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スレ2>>160-213 親友以上恋人未満? 前編

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lycaon

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親友以上恋人未満? 前編


「ったく、もう三十分も遅刻だ……」

秋晴れも何処か心地よい休日の、昼ご飯にはちょっと早い時間帯。
人の往来の激しい駅前の忠犬すかりょん像の前で、俺、御堂 卓(みどう すぐる)は時計を見やり独り言を漏らした。
にしても、大体忠犬にすかりょんって名前は如何なんだ、
とか心の中でくだらないツッコミをするのは、これで三度目だ。

「何時もだったらアイツ、約束の時間前には来ててもおかしくない筈なのに……ひょっとして何かあったのか……?」

先ほどまで俺の横でボーっと待っていた犬の少年が、彼女であろう猫の少女と連れ立っていくのを横目に、
俺は約束の時間になっても未だに来ない親友の身を案じ、再度。呟きを漏らす。

一応言っておくが、単にすれ違い、だとか、見つけてない、とか言う事はないだろう。
何せ、俺の親友ってのは一目見ただけでも一生忘れられない様な姿をしており、
おまけにガタイも結構デカイので、例え人ごみに紛れたとしてもすぐに判別出来る筈だ。
しかも、リザードマンのアイツの顔と尻尾はモンハンのリオレウスそっくりなのだからな。

ああ、そうだ、俺の親友であるアイツの名前は竜崎 利里(りゅうざき りざと)
名は体を表すとか国語の梟の先公が良く言っていたが、
この利里ほどその言葉に当て嵌まる存在は校内ではないだろう。

俺と奴との関係は小学生の入学式の時、利里の尻尾を俺がうっかり踏んづけた時から始まっている。
恐い外見に比べて明るくて人懐っこい性格と言う凄いギャップを持つ利里に、俺はなんだか惹かれる物を感じ
そして同時に、その時から既に周囲から見た目的な意味で恐がられていた自分へ、
臆せず話し掛けて来た俺に利里は感動を覚え。その場で友達になろうと二人で誓ったのである。

そして以来、小学生の頃は周囲から悪ガキトリオと呼ばれていた位に常に一緒で居る位の仲となっている。
……っと、二人組なのにトリオっておかしいんじゃないか? と突っ込む奴も居るんじゃないかと思うが、
実の所、俺と利里以外にもう一人居たりするのだが……

閑話休題

それにしても、意外と律儀な性格である利里が、ここまで遅刻するのはかなり珍しい事である。
何せアイツは親友との約束は何が何でも守るのが信条なのだ。
この前、別の用事で待ち合わせした時は、約束の時間の三時間前に来ていた位だ。
そんなアイツにも関わらず、今回の遅刻である。しかも遅れるとの連絡も無しである。
これは何かあったと考えるしかないだろ。


「ひょっとしたらアイツ、むかってる最中になんかの事故に巻き込まれたんじゃないだろうな?
ああ見えて利里の奴、ボーっとしている所があるからなぁ……って、ん?」

更に十分経ち、俺のアイツへの心配が不安に移り変わり始める矢先、
晴れていた天気が不意に曇った時の様に、俺の立っている辺りの地面が急に陰り、更に突風が吹き始める。
その急な変化に、俺は思わず雨でも降るのか?と空を見上げると……

「やっほー、卓くーん」
「って、何かと思えば朱美、お前か……」

大きく広げた翼を羽ばたかせ、頭のポニーテールをなびかせながら
狐に似た顔立ちをしたオオコウモリの少女が俺の前に降り立った。

突然、空から登場したこいつの名前は飛澤 朱美(とびさわ あけみ) 俺とアイツと同じクラスの同級生で、
そしてこいつもまた、俺と利里とは小学生の頃からの仲であり。更に言えば悪ガキトリオ最後の一人だったりする。
天真爛漫、好奇心旺盛、天然気質を地で行き、思いついた事は即実行する困った性格で、
その場のノリでバカをやっては、俺と利里を巻き添えにして先公に叱られるを繰り返していたのを思い出す。

