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パペットさん


『白せんせー、プールいやニャ…』
『なんだ。まだそんなこと言ってるのか』
『水着なんてやだニャ』
プールでひと泳ぎしたいぐらい暑い、梅雨の晴れ間。学校への坂道の途中の朝の一こま。
初等部ネコ三人娘のクロは、くすくすと笑いながら肩を小さくするコレッタの耳をつねった。
一方、コレッタは恥ずかしそうにうつむいて、ランドセルの肩紐をぎゅっと握る。
「だって泳ぐのは苦手だニャ…。でも、そんなこと言わないニャよ」
小さなコレッタの祈りは届かず、クロとミケは校門に向かって歩きながら、一緒に歩く二葉葉狐をはやし立てる。
『コレッタの水着は…全然、せくしーじゃないねんニャ』
「ねん?ニャ」
『コレッタよりもヨーコちゃんの方がせくしーやねんニャ』
「こらー!葉狐ちゃん!!私的事情を入れるなー!」
クロは葉狐に軽く手で突っ込み、一方葉狐は葉狐でコレッタの物真似を続ける。

ちょっとデフォルメされたコレッタと白先生のパペットをそれぞれ両手にはめて、葉狐は得意の物真似を披露している。
右手にはめたコレッタのパペットをぱくぱくと動かして、『男子どもの目を釘付けにしたいニャ』と気弱な声を演じ、
左手にはめた白先生のパペットをあんぐりと口を開けさせて、『わたしも、そんな風に考えていたときもあったぞ』と気だるい声を真似て見せた。
そのたびに、通学路はちょっとした笑に包まれる。葉狐もクロ、ミケが笑えば笑うほど調子が上がる。

「それにしても、よくできてるね」
「狗音姉ちゃんが作ってくれたんだって。ほら、犬太の姉ちゃん」
「かわいいニャ」
夏服に包まれた四人は、夏の風を感じながら校門を潜る。
風に負けじと、爽やかなあいさつが佳望の丘にこだまする。
「おはようございますー」
「…おはようございますニャ」
「おはようございます」
校門では風紀委員の因幡リオが登校してくる生徒にそれぞれにあいさつ。
側では生活指導の帆崎が懐中時計片手に、彼女らを見守る。

「今週は『あいさつ週間』だから、朝来たら元気よくあいさつしましょうね」
優しいお姉さんの顔をしたリオは、彼女らの目線に腰を下ろし長い耳を風に揺らした。
隙を突いて、葉狐は白先生のパペットでリオの耳にぱくっと噛み付く。驚いたリオは思わず声を上げるが、
葉狐は計算通りとほくそえみ、リオの目の前で白先生のパペットを操る。
『因幡はどうも色気が足りんな。水着姿はわたしの方が勝ったかな』
「うっ…」
「わー!葉狐ちゃん、似てる!!白先生言いそう!!」
どっと沸く子どもたちに、帆崎も苦笑いをしているではないか。
白先生の声真似とはいえ、リオの自慢も出来ない胸のうちにずしりと重いものを感じていた。
初等部の子どもたちにバカにされたリオは、それでも笑顔を続けてあいさつ運動に勤しんだ。
(ちくしょう…夏のこみけでオトナ買いしてやるー)

―――お昼休みも彼女らはパペット遊びに興じていた。
学園内のロビーのソファにクロ、ミケ、コレッタはちょこんと座り、葉狐の物真似ショーが開演する。
「わ、わたしはそんなこと言わないニャ!!」
「コレッタそっくりだ!」
どちらが言ったのか分からないほど完璧にコピーされた葉狐の芸に、コレッタは恥ずかし気になっている。

『白せんせー、びきに姿が似合う、せくしーなばでぃになるにはどうしたらいいかニャ』
『うーんそうだな。まずは牛乳を飲んで、にぼしをいっぱい食べるんだ』
『牛乳は苦手ニャ』
「コレッタ、牛乳ぐらい飲めよ」
「飲んでるもんニャ!」

