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溜息は恋のしるし?


「…………ふう」

晩秋から冬へ移り変わろうとしている時期の、ある日の昼下がり。
窓際の席に座る朱美が、何処か遠い目で窓の外を眺め、溜息を一つ。
その様子は何時もの明るい天然気質な彼女から想像できないくらいに暗い物であった。

「なあ、さっきから朱美、如何したんだろうな? 悪い物でも食ったのか?」
「馬鹿、お前じゃあるまいに、んなくだらない理由でああなる訳ないだろ、利里」

その様子を横目に、卓と利里の何時もの二人がひそひそと話をする。

「それに、身体の具合が悪いにしても、1週間ほど前からあの状態ってのはおかしいだろ?」
「あー、確かにそうだな―」

付け加える様に言った卓の言葉に、納得行った感じに返す利里。
そして、利里は何か思いついた様に卓に言う

「ひょっとすると、朱美が溜息付いてるのって、恋の悩みなのかもなー」
「……っ! ま、まさか……そんな訳は……」
「あれ? 卓、如何したんだ―? すっごく驚いてるみたいだけどー」

思わず最悪な想像をしてしまい、動揺を隠せずに思いっきりうろたえる卓。
だが、利里はそんな親友の動揺の理由が分からなかったらしく、不思議そうに首を傾げる。

「あれは……恋する乙女の目だな」
「………っ!! そ、そんな筈は……って、獅子宮先生、何時の間に!?」
「あ、先生ー。まだ授業の時間じゃないけど如何したんだ―?」

後から掛かった声に二人が振り向くと、
其処には咥えタバコ(火は付いてない)に右目に黒の眼帯をした、
現代社会を教えるライオンの女教師、獅子宮 怜子(ししみや れいこ)の姿があった。
そして、彼女は驚く卓といまいち状況を理解していない利里に向けて、冷静淡々と言う。

「私が何時来たかとか、まだ授業の時間では無いとか、
そう言うくだらない事は如何でもいい、問題はあれを見て少年達は如何動くかだ」
「そ、それは……」
「えー? 如何するって言われても、先ずは訳を聞くかなー?」

思わず言葉を詰まらせる卓。そしてのん気に答える利里。
それを前に、女教師は隻眼の目を瞑ってうんうんと頷き。

「良し、ならば少年達に代わり、今から私が彼女へ黄昏ている理由を聞きに行ってくるとしよう」
「おう、俺達の代わりに行ってきてくれるのかー、助かるぞ―」
「え!? ちょ、せんせ……あ……行っちゃった……」

言って、卓が止める間も与えず獅子宮教師は尻尾を揺らしながら、未だ黄昏ている朱美の元へと向かう。
そして、不安げな卓を余所に、彼女は朱美と二言三言会話すると、直ぐに踵を返し二人の元へ戻ってきた。


「彼女から、黄昏ている理由を聞いてきたぞ」
「で……先生、如何だったんだ?」
「俺も気になるぞー」

別々の理由で興味津々な二人に対し、
彼女はわざと焦らす様に天井を見やった後、二人の方へ向き直り。

「ああ、どうやら今、彼女はゼロ、とか言う者の事が気に掛かっているらしい。
しかも如何も、今月の終わりにそのゼロが遠い所に行ってしまうのでな、さっきから彼女はあんな状態らしい」
「おお、朱美が恋心を抱く人が居たんだなー、驚いたぞー」
「な、なんだって―!? そ、そんな……」

淡々と言った獅子宮教師の言葉に、利里は素直に驚き。
そして卓は何処ぞの編集部員の様な声を上げた後、がっくりと机に突っ伏す。
彼女はその様子を微笑を浮かべながら眺めた後、項垂れる卓の肩にポンと肉球のある手を置き

「まあ、待て、卓少年。 まだ挽回のチャンスはある」
「……え?」
「そうだな、今月の終わりに彼女を旅行に誘ってみると良い。
旅行と言っても新幹線に一駅ほど乗る程度の小旅行だ、金もそうは掛からないだろう」
「それだけで良いのか……?」

獅子宮教師のアドバイスに、僅かながらに希望を感じた卓は顔を上げて答える。

「ああ、それとその時に乗る新幹線の車両はなるべく古い……そうだな、丸っこい団子っ鼻の車両にすると尚良いだろう。
それをやれば彼女の卓少年に対する印象は鰻登り間違い無しだ」
「う、鰻登りか……分かった、やってみる!」

徐々に勇気を湧き上がらせた卓は遂に立ちあがり、決意の炎を燃え上がらせる。


そんな卓の背を後押しする様に獅子宮教師がポンと叩き。

「分かったなら直ぐに行動だ。さあ行け、少年、迅速な行動は恋愛において何よりも大事だぞ」
「ああ、言われなくても! アドバイス有り難う、先生」
「ふふ、その意気だ」

そして、早速朱美の元へ向かう卓の背を眺め、
してやったりな笑みを浮かべる獅子宮教師に向けて怪訝な物を混じらせた眼差しを浮かべた利里が問い掛ける。

「なあ、先生……本当の所は如何なんだー?」
「ん? 本当の所は、と言うのは如何言う事だ?」

しれっと誤魔化す獅子宮教師に、利里は更に指摘する。

「いや、だからさー。先生がさっき言ったゼロとか云々は嘘だろー?」
「くく、利里少年は見た目に比べて意外に鋭いな、驚いたよ。
実は言うと、彼女が想っているゼロと言うのは人間でもケモノでもないのだよ」
「じゃあ、ゼロって一体何なんだー?」

鋭い利里の指摘に、彼女は僅かながら驚いて見せた後、
早速デートの誘いをしているであろう卓と朱美のやり取りを微笑を浮かべて見やりながら、利里の問い掛けに答える。

「東京オリンピック開会の年に生まれた、高度経済成長時代を支えた立役者の一つさ」
「………?」

今度こそ彼女の言葉の意味が理解できなかったらしく、利里は不思議そうに首を傾げた。


その数日後の11月終わりの日曜日、
カメラ片手に喜ぶ朱美の横で、卓は彼女が黄昏ていた理由を知り、
同時に、獅子宮教師に一杯食わされた事を痛感したのだった。