俺達と朱美との馴れ初めは、ある日突然、朱美が友達になろうと言い出した時からで、
朱美本人いわく、二人の掛け合いがなんだか面白そうだったから友達になってみた。との事である。

「なんだか暇そうだねー。誰かと待ち合わせかな?」
「まあ、その通りだな。俺は只今利里と待ち合わせ中……かれこれ四十分近く待たされてるけどな」

翼膜のある手を振りながら明るいノリで話しかける彼女に、俺はどこか疲れた調子で応える。
彼女は「ふ―ん、そっか―」とうんうんと頷くと

「言っておくけど、利里君は今日来れないみたいだよ?」
「は? どう言う事だ? 来れないみたいって」

いきなり朱美が言い放った思わぬ言葉に、
俺が思わず疑問の声を投げかけると、彼女はパタパタと片方の翼手を振りながら、

「それがね、利里君が言うには脱皮が始まったから暫くは動けないんだって。
で、あたしが何でそれを知ってるかと言うと、たまたま利里君の家に遊びに行ったらね、
その事を卓君に伝えてくれって利里君から頼まれちゃってねー?」

「なるほど……脱皮をしている最中じゃ電話をする事も出来ないだろうし、連絡が無いのも当然か」
「そうそう、『行けなくてゴメンなー』と卓君へ伝えて、とも言ってたよ。利里君」

言われてみれば、昨日からアイツ、やたらと身体を壁に擦りつけたりしてたみたいだからな……
そろそろ脱皮の時期じゃないかな、とは思ってはいたが……何も今日始まらなくたって良いじゃないか……。
つか、それを最初から言ってくれよ、朱美。

「所でさー、卓君は利里君とは何をやるつもりだったの?
……ひょっとして、男二人で禁断のBLを育むつもりだった?」

「お前の言う禁断のBLについては断じて違うと言わせてもらう」

一応言っておくが、朱美の言うBLについてはググッて調べようとは思うなよ?
多分、色々な意味で後悔する。


「言っておくけど、俺と利里が何の待ち合わせをしてたかと言うと、
この駅前に携帯ゲーム喫茶ってのがオープンしたってのテレビで知ってな。
其処で今日、その喫茶店へ一緒に見に行ってみようって話になって居たんだよ。アイツもモンハンにハマってるしな。
……だが、脱皮が始まった様じゃ、今日中は無理っぽいな」

「ありゃりゃ……そう言えば、利里君、すっごく残念そうだったもんねー」

多分、今頃は利里の奴、剥がれ始めた皮を剥ぎ取りながら残念がってるんだろうな。
アイツ、携帯ゲーム喫茶に行くのを本当に楽しみにしてたんだし。
……にしても、1時間ほど前に脱皮が始まったとしても昼過ぎには終われる筈なのだが……?
まあ、アイツにはアイツなりの事情ってものがあるのだろう。

「まあ、そう言う訳じゃ仕方ない……とっとと帰るとするかな」
「へ? 卓君、帰っちゃうの? 何で?」
「いや、何でって……」

仕方なしに帰ろうとした所で朱美に不思議そうに聞かれ、俺は言葉を詰まらせる。
そんな俺に対し、朱美はピンと耳を立て、まるで名案を言う様に俺に提案をする

「せっかくここで会ったんだしさ、デートでもしようよ。ね?」
「デートってな……おいおい……」

行き成り過ぎる提案に、俺は思わず呆れ混じりに呟きを漏らす。
恋人でもあるまいに……デートって言うか、普通?

