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スレ3>>47-81 ひみつの風紀委員長 後編

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スレ3>>47-81 ひみつの風紀委員長 後編


―――昨日の惨劇から立ち直れず、意気消沈のままのわたしは、朝の電停で耳を垂らしていた。
しかも、今日は委員会活動の為いつもより早く行かなきゃならない。テンションが下がる一方。
マオと更紗の二人してわたしのことを笑うんだろうな。弟のことだ、ぜったい笑う。そして更紗から白い目で見られる。
それにしても電車が来ない、電車にまでバカにされている気がする。と、ようやく朝のラッシュを掻き分けて
電車が轟音を立ててやって来た。お客で一杯の電車には、今日は座れそうにも無いな。
空気の音と共に電車の扉が開くと、わたしが今いちばん目を合わせたくない子がいた。

更紗だった。

なんと悲しいことに、わたしの通う学校の制服と同じだ。もちろん中等部なのは分かっている。
確かにマオと同じ学校とは聞いてはいない。よりによってウチの学校だなんて、なんたる不運。
「お、おはようございます…マオくんのお姉さん」
「おはよ」
すっと立ち上がり、お辞儀をしている更紗。その隙にキツネのおじさんに席を取られてしまった。
もう、このまま学校近くの電停を通り越して、どこか遠くに行きたい気分だ。
立っているだけでも拷問なわたしの真正面には、更紗が少し恥ずかしげにつり革に捕まっていた。

「同じ学校だったんだね…」
お姉さんぶって更紗に話しを振るが、きっと更紗は内心わたしのことを蔑んでいるんだろう。
更紗の髪からシャンプーのいい香りがする。若い子にはお似合いの石鹸の香り。
ガタゴトと電車はわたしたちを揺らし、朝の街を駆けてゆく。他の子たちはあんなに楽しそうなのに、
わたしの心境を考えると納得いかないこの社会。しかし、学校では『みんなの風紀委員長』、明るく振り舞わなきゃ。

突然、聞き覚えのある曲の着メロが聞こえた。朝っぱらからえっちなサイトを覗くような背徳感がよぎる。
……『若頭は12才(幼女)』のオープニング曲だ。
このアニメの曲を着メロにしているとは、なかなか侮れない。一体何処のどいつだ?

更紗だった。

なんですと?何故、この曲を知っているの?この曲を着メロにしているなんて?
もしかしたら、更紗も実はわたしのようにこっそりと2次元ライフを過ごしている子なんじゃないのか。
慌てて簡易留守電モードに切り替えている更紗、なんだかさっきとわたしの見る目が変わった気がする。
微かな心のときめきが輝く中、運転手のアナウンスが現実に引き戻す。
「東通り16丁目ですー」
わたしたちの学校の最寄り電停に着くと、バラバラと乗客が降りてゆく。人の波に埋もれながら、
学校までの坂道を歩いていると、後ろから更紗が付いてきていた。彼女もまた、何某の委員会らしい。もうすぐ学校。


午前中の授業は眠い、眠いというより退屈だ。ツキノワグマの熊牟田先生の授業は悠長で困る。
カツカツとチョークの音と先生の声は、睡魔を召喚するには最高位の呪文。
これに耐えられないわたしは、まだまだ経験値は低い。どんどんHPが削られていくのが、からだ全体で分かる。
こういう時は妄想するのに限るのがわたしの中では常識だ。更紗を森三ゆみみにしてしまって、何か妄想しよう。
他人に見つからぬようペンを動かすと、みるみるうちにノートの余白がマンガ雑誌の紙面に変わり始めた。

「ゆみみ姐さん!やつらが組を割ろうって話を小耳に挟みましたぜ!」と、舎弟の熊牟田。
更紗もとい、ゆみみは落ち着き払って「まあ、これでも食べな。話は落ち着いて!」
「うう…ハチミツ饅頭ですと?どこから…??」熊牟田、目に星を浮かべる。
更紗「その箱を上げてみな」と、熊牟田に。ハチミツ饅頭の上げ底の中には、インクの香り芳しい万札の群れ。
「こ、これは!!」
「ふっ、県警も悪よのお。いまどきこんな時代劇みたいな手を使いやがって」
「ま、まさか?」
「鎌田警部も、わたしたちのことを分かってらっしゃるね。早朝、こっそり届けてきやがったんだ」
「ふっ、しかし…どうして?」と、むしゃむしゃとハチミツ饅頭を頬張る熊牟田。
「ポリ公もわたしたちの力が欲しいんだってことね。ふふ」と、更紗もハチミツ饅頭をぱくり。

