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冬の風物詩 第1話


年が明け、新春。しかし春とはとても言い難い寒空の下、人間の少年がビニール袋を片手に歩いている。
彼の母校からは数駅離れた、人通りまばらな住宅街。袋の中身は瓶詰めの怪しげな白や黒の粉だ。

「…はぁ 失敗した」

この寒い時期に一人で遠出することになってしまった自分の無計画を悔みつつ、少年は足早に駅へと向かっていた。

うっかりしていた。
つい先日、手製のマグネシウム閃光弾のストックが切れた。
やれやれ仕方ないと製作にかかろうと思ったら、その材料まで切れていた。
そんなわけで、数年ぶりにその材料が一括で揃うホームセンターまで遠出してきたというわけだ。

もう悪ガキなんて歳じゃあるまいに閃光弾ってどうなんだ、と薄々思わないでもない。
とは言え、ストックが切れたのは紛れもなく実用し続けた結果。昔ほどではないが、需要は今でも十分ある。
実際絡んできた不良をなんとかできたのはあれのおかげだ。

何より、あれがないとどうも落ち着かない。
あれがない自分は自分じゃないというか…設定の一部というか何というか。
閃光弾を完全に使わなくなるまで、せめて高校卒業までは常備しておこうと思っている。


そんなことを考えながら下を向いて歩いていると、地面が急に陰り突風が吹いた。ああ、このパターンはあれか。
俺は空からの来訪者を迎えるべく、ポケットに突っ込んでいた右手を挙げて空を見上げた。

「よ、朱美」
「卓君!」

見上げた先にはやっぱり朱美がいた。
そのまま目の前に降りてくるのかと思いきや、横のアパートに方向転換。
2階ベランダの裏側に足をかけて、ピタッと逆さまにぶら下がった。すごいな、全然揺れない。

「おぉー!」

つい拍手が出てしまった。さすがコウモリ、器用なもんだ。逆さまの姿が様になる。
でも住民さんが通ったら驚くぞ朱美…

「ちょやめっ! こっち見ないで!」
「ど、どうした朱美?」
「誤魔化して! 上上!」

何のことかわからなかったが、朱美が慌てて指し示した空を見上げて納得した。
ジャージ姿の鷲の人が小さく旋回しながらこちらに降りてくるところだった。

「やあ鉄なんとか部の卓とやら! ここらで飛澤を見なかったかな!?」
「…鉄道研究部です」

あぁ、すっかり忘れてた。そういえばそんなことになってたっけ。
個人的に入ったつもりは毛頭ないが、露骨になんとか部言われるのも癪なもので、つい言い直してしまった。
相変わらず声が大きい。朱美を激しく勧誘している大空部の宮元さんだ。

「我が部がピンチなのだ! どうしても君たちの部長の力を借りたいのだ! 一時的でいいんだ!」
「いやそう言われても本人の意思がないことには」
「そうだ本人だ! ここらで飛澤を見なかったか!?」
「朱美は…ええと……あっちの空に飛んで行くのを見かけました」
「そうかありがとう! では、さらばだ!」

俺が示したあさっての方向の空に向かって、宮元さんはすごい勢いで飛び去っていった。
嘘を教えてしまったことに少しの罪悪感を感じつつ、空を見上げる俺。
安全を確認して、朱美はこそこそと姿を現した。


「あ、ありがと、卓君。どうしても断れなくて困ってたの」
「…俺まだ鉄道研究部ってことになってたんだな」
「当たり前じゃない! 我らが鉄道研究部の大切な副部長兼書記よ!」

腰に翼手を当てて自信満々に言い切る朱美。もう朱美に抗議しても無駄なんだよな。
軽く溜息を吐いて、気になっていたことを尋ねる。

「その部があるから入部は無しになったんじゃないのか」
「そうなんだけど、一時的でいいから大会の助っ人として参加してほしいって言うのよ」
「大空部って部員少ないのか?」
「そんなことない、鳥の人たちには結構人気よ。でも主要部員が病気で軒並みダウンしちゃって
来週の大会で結果が残せないんだってさ。だから助っ人を頼んできたのよ」
「ああ、なるほど。もうそんな時期だったな」

ホームルームでザッキー言ってたっけ。

「あー…最近、いつもの病気が超流行ってる。鳥人は十分注意するように!

