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**蛇と平和  鋼鉄の檻が眼前に広がる。冷たい空気と独特の臭いが立ち込めるが、その前に立つ二人には慣れた空気だ。  突如、檻が轟音を立てる。柵には巨大な手がかけられ、中で唸るそれはもはや知性を感じさせない。  さながら『動物園』とでも言うべき光景だった。 「……先祖帰りだな」  檻の前に立つ者の一人が言った。  もう一人がすぐに返す。 「確認しただけで六人……。本人がこれじゃ事情聴取も出来ない」 「実際はどうだと思う? 久藤」 「本人は単なる生活の一部として犯行に及んだ。最初の事件から日付から考えれば……」 「そうか」  久藤と呼ばれた人間は檻に近づき、スプレーを吹き掛けた。中に居た熊は叫んで、奥へと待避する。 「止めろ久藤。あとで訴えられたら面倒だ」 「ほっとくわけにもいくまい。この怪力じゃ壊されかねない。お前には出来ないしな。薮田?」 「イヤミのつもりか?」  薮田と呼ばれた蛇はするすると檻の前まで行き、久藤と並ぶ。 「……こうなってしまえば、どうにもならないか」 「ああ。おそらく精神病棟にブチこまれるだけだ。治療しようにも本人に理解出来るだけの知性が無くなってる」 「悲しい事だな」 「フン。殺された被害者の前では言えないな。熊が相手じゃほとんどの連中じゃ手に負えない  今回も結局は実弾使って、それでもまだ生きている程だ」  薮田はチロチロと舌を出しながら、中の『野獣』をじっと見つめる。 「私ならこんなマネはしでかさないがな」 「冗談言え。お前ならもっと狡猾にやるだろう?」 「そうだ。もっと上手く、確実に。自分に被害が及ばないようにやるだろう。だから私はやらない」 「警官にあるまじき発言だぞ」 「警察は甘くないと言ったんだ」 「……蛇め」 「それは侮辱のつもりか?」  二人は留置所から外へ出る。  久藤は紙コップのコーヒーを飲みながら、先程の容疑者について思いを馳せる。  何故か防ぎようがない、『先祖帰り』による殺人。 「知性の代償かもな」  薮田は言った。 「どういう意味だ?」 「……いくら知性を得たとて、所詮は我々に根差す本能は消えはしないって事だよ。  だが、知性を得た事によって危機を防ぐ能力は大分衰えた」 「それを進化と言うんじゃないのか」 「さぁな。どちらにせよ、本能は消えない。私もお前もな」 「捻くれてるな」 「そういう種族さ」  二人は車に乗り込み、街へ出る。  仕事は無いほうがいい。何事も無く、皮肉屋の蛇の小言と一緒に街を流す。それだけでい。  久藤はそれを平和と呼んでいた。 「今日は冷えるな」  薮田が言う。  小雨が降っていた。車の屋根を叩く音はさーさーと心地よく車内に響いてくる。  薮田はしっぽの先で器用に缶コーヒーを持ち、久藤の運転する覆面パトカーの助手席に丸まって座っている。  人間である久藤にとっては涼しい程度だが、蛇の薮田には多少堪える気温だった。 「そんな薄着だからだ」 「これ以上着込む必要もない。私にとってはジャマなだけだ」  薮田の来ている蛇用の衣服は薄手だが特別な保温性を有している。蛇の身体特性を失わない程度の柔軟性と、体温の低下を阻止す機構を備えた優れ物だ。 「制服着てた頃が懐かしいか?」 「あんなのはもうゴメンだ。蛇に帽子はいらないさ」 「今よりは暖かいだろう」 「動きにくいだけだ」  なんて事の無い会話だった。今日も、このまま薮田の小言に付き合って一日が終わる。そのはずだった。  二人の乗る車は墓地の辺りを通る。雨は既に霧となり、雰囲気はB級ホラー映画のようだった。  警察署から市街へと向かう近道として、彼らはよくここを通る。昨日は徹夜で仕事に追われていた二人はさっさと家に帰ろうと、この道を選んだのだ。  時刻は、朝の五時半をちょうど回った頃だった。 「なんだあいつら?」  久藤は霧の奥の人影に気づく。車を止め目を懲らすと、猪と体格のいい虎が何やら話し込んでいる。 「こんな時間に墓参りするか?」 「さぁな。私ならやりかねないが……。墓参りの雰囲気でもないな。墓を見ていない」 「よし、行こう」 「また徹夜かもな」  二人は車を近づけ、素早く横付けにする。車を降りながら警察署手帳を見せつけ、職務質問だと告げた。 「ここで何してる?」  久藤の質問に猪はありきたりな答を返す。 「墓参りだよ。今しか時間が無かったんだ」 「花も持たずにか? 墓参りならなぜ道路の脇で話し込む?」 「たまたまだよ。もう終わったし帰る所だ。」  やはりと思う。  猪の解答は筋が通っている。あらかじめ用意された解答のように。 「持ち物検査を行う。協力してくれ」 「持ち物検査? 冗談じゃねぇ。俺が何したってんだ」 「さぁね。それを今から調べるんだ」  猪は明らかにうろたえている。普通なら怪しまれれば身の潔白を正銘しようと協力的になるか、より攻撃的になる。それならば最初の段階で取り付く島も無いはずだ。  持っている。  久藤の勘はそう言っている。 「拒否するなら公務執行妨害だ。どうする?」 「ふざけんじゃねぇよ! 俺が何かしたかよ!!」 「うろたえすぎだ。観念して指示にした――!」  突如、横に居た虎が久藤を突き飛ばす。  体格差が有りすぎた為か久藤は紙屑のように飛ばされ、派手に尻餅を付いた。 