人目を気にしながら通りかかるリオを見つけた葉狐は、わざと間を溜めて白先生のパペットを揺らす。
『少なくとも、因幡よりかビキニは似合うから安心しろ』
『そうだニャ。海に並んだワニさんたちも振り向かないニャね』
どっと笑い転げるクロとミケ、耳の大きいリオはその物真似を聞き逃さない。
冷や汗をかいて、思わず手にしていた資料を落としそうになる。
コレッタのスカートは揺れるクロの尻尾で叩かれ、ふわりとなびく。それに反応したコレッタはクロの頭を軽く小突くが、
ミケから仕返しばかりだと尻尾を引っ張られた。葉狐もそれをみてコレッタの声で笑う。

しかし、その光景を遠くからにやにやと笑う者がいた。その子は離れたソファでくつろいでいる。
クロと同じ毛並みを輝かせ、大人の色香の花びらを振りまくネコがぽつんと一人座っている。
彼女は販売機のマンゴージュースを飲みながら、つまみ食いするように時々ちらと初等部娘たちを覗き見る。
「こんなにかわいい子ネコたちを堪能できるなんて、狗音さんのお陰ですわ。狗音さんに頼み込んでよかったですね。
ハニートーストよりも甘く、チョコレートよりもビターなおやつをごちそうさま。コレッタちゃん、もー、尻尾を揺らさないでぇ」
その名は佐村井御琴、学園高等部。大好物を間近で頂いた彼女は「計画通り」と頷き、照れ隠しに手首を舐めた。

とき、同じくして白先生が保健委員を携えて、ふらっと通りかかる。相変わらず保健委員はやかましいが、白先生慣れたもの。
『わたし、好きな人がいるんだけど…どうしたらいいかわかんニャいニャ』
『…っふ、お前も大人になったな。この間まで給食を食べこぼしていたくせに』
「それはミケのことだニャ!」
顔を赤らめるコレッタは恥ずかしくなり、御琴と同じように手首を舐めていた。

「白先生!コレッタたちッスよ」
「見れば分かるよ」
保健委員が振り向くと、白先生がいない。先に保健委員が追い越してしまったのだろうか。
葉狐の物真似は続く。
『随分と好きな人のことなんて考えたことが無いな。今年も一人で夏を過ご…』
葉狐の背後に白先生の影が迫り、クロとミケは「葉狐!後ろ!後ろ!」とジェスチャーをする。
コレッタはと言うと、余りにも手首を舐めるのに集中している為、白先生に気付かない。

「わたしは…、今年の夏も独り占めだな」
『へー。白せんせー、ぽじてぃぷだニャ』
振り返ると白がいた。葉狐はこめかみに大粒の汗を垂らす。
まさか白先生、自分がパペットになるとは思っていなかっただろう。
「白せんせー、いきなりやって来るなんてあかんわ!」
「それにしても…わたしはこんなにへんちょこりんな顔ではない!」
両手にパペットをはめた葉狐は、静かにその『へんちょこりん』な二人の口を動かした。
すっと、葉狐の両手が窓からの風に晒され、たわわな尻尾をピンと立てる。
パペットは白先生の手に収まっていた。
葉狐の手の温もりがパペットを介して肉球で感じる。
きっと白先生、羽根があったら天高く飛び上がっているだろう。
イヌ族だったら尻尾が振りきれるだろう。
物静かなネコ族は感情を内に秘めるしかなかった。

どうして、この子たちはわたしを困らせるんだろう。それは嬉しくもあり、迷惑でもあり、そして…白先生のささやかな願望でもあった。
同期の子たちは立派な大人を演じている。ちょっとでも追い抜かれたくないから、もっと立派な大人を演じてみせる。
でも、大人を演じるのは結構疲れる。このパペットみたいに楽しく遊ぶことが出来れば…。
ふと、白先生の脳裏に魔がさした。

