〔makkux↓〕
「絵里、大丈夫か!? 怪我は、火傷は? すまない……私が不甲斐ないばかりに」
「ううん、ロットのせいじゃないよ……ただ、ちょっと転んだだけで」
人肉の焼ける臭い、腐臭――襲撃に逢い、三日ほど経っただろうか? 魔王軍は、男と十五歳以上の生存者を切り刻んでいく。当時十七歳だったロットと絵里もそれに含まれており、異形の怪物達から逃げるので精一杯だ。
「うぎゃぎゃぎゃ、この世界はシスコンによりシスコンのためのシスコン、そしてヤングシスターだけが生きていい時代なんだぉ」
黒い悪夢か。――いや、絵里にとっては青い、蒼い、悲しみの夢。ロットの影に隠れ、魔王軍から逃げてきた数日、絵里は己の不甲斐なさに心で涙を浮かべていた。
不意をつかれたロットのわき腹に、深い切り傷が刻み込まれる。黒い影となりロットを侵食しようとするそれから逃れる術もなく、ロットは命の火を掻き消されようとしていた。
「絵里……絵里! お前だけは、頼むよ。生き延びて……」
「拒否します! ロットを置いて行けない」
ロットに縋り付く絵里。必死で敵と、そして影を追い払いながら、ロットは叫んだ。
「行ってくれ! でないと私……」
「拒否します。力になりたいの」
その時、不意に両親から受け継いだ指輪が輝く。それに乗って、メロディーが流れ、絵里は癒しの歌を歌っていた。
いつしか敵は去り、その場に二人は崩れ落ちた。ロットの怪我は塞がっている。しかし、お互いの意識も長くないだろう。
霞往く視界の中でロットが見たものは、青い長髪と、優しい瞳――。
まだ夜明け前だった。ロットは飛び起きて、辺りを見渡す。
「懐かしい夢を見たな――まだ、起床まで時間があるじゃないか」
〔★小久夜★↓〕
ロットはベッドから起き上がり、部屋の窓を開けた。
外はまだ薄暗い。少し湿った夜風がセミロングの髪を揺らした。
ロットはさっき見た夢を思い出していた。随分と鮮明な夢だった。
まだ冷や汗が止まらず、吹き抜ける風が妙に肌寒く感じた。
「何がシスコンの中のシスコンだ・・・。虐殺魔が・・・!」ロットは窓枠を
きつく掴んだ。心の中でくすぶっていた怒りが久々に爆発しかけているようだった。
『トントン』ふいに、ロットの部屋のドアが鳴った。ドアを開けると、まだ寝巻き姿の青夢が立っていた。
「どうした?こんな早くに」すると、青夢はくすっと笑って言った。
「ロットの部屋から物音がしたから来てみたの。あなたの方こそ、随分早いですね。」
「別に何ということも無いさ。早起きは特するって言うじゃないか。」ロットは言った。朝っぱらから青夢に
嫌な話をすることもない。
「絵里、二度寝にはもう遅いだろう?着替えて来なよ。朝ごはんを食べよう。」
絵里はにっこり笑って頷くと、自分の部屋に戻っていった。ロットも、着替えのため無造作にクローゼットを開けた。
「フヒヒwwwいいねぇいいねぇwwこのアングルww最高すぎてうはうはww」
まさか誰かいるのだろうか。いや、この部屋には特有のチカン除け結界が貼ってある…なまじのチカンなら即時に蛍光灯虫取り機の受け皿に溜まった蛾のような哀れな姿になってしまうはず。喋る事など到底……
夢の続きか、それとも空耳か。とにかく気のせいと思いたかった。
そしてロットはボタンに指をかけた。
「そうそう、そうやってその『中途半端な』胸を俺に拝ませてくれww」
やはり誰かいる。ロットは逆上し叫んだ。
「誰だ!!!!!いるんだろう!!この変態!!姿を見せたらどうだ変態!!!!!」
ロットは破られた結界の屈辱さと着替えを舐められるように見られた事に異常すぎる不快感を覚えていたのであった。
「変態??そうだよ!!変態なんて言われるとオーナーの子分として興奮するねえ!!
でも、変態は隠れてクンカクンカするのが命!!でも、いいよ。普通ならこの声も聞こえないはずだったし。」
そうすると部屋の中央に光がさし、金髪の男が現れた。
「フヒヒwwオーナー様のご命令だからさ、ビクンビクンしてるんよww俺の名前は『モグライス』!!凡庸性高いから覚えておいて損がねえぜ??」
ロットは即座にクローゼットの上の花瓶の枝を構えた!!
「雑魚でしぶとそうだけど、ぶっころす!!!!!」
〔dulcitone↓〕
「フヒヒww枝なんかでどうする気よwwwあれか、俺様のシ.リアナにそれを突っ込……」
「黙れ変態」
「ヒョ?」
モグライスは場の空気が何となく、オーナーの居城で感じたことのある空気に変わってるのに気付いた。
あれは何だったか。
……そうだ、あれは確かオーナーの妹の……
「死.ねやぁ!」
「フヒww?」
モグライスの目の前にはすでに華奢な枝ではなく、鋭利な槍と化した枝が迫っていた。
「オヒョォウwwww!?」
「く.たばれ、このド変態がっ!」
モグライスはこれをマトリックスの要領で何とかよけ、ギリギリ踏ん張っている状態で足を踏み出した。
だが。
ズルッ
「ヒョ?」
ズデーン!
運が悪いのか、それともいいのか。
モグライスが踏み出した所には何とロットの下着が!
それを踏んで滑ったのである。
「いてぇ……うおお、もう飽きたから、やる気し.ねぇwww」
「はぁ? つべこべ言わずに、とっとと還れ、土に!」
「フヒヒヒwwwwまだ帰るにははえぇ、はえぇけど……」
モグライスはさっきの避けるのに使えよ、と言いたくなるほどの機敏さで起き上がり、窓を蹴破って外へと逃げて行った。
タイムを測ったら、世界新が出るであろう速さで。
「ちっくしょう、もうやる気し.ねぇwww!」
そう言って逃げて行くモグライスを、思わず憐憫の目で見ていたロットは、荒らされた部屋の片づけとチカン防止の結界を張り直した。
と、そこで気付いた。
「あれ、下着は……?」
その頃既に数百メートル離れた地点では、モグライスが疾駆していた。
「フヒヒヒ、上々上々wwww」
下着を片手に。
〔デオキシス♀↓〕
「・・・あの変態」
ロッドのつかんだ窓枠が、ミシミシという音をたてて割れた。
「どうしたの?さっきから物騒な音がしてたけど」
扉をノックして入ってきたのは先ほどの青夢だった。
心配そうな瞳に、少しだけ心が落ち着いた。
「・・・変態が。変態に」
ロットはなんと説明しようか迷ったが、諦めた。
そして手に握られた槍そのままに、ロットは音速の早さで着替えた。
「青夢。ちょっといってくる」
ロットはそれだけ言って、モグライスと同じように窓から飛び出した。
「ちょ・・・ここ、3階よ!」
だがそんな青夢の忠告はロットに届かず、ロットがわずかにうめく声だけが返事になった。
青夢はあわてて窓から身を乗り出したがもうロットの姿はない。
「待て変態ィィィィィィィィ!!!!!」
(大丈夫だったんだ・・・・)
青夢はロットが無事だったことに安堵しながら、その大きな眼を細めてほほ笑んだ。