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史無国 九

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白い光。
眼が醒めた。

「ここは……」

柔らかいベットに、白地の調度品。
軍営の、医務室だった。

「おや、目を覚まされましたか、シェル様」
「貴女は確か軍医のテヘネ・フランフェイン殿……」
「覚えてくださっているとは、光栄ですわ、シェル様」

テヘネは、小さな小瓶を持って来て、その中身をシェルの首筋に塗り始めた。
と、その指が首に触れた瞬間、体に電流が走った。

「がっ……」
「無理もないですわ、シェル様。首の皮が弾けとんでいますもの」
「……そう、ですか」

シェルは窓の外を見た。
雨が降っている。
と、シェルは心臓が跳ね上がった。

「テヘネ殿、俺は、どれ程寝ていたのですか?」
「そうですね……シェル様が運ばれてきましたのが、およそ二日と三時間前ですので、それぐらいですね」
「模擬戦は、模擬戦の結果……ぐっ」

シェルは一気にまくりたてたが、首の痛みで言葉を切った。
テヘネは優しく、その首に包帯を巻きながら言った。

「シェル様が、お勝ちになりました。結果としてはですが」
「どういう事か、委細を聞かせてはくれないか?」
「私が聞いたことでよろしければ……」

そう言うとテヘネは、ゆっくりと話し始めた。
シェルの傍で戦ってた兵に聞いたところ、シェルの突き出した棒は、エルムッドの胸に直撃し、エルムッドは落馬した。
だが、武器は手放すことはなく、辛うじて薙いだその切っ先が、シェルの首にあたったのだ。
エルムッドは牙門旗に歩み寄ろうとしたらしいが、後衛の兵たちに突き倒され、武器を奪われたのだという。
同じころ、アドルフとセリックの一騎打ちは、アドルフの勝利で終わり、そのままアドルフはテレシスを撃破、牙門旗を奪取したとのことだ。
それを聞いて、シェルはほぅと息を吐いた。

「そうか、勝ったのか、俺は」
「大将戦では痛み分けだが、これはシェル様の勝利、と公爵様がおっしゃっておりました」
「父上が……」

シェルは目頭が熱くなったが、それを何とかこらえた。
と、急に眠くなってきた。

「眠気を誘う香料を、この部屋には満たしております。もう一度、ゆっくりとお休みください」
「……ああ、そうさせて……もらうよ」

抗いがたい誘いに、シェルはあらがう事なく、身を投じた。




「あと少しだったな、エル」
「……負けは負けだ、セリック」
「まあ、エルならそう言うと思ったよ。でも、僕の策では、あそこまでは追い込めなかったと思う」
「ちなみに聞くが、テレシスの策ってのはなんだったんだ?」
「いや、あの時点では思いついていなかったんだけどね」

テレシスは、やや悔しそうに言う。

「軍を三つに分けて、アドルフさんを取り囲む。エルは牽制として遊撃をこなし、暫く交戦後、左右の二つはシェル兄の陣へ進軍。
もしアドルフさんが救援に行ったら、セリックと僕とエルが背後から攻撃、行かなかったら足止め。
その後、交戦状態に入ってるシェル兄の陣へエルが急行、牙門旗を取る」

テレシスは、そう言った。
セリックとエルムッドは、呆然と見つめている。

「……やっぱり、駄目だろうね。そもそも、シェル兄が兵を少なくするとは限らないし」
「いや、やっぱり、テレシスはすげぇわ……」
「……流石は、クラムディンさんの息子、か」
「……いや、それでも兄上にはかなわないよ、僕ではね」

テレシスが言った。
セリックが思い出したように言う。

「そういや、お前の兄貴……イルスさんは今どこだっけか」
「……確か、サレム・ノティスの士官学校、じゃなかったか?」
「うん、エルムッドの言うとおりだよ。兄上は、僕と違って有能だからね……」

テレシスは悲しそうに言う。
エルムッドは、歩き、そして言った。

「……だが、その代わり、俺の隣にいる。俺だって、士官学校には送られなかった」
「俺もだぜ? テレシス、悲観すんなって。親父たちは、何か考えがあってのことで俺らを帝都に留学させなかったんだよ」
「……そうだね。きっと、そうだよね」

そういうテレシスだが、その横顔は何となく、悲しそうだった。

「……ところでセリック」
「ん?」
「お前、怪我はどうした?」
「あんなもの、怪我のうちに入らんぜ」
「……セリック、肋骨が三本、折れてたんでしょ……?」
「なんの、あと二、三本折れてて……も……!?」

とセリックが急に膝を折って痛がり出した。
どうも脇腹を押さえている。

「……セリック、どうかしたか?」
「……今、はしゃいだら……骨に響いた……くそっ、兄貴め……」
「あはは、セリック、アドルフさんに思いっきり突かれたからねぇ」

セリックとアドルフのあの一騎打ちは、結果からいえばアドルフの勝ちだった。
二人の渾身の力を打ちつけたせいで、アドルフの棒にひびが入った。
セリックは、反動に耐えられずにのけぞっていたのだが、ひびに焦りを感じだアドルフは、熊をも打ち倒すその膂力で、思いっきりセリックを打ちつけてしまったのである。
運よく打ちつけたところで棒は折れたのだが、もし折れていなかったらセリックは骨折では済まなかっただろう。

「くっそ……痛ぇな……」
「ほらほらセリック、医務室へ行くよ?」
「……くっく……」
「笑うな、エル……くそっ……」

二人に抱えられるように、セリックは歩く。
方向は、軍営の方、医務室だ。
丁度今、シェルが眠っているはずである。

「……シェルの見舞いを兼ねて、行くかな」
「はは、そうだね。シェル兄も、医務室の世話になっていたからね」
「よし、んじゃ、行くぞ。……いてて……」

実に、平和だった。
トリエストでは、だった。
数日後、真紅の服を着た、帝都サレム・ノティスからの勅命が届くとは、このときはだれも思わなかった。