(しばらく、コレッタの方をはめていたいな…)
不埒な感情はやがて神が与えたような贈り物として実現する。
「そろそろウチにそれを返してくれへんか?」
「あ、ああ。わかった…あれ…?」
いけない。余りにも高ぶった感情のせいでいつの間にか白先生は指の爪をあらわし、パペットの生地に食い込んでいた。
引っこ抜こうとすればするほど生地が絡み付き、焦れば焦るほど爪が食い込む。
いつの間にか駆けつけた保健委員も白先生の不穏な動きを感じ取り、白先生の顔を覗き込む。
いくら手を振ってもパペットは絡み付いたまま。無情にもお昼休みの終わりは刻々と近づく。
「コレッタ、ミケ、葉狐。次は水泳の時間だから早めに教室に帰らないと…」
「水泳…やだニャ。きょうはビート板で泳ぐ練習だニャ…」
「白先生、どないしたんや?早く返してくれへんと因幡さんにいいつけたるねん」
「ちょっと待ってな…いかん…」
「白先生!保健室に緊急搬送するッス!」
「バカ!!せんでいい!!葉狐、後で返すからな…」
初等部の子どもたちはぱらぱらと教室に戻っていき、よせと言うにもかかわらず保健委員はどたばたと保健室に走っていった。
一人取り残された白先生は両手にパペットをはめたまま、窓から入り込む夏風に白衣を揺らしていた。
白先生、一人身の三十ウン才。今後の予定、これといってなし。

「……」
白先生は葉狐がさっきまでやっていた遊びを真似て、パペットを操り始める。
誰もいないから、誰もいないから…と言い訳しながら。
『白せんせー、プールやだニャ』
『コレッタ、プールは人を何倍も美人に見せると言うんだ。コレッタならその倍かわいい…ぞ』
『そうかニャ?』
『そうだ。コレッタは…』
アドリブとはいえ、自分のセリフにためらいながら内心喜んでいた白先生。
コレッタ(のパペット)は白先生(のパペット)の胸に飛び込み、ぶんぶんと金色の髪を回す。
白先生(のパペット)の手は柔らかい金色の髪を撫で、白先生(のパペット)の頬はコレッタ(のパペット)の頭をさする。
本物だったらいいのにな、と悪しき考えが白先生の白衣を黒くする。ついつい、舌でコレッタ(のパペット)の頭を毛繕いしかける。

『白先生、暖かいニャ…。ずっとこうしてていいかニャ』
『もうすぐ授業だぞ』
『だって、クロたちにいじめられるニャ』
コレッタ(のパペット)はもじもじと手を縮ませ、スカートを押さえつける。
白先生(のパペット)はぽんとコレッタ(のパペット)の背中を軽く叩く。
『白せんせ…、みたいになりたいニャ』
「あの…白先生。何してるんですか」

リオは雑誌を抱えて、金も名誉もあるいい大人を見つめていた。
三十路を過ぎて、お人形遊びにのめり込む女なんてそうそう見られない。リオはそんな気持ちで白先生を見ていた。
リオは昼休みに図書館で幾らかの雑誌を借りて、教室に戻る途中のことだった。
夏真っ盛りの海を背景に、水着姿のモデルが表紙のティーン誌数冊抱えている。
固まる白先生は何も言わなかった。リオも同じく何も言わない。
間にアニメ誌を挟んでいることを悟られないように、こそこそとその場を去ろうとする。

メガネが曇るほど赤くなった白先生は、コレッタのパペットを動かす。
『因幡さんとわたし、どっちがせくしーかニャ?あ!聞くまでも無いニャ』
「せんせ…似てないです。それにコレッタにまで言われたくないです…」
後姿のうさぎは寂しい。
白先生には負けたくない。リオには負けたくない。女にはぜったいに負けられない戦いがあると両者は自分勝手に信じ、
リオと白先生の一人身女の夏が始まった。

「コレッタちゃんの水着姿もスイカのような上品な甘さなんでしょうね…。玄子を誘って今年も海の子どもたちと…」
一方、佐村井御琴はコレッタたちが帰ってしまったので、寂しそうな顔をしていた。


おしまい。