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スレ8>>430-433 けものカンタービレ

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silvervine222

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けものカンタービレ


 もうすでに五月だというのに、肌寒い雨が降り続いている。
職員室で帆崎がふと気づいて時計に目をやると、すでに七時に近い時刻を示していた。
中間試験の問題用紙の作成はまだ、それほど捗ってはいない。
今日はあまり調子良く仕事に手が着かなかった。
雨が気持ちまでゆっくりとこそげ落としているのか、とさえ思ってしまう。
こんな日には早いところ家に帰ってルルの手料理を食べて暖まりたいところであるが……。
「帆崎先生はまだ帰られないのですか?」
 そんな帆崎の内心を察したのか、横から声がした。
見ると百武がきんつばと一緒に緑茶を注いだ湯呑みを置いているところだった。
彼女もまた、雲に覆われてしまって星空が眺められず、不満そうであった。
いつもの笑顔が心なしか少し頼りない。
「ああ、ありがとうございます、そら先生。今日はルルが母の日の準備で忙しいらしくてですね。
晩飯代渡されたんで、アーネットとどこかに飲みに行こうかと思っていたところです」
 湯呑みを手に取ると指先から温もりが伝わり、業務に追われ堅くなった体を解してくれるようであった。
ずう、と音を立てて緑茶を啜る。渋さが舌先に広がる。
帆崎の横顔はどこか寂しさを漂わせており、それを見た百武はなんとか元気を出して欲しいと、和菓子と茶を差し入れた次第である。
「そういえば先生の奥さんは花屋で働いてらっしゃるんでしたっけ」
「ええ。今がまさに書き入れ時というわけです。
あ、ではきんつば、ありがとうございます。いただきます」
 帆崎がきんつばにくろもじを刺した時だった。
にわかに辺りが騒がしくなり、職員室のドアを勢いよく開けながらヨハンが飛び込んでくる。
髪型もシャツも著しく乱れており、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
帆崎が理由を尋ねる間も与えずに、
「ほほほ帆崎君!理由はあとで説明する!僕を匿ってくれ!早く!」
 とまくし立てた。
また女性関係で何かやらかしたか、と訝しがりながらも、帆崎と百武は机の下にヨハンを押し込んだ。
ヘアスタイルが、だとか僕の美しい躰が、とか喚いてたので口の中に無理矢理きんつばを押し込んだら静かになった。
 それから数分後のことだ。
職員室の扉をノックする音と失礼します、という言葉と同時に二人の生徒が顔を出した。
一人はよく手入れされているであろう銀色の毛並みとショートヘアの髪の毛に、赤いヘアピンを付けた凛々しい顔立ちの虎人。
もう一人は橙色と口元の白い毛並みをした、肩程まである髪を二つに分けて編み込んである、
いかにも近頃の女子高生、という感じの猫人だった。
虎の方はそこまで背が高い方ではないのだが、猫がやや小さめの体型なので、体格差のあるでこぼこした二人組に見えた。
「すみません、ヨハン先生はこちらへおいでではありませんか?」
 虎人が尋ねる。
帆崎と百武は二人で見合わせ、先ほどの騒ぎを思い返しながら二人で首を横に振った。
当の本人は足下でがたがたと震えながら縮こまっている。
「すみません、ありがとうございます。うーん、どこへ行ったのかしら……」
「じゃあさ、じゃあさ、屋上とか行ってないかなぁ。ヨハン先生あそこで一人自分の美しさに酔ってそうだし」
「馬鹿ねぇ、今日は雨よ?自慢の髪の毛が荒れてしまうようなこと、するわけないでしょ」
「馬鹿っていうなあ、馬鹿って!」
 二人がやりとりするのをみて、帆崎が聞く。
「あの、ごめん。二人はいったい……?」
 それを受けて二人はふと我に返り、
「すみませんでした。私たちは吹奏楽部の部員で」
「ヨハン先生を探しているんです!」
 交互に答えた。事前に打ち合わせでもしたのか、と思ってしまうほどに息が合っている。
「ここにも居ないとなると、どうしましょうねぇ、めだか」
 めだかと呼ばれた少女はため息をつきながら、
「ここにも居ないんだったら、今日はもうあきらめるしかないかも……」
 生徒二人ががっくりと肩を落とすので、なんとかフォローしようと帆崎が尋ねる。
「ところで、アーネットが一体何を?」
 問に、めだかが答える。
「近々地区予選があるので、ヨハン先生と居残りで特訓するって約束したんですけど」
 地区予選と聞いて帆崎と百武は顔色を変えた。
彼一人の個人的な事情で大会をフイにするわけにはいかない。
「大会がかかっているとは大変だ」
「ほら、ヨハン先生はこちらにいるからどうぞ持っていって!」
 二人で帆崎の机の下に潜り込んでいるヨハンを無理矢理ほじくり出す。
悲痛な叫びを上げながらヨハンが暴れる。
「帆崎君!裏切ったな!許さないぞ!そら先生はかわいいから許しますけど!」
「ヨハン先生そんなところにいたんですか!恵ちゃん、連行して!」
「了解」
 めだかの指示で恵と呼ばれた虎人はどこから取り出したのか、荒縄でヨハンを縛り上げる。
瞬きする暇も与えない程に、あっと言う間だった。匠の技と言うほかない。
「さあ、ヨハン先生」
「アタシたちと一緒に」
「「お楽しみのトレーニングをしましょうねぇ……!」」
「ひぃっ……!」
 二人の有無を言わせない迫力に、ヨハンは息を呑む。
「いやだぁ!僕にはそんな趣味はないぞ!帆崎君!覚えていたまえ」
 ヨハンは芋虫のように丸められ、ずるずると引きずられていった。
三人が去ってしまうと、職員室には元の静けさが戻った。
 入れ直した緑茶を啜りながら、帆崎と百武は一息つく。
「すごいですね、吹奏楽部の方って……」
「まあ、部員の半分はヤツのファンでもあるので……」
 帆崎が晩飯をどうしようか、と考えながらぼやく。
「そのおかげで我が校の吹奏楽部の結束力は他でも類をみない程強いものになっているんですがね」
「いや、でも、私、思いもしなかったです。まさかヨハン先生のファンに……」
 百武が気の毒そうに呟く。
「オカマの方がいただなんて……」
 そのとき、帆崎は音楽室の方向から悲鳴が聞こえるのを確かに聞いた。
それを聞いて、こう決めた。気長に待ってから、詫びついでに晩飯でも奢ろう、と。


おわり

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