月光(ユェグァン)皇子は手紙を書き上げ、静かに筆を置いた。
真夜中を少し過ぎた頃だった。月光は窓の外を見上げた。
今宵の月のなんと見事なことか。薄いくもの切れ間から顔を覗かせる三日月は
どこか思わせぶりな貴婦人のようだった。
皇子は、ふとある女性のことを思い出した。何度となく想いを伝え、腕の中
に納めようともすり抜けて消えてしまう、そんな人だった。
皇子は、ふっと自嘲気味の笑みを漏らした。この手紙が意中の姫へのものな
らば今日の気分はどんなに違っていただろう。
皇子は手紙を丁寧にたたみ、蝋に封印を押すと、暗闇にむかって小さく
囁いた。
「銀鹿(インルー)、参れ」
背後で人影が揺れた。現れた小柄な男は皇子にひざまずいて答えた。
「参りました、殿下」 皇子は、自らに仕える『盾』の一人に手紙を渡した。
「誰にも見つからないよう、確実に届けなさい。特に『龍(ロン)』達には
気をつけなさい。このことが陛下の耳に入れば全てが水の泡だ。
わかっているね。」
銀鹿は短く「はっ」と答え、一礼すると、再び暗闇に溶け込んだ。皇子は、
『盾』が消えるのを見届けると、寝具に潜り込み、ゆっくりと浅い眠りに落ち
ていった。
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