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心のままに~in my heart~



写真つかいの続き【参照:cauchemar



終礼のチャイムと同時に外へ跳ぶ。
秋の晴れ間にうさぎ跳ぶ。
凪に囲まれたウサギ島。緑の雑木が美しい。

「せんせー、さよならー!パン太郎!!プリントかじらない!」
ボブショートでメガネ、真面目ちゃんを絵に描いたような小さな小さなウサギの子が、真っ赤なランドセル背中に声を響かせていた。
誰よりも早く外に出るんだとクラスメイトをすり抜けて、秋の気配を感じ取る。
山は紅葉、海は凪。大分落ち着いてきてたけど、まだまだやる気の太陽がウサギの瞳を赤く染める。

「おーい、ハル子」
木造の校舎を背にして秘密の場所にまっしぐらに跳び込もうとしたとき。
クラスの男子の声が足元から、まるでハル子の細い脚を舐めるようにじっと見つめるかのごとく聞こえてきた。
ハル子が視線を落とすとグラウンドの片隅が穴だらけ。ちょうど、ハル子が入れるぐらいの大きさの穴から土がばっさばっさと泉のように溢れる。
「どうだ!おれが掘ったんだぞ!いちばん立派な穴が掘れるウサギが偉いんだぞ!」
ぴょこんと穴から顔を出した男子ウサギが、ハル子の短いスカートに向かって自慢するも、無邪気な視線がハル子を突き刺す。
「えっち!!!!」

          #

ハル子は小さなウサギの子。
きょうは頑張って島を渡った。島の大人の手を焼かずに、いつもの船長に感謝した。
誰もいない船着場。待ち時間はふんだんとある。潮風だけが話し相手、だと思いきや。
どこかで見たことある大人。カギ尻尾の靴下ネコ。半分垂れた前髪は、一度見ただけでは忘れられない。
その名は淺川・トランジット・シャルヒャー。旅する根無し草の写真家のネコ。
白と黒の毛並みと、カギ尾は会う者全てに印象付ける。
「淺川はどうしてココに来てた!」
「気まぐれ」
「気まぐれって?」
「気まぐれ」
「もう!」
淺川はいつもそうだ。子どもを、子どもだからってからかって!と、ハル子は小さく煮えたぎる。

きょうもおてんとさまが味方して、青いお空を見せてくれた。秋の昼間に珍しく、雲ひとつない日本晴れ。
それに負けじと海原も、青い波を立ててたが。「きょうは波が強いね」と小さなウサギに一蹴されるこの有様。
そう。ハル子は小さなウサギの島の住人である。ウサギばかりが住み着く『宇佐乃島』は、他の種族の進入を拒んできた。
一日数本の渡船に乗って、朝が早かったハル子は本土の船着場の小屋ですやすやと寝ていた。
そこにバイクのヘルメット片手に淺川、トタン屋根のお粗末な小屋を覗いてみると、いつか見たウサギの少女がだれていた。
きょうは日曜日。島のゆったりした時間から離れるのも良かろう。

ハル子は目をこすりながら、大人のネコの顔をはっきりと見た。こんなヤツ、一度会えば誰だって覚えているはずだ。
「淺川だ。どうして淺川なんだ!」
「悪いね、淺川で」
「わたしね、淺川がここにやって来るんじゃないのかなって、思ってたところだよ」
小さなポーチを庇いながらベンチから飛び跳ねるハル子の姿は、淺川にはまるでぬいぐるみのように見えていた。
そばに置いておいても飽きることのない、小さなウサギのぬいぐるみの話は留まることを知らない。

「そうだ。わたしの話聞いてくれるかな」
「100万円くれたら」
「ふざけてる!」
「おれはいつも真剣だよ」
「やっぱりふざけてる」
船着場の自販機でMAXコーヒーを淺川が買うと、飲んだことがないというのでハル子にぽんと手渡した。
目を丸くしたハル子は、お辞儀をして缶を開ける。いつもは見ているだけのコーヒーは想像以上に甘く、舌触りが滑らかでもあった。
キャラメルをコーヒーにしたような舌触り、未来の飲み物のような味はハル子にとっては新鮮でもある。
甘さの割には後味を引かないのは、分別をわきまえた大人の身振りにも似ている。ハル子にはまだ遠い。
「ごちそうさま」
「どーも」