…っつっても手遅れだよなあ。なんで毎年こう流行っちゃうかね。行動範囲広いから仕方ないのか。
まあそんなわけで、まだ生き残ってる鳥人はあんまり遠出すんなよ。これ以上教師の仕事増やさないでくれ」

病名、鳥インフルエンザ。

何か危険な響きがあるけど何のことはない、鳥人限定のインフルエンザである。
感染力が高くその上長引く、鳥人たちにとっては非常にやっかいな代物だ。症状はそれほどでもないのだが。
これが毎年流行る。これでもかってほどに超流行る。もはや冬の風物詩となりつつある。

そういえば、町を歩いていていつもはパラパラ見かける鳥の人を、今日はほとんど見かけない。
よく校庭を走っている伊織さん、最近全く見かけない。メンフクロウ、佐藤先生の国語も自習だった。

「あれ? でも宮元さんは平気なのか?」
「うーん…よくわかんないけど平気な体質みたい。かかったことないんだってさ」
「へえぇ…そういう人もいるのか。ま、あの人が病気してる姿なんて想像できないしな」
「きっとウイルスなんか全部燃やし尽くしちゃうのよあの人は!」
「はははっ! ありそうだ」

朱美の熱弁がおかしくて、二人顔を合わせて一通り笑いあった。

まあ、宮元さんは相当稀なケースだろう。普通、鳥ならみんなこの病気にかかる。
別の鳥人に助っ人を頼んでも、大会当日ダメになる可能性もある。
実力はもちろん、鳥インフルエンザの心配がない朱美はその点からも、どうしてもほしいんだろうな。


「なあ朱美、あんなに頼んでるんだから一回くらい助っ人してあげてもいいんじゃないのか?」
「やーよ! 興味ないもん」
「おまえの頑固も相当なもんだよな」
「それにたぶん大会は延期なのよ。これだけ流行ってると延期になるってことがよくあるみたいなの」
「…? そうなのか。じゃあなんであんな」
「絶対とは言い切れないからって。それでピンチにかこつけて助っ人に呼んで、大会に出たっていう
既成事実作るつもりなのよ。一回出たら余計断れなくなっちゃうでしょ」
「うーん…あの人がそこまで考えてるとは思えないけどなあ…」

あっ、と、朱美が思い出したように声を上げた。

「そういえばここにいたらまた宮元先輩戻ってきちゃうかも。卓君はなんでこんなとこに?」
「ちょっと買い物に。帰る途中だったんだ」
「そっか、じゃあ一緒に帰らない? 卓君電車でしょ?」
「ん? ああ、それはいいけどさ。飛んできたなら飛んで帰ればいいんじゃないのか?」
「飛んだらまた見つかっちゃうかもしれないじゃない。それにもう腕が疲れてガタガタなのよ」

両翼をゆっくりパタパタと揺らしながら、朱美は腕の疲労感を訴える。

「ああ、なるほどね。鷲に追いかけられてここまで来たんじゃあな」
「もう今日は飛びたくないわ」
「じゃあさっさと行くか」

朱美と並んで歩き始めながら思う。
本来、コウモリの飛行速度はあまり速くない。一方で猛禽類の飛行速度はあらゆる鳥の中でもトップクラスのものだ。
にも関わらず、この距離を逃げてきた朱美のスペックは半端じゃなく高いんだろう。
大空部の競技内容は知らないけど、朱美ならスピード系の競技に出ても普通に活躍できるんだろうな。


「俺は宮元さんじゃないけどさ」
「…え? 何よいきなり」
「朱美の飛行能力を何かに生かさないのはもったいない気がするよ」
「えー? なーに、卓君までそういうこと言うわけ?」
「いや大会に出ろとは言わないけどさ」
「あたしは普通の女の子でいたいのよ。有名になんかなりたくないの!」
「ははっ。朱美らしいな」

コウモリなのに猛禽類に匹敵する飛行能力があって、鉄子で、大食漢。
普通の女の子と呼ぶには少々特徴がありすぎる気がするけどね。

こんな風に二人で歩くのは久し振りだ。
隣で楽しそうに笑う朱美につられて俺も笑う。
世間の風は冷たくても、心がぽかぽかと温かい。

ああ、そうか。
やっぱり俺、朱美のことが…

この帰り道がいつまでも続けばいいのに。

なんて柄にもないことを考えている自分に苦笑する。
隣ではてなマークを浮かべる朱美に、何でもないよと俺は笑って答えた。