気のせいか本当に何かを食べている音が近くでする。マンガから抜け出せないとは重症だな、わたしも。
いや、これは現だ。ふと隣を見ると、教科書を盾にこっそりとお弁当を食べている輩が。お昼までには3時間も早すぎる。
カマキリの鎌田だ。寒がりだから食べていないと、体温が保てないからなのか?だが、風紀を乱す者は許さない。風紀委員の血が騒ぐ。
「先生!鎌田くんが!!」
「なに!!鎌田くん、こっそりと何ば食っとるとですかあ!」
「ふぁっ!今度は堂々と食べます…」
「この、ばかちんが!!」
バカだ、鎌田は。しかし、授業中マンガを描いていて人の不逞を暴くなんて、わたしはなんという都合のいい女なんだ。

―――そして、本当のお昼休みの時間。
鎌田はお腹をすかせて泣いていた。もう、食べる弁当もない。パンを買うお金もない。
悲惨の限りの鎌田くん、自業自得のいい見本をみせてもらったと思うぞ。この、ばかちんが。
「鎌田くん、ほら…わたしのサンドウィッチ半分あげるから、泣かないの」
「因幡…恩に着るよ」
コイツは弟より手が掛かるな。弟の生意気な顔を思い出す。


お昼の間に更紗の教室にお邪魔する。クラスは電車の中で聞いておいた。
しかし、中等部に来るのは久しぶりのこと。わたしより若い子たちが、廊下を走り回っている。まるで嫌味のように。
更紗のクラスに着くと、教室入り口にたむろしていた男子三人組を介して、更紗を呼び出してもらう。
「あの…、高等部の因幡って言うものですが、美作更紗さんいますか?」
「ん?美作?ちょっと待っててください」
ぱたぱたと奥から更紗が駆けてきた。そして、こけた。
「大丈夫?」
「う、うん。マオくんのお姉さん」
「リオでいいよ。せっかく同じ学校って分かったんだからさ。…一緒にジュースでも飲も」
こくりと頷き、青空と緑の芝生広がる中庭へと向かう。

池の側で二人して腰掛けて、わたしはキャロットジュース、更紗は烏龍茶を飲んでいる。
こうしているとアニメに出てくる『お姉さま』とやらを思い出す。いや、そんなつもりは毛頭ない。
「更紗ちゃんは…テレビとか良く見る?」
「え、ええ。良く…見ます」
「夜更かししてとか?」
「時々…したり…します」
そうか…、当然深夜アニメは良く見ているんだろう。
ごくりと烏龍茶を飲む更紗の横顔は、少し赤らんでいるようにも感じる。一方、わたしは心臓が激しい鼓動を打っている。
もしかして、初めてじぶんと同じ趣味の子が現れたのかもしれないからだ。
笑われるから、謗りを受けるから、弟がうるさいから…と、ひたすら自分の趣味を隠し続けて、
終いにはクラスの風紀委員長として『嘘っぱちの人気者』を演じてきた一羽のウサギ・因幡リオ。
こうしてちゃんと話せるヤツもいるんだってことが分かれば、もう負い目を感じる事も無い。
もう、寂しくするとウサギは死んでしまうなんか言いません。ハイ、言いません。

わたしはこの子の虜だ。
わたしの夢である『若頭』に相応しい、わたしのヒロイン。
そして更紗、もとい森三ゆみみからこんな言葉を言われてみたい。
「やっちまいな!」


―――その夜、わたしは自室のPCの前にいた。
目的は森三ゆみみの衣装を揃える為。ネットでお買い物できるなんていい時代になりましたね。
でも、結構高いんだな…コレ。予想外の財政難で今月はDVDもゲームも買えないよ。
と、思いつつクリックをすると購入完了。あとはATMで入金するだけ、クレジットカードが早く欲しいと思う今日この頃。
衣装はおよそ一週間後に到着のこと。この『わくわく週間』が堪らない。

玄関の開く音がする。塾からマオが帰ってきた。
万が一、わたしの部屋に入ってきた時の為にPCの画面は消しておく。壁紙は…ちょっと見せられない。
みしっみしっと階段を昇る軽い音が聞こえる。丁度、わたしの部屋の前か、その時ヤツの携帯が鳴った。
……なんですと?更紗と同じ着メロ?
そう、『若頭は12才(幼女)』の曲ではないか。
マオはわたしの趣味をバカにするようなヤツだ。何故にマオがこの曲を選んだのか、甚だ疑問が残る。
わたしの部屋の扉を開けると、制服姿のマオが携帯をいじりながら突っ立っていた。
「姉ちゃん…。何?」
メガネ越しにマオの携帯をよく見ようとすると、少しムッとして素早く携帯を折りたたんでしまった。