「言っとくけど、俺はそんなに金ねーぞ? せいぜい二千円程位しかないし……」
「だいじょーぶじょぶじょぶ。実は言うとあたし、学校終わった後はピザの配達のバイトしててお金持ちなんでーす!
だから、あたしが全部奢ってあげるからデートに行きましょう! ほら、レッツGO!」

と、俺の手を取って強引に誘う朱美。
(ちなみに、彼女の翼の手には、ちゃんと物を掴む為の親指人差し指中指に該当する部分があったりする)
当然の事、俺はなんだかんだと断ろうとするのだが……

「いや、それは余計に……」
「さあ、君は何処に行く? 映画館? それとも遊園地? 何だったら両方?」
「……映画館で良いです……」

結局は朱美の強引さに負け、かくて、俺は素直に朱美とのデートごっこに付き合わされる事となった。
すまん、利里。なんだかお前を裏切ったような気がするんだ、俺。

                               *  *  *

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!』
『プッツーン☆ オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!』

「そこだー、やっつけろー!」
「…………」
「ほら、卓君も応援するのよ! いっけー! 頑張れー、ジョータロー!」
「……ガンバレー……ハハ……」

俺は、今、何をやってるんだろうか……?
無理やり誘われるがまま、映画館で見る気も無いアニメ映画を見ている。
そして隣には翼手をばたつかせて喧しいくらいにノリノリになってる朱美。
さっきから俺に向けて注いでくる周囲の人達からの明らかに迷惑そうな視線がひたすらに痛い。
多分、周りの人は俺達のことを迷惑なバカップルだとか思ってるんだろうな……ハァ……。

「すっごく面白かったねー! 卓君?」
「ああ、そうだな……おもしろかったなー(棒読み)」

俺にとって苦行に近い映画鑑賞がようやく終わり、
精も根も尽き果てた気分で映画館を出た俺は、未だに興奮冷め遣らぬといった調子の朱美に力なく応える。
こいつはガキの頃からこうなんだよな……言ってしまえば、
パワーの続く限り周囲を振り回し続けるムロフシャーって所か。

そして先にスタミナが尽きるのは当然、振り回されているこちらの方だ。ま、唯一、利里の奴だけは平気なんだけど。
そんな疲れた気分な俺の手を、朱美はグイと引っ張ると、

「んじゃ、次は近日オープンした湊通りのスイーツショップへGOGO!」
「まだ行くのかよ……?」
「そーよ? 一日はまだ長いんだからここでへばっちゃ駄目駄目ってね? 卓君?
さぁ、美味しいスイーツがあたし達を待っているー!」

この時、最早、俺は朱美へ反論する気力なんぞ残ってはおらず。
朱美に手を引かれるがまま、駅前にある湊通りへ向かう市電の電停へと向かうのであった。


プォーン……ガタンゴトン…ギギギィィィ……

草臥れた警笛を鳴らし、重厚なジョイント音を響かせながらやってきたリベット打ちの角張った路面電車が
やや耳障りなブレーキ音を立てて電停へ停車する。
やがてプシューと言うエアーの音が聞こえた後、間を置いてドアがどっこいせという感じな動きで開き、

『駅前~、駅前~、終点です。 この電車は折り返し、古浜海岸行きとなります。
長らくのご乗車、まことに有難うございました。駅前、終点でございます』

車掌のアナウンスと共に、車中に満載されていた乗客達が一つの流れとなって電停へ降り立ち、方々へと散り、
その入れ替わりとなって市電を待っていた羊やら鹿やら狼やらの人々が市電へと乗り込んで行く。

「おおっ、ラッキ! これ、20型じゃない!」
「……? 20型? 確かにこの市電には22って書いてあるけど……それが如何した?」

停車している市電を見るなり目を輝かせて歓喜の声を上げる朱美に、
彼女が如何して喜んでいるのかも分からなかった俺は思わず首を傾げる。
そんな俺に、朱美はやれやれと言った感じに説明をはじめる。

「あのね、この20型はこの市電では一番古い形式で、60年以上も昔に作られた車両なの。
車内は木造のニス塗り、そして室内灯は今では殆ど見られなくなった白熱灯! とムードたっぷりな電車なんだけど、
もう今では後2両しか残ってないのよ? とにかく、この電車はすっごく貴重なの!
で、元々はこの電車は完全な木造だったんだけど、後の改造で外装だけを鋼板で覆って―――」

