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タスクとモエ


ごきーん!

曇り空の日曜日、芹沢家の午後は芹沢モエの頭突きの音で始まる。
おでこにたんこぶをこしらえた芹沢家長男・タスクは、慣れた手つきでおでこを擦りながらPSPを器用に操り、
たんこぶを作った主犯者、芹沢家長女でタスクの姉であるモエに、ぐちぐちと不満をこぼしている。

「ちょ…『ダサっ』って言っただけじゃん」
「もう一つたんこぶが欲しい?」
ぷんぷんと頭から湯気を沸かし、
モエは短いスカートを気にしながらいつも履き慣れたバーバリーのソックスに履き替える。

ケモノとは言え、冬は冬で寒い。
モエはおきにのニーソックスを履いて、いざ街へとお出かけというところだったのに、
タスクの余計な一言で、気分を害し脱ぎ捨ててしまった。
八つ当たりはニーソックスにだけに及ばず、タスクにまで及んだ。

「せっかく買ったニーソ、どうしてくれるのよ」
「大根に靴下履かせてどうする気?」
タスクはPSPの画面に気を取られ、姉のお小言は上の空。その姿は、姉のスイッチを発動させるのに十分な出力。
モエは『カチッ』と憤りのリミッターが外れ、グイグイと弟の脳天に遠慮なくげんこを捻り込む。

「…何よ、もう。じゃあ、もう一つたんこぶを作るか、わたしとお買い物に付き合うか二つに一つ。さあ!どっち?」
「いきなり…」
よそ行きの服にばっちり着替えたモエは、リビングのソファーでくつろぐタスクに選択を迫るが、どちらも痛し痒し。
断れば姉型ロケット砲M-0Eの攻撃、引き受ければお嬢さまの買い物に振り回される下僕になること必至。
しかし、もうタスクのHPは限りなく0に近い(というわけではないのだが)。
尻尾をくねーっと隠して、しぶしぶよそ行きの格好に着替える覚悟を決めるタスクであった。

「タスク、モエ。出かけるんだったら、これ買ってきてよ」
母親がメモ紙をタスクに渡し、ついでのお買い物を頼み込む。くんくんと紙のにおいをかぎながら、
タスクは母親に「今晩のごはん?」とメモ紙の内容を尋ねると、母親はにっこり笑って答えた。

「そうね。きょうは寒くなりそうだからね」

遠くでは額に青筋を作った姉の声が響いている。
「タスクー!遅いよ。もう出ちゃうんだからね!」
「分かってるって!行くよ、行くよ!!」


姉弟そろって電車通りまで歩く。休みの日だと言うのに人通りは少ないのは、やはり曇天のせいか。

「姉ちゃん、寒くないの?」
モエはモノトーンのニットワンピースを羽織り、黒のミニスカートをふわりと揺らす。
足元はファー付きの流行のブーツ。

一方タスクはニット帽に厚めのパーカー、カーゴパンツとそんなに見てくれは気にせず、お気楽な格好である。
モエの小悪魔的なふとももは、すっとミニスカートから生えて、お年頃のタスクはそれに気にしてちらっと盗み見る。

「タスク!ただじゃ見せないぞ!」
「別に…見たくもないもん。大根足なんか」

街の街路樹もレベルの低い姉弟ゲンカに飽きれて、ざわざわと木の葉を落とした枝を揺らす。
街路樹になだめられたせいか、最寄りの電停にたどり着いたときには、二人ともケンカに飽きてしまった。
姉弟そろって電車に乗るなんて幾年振りだろうか。二人が幼かった頃よりずっと前から走っている路面電車、
彼は普段通りに変わることもなく、鋼の軋む音を立てながら姉弟を迎えに電停にやって来る。

意外と車内は人が多い。仕方ないので、二人そろって扉近くの立ち席に。
ネコの運転手がブレーキを緩めると、従順な市電は重い音を立てながら電停を後にしていった。

「で、何処に行くのさ」
「黙ってなさい。荷物持ちくん」

立ちくらみがタスクを襲う。なんだよ、荷物持ちか。きっと、姉のことだから沢山買い込むんだろう。
こんなことで自分の休日は費やされてゆくのかと思うと、残念でたまらない。時間を返せ。1秒10円ぐらいか。
細い目をさらに細くしながらタスクは、つり革に全体重を掛けてだらりと力なくぶら下がる。
タスクの気持ちを知って知らずか、それでも電車は二人を街へと運んでゆく。

途中の電停に止まり乗り口ががらっと開くと、姉のモエの「あっ」と言う甲高い声がタスクのイヌ耳をつんざく。

「あれ…モエ?隣の子は?」
「…リオじゃないの。あら、りんごも?」

風紀委員長であるうさぎっ娘の因幡リオと、同じくうさぎっ娘の星野りんごが乗り込んできたのだ。
二人そろって、ヒクヒクと鼻を動かすうさぎーズは、マイペースなのんびり屋さん…。


因幡リオはメガネをつんと人差し指で突き上げ、タスクの方をまじまじと見つめていた。
気の小さい星野りんごは、名前の通り頬を真っ赤にして恥ずかしそうに手すりに捕まり俯いて、
自分のふとももを締めている。

