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**調理室に獣慟哭す  冬の雨というものは水滴が直接肌に触れずとも、体を表面からしんと冷やしてしまうものである。 「はぁ……」  家庭科室の喧噪の中、因幡リオは一人溜息をついた。 首筋から寒気の襲う、この雨の中での調理実習。 曇り空のためか、室内はその騒がしさとは裏腹に、どことなく重たい空気で満たされているように思えた。 リオは料理が得意な方ではなかった。 オムレツは焦がすし、スパゲティはうどんになる。 隣のテーブルで卵を器用に片手で割るりんごを横目に見て、同じウサギだというのに、何故ここまで腕に差が出るのか、と暗くなる。 「どした、リオ。溜息なんかついちゃって」  同じ班のモエが小麦粉をふるいながら声をかけてきた。 「いや、どうも料理って苦手だなぁー、って思って」 「それはアタシもだけどねー。でも今回はお菓子作りだから、それなりに楽しいかな、ってカンジだね」 「それはそうだけど……。なんか、この学校調理実習多い気がして」 「アタシはフツーに数学とか古文やるよりは実習多い方がイイけどな」 「そうかなぁ……」  お料理苦手仲間が作れず、渋々リオはバナナの皮をむく。 ちなみに今回の調理実習はバナナケーキだ。 粉の篩われる音が、外のぽつぽつという雨音が、妙に際だってリオの長い耳に響く。 どことなく、気分が悪い。 「あ、オーブン余熱しなきゃいけないみたいだから、リオお願い」 「……え?あ、わ、わかった」  ハルカの声で我に返り、リオは慌てて返事をする。 足を屈めてオーブンの扉に手をかける。 「えーと、180度で余熱か。その前に天板をとらな……」  顔があった。 目の前に。 最初は見間違いかと思った。 オーブンの扉を開けたら血走った瞳と目が合う、などということは、通常ならば起こっていい事ではない。 慌てて扉を閉じ、一呼吸ついてから、また手をかける。 汗で手が滑る。 心臓が脈打つ。 首筋の血脈を、冷たいものがつうと横切る。 年末のコミックマーケットで手に入れた同人誌の読みすぎに違いない。 目を閉じて、ゆっくり。 ゆっくりと、扉を手前に倒す。 何もない。 何もない。 はずだ。 リオは薄目を開ける。  リオが見たのは、金色だった。 ギラギラと金色で、充血した瞳。 そろりと目線を下に向ける。 白く鋭利な、剥き出しの牙。 喰われる。 本能で直感した。 目の前の獣は唸りに近い声を上げる。 「リンゴチャァァァァン……」 「ギャァァァァァ!!!!」  リオは気が付いたら叫んでいた。 腰が抜ける。 立てない。 モエのエプロンにしがみつく。 突然のことに驚くモエ。 「ちょっ、どうしたの、リオ!」 「オオオオオオオーブンのなかになんかいるぅ!食べられるぅ!」  リオは号泣寸前である。 モエがオーブンに目を向けると、狭いオーブンの取り出し口から、なにか黄色い物体がずるずると這い出そうとしていた。 なんだあれは。貞子か。 「リンゴチャンノオカシヲ……タベニキマシげふぅ!」  唖然とする面々の後ろから影が飛び出し、素早くオーブンの人間に踵落としを喰らわす。翔子だ。 「テメェ水前寺……またりんごのストーカーかぁ……?  わざわざアタシの目の前に姿を現すとは言い度胸してるじゃないか」  後頭部に鋭い一撃を喰らいながらも、オーブンの中の水前寺清志郎は反論する。 「なにを言う!りんごちゃんのためなら俺は例え火の中でも水の中でも白先生のスカートの中でも行くさ!」 「あ、水前寺君。どうしたの?今授業中じゃないの?」  白先生のスカートの中とは何だよ、と翔子は返したかったが、りんご本人が来てしまった。 「ああ、りんごちゃん!君は今日もかわいいなぁ!  俺は君の作るお菓子を食べに佐藤先生の授業を抜け出して来たんだ!」 「ええ、そうなの?でもケーキは焼きたてより少し冷ましてからの方がおいしいよ?  そんなことならわざわざここまで来なくても放課後届けてあげたのに」 「なんてこった!りんごちゃんのつくるお菓子はまだ食べられないのか!  