっと着替えてくる!」

獅子宮先生にからかわれてぷうっと頬を膨らませたサン先生は、
着替えの服でも取りに行くのか浜辺へ止めた猪田先生の車へ一直線。
夏風の様に去り行くサンの尻尾を見送った獅子宮先生はクスリ、とだけ笑うと、再び煙草をぷかぷかと吸い始める。
その横に座っているのはかつての恩師。高校生の頃だったら煙草を咥えるなり即座に注意をされて居た事だろう。
しかし、今の獅子宮先生は毛並みもそろった立派な大人、煙草を吸うかつての教え子に猪田先生も苦笑いを浮べるしかない。

「獅子宮先生、煙草を吸うのも良いですけど、程々にしておいてくださいね?」
「分かってるさ、泊瀬谷。…だが、こう言う時、こう言う場所じゃないとのびのびと煙草を吸えなくてな」

悪く思わないでくれよ? と笑う獅子宮先生に、泊瀬谷先生も仕方ないですねと返す。
近頃、健康増進法のお陰で煙草が吸える場所が減ったと、獅子宮先生は至極残念そうにぼやいていた。
そんな姿を目にしていたら、たまには思いっきり煙草を味あわせてやっても良いかな、と泊瀬谷先生が思うのも無理も無い。

「やはり、こう言う場所で吸う煙草もいい物だな」

純白の言葉をそのまま体現したような白亜の砂浜。
波と共に涼しく優しい海風を送り続ける母なる青い海
眺め続けていたらそのまま吸い込まれてしまいそうな蒼い空。
一つまみして口に入れたら甘い味が広がりそうな白く大きな入道雲
こんな爽快な環境の中でのびのびと吸う煙草は、何時もの肩身の狭い想いをして吸う煙草とは一味も二味も違う。
そう、心地良い気分を味わいながら、獅子宮先生がもう一息煙を吸おうとした矢先。

ばしゃ

―――その顔へ不意に掛かる水飛沫。
獅子宮先生は何が起きたのかも分からないまま、咥えている煙草へ目を移すと
すっかり濡れてしまった煙草が途中からボロリと崩れ落ちる様子が見えた。

「やったぁ! 命中ど真ん中!」
「…………」

突然の事で猪田先生と泊瀬谷先生が硬直する中、
獅子宮先生がぎぎぎっ、とまるで長い間手入れされていないブリキ人形の様に水が飛んで来た先へ振り向く。
其処には、肉球のアップリケをあしらった水着に水玉模様の浮き輪、そして片手に水鉄砲と言うフル装備のサン先生の姿。
どうやら、着替えに行ったと見せかけて、猪田先生の車の中で水遊び装備へフォームチェンジを行い、
そして、こっそりと獅子宮先生の死角へと接近し、その手にした水鉄砲で咥え煙草をスナイプした、と言った所だろうか。
心地良くなっている所で文字通り水を差され、呆然とする獅子宮先生へサン先生は尻尾を振りながら勝ち誇った様に

「へっへん、ボクの事をバカにしたお返しだよ! 獅子宮センセ」
「……やってくれたな、とっつあんぼうや」
「うわ、怒った! やっベー、逃げろー!」

ようやく自分に起きた事を理解した獅子宮先生が、全身に怒気を纏わせつつゆっくりと立ち上がった頃には、
サン先生は子供の様にふざけながらくるりと踵を返し海の方へダッシュ。そのままざぶざぶと海の中へと入る。
そして、浮き輪でぷかぷかと海面に浮かびながら、サン先生は波打ち際で尻尾を振りまわす獅子宮先生へ囃し立てる。

「ほらほら、獅子宮センセ! 悔しかったらこっちまでおいで!」
「……」

しかし、獅子宮先生は隻眼の瞳で睨むだけで海に入ろうとしない。
そう、獅子宮先生の種族である獅子族はネコ族の親類だけあって、水が苦手。
その上、今、サン先生が居る浅瀬は獅子宮先生の胸の辺りの深さがある。
これならば、幾ら獅子宮先生といえど追ってくる事は出来ない。……そう、サン先生は考えていた。

「サン先生、悪い事は言いませんから今直ぐ獅子宮先生へ謝った方が良いですよー?」
「そ、そうですよう? 早く謝らないとこの前みたいに髭を全部抜かれちゃいますよー?」