缶を両手で握ってハル子は話を淺川に始めた。
「わたしの島って、ウサギ以外はいないんだよ」
「知ってるよ」
「でも、見たの。ネコの子がわたしの島に居るところ」

           #

ハル子は良く晴れた放課後には、秘密の場所に行くことがお決まりになっていた。
アスファルトで固められた道を走り、脇には涼しげな風薫る雑木林。枝と枝の間には波打ち際が見え隠れ。
ひと気のない丘を目指すと、とうの昔に役目を終えた発電所の建物が視界に入る。
真っ暗に、そして蔦が絡みついたコンクリートの建物は、島の歴史をよく知っているはずだ。
『立ち入り禁止』の看板が錆び付いていた。フェンス脇の切り株にハル子は腰を掛けて、ランドセルを下ろす。
無機質なコンクリート、物静かな雑木林、土地の色。そして真っ赤なランドセル。映画のパートカラーのように、
ぽつんとハル子のランドセルが、彩色を忘れた背景に一輪の花を咲かせる。飴玉のような、女の子の甘い香りが廃墟に漂う。
ハル子はその中から隠していたカメラを取り出した。小さなハル子には釣りあわない、機械と言ってよいがたいの良いカメラ。
見る人が見れば結構な値段のするカメラだ。それは、こっそりと兄の部屋から持ち出したもの。大体の使い方は分かると、ハル子は少し自慢げだった。

この風景を心のままに切り取りたい。
この風景を色あざやかなまま持ち帰りたい。
そして、大人になって、島を出ても、この島のことをずっと覚えていたい。

夢中でシャッターを切る。技術は二の次、感じたままにフイルムに焼き付ける。
カメラは不思議な機械だ。機械ってものは冷たいものや、頑固者だと思われがちだが、カメラだけは違う。
持ち主の言うことを聞くどころか、持ち主以上の感性を持っているのではないのだろうかという、人間じみた印象を植えつける。
そして秘密の場所で、ハル子は島で暮らしているだけでは分からないことを知る。

「あなた、だれ?」
カメラを下ろして、人影を見つめる。じっと相手もこちらを見る。
じょしこーせーみたいな制服着た女の子。年はハル子と同じぐらい。肩にかかった髪に憂い気な瞳。
しかし、この島には制服を着て通う小学校はない。それどころか、高校もないし、その子はネコの子だ。
「この島にどうやって来たの?」
「……」
静かな無音。
期待した答えは戻ってこない。
「ねえ、教えてよ」
またしても、返事はない。
むしろ、返事を否定するような。でも、血の通った生き物が側にいることは確か。言葉だけのコミュニケーションはいらない。
だから、ネコの子はつかつかとハル子の方へ歩み寄り、大きなカメラを興味深げに見つめていた。
そうしていると、カメラの持つ不思議がまたひとつ明かされる。それは、心を開かせること。
「あなたもカメラが好きなの?」
「は、はいっ」
ネコの少女の言葉に、思わずハル子も返事する。
ハル子を認めた彼女は、初めて言葉をつらつらと繋げる。
「わたしもカメラは大好き。だって、ウソがつけないから」

ざっざと土地を踏むネコの子の足元は都会的なローファー。胸元の赤いリボンが目に残る。
時間に取り残されたこの島に、彼女の格好は進んでいるように見えた。それは、島のせい。
ハル子は彼女の「あなたなら、もしかして知ってるかも」との言葉に首をひねっていた。
何?何を?それにどうやってこの島に?シャッターを切る手が動かない。
少し怖くなったハル子は急いでカメラをランドセルに仕舞いこみ、秘密の場所から逃げ去ろうと駆ける。
ネコの子も同じ方向へと脚を向けていた。発電所跡が元の時間を取り戻す。