「マオ?その曲…」
「これ?更紗から貰ったんだけど…」
わたしの予感はあたった。更紗は紛れもなく、わたしの趣味と同じだ。
そして、わたしと同じようにこの趣味がばれることをビクビクしながら恐れているような子だ。
わたしの更紗!いや…わたしの森三ゆみみ!尻尾を振ってこっちへおいで。お姉さん、もう泣かない。
森三ゆみみの服が届く日が楽しみだ。わくわくしているわたしにまたしても弟が水を刺す。
「姉ちゃんさ、ただでさえおかしい顔なのにもっとおかしくなってるよ」
「……電気アンマ、試してみる?」


日曜日に美作更紗を個人的に因幡家へと誘い込む事に成功した。厄介者のマオも、図書館に出かけていて夕方まで戻ってこない。
出来れば夜まで戻って来なくていいよ。わたしだけの更紗、わたしだけのゆみみ。マオの目なんか気にしなくてもいい至福の一日。
『森三ゆみみ』の衣装を通販の袋から開けるのを待ち構えながら、更紗の訪問を待つ。
約束の時間より5分遅れてチャイムが鳴った。インターホン越しに声が聞こえる。
「あの…、因幡さん…の」
「更紗ちゃん?」
「あ!マオくんのお姉さん!!」
キタキタキタキタ!!世界中がこの少女を待っていた!玄関を開けると、紛れも無く美作更紗であった。
うーん、かわいい。食べ…いや、わたしには百合っ気なんぞないぞ。一言もそんなこと言っていないし。

わたしの部屋へ通すことは自殺行為に等しいので、居間へとご案内。
ここでも更紗は何もないところでずっこけていた。
「更紗ちゃん…ね。わたしからいいものプレゼントしようと思って、今日は呼んだのね。ごめんね」
「プ、プレゼントですかあ!?ありがとうございますう!!」
更紗の笑顔は、わたし糧だ。その季節外れの向日葵のような笑顔を見ながら、通販の紙袋を取り出す。
そして、中から出てきたのは、ご存知『森三ゆみみ』の衣装。

「ねえ、更紗ちゃんに似合うと思って買ってきたんだけど、どう?」
「素敵ですう!!」
ならば、早速。ストライプのタイツに、プリーツスカート。赤いリボンをカチューシャ代わりにつける。
更紗のきれいな黄金色の髪に丁寧にワックスを付けて、ドライヤーをかけながら更紗をゆみみに仕立て上げる、と。
そこにいるのは、誰が何と言おうと『若頭は12才(幼女)』のヒロイン、『森三ゆみみ』であった。
尤も、『若頭』のファンしか言わないだろうが。

「かわいい!似合ってるよ!」
「そ、そうですか?えへへ」
犯罪的な笑顔がわたしを萌え殺す。


しかし、ゆみみは若頭だぞ。強いんだぞ。えへらえへらと笑っている子じゃあない。
龍をも殺しかねない舎弟を引き連れるような子だ。みっちり『若頭』になる特訓をしなければ。
「さあ、更紗ちゃん。『お前らすっこんでろ!このこわっぱ侍め!!』って言ってごらん」
「ええええ?」
「『お前らすっこんでろ!このこわっぱ侍め!!』って言ってごらん」
「お、お…おまいら…しゅっこんで…。わーん!」
ゆみみはそんな子じゃない。涙を流すことは、舎弟の血が流れるのと同じなのだ。
もう一度言うぞ。
「『あたしのシマで狼藉をするヤツは、食っちゃうぞ!』はい!」
「あ、あたしの…しまでろうぜき…あーん!!」
更紗は若頭になれないのか。わたしの夢が、がらがらと音を立てて崩れてゆく。
もしや、この子は『若頭は12才(幼女)』を知らないのではないのか?
あの着メロは何かのまやかしなのか?思い切って更紗に聞いてみた。すると、意外…と言うか当然の答えが返ってきた。
「わたし、そんなマンガ知りません」
「そう…」
わたしの目の前にいるのは、森三ゆみみではなく美作更紗なのだ。

ならば、あの着メロはどうして知ったのだろう。あの曲はわたしたちファンでなきゃ知らないぞ。
「あの曲は…、マオくんから教えてもらって…」
なんだと。マオのヤツが?散々わたしの趣味をバカにしておいて、これか。
とりあえず、マオが帰ってくるまで更紗ちゃん、私の家でゆっくりしてってね!!
そして、因幡マオよ。覚悟しなさい。