「ああ、熱の込み入った説明している所悪いんだが……話している間に席が埋まっちまうんじゃ……?」
「―――これが半鋼……ってうげ、そうだった!?」

俺の何気ない言葉に、マニアックな説明をしていた朱美はようやく我を取り戻したらしく、
やや席が埋まり始めた車内をはっと見やり、俺の手をむんずと掴むと、

「ほら、座る席が無くなっちゃう前に卓君も急ぐわよ!」
「はいはい……そう急かすなっての……」

やや慌てた調子の彼女に手を引かれながら、俺は市電に乗り込む。
そのニスの匂いが僅かに漂う車内は、全面にニスが塗られた深みのある『木の色』をしており、
車内をほんのりと照らす白熱灯が、その車内の風情をより深めていた。
ちょうど二つ分開いていた赤いモケットの座席に座りながら、俺は車内を見た感想を漏らす。

「へぇ……確かに風情のある車内だな。 お前が喜ぶのも分かる様な気がする」
「でしょでしょ? やっぱり今の無機質なリノリウム張りとは比べ物にならない雰囲気の良さがあるのよね、この電車。
私はこれに乗る為に、わざわざ空を飛ばずに市電を利用して学校に通ってるのよ。
……まあ、たった2両しか走ってないから、これに乗れるのは1週間に一度位なんだけどね?」

「そ、そうなんだ……」

……今分かった、こいつは完全なる鉄子だ……(鉄子とは、女性の鉄道ファンの意)
道理で、こいつは空を飛んでいける筈なのにも関わらず、わざわざ電車を使って学校に通っていた訳だ。


そういや、以前こいつの家に来た時、
女の子の部屋には不釣合いな電車の写真が壁に飾ってあるのを見て不思議に思った事があったが。
こいつにそういう嗜好があったからか……ようやく理解できた。

「ん? 何、その私に向ける生暖かい眼差しは?」

朱美の意外な一面を知ってか、俺は無意識のうちに笑みを浮かべていたようで、
どうやらそれが気に入らなかった朱美は、頬を膨らませた不機嫌な表情で顔を詰め寄らせる。

「いや、何でも無いぜ? ああ、本当に良い電車だな―」
「ちょっと! 何よその棒読みー! 余計に気になるじゃない!」
「はっはっは、気にするなって、だからそんなに揺さぶっても何も出ないぜー?」

チンチン、と発車ベルの音と共に、ガクリと車体を揺らしてようやく走り始めた市電の車内
俺はがくがくと朱美に身体を揺さぶられながらも愉悦の笑みを浮かべて笑うのだった。

『まもなく、本町通~、本町通です、山手町方面へお乗り換えの方は車掌から乗り換え券をお買い求めください』

車掌のアナウンスが流れた後
金属同士が擦れ合う耳障りなブレーキ音を立ててオールドタイマーがゆっくりと止まり、
2段スライド式のドアが勢い良く開く。

板張りの床を軋ませて車内に乗り込むのは、子供を連れた熊のおばさんに大きなカバンを背負った犬の少年、
俺と同じ人間の年配のサラリーマンなどに、俺の見知った顔が一つ――って、あれは?

「……体育の牛沢先生!?」
「あ、本当ね、牛沢先生だ……けど、何あの格好?」

俺達が我が目を疑うのも当然だった。
牛沢先生と言うのは俺が通う学校で体育を教える牛の女性教師で、かなりの巨乳。
上下のジャージに片手に剣道の竹刀、あるいはTシャツに短パンと言うのが学校で見る何時もの彼女の格好なのだが。

この時の牛沢先生は、如何言う訳か其処彼処にフリフリのフリルが付いたドレスの所謂ゴロスリファッションをしており、
何時もの彼女を知っている俺達にとってはかなり異様な風体を見せていたのである。