ハル子の通い慣れた帰り道は、ネコの子がついて来るだけで不安なものになった。
大人に見つかったらどうしよう。この島できて以来ネコが立ち入ったことはない。
それを覆すと大人たちが騒ぎを起すことは分かっている。それを知ってか知らずか、彼女はハル子の後をついて来る。
誰も通らないのがいつもの道。いつも通りに誰も通らず、家まで着けばいいのにとハル子は背後を気にしていた。

「いない……」

どこにも見当たらない。さっきまでいたはずの子。この道は一本道だから、どこかで別れるはずはない。
気にしたくはないけれど、気にはなる。せっかく戻った道をハル子は戻ると、ネコの少女は寂しげに道端に立っていた。
「来ないの?」
「……」
アスファルトを濡らしそうな涙が一滴。
「折角、会えると思ったのに」
「……ねえ。だれにかなあ」
憂いた気持ちなのに空は青い。
お構いなしと言わんばかりの天気は、皮肉にも二人を締め付ける。
何もこんなときに晴れなくても、と。だんだんとハル子はネコの少女に心引かれる。

「あっ」
一本道を軽トラが登る。見慣れた車。見慣れた影。
エンジンの音で子ネコはたじろぎ、脚を振るわせる。
車窓がハル子の前で止まると、窓からハル子の両親が見えた。
「おとうさん!」
「ちょっくら出かけるからな。ハル」
「え?」
「夕方には戻る!なあ、母さん」
家のことなどどうでもよい。自分の背後に隠れた彼女が心配。
思いもよらないとはこのことか。ハル子の両親を乗せた軽トラは、なにごともないまま通り過ぎたのだ。
「気付かれなかったね」
「……うん」
「そういえば、自己紹介まだだったよね。わたしは『ハル』。学校に『はるお』がいるから『ハル子』って呼ばれてるの」
いつの間にかネコの少女は昔からの親友のように、ハル子の手首を掴んでいた。

          #

「淺川、聞いてる?わたしの話し」
飲みかけのMAXコーヒーを手に、ハル子は隣の淺川を横目で覗き込んだ。
相変わらずの淺川は「ああ」と軽く返すだけ。
「もう!」
「聞いてるって。その証拠に、その女の子の名前を当ててやろうか」
「分からないくせに」
淺川は耳の後ろを掻きながら一言。
「『モモ』だろ」

          #

丘の上に建つ日本家屋。歴史があるといえば通りが良いが、逆を言えばがたがきている。
両親は出かけているし、兄も当分戻らない。祖父は朝からお隣に、と言っても数百メートルは先の家。
「ここがわたしのうちよ」
「……」
「遠慮しないで。モモちゃん」
扉をチキンと閉めておけば、鍵なんか要らない。島ではよくあること。
がらりと土間に通じる引き戸を開けると、静かな空気だけが二人を包んでいた。
子供用のスニーカー脱いで、木目が美しい廊下を駆けると柔らかい音が響く。「こっちよ」とハル子が手招きするので、
モモはローファーを土間で揃えてお邪魔する。木と紙だけで出来た古い家に二輪の小さな花が咲く。

この家にネコの子がいる。
それを知ってるのは、ハル子とモモだけ。
二人だけの共有感。
すっと抜ける風。
少し破れた障子紙。
「迷路みたいでしょ。おじいちゃんのおじいちゃんが建て増ししたんだって」
「おもしろい」
「でしょ?」
モモが笑うと、ハル子も笑う。

ランドセルを揺らして廊下の突き当りまで行くと、薄い桜色のふすまが目に入る。
「ここがわたしの部屋」
自慢しようとふすまを開けると、六畳ほどの和室が広がる。
勉強机に、マンガが詰め込まれた本棚。さりげなくウサギのぬいぐるみが転がる。
そして、立て掛けられたコルクボードにはいっぱいの写真。モモが興味を引いたのはそれだった。
「モモちゃん、カメラ好きなんだもんね」
耳の後ろを掻きながら、モモは呟く。
「……すごい」
くいるように写真を見つめるモモに、ハル子は何故だか分からない影を見た。
写真がモモの心が締め付ける。はっきりと分からないものほど、苦しいものはない。
ハル子はランドセルの中のカメラをそっと取り出して、クッションの上に置いた。
「カメラマンになりたいな」
「えっ」
「うん。早くこの島を出てカメラマンになるんだ。だって、カッコいいんだよね」

