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静かなる激昂


「あっはははっ、もう最高だったね、あの時の獅子宮先生の顔ったら!」

放課後、サン先生は気分良くコーヒーを啜っていた。
それも無理も無い。自分のやった悪戯が予想以上の成果を見せたのだ。
その時に獅子宮先生が浮かべていた茫然自失な表情を思い出すと、思わず笑いがこぼれてしまう。
今の彼の気分はまさしく最高、所謂ハイな気分であった。無論、尻尾の振りも絶好調である。

「けど、サン先生。 これから暫くの間、姿を隠した方が良いんじゃないですか?」
「へ? なんで? なんで姿を隠す必要があるの?」
「いや、それは……」

そんな気分に水を差すような帆崎先生の問い掛けに、サン先生はちょっとムッとしつつ問い返す。
しかし、何故か帆崎先生は目を逸らし言葉を濁らせるばかりで、何も答えてくれなかった。

「そうですねぇ、ボクも帆崎先生と同意見ですね。
……サン先生、悪い事は言いませんから。自分の身の為を思うなら、
これから暫くの間、学校に近寄らない方が良いと思いますよ?」
「…へ? へ?」

帆崎先生の反応に疑問を感じた矢先、更にヨハン先生にも同じ事を言われ、サン先生は遂に困惑の声を漏らす。
今の今まで、彼が悪戯をした時は、せいぜいその場で叱られる程度、
悪くても数時間ほど説教される程度で済まされてきたのだ。
そんな彼に、帆崎先生とヨハン先生が心配する理由が思い当たらないのも当然といえば当然であった。

「いや、それ以前に今直ぐ帰った方が…ぁ…」

言いかけた所で、帆崎先生はいきなりギョッとした表情を浮かべ硬直する。
見れば、ヨハン先生も泊瀬谷先生も、帆崎先生と同様にギョッとした表情を浮かべて硬直していた。
その急な状況の変化に、サン先生は不安を感じ、思わず周囲を見まわす。

「……安心しろ、骨は拾ってやる」
「え? 骨って……?」

そんな彼に向けて白先生が言った、何処か諦めきった感じの言葉に、
サン先生が思わず問い返そうとした矢先。

ゾワッ!

背中の毛と言う毛が毛羽立つ、寒気にも似た感覚。そして同時に感じる本能的な直感。
そう、それは四足で歩く祖先の獣であった頃から備わる、身に迫った危険を感じ取る防衛本能。
それがサン先生の脳内で声高に叫ぶ。

―――逃げろっ! 今直ぐこの場から! 早く! ハリーハリーハリーッ!!

しかし、この時ばかりは、防衛本能が危険を察するのは少々遅すぎた様だ。

「よう、とっつあんぼうや」

頭上から掛かる声、そして同時に、頭の上に肉球のついた手がポンと置かれる感触。
心なしか、『ドドドドドドドドド』と言う、何処かの漫画的な効果音が聞えるような気がする。
当然、声の方へ振り向ける筈も無かった。 『振り向いたら死ぬ』と言う、直感的な恐怖をひしひしと感じて。

「貴様、ずいぶんと愉快な事をやってくれたじゃないか。 
流石の私も、あそこから立ち直るまで結構な時間が掛かったぞ?」

飽くまで静かな――そう、例えて言うなれば、風一つ無い凪の日の海面のような穏やかな声。
だが、サン先生には分かった。その声の内に秘める、煮え滾るマグマの如き灼熱の怒りを。
そして、たちまち職員室中に満ちる、彼女の放つ圧力にも似たどす黒い気配を。


「あ、そうだ! 今日は早く帰るとルルと約束してたんだ。だから早く帰らないと!」
「ぼ、ボクもこれからリリーちゃんとデートをする約束をしてたんだよ。彼女が怒り出す前に早く行かないと……!」
「そ、そう言えば私も今日のビデオ予約をし忘れてたんですよね、いけないいけない!」

その空気に耐え切れなくなった帆崎先生とヨハン先生、そして泊瀬谷先生がその場からそそくさと逃げ出す。
その股の間に隠した尻尾の折り曲げ具合から、彼らの感じる恐怖は相当な物だったのだろう。
無論、サン先生はより濃密にその気配を感じていたのだが、今の彼には尻尾を股の間に仕舞う余裕すらなかった。

「まあ、元はと言えば、これは私自身がまいた種だ。何れこう言う目に遭うだろうとは分かっていたさ。
現に、私は昨日しがた、騙した女生徒達からその罰を受けたばかりだったからな」

遂に体を振るわせ始めたサン先生に、彼女は飽くまで静かに語りかける。
しかし、静かだからこそ、その内に秘めた怒りの度合いの凄まじさを感じさせた。

「しかし、だからといって……お前は少々やりすぎだ」

その言葉と共に、置かれた手がぎゅっとサン先生の頭を掴む。
もし、サン先生が人間であれば、額をだらだらと流れる自分の脂汗を感じて居た事だろう。

「まさか、誰にも知られたくなかった過去の恥を、全校生徒の前に晒してくれるとはな……?
さぁて、このお礼は如何言う風にしてやろうか?」

声と共に、徐々に手の掴む力が強まり、みしりみしりと骨が軋む音が聞こえる。
無論、その際に声を上げたくなる位の激痛が走るのだが、サン先生は恐怖で声を上げる事すら出来なかった。
そんな彼に向けて、彼女は何処か楽しげな声で言う。

「そうだな、全身の毛と言う毛を全部ブチ抜くのも悪くない、
……いや、いっその事、生きたまま剥製にするのも面白いかもな?」

ここで、サン先生は自分の足が床に付いてない事に気がついた。
しかし、自分の体が浮いている訳ではない。 そう、彼女に持ち上げられているのだ、頭を掴むその片手で。
そして、掴んでいるサン先生をぶらぶらさせながら、彼女は満面の笑顔で言う。

「なぁに、安心しろ、流石に殺しはしないさ。
その代わり――今日と言う日が2度と忘れられなくなるだろうがな?」
「い…いいいぃぃぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

悲鳴を上げるサン先生を片手にぶら下げたまま、どす黒い空気を纏った彼女が職員室から去って行く。
そして、ぴしゃりと職員室の戸が閉められると同時に、サン先生の悲鳴は聞えなくなった。
その様子を白先生は頬杖を付きながら横目で見送り、ぽつりと漏らす。

「……やはり、何事も程々が一番だな」

しかし、それに耳を傾ける者は生憎、今の職員室には誰も居なかった。


翌日、サン先生は何事も無かったのかの様に、何時もの通りの元気な姿で出勤してきた。
ただ、サン先生にその日にあった事を幾ら聞いても、彼は体を震わすばかりで何も話そうとはしなかったという。

―――――――――――――――――――――終われ―――――――――――――――――――――