「――……!!」

どうやら彼女の方も俺達の存在に気付いたのか、彼女は目を大きく見開き、表情を驚きに歪める。
そしてつかつかとこちらへまっすぐやって来て、俺達の前に立つと、

「……な、何でおまえらがここに居るんだ」
「いや、何でって言われてもな……なあ?」

どうやら本気で俺達が居るとは思っていなかったらしく、
俺達の前に立った思いっきり焦った表情の彼女が小声で問い掛ける。
この彼女の反応から見て、どうやらこの姿で居るのを生徒に見られたくなかったようで。
俺は如何した物かと思いながら朱美に目配せをしつつ、先生へ返す。


「私達は湊通りにオープンしたスイーツショップに行く為に駅前から乗ってたのよ?
……と言うか、別に私達が何処に居たって良いじゃない?」

「ぐ、それはそうだが……だ、だが、不純異性交友は良くないぞ!」

俺の意を汲み取ったような朱美の反論に、牛沢先生は一瞬言葉を詰まらせた後、顔を紅潮させて声高に言い返す。
その声に周囲のサラリーマンと犬の少年が一瞬振り返ったが、直ぐに興味を無くしたのか、別の方へ向き直った。
だが、それでも牛沢先生にとっては羞恥の限りだったらしく、顔を余計に紅潮させて言う。

「い、いや……その……お、おまえら、ここで見たことは内緒にしてくれ、頼む」
「……んー、行き成り怒鳴るような人に対して、流石に無料で黙る訳には行かないわよね―? ねえ?」

先生の頼みに対し、朱美は何処か意地悪そうな笑みを浮かべ、俺に目配せして同意を求める。
そういや、この前、体育の授業にホンの数分遅れただけで竹刀で尻をぶっ叩かれた事があったっけ……?
それを思い出した俺は、ちょっと仕返しのつもりで朱美に向けて無言で頷き同意する。
俺の同意を得られた朱美はニヤリと笑みを深めると

「んじゃあ、黙っててあげる代わりに、体育の内申を上げて欲しいな~とか思ったりして……。
ア、これは私の独り言ね? 今、目の前に居るのは体育の教師じゃなくて只の他人だしねぇ?
まあ、これから他人じゃなくなるか如何かはそれからの行動に掛かってるんだけどね」

「~~~~~~~~~~!!」

ニシシ、と笑い声が聞こえそうな調子で言った朱美の”独り言”に、
先生、いや、何処かの誰かさんは暫し悶絶すると、何処か悔しそうな調子で言う。

「わ、分かった……おまえらの言う通り、体育の内申表に心付けをしておく……だから、この事は内密にな?」
「OK、私は何も見なかった。そして貴女は知らない人、と」
「ああ、俺も何も見なかった。そして誰にも会わなかった」

交渉が成立し、先生…いや、ゴロスリファッションの知らない人は尻尾を揺らしながら俺達の前から足早に離れる。
やがて電車がある電停に止まった辺りで、彼女は人の波に紛れる様にしてそそくさと電車から降りていった。
その背中を見送った後、俺と朱美は顔を見合わせ、
お互いにしてやったりな表情を浮かべ、ハイタッチをしたのだった。


「しかし、朱美にあんな一面があったなんて知らなかったな?」
「ん? あんな一面って何?」

そのまま何駅か電停を過ぎた後。
俺が豹の運転手の背中を眺めながら何気に漏らした言葉に、朱美が耳をぴくりと動かし首を傾げる。

「牛沢先生に対しての巧みな交渉術をして見せたところだよ。お前、あんなの何処で覚えたんだ?」
「いや、その……実は言うとね……?」

朱美は何処か恥かしそうに、
指先のかぎ爪で頬をぽりぽりと掻きつつもぞもぞと小声で言い始める。

「さっきやったあれ、昨日見たテレビドラマでやってたワンシーンその物なのよ……それを真似てやっただけ。
まさかそれで上手く行くとはあたし自身、思ってもなかったから……その、ビックリと言うか何と言うか、ね?」

