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第一章:浜辺の少年


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 夏も盛りを過ぎ、ようやく秋の息遣いが感じられる八月の末。まだ暑い日差しは浜辺の砂を熱く焼き、そして観光業の人達は観光客に篤いもてなしをしているという三段構えの『あつい』浜辺である。
 そんな暑さにめげず、翔は今日も祖父の仕事を手伝っていた。海の家で、懸命に声を張る翔は、七月に十八歳の誕生日を迎えている。
「いらっしゃいませー! 焼きそば、たこ焼き、お好み焼きはいかがですかー?」
 浜辺に唯一の海の家ということもあり、なかなか盛況だ。シーズンも終わりを迎える時期だが、これが最後と、尚更人増しの傾向にあるようだ。もちろん、翔の両腕では余るほどに客は押し寄せ、忙しさは十二割ほどである。もちろん、翔だけではなく、祖父もいるのだが、もう一人アルバイトを雇ったほうがいいとか言って、今は面接という名目の押し付けを翔は食らっているのである。
 時折、待ちくたびれた観光客からの罵声も飛ぶが、汗水を垂らして、翔は懸命に働く。焼きそばの傍ら、たこ焼きを回し、カキ氷を作りながらソフトクリームを準備するようなてんてこ舞いである。そして、翔が先天的な不幸体質であるのも災いしたのだろう。
 焼きそばは見事に焦げてたこ焼きは生焼け。カキ氷は水となり、ソフトクリームのコーンは底が砕けて中身が溶け出すという始末。
 観光客は呆れて、待っていた人々も愛想をつかして解散してしまった。
「あは……あはは、またやっちゃった――」
「やっちゃったじゃない、このバカモン!」
 ヘタレた笑いを浮かべる翔に拳骨を落としたのは、翔の祖父の源治だった。いつの間に現れたのだろうか――源治の後ろに控える、夕焼け色の麦藁帽子を被った少女はアルバイトの子だろうか?
 柔らかなショートの猫毛が、肩口で切り揃えられている。麦藁帽子の影になり、表情はよく分からないが、口元には微かな笑みが浮かんでいる。腰まで覆わない、サーフボードがプリントされた白いシャツの胸元は、決して大きくではないが膨らんでおり、反対に露わになっている腰は、見るものを誘