その夜は、戦争だった。勝っても負けても何の得もない、誉れだけの戦い。
攻撃こそ最大の防御、マオに向かって出来る限りのダメージを与える。形振りなんか構っちゃいられない。
「マオ!更紗に何をした!!」
「なんだよ、いきなり。このオカチメンコ」
涼しい顔をしながら、図書館で借りてきた本を読もうとするマオ。わたしの戦意高揚には十分すぎる憎たらしさだ。
マオの部屋は戦場。最前線にて玉砕覚悟でマオを攻め立てる。敵もさるもの、わたしに倍以上の銃弾を浴びせ返す。
「更紗に余計なことしないでよ!姉ちゃんは2次元の子としか仲良くなれないんだからさ!」
「言ってくれるね…バカ!!チビ!!」
「アホ!!ブス!!」
もう、こうなったら散華するしかない。失うものは何もないからね。
マオの小生意気な頭にわたしは両手のげんこで、こめかみをグリグリっと捻じり込む。
うはは、本を落っことして観念しやがった。早くからそうしなさいね、わが愚弟よ。
慌てて逃げ出した弟を捕まえようと、壁際に追い詰める。とうとう弟は白旗を降り始めた。

「ぼくが、教えたんだよ。その着メロ」
「はあ?」
「ごめんなさい。この間、姉ちゃんのPCをこっそり覗いた時に、ブックマークが気になってさ。
つい、覗いちゃったんだ。で、そのマンガのHPで『着メロダウンロード』ってあったから…。つい」
部屋の壁にへたり込んだマオは続ける。
「試聴で気に入っちゃって、ぼくの携帯に登録してさ…そしたら、たまたま更紗も気に入ってからさ」
事の顛末はそうだったのか。ところが、白状したマオはするりとわたしの包囲網から抜け出す。
気が付くと扉を開けて逃げようとしていた。
「そしたら、あんたが言った『更紗から教えてもらった』ってのは?」
「嘘っぱちだよ。バーカ」
脱兎の如く逃げ出すマオ。ウサギだからか、そんなことはどうでもいい。
結局残ったのは、わたしの恥だけか。


翌日、学校への坂道の途中、更紗が駆け寄ってきた。
この間のこともあり、あんまり顔を合わせたくない。しかし、学校では『みんなの風紀委員長』。98%の笑顔で更紗に振り向く。
「マオくんのお姉さん!」
「あ、おはよー。リオでいいよ」
「リオさん!あの…何でしたっけ『わかあたまは12さい』。面白いですよね!!」
「え、何のことかな?」
「ほら!この間、リオさんの家で言ってたあのマンガ。ネットで調べてみたんですよ。
そしたら、動画サイトが見つかってですね、あたし…はまっちゃいました!!」
大変だ。わたしは更紗を『若頭』ファンにしてしまったようだ。ファンが一人でも増えるのは、嬉しいことだが
心配の種が一つ増えることにもなる。もちろんそれは…言うまでもない。

「あの第3話の少年との闘い。もう、舎弟の前での強さと一人きりになったときの脆さ…。
あたし、萌え死にそうになっちゃいましたよ!」
「そ、そうね。わたしも…きゅんってきちゃったね…」
「でも、第4話が『諸般の事情で配信を中止します』ってのが悔しいんですう!」
う、わたしもその第4話については、辛酸をなめている。しかし、もうすぐ校門が近い。クラスメイトもたくさんいる。
新たな趣味が見つかりおおはしゃぎの更紗の声は、残念なことによく響き渡る。
「でも、第5話の契りを交わすシーンは名作ですよ!」
「そ、そうそう…、あのシーンね!」
「おはよー、リオ!」
追い討ちをかけるように、モエさんが短いスカートを翻し駆けて来た。
モエさん、俯き加減のわたしの顔を覗き込みながら笑っている。
「『あのシーン』って…何?」
「ええ?えっとね!昨日の…ほら!キタムラくんが出てるやつ!」
「昨日は臨時ニュースでドラマはなかったんだけどな…」
朝からもう、泣きたい。そんなわたしをよそに更紗はニマニマ笑っていた。

走り出したくても、更紗に悪いからそれは出来ないので、一緒に校門を潜る覚悟を決めなければならない。
そう…わたしは『みんなの風紀委員長』なのだ。

―――そして、その夜もまたもや戦争となった。
「姉ちゃんが余計なことをしてくれたから!!」
「何が余計なことよ!チビ!!」
「コスプレとか、同人とか…更紗が姉ちゃんみたいになっちゃうじゃんか!」
「何が『姉ちゃんみたい』よ!?いいじゃない、好きにさせなさいよ」
「……バーカ!!」
この夜こそ、本当に森三ゆみみに助けられたいと思ったのは、言うまでもないお話なのだ。


おしまい。



関連:鎌田 モエ


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