「なるほど……これを牛沢先生が知ったら何て言うかな、はは」

俺が少しだけ乾いた笑いを漏らした後、電車は程なく目的地である湊通りへ車体を軋ませながら到着。
次々と降りて行く乗客に急かされる様に俺達が乗車料金を車掌に渡して電停に降り立つと、
電車はドアを閉め、轟音に近いモーター音(吊り掛け式とか朱美が言っていた)を上げながら走り去っていった。

「やっと目的地に到着っと~」

暫くの間座りっぱなしだった身体をほぐす様に、朱美が翼膜を限界まで上に広げ、身体を逸らして大きく背伸びをする。
その際、翼膜で隠れて余り見えなかった彼女の脇の部分が顕になる。

彼女のような、腕が翼になっている種族の服は基本的に脇が大きく開いた前掛けに近い形状をしており。
蝙蝠系の種族に至っては腰まで広がっている翼に干渉しない様に、横から見ると殆ど丸見えに近い形状となっている。

……つまり、何が言いたいかと言うと、
早い話、脇を隠していた翼膜の邪魔が無い今、ほっそりとした腰周りやら形の良い横乳等が拝める訳で……眼福眼福。

「ん~? なんか変なところ見てたでしょ~?」
「いや、何も見てませんよ俺は?」
「ふっふ―ん……そう、それなら良いんだけど」

危ない危ない、振り向きそうな気配に気付いて咄嗟にそっぽを向いてなければ気まずい事になっている所だった。
にしても、俺と同い年にしては子供っぽい所があるとは言え、こいつももう年頃、出る所は出てる訳か……。
だが、それをついつい意識しちまうのは、こいつの友人としては良くないんだけどな……。


「所でね、あたしは人間が嘘をついた時に見せる癖を知ってるんだけど。卓君は知ってる?」
「ん? なんだそれ? 初耳だな……」

なんだか感慨に耽っていた矢先、朱美が行き成り言い出した言葉に、俺は少し警戒交じりに返す。

「その癖ってのはね、嘘をついた時に人間は耳が僅かに動くんだって」
「へ―、それは―――……っ!」

思わず自分の耳を手をやってしまった所で、俺は彼女の狙いをようやく理解した。
自分の迂闊さに気付いた俺に、朱美はしてやったりな笑みを浮かべ、

「実はそれは嘘なんだけど……卓君がマヌケだって事は分かったわ。
卓君はやっぱり見てたのね、私の身体」

くそぅ、これはさっき見た映画のワンシーンそのものじゃないか!
それにあっさり引っかかってしまうなんて俺はトンでもないマヌケじゃないかッ!
俺が一人後悔しているのを余所に、朱美は怒るどころか何故かうんうんと一人で頷き

「やっぱり卓君もそう言うのに興味があるんだー、卓君の成長ぶりを見れてお姉さん嬉しいなー」
「こら待て、お前は俺と同い年だろ!」

思わずツッコミを入れた俺に、朱美は何処か自慢気に胸を逸らし

「残念、同い年というけど、卓君よりもあたしの方が2ヶ月分年上なのよ!
だから卓君にとってあたしはお姉さんな訳」

「いや、それはどう考えても若干の誤差程度の違いだろ……」
「ふっふー、何とでも言いなさーい。あたしの方が先に生まれたのは事実な訳なんだしねー」
「それはそうなんだが……むぅ、なんだか負けた気がするのは気の所為か……」
「ま、勝敗が付いた所で目的のスイーツショップに急ぎましょうか、さあ、レッツGO!」

言い合いに負けてなんだか少し悔しい気分を感じつつ、俺は朱美と共に目的の店に向けて歩き出す。
それにしても流石に湊通り、というだけあってか、先ほどから俺の頬をなでる風にほのかに潮の匂いを感じさせる。
人間である俺でもこれだから、嗅覚の鋭いケモノならもっと強く感じる事だろう。
そう思いつつ、横を歩く朱美の方を見やると

「スイーツスイーツ……いっぱい食べちゃうぞー……うふふ……」

既に彼女の思考は完全にスイーツ一色へ移り変わっていたらしく、だらしなく開いた口元から涎が零れていた。
……人が気分を感じてる時にこやつときたら……

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