でも俺はりんごちゃんに会えただけでも幸せさ!」 「水前寺君って変わった人だね」  二人のどこか噛み合わない会話を耳にしながら、翔子はあきれかえっていた。  清志郎がりんごを熱心に追いかけるようになったのは、昨年の春のことだった。 まだ新学期が始まったばかりの頃。 辺りはぽかぽかとした陽気にまみれている。 自分が猫だったら学校などほっぽり出して日向ぼっこしたいものだ、と翔子は思った。 あのときはりんご、翔子、悠里のいつもの3人で昼休みの弁当を食べていた。 確か校舎前の中庭だったはずだ。 そばメシパンを食べながら、翔子は桜吹雪を見つめていた。 普段は感傷的になることはあまりないのに、この桜と言う花の前では、不思議と物思いにふけってしまう。 ふと顔をあげると、屋上で丈と見知らぬチーターの男と一緒にいる透と目が合ったので、手を振って挨拶をした。 透につられて丈とチーターの男がこちらを見た。 チーターの顔に衝撃が走っているのが遠目からでも分かった。 何事かと思っていると、翔子が驚く暇もなく、男は手すりを乗り越えて屋上から身投げをしたのだ。 男は皆がただ唖然としている前で軽やかに着地し、こちらへ向かい、りんごに対して極めて紳士的な口調で自己紹介を始めたのだ。 「はじめまして、僕の名前は水前寺清志郎。  今日のような桜吹き荒れる麗しくも鮮やかな日に貴方と出会えたことを光栄に思います……。  貴方のお名前は?」  それ以来清志郎はりんごの行く先々に現れては猛烈な愛をアピールしている。 所謂一目惚れ、というもののようだ。 尤もりんごはそのことに気づいていない様子ではある。 お陰で翔子には悠里、りんご、清志郎と暴走を食い止める人物が増えてしまった。 目の前ではどこから取り出したのかバラの花束を無理矢理りんごに押し付けている清志郎がいる。 「悠里……佐藤先生呼んできて」  翔子は悠里に頼み、清志郎の暴走を止めに入った。 後で監視役の丈を吹き飛ばしてやらなければならない。 おわり
**調理室に獣慟哭す  冬の雨というものは水滴が直接肌に触れずとも、体を表面からしんと冷やしてしまうものである。 「はぁ……」  家庭科室の喧噪の中、因幡リオは一人溜息をついた。 首筋から寒気の襲う、この雨の中での調理実習。 曇り空のためか、室内はその騒がしさとは裏腹に、どことなく重たい空気で満たされているように思えた。 リオは料理が得意な方ではなかった。 オムレツは焦がすし、スパゲティはうどんになる。 隣のテーブルで卵を器用に片手で割るりんごを横目に見て、同じウサギだというのに、何故ここまで腕に差が出るのか、と暗くなる。 「どした、リオ。溜息なんかついちゃって」  同じ班のモエが小麦粉をふるいながら声をかけてきた。 「いや、どうも料理って苦手だなぁー、って思って」 「それはアタシもだけどねー。でも今回はお菓子作りだから、それなりに楽しいかな、ってカンジだね」 「それはそうだけど……。なんか、この学校調理実習多い気がして」 「アタシはフツーに数学とか古文やるよりは実習多い方がイイけどな」 「そうかなぁ……」  お料理苦手仲間が作れず、渋々リオはバナナの皮をむく。 ちなみに今回の調理実習はバナナケーキだ。 粉の篩われる音が、外のぽつぽつという雨音が、妙に際だってリオの長い耳に響く。 どことなく、気分が悪い。 「あ、オーブン余熱しなきゃいけないみたいだから、リオお願い」 「……え?あ、わ、わかった」  ハルカの声で我に返り、リオは慌てて返事をする。 足を屈めてオーブンの扉に手をかける。 「えーと、180度で余熱か。その前に天板をとらな……」  顔があった。 目の前に。 最初は見間違いかと思った。 オーブンの扉を開けたら血走った瞳と目が合う、などということは、通常ならば起こっていい事ではない。 慌てて扉を閉じ、一呼吸ついてから、また手をかける。 汗で手が滑る。 心臓が脈打つ。 首筋の血脈を、冷たいものがつうと横切る。 年末のコミックマーケットで手に入れた同人誌の読みすぎに違いない。 