モエは、異様に恥ずかしがる弟を二人に紹介。くるっとタスクの腕にモエの細い腕が絡み付く。
「こいつ…ウチの弟だよ」
「初めまして、姉がお世話になっています。弟のタスクです」
「へえ、なかなかかわいい子だね。わたし因幡です、よろしくね」
「…星野りんご…です。よろしく…おねがいします」

元来小心者であるタスクは、一度に三人のお姉さんに囲まれ
「姉と同じ年の子なのに、どうしてこんなにおしとやかなのだろう」と、頭の上に雲形のふきだしを作る。
それに気付いたか否か、モエはつーんとふきだしを跳ね除け、タスクのおでこをデコピン。

「ウチにもタスクくんと同い年ぐらいの弟がいるけど、取かえっこしちゃいたいくらいだね」
「そっかあ、リオんちにも弟が居たもんね。わたしもリオんとこの弟と取りかえっこしたいね」
「姉ちゃん!!」
星野りんごは空気に流され、その場しのぎの愛想笑い。
因幡リオは指を唇に当てながら、学校のモエをタスクに教える。

「きみのお姉さんは、おしゃれさんだからねえ。クラスみんなのお手本だよ」
「あはは!そんな、委員長!リオだっていつもかわいい服着てるじゃないのねえ!」
「いやいや、わたしもモエみたいにすらっとスカートを穿きこなしたいなあ。
わたしってモエのようなきれいな脚じゃないし」

星野りんごがうんうんと、因幡リオの言葉に続く。

「そうだよ。モエちゃん…流行に敏感だからね。いいなあ、イヌは耳が邪魔にならないで」
「わたしも欲しいな、そんなかわいいブーツ。タスク…買ってよ」

姉の学校での人気者振りを二人から聞いている。
タスクは会話に入り込む隙をなくし、「うんうん」と頷くしかなかった。

「ところでね…こんな都会で市電が未だに走っている理由って知ってる?実はね…。排ガスの出る自動車より、
市電のほうがケモノの毛並みが汚れないからなんだってね。
ほら…、華麗な毛並みはケモノの誇りじゃないの…、っね!!」
「へえ、さすが委員長。物知りだ」
「飛澤さん程じゃないよぉ。モエ」

因幡リオは得意気にマメ知識を披露したが、
その情報は『若頭は12才(幼女)』からのもの(第26話『都会の色』)だとは、
タスクを始め三人とも知らない。
それでも、うんうんとタスクとモエはそろって尻尾を振り、星野りんごはひくひくと鼻を動かす。

ケモノに優しい市電は彼らを乗せて走り、本通りの電停で二人のうさぎっ娘は下車して行った。
しかし、タスクは二人がさよならした後、メガネの方のうさぎが流行のアニメ絵の看板の店に、
こっそりと人目を気にしながら入って行くのを車窓から目撃したのだった。信号待ちの市電からの一こま。
ネコの運転手は信号を見ながら、くいくい顔を拭いている。くいくい…。

「姉ちゃんの友達って…面白いね。ほら、メガネの…」
「委員長のこと?…そう?…面白いのかなあ。あの子は『真面目のまー子』よ」
「ぜったい、面白いって…」
因幡リオの話題で盛り上がる、と言えない会話をしているうちに、二人を乗せた市電は町の中心部・十字街に到着。


さあ、ここからはモエの独壇場。モエは東のショップでブーツを迷い、西の古着屋でブルゾンに心ときめかせ、
そしてタスクは両手いっぱいの買い物袋をぶら下げ、はあはあと姉の軽やかな足に追いつくのがやっとであった。

「チクショー。サイフでも落としやがれよ…」

暴走お嬢さまのお目付け役は、お嬢さまに聞こえぬように毒づいた。
尻尾が激しく揺れていると言うことは、聞こえていなかったようだ。

向日葵のような笑顔のモエに対して、空は鉛色に覆われ今にもベソをかかんとしている。
街のコンクリートから雨の匂いがしてくることは、タスクにもモエにも感じているのは言うまでも無い。
しかし、怖いもの無しの女子高生モエは、タスクに人差し指を突き付けてニッと笑う。

「タスクさあ。わたしね…この後、永遠花と約束があるからさ…家までこの荷物をお願いっ!」
「!!」
「もう一度言うよ。わたしね…この後、永遠花と約束があるからさ…」

タスクは、わかってる。モエは同じことを話すことと、『ダサっ』って言われることを非常に嫌うことを…。
もちろん三度目の言葉を話すことなく、モエは街に消えて行った。

残るは、家路に戻るだけの芹沢タスク・中学生男子。
とぼとぼと、派手な紙袋を両手に人ごみを掻き分ける。電車通りまではまだまだ先…。

不運なことに、帰りの電停に急ぐタスクに雨粒が襲ってきた。予感が当った。
傘をさせない、いや…持たないタスクは、
狭い路地となっている公設市場のアーケードに雨宿りのつもりで飛び込んだ。