砂浜の方から必死にサン先生へ呼び掛ける猪田先生と泊瀬谷先生。
むろんの事、トリックスターなイヌの教師は全くもって聞く耳持たず、更に獅子宮先生へ囃し立てる。

「ほらほら、海に入ったら気持ち良いよ―? まあ、獅子宮センセには無理だと…思う…けど…?」

しかし、そのサン先生の言葉は途中から波の音にかき消される事になる。
全く躊躇する事無く、ざぶざぶと海中へ入って行く獅子宮先生の姿を前にした事によって。

「あ、あれ? 嘘でしょ? 獅子宮センセ、無理しちゃダメだって、ねえ?」

サン先生の言葉を耳にも止めず、海中を行く大魔神の如くサン先生へ迫ってくる獅子宮先生、
当然、激しく狼狽したサン先生は慌てて沖の方へと逃げようとするが、
海は悪戯者の味方にはなってくれず、押し寄せる波は必死に泳ぐ小さなイヌを海岸の方へぐいぐいと押し流す。
それでもサン先生は必死に泳ごうとした所で、手足に感じていた海水の手応えが急に消えたのを感じた。

「よう、とっつあんぼうや。ずいぶんとご機嫌な様だったな?」

直ぐ後にいた獅子宮先生が片手でサン先生の頭を掴み、天高く持ち上げていた。手足が空を切るのも当然である。
その声はどちらかといえば我慢していると言うより、身体の内で煮え滾った怒りを堪えている様な響き。
ポタリ、ポタリ、とサン先生の身体から落ちる水滴の中に、彼の冷や汗が混じっていてもおかしくはない。

「さては、私が水の中に入ってこれないとかハッピーな事を考えていたんだろうな?」

獅子宮先生は掴んでいるサン先生を自分の方向へ向けると、ギタリと牙を見せて笑って見せる。
その時、サン先生の背筋に走った寒気は、決して海水の冷たさだけの物ではないだろう。
ふと海岸の方を見れば、其処には指で十字を切っている猪田先生と、何かに祈る泊瀬谷先生の姿が見えた。

「そんなハッピーな思考のお前に一つだけいい事を教えておいてやる」
「え、えっと、それってナにかな?」

ようやく喉から搾り出したサン先生の問い掛けに、獅子宮先生は「それはな…」と呟くと、

「私は中学の頃に、水は克服済みだ!!」

吼える様に叫びながらサン先生を沖の方へブン投げた!
乱暴な子供に投げられた玩具の様に宙を舞うサン先生、太陽の光を浴びてメガネが煌く。
逆光になって尻尾をくるんと…と、其処までした所でサン先生はふと気付いた。

(あ……そう言えば、海のど真ん中で着地なんて出来っこないじゃん!?)

ざぽばーん!!

しかし、其処まで考えた所で、サン先生は派手な水音と共に意識を失った。

「ん……あれ、ここは?」
「あ、サン先生、大丈夫ですか? 体の具合は如何ですか?」
「あ、うん、何とか大丈夫…」

――次にサン先生が意識を取り戻した時、
サン先生は海岸のビーチマットの上で泊瀬谷先生に介抱されている所であった。
どうやら、溺れてしまう寸での所で誰かに救助されたらしい。

「全く、獅子宮くん…幾ら頭に来たからってあそこまでする必要はないだろう?」
「………」

ふと、サン先生が横を見ると、其処には猪田先生に正座で説教される獅子宮先生の姿があった。
その様子の余りの滑稽さに、サン先生が思わず笑いを漏らそうとした矢先。猪田先生は衝撃的な事を言った。

「僕が人工呼吸しなければ、危うくサン先生は死ぬ所だったんですよ? 分かってるんですか?」
「…す、すまない…」

(……え゛? じ…じんこうこきゅう? い、猪田先生が、ボクに?)

この時、サン先生は自分の心にピシリと大きな亀裂が入るのを感じていた。
つうこんのいちげき サンの心に875のダメージ、サンは力尽きた。
と言う声が心の何処かで響くと共に、サン先生は再び意識を失った。

「――――」
「ちょ、サン先生? 何でまた気絶するんですか? サン先生!? サン先生!?」
「敬語を使いなさい! 獅子宮くん。今、君は教師じゃなくて生徒として僕に叱られている事、分かってるね?」
「ご、ごめんなさい……」

―――そして、真夏の太陽が輝く海岸にて。
かつての恩師に叱られる獅子の教師と、衝撃的事実を知って気を失ったイヌの教師の間を
何時もの様に夏の海風が静かに吹き抜けるのであった。

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