「ううううううぅうう………」  虎の声はもはや言葉となっていない。憎しみを込めて唸っているだけだった。 「やりやがって……!」  久藤はなんとか立ち上がり、目線で虎を追う。それを見ていた猪は虎とは反対の方へ逃げだそうと走りだす。  待て! そう言おうとした矢先、猪の膝に鞭のような物で一撃が加えられた。薮田だ。  たっぷりとしなりを効かせたしっぽの一撃は並の威力ではない。  猪は情けない声を上げて転倒し、薮田はそれに瞬時に絡みつく。 「うご………! 放せ! 放しやがれ!」 「喚くな猪風情が。このまま締め上げて殺す事も出来るぞ。全身の骨を砕いてな」  薮田は感情の無い目で言う。ただの脅し文句だが、暴れる犯人を震え上がらせるには十分だ。 「久藤! 逃げた虎を追え。コイツは私に任せろ」 「わかった。すぐ戻る」  久藤は懐から拳銃を取り出す。相手は虎。それも錯乱している可能性がある。嫌な予感が頭を過ぎっていた。  スライドを引いてチャンバーに弾薬を送り込み、安全装置を外す。 「朝から撃ちたくねぇけどな」  走りながら愚痴を言うが、誰も聞いてはくれない。  虎はフラフラと歩いたり走ったりを繰り返し、半地下の納骨堂の前につく。  ちょっとしたレンガ造りのトンネルに入り、壁に寄り添いうなり声を上げていた。 「警察だ! 止まれ!」  銃を構えお決まりの事を言う。  映画ではこれで止まる者などいないが、実際はこれ以上の脅しは無い。ほとんどの連中は大人しく従う。  一方虎は、壁に頭をズリズリと擦りながら声を上げ続けている。 「警察だ! こっちを向いて止まれ!」  もう一度怒鳴る。虎の耳にも届いたのか、ゆっくりと久藤の方を向いてくる。  その顔は既に感情に飲まれている。  目は血走り、口からはよだれがだらだらとこぼれ、野獣のような唸り声を漏らす。 「両手を頭の後ろに置いて地面に伏せるんだ! 今すぐ!」  虎は一歩前に出る。指示に従う様子は無い。その視線からは明確な敵意が伝わってくる。 「指示に従わなければ発砲する! もう一度言うぞ! 止ま――」  久藤が言い切る前に虎が飛び掛かる。  猫科特有の瞬発力を用い、その巨体が久藤の上にのしかかる。  上を取られた久藤はあえなく下敷きになる。 「うううう………。うあアアッァァァアア………!!!」  もはや声とは呼べない。錯乱した虎は爪を久藤の身体に食い込ませようと何度も爪を立てるが、下に着込んだボディアーマーが邪魔をする。  うまく行かないとみるや、今度はその長い牙で喉元に噛み付こうと大口を空け顔を近づけてくる。 「舐めやがって……!」  久藤は銃を握ったまま鉄槌を虎の顔面に打ち込む。グリップの底が虎の牙に当たり、久藤は確かな手応えを感じた。虎が叫ぶと同時に、今度は耳の下の急所にも同じ攻撃を加える。  虎が一瞬怯んだ隙を見て久藤はそこから脱出し、距離をとって再び銃口を向ける。 「うううううううううううう…………!!!」  虎はまだ敵意を表す唸り声を上げていた。  口からは血が流れている。最初の一撃で牙が折れていたのだ。 「今度こそ止まれ。次は警告無しだぞ」  その言葉は届かないだろう。事実、虎はまた久藤ににじり寄るってくる。  そして、霧のかかった朝の墓地に銃声が二回、連続して響いた。 ※ ※ ※ 「虎からLSDが検出されたわ」 「そうか。あの猪野郎も持っていた。奴が売人だな」  薮田は警察署で鑑識の女性警官と話をしていた。  彼女は久藤が射殺した虎の鑑識を行い、薮田の指示で行った薬物検査の結果を告げに来たのだ。  シロサギの彼女の羽は幾分かバサバサになっている。彼女もまた署内での缶詰業務に追われていた。 「忙しい所悪かった。邪魔をしてしまったな」 「いいわ。これも仕事よ。久藤さんは?」 「医務室だ。LSDでパニックになった虎と立ち回ったんだ。無傷のはずが無い」 「そう。遺体を確認した皆が驚いてるわよ。……凄い射撃の腕だって」 「心臓に二発か。基本に忠実だ」 「知ってたの?」 「銃声は二回だった。それは久藤が射殺すると決めて撃った時だ」  薮田はするりと椅子から降り、その場から立ち去ろうとする。あまりに素っ気ない態度。  しかしそれが薮田だ。蛇そのものの生き方。 「どちらへ薮田刑事?」 「取り調べさ。あの猪を締め上げてどこからLSDを持ち込んだのか吐かせる」 「あなたが言うと冗談に聞こえないわね」 「冗談をいうタチじゃないさ。しかし……」 「しかし……。何?」 「この街で薬物犯罪が無かった訳じゃない。だがLSDが出て来たのはここ最近だ。それまではコークが主流だった」 「売人が乗り換えたんじゃないの?」 「違うな。コカインを転がし続けた連中がそうそう他のに手を出すはずがない。それにLSDは競合する薬物になる。  そうなればコカインの売上も落ちる」 「どういう事?」 「商売敵がこの街に来たって事さ」  薮田の推測が当たっているかは解らない。だがそんな事は当の薮田には関心は無い。 「あとは麻取と麻薬科の仕事だ」  薮田はそれだけ言った。彼は彼の仕事をするだけだ。  己の職務をまず第一に全力で行う。それが薮田の信念だった。  彼はそのまま、医務室に居る相棒を迎えに行く。そしてそのまま、持ち前の狡猾さで取り調べを行うだろう。

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