ハル子は机の引き出しを開き、一冊の雑誌をモモに見せる。
両親の部屋から勝手に持ち出しであろう週刊誌。鶉の水彩絵が描かれた表紙をひとつ捲ると、海の色あざやかな写真のページが眩しかった。
ニ、三ページ風景画が続き、終わりのページの下段には文章が記載されていた。
「『世界中旅してると、やっぱり生まれた国が落ち着くんだよなあって思うじゃないですか?ある国では耳を齧られたりしたぼくですが、
落ち着くとまた旅に出て行きたくなる衝動にかられるんですよね。わかります?これ?そうだ、今度の日曜日ウサギの島への港町に
久しぶりに行ってみようかなぁ。まったくきれいなところでしたよ……と淺川氏はあっけらかんと語る』だって」
「……」
頭を垂れるモモ。パタンと週刊誌を閉じるハル子。雑誌の日付は最新号だった。
「わたし、この淺川って人好きだなー。写真もだけどね!」
「好き、なの?」
「うん。すんごくカッコイイよね」
メガネ越しに目を輝かせるハル子とは対称的に、モモの目は光るものを湛えていた。

「お兄ちゃんがまた遠くに行ってしまう」
聞こえるか聞こえないほどのモモの声。ウサギのハル子が聞き逃すことはなかった。
『淺川』と言う人は一度会ったことがあるだけだ。しかも殆どすれ違いのようなもの。
ハル子がこうして淺川についてつながりを保てるのは、今のところ雑誌やネットの媒体のみだけだある。
その淺川のことを「お兄ちゃん」と呼ぶものが居た。
モモだ。

「どうしたの?モモちゃん……。ほ、ほら!マンガでも読む?『ているずLOVE』一巻が出たんだよ!やっと島に届いた……」
「どうして、みんなお兄ちゃんのこと好きになるの」
小さな影が落ちる。
「港町に来たら、お兄ちゃんに会えると信じてた。お気に入りの港町があるからって。でも、そこには居ないからこの島に来たのに」
「知ってる?この島……ウサギ以外は……」
「知らなかったの」

          #

「そのあとモモちゃんは部屋を飛び出したの。尻尾が廊下に着かないくらいの速さで」
「……」
「淺川っ」
「続けて」
「ふん。……それからモモちゃんの姿を見ることがなかったのね。二度とわたしの島に来ないのかなって。でも、どうしてモモちゃんは」
「『わたしの島に来ることが出来たんだろう』だろ」
淺川にセリフを盗られたハル子は頬を膨らます。理由は分かる。淺川にとってこの問題は易過ぎる。

あのとき、引き止めればよかった。自分が行くって言えばよかった。でも、モモが笑いながら淺川のもとに戻ることはない。
ほんのわずかな出来事だったと聞く。不慮の事故。しばらく交差点に花束が絶えることはなかった。
写真家になることを自分以上に望み、応援し、そして写真家としての姿を見せられなかったことを悔いて。
「お兄ちゃん、フイルム買って来てあげる」
淺川が耳にした妹の声は、これが最後。ハル子にモモがかぶさって見える。

そして

「用事思い出した。帰る」
「え?何しに来たのさ!淺川!」
すっくと淺川自慢の長い脚で立ち上がり、壊れそうな待合室を立ち去る。
飲みかけのMAXコーヒーを片手にハル子が追い駆けると、後ろ向きで淺川が置き土産。
「今度連休の日にでも、佳望町に連れてってやんよ。お前みたいなじょしこーせーのお姉さんに案内役をしてもらってさ」
「あーさーかーわーっ」
太陽はいつの間にか天高く昇っていた。

船着場の最寄り駅。一時間にわずかな私鉄沿線。公衆電話の側に淺川の愛車が休息をしていた。
鈍い光を反射して、革のシートが美しいリッター級のバイク。そして、傍らにはネコの少女。

「よお。久しぶりだな、モモ」


おしまい。