目を閉じて、ゆっくり。 ゆっくりと、扉を手前に倒す。 何もない。 何もない。 はずだ。 リオは薄目を開ける。  リオが見たのは、金色だった。 ギラギラと金色で、充血した瞳。 そろりと目線を下に向ける。 白く鋭利な、剥き出しの牙。 喰われる。 本能で直感した。 目の前の獣は唸りに近い声を上げる。 「リンゴチャァァァァン……」 「ギャァァァァァ!!!!」  リオは気が付いたら叫んでいた。 腰が抜ける。 立てない。 モエのエプロンにしがみつく。 突然のことに驚くモエ。 「ちょっ、どうしたの、リオ!」 「オオオオオオオーブンのなかになんかいるぅ!食べられるぅ!」  リオは号泣寸前である。 モエがオーブンに目を向けると、狭いオーブンの取り出し口から、なにか黄色い物体がずるずると這い出そうとしていた。 なんだあれは。貞子か。 「リンゴチャンノオカシヲ……タベニキマシげふぅ!」  唖然とする面々の後ろから影が飛び出し、素早くオーブンの人間に踵落としを喰らわす。翔子だ。 「テメェ水前寺……またりんごのストーカーかぁ……?  わざわざアタシの目の前に姿を現すとは言い度胸してるじゃないか」  後頭部に鋭い一撃を喰らいながらも、オーブンの中の水前寺清志郎は反論する。 「なにを言う!りんごちゃんのためなら俺は例え火の中でも水の中でも白先生のスカートの中でも行くさ!」 「あ、水前寺君。どうしたの?今授業中じゃないの?」  白先生のスカートの中とは何だよ、と翔子は返したかったが、りんご本人が来てしまった。 「ああ、りんごちゃん!君は今日もかわいいなぁ!  俺は君の作るお菓子を食べに佐藤先生の授業を抜け出して来たんだ!」 「ええ、そうなの?でもケーキは焼きたてより少し冷ましてからの方がおいしいよ?  そんなことならわざわざここまで来なくても放課後届けてあげたのに」 「なんてこった!りんごちゃんのつくるお菓子はまだ食べられないのか!  でも俺はりんごちゃんに会えただけでも幸せさ!」 「水前寺君って変わった人だね」  二人のどこか噛み合わない会話を耳にしながら、翔子はあきれかえっていた。  清志郎がりんごを熱心に追いかけるようになったのは、昨年の春のことだった。 まだ新学期が始まったばかりの頃。 辺りはぽかぽかとした陽気にまみれている。 自分が猫だったら学校などほっぽり出して日向ぼっこしたいものだ、と翔子は思った。 あのときはりんご、翔子、悠里のいつもの3人で昼休みの弁当を食べていた。 確か校舎前の中庭だったはずだ。 そばメシパンを食べながら、翔子は桜吹雪を見つめていた。 普段は感傷的になることはあまりないのに、この桜と言う花の前では、不思議と物思いにふけってしまう。 ふと顔をあげると、屋上で丈と見知らぬチーターの男と一緒にいる透と目が合ったので、手を振って挨拶をした。 透につられて丈とチーターの男がこちらを見た。 チーターの顔に衝撃が走っているのが遠目からでも分かった。 何事かと思っていると、翔子が驚く暇もなく、男は手すりを乗り越えて屋上から身投げをしたのだ。 男は皆がただ唖然としている前で軽やかに着地し、こちらへ向かい、りんごに対して極めて紳士的な口調で自己紹介を始めたのだ。 「はじめまして、僕の名前は水前寺清志郎。  今日のような桜吹き荒れる麗しくも鮮やかな日に貴方と出会えたことを光栄に思います……。  貴方のお名前は?」  それ以来清志郎はりんごの行く先々に現れては猛烈な愛をアピールしている。 所謂一目惚れ、というもののようだ。 尤もりんごはそのことに気づいていない様子ではある。 お陰で翔子には悠里、りんご、清志郎と暴走を食い止める人物が増えてしまった。 目の前ではどこから取り出したのかバラの花束を無理矢理りんごに押し付けている清志郎がいる。 「悠里……佐藤先生呼んできて」  翔子は悠里に頼み、清志郎の暴走を止めに入った。 後で監視役の丈を吹き飛ばしてやらなければならない。 おわり

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