幅員2メートルもない路地、魚屋・肉屋・乾物屋と人々の食欲を満たす為の店がひしめき合う、この街の台所。
買い物客の渦に巻き込まれながら、慣れない市場に迷い込む少年が一人。
店からは、オヤジの威勢のよい声が飛び交い、遠慮の無い客も勉強しなさいよとそれに答える。
タスクの泣き面裏腹に、それでも市場は廻り続ける。

「やべえ…初めてきたよ…ここ。どこだよ…」

自分の街なのに、初めての光景だなんて心細い…。
イヌのクセなのに、小心者のせいでウチに帰れないなんて。姉ちゃん…。


「あれ?タスクくん?」
「あ!星野さん?」

女神だ。奇跡だ。肉屋の前で品定めのにらめっこをしている星野りんごと遭遇するとは、タスクってば!
洋食店の娘として生を受けた星野りんご。店の買出しもかねて、夕飯のためにこの市場にやって来たのだった。
タスクは、事の顛末を星野りんごに話すと、「うんうん」と彼女は何でも聞いてくれた。
気に入らないことがあったら痛い頭突きで済ます女とは、えらい違いだ。とタスクはいたく感心。

「あの…因幡さんは…」
「委員長のこと?本屋さんに行くって言って、あのあとさよならしたの。
あの子、週に一度は本屋さんに行かないと気が済まないんだって。
でもあの子、うらやましいな。だって、なんでもきっちりしてるし、いろんなこと知ってるし…。
モエさんにきっちり言える子って委員長ぐらいかな…。なんだか、カッコいいよね。委員長」

「……そうですね。でも、姉は、ああ見えて…何でもないです!」
「ふふふ。モエさんも、カッコいいよ」

尻尾をくるりとうち腿に隠したことがばれたのか、星野りんごはタスクに突っ込む。

「タスクくんって…お姉さん大好きだよね」
「ち、違います!よ…。だいっきらいです」
「うそだあ。毛並みが変わったよ!」
「……」

イヌの最大の弱点は尻尾でウソがつけないこと。弱みでもあるが、誇りでもある。

「でも…タスクくんちって、いいなあ。わたし、一人っ子だからいっつもお父さん、お母さんに怒られてた。
『おまえはお店の看板に謝りなさい』ってね…。で、いっつも一人で泣いてたの。
わたしも怒られても、いつでも甘えさせてくれるお姉さんが欲しいなあ…無理だよね。あはは」
人ごみの雑踏の中、タスクは黙って星野りんごの話を聞いていた。

『お母さん』で、思い出した。頼まれごとだ。そのことを話すと、星野りんごの目が変わった。
その目は、龍をも倒さんとするような鋭くも燃え上がる炎のようでもある。
さっきまでのおしとやかさは何処へ行った。うさぎを被っていたなんてひどい!とタスクは、口に出さず顔に出した。

「まかせなさい!一円でも安く買い物をしてみせるから、ついてらっしゃい!!」

ああ、ここでもお姉さんに振り回されるのか…、と思いつつタスクは星野りんごの後を追った。


―――その甲斐あってか、大幅に予算を余らせて買い物をすることができ、タスクも星野りんごも快い汗を流していた。
余った予算は姉からの迷惑料だ。頂いてしまえ。誰が構うもんか。

アーケードの外に出ると、いつしか空も雨を降らすことに飽き飽きしてしまったようだった。
「いつかお店に行きます」と星野りんごに深々とお辞儀をして、自宅方面の市電に乗り帰途に着くタスク。

車窓はもう黒く塗りつぶされ、景色を楽しむことさえできなくなっていた。
きょうはもう十分。満足のいく疲れ方。
この選択も強ち間違っていなかったのかな、と車内のガラスに映る自分の顔をちらり。

―――ようやく家に着くと、母親が晩御飯の支度をしようとしていた。
大きな土鍋をコンロに乗せて、出汁を今から取るところである。寒い冬にはぴったりのおでん。
リビングのソファーでは、先に家に帰っていたモエがうとうとと舟をこいでいる。
(だらしないなあ…。パンツが見えるぞ…)
尻尾は買い物のときと同じように激しく振っていた。
「むうぅ…。タスク、おいで…」

寝言でも、タスクのことを気にしているのか、この姉は。不覚にもタスクは姉のことが可愛くなってしまった。
そんな残念な姉を横目で見ながら、母親にきょうの戦果を差し出すと歓喜の声が上がる。
未来の匠・星野りんごが選び抜いた数々の食材。そりゃ、プロの家が選んだんだから、立派なこと間違いない。
母親もいつものスーパーでは並ばないほど上等な野菜を見て、大層喜んでいる。

「へえ!今日のおでんは豪勢になりそうだね。タスクありがとね」
「へへへ。ほら、この大根の立派なこと」

タスクがリビングに戻り、PSPをやろうとした瞬間。
目の前には宙を飛んできたモエの頭が、タスクの目の前に飛び込んだ。

ごきーーーん!!

「何が大根よ。バカタスク!」


おしまい。



関連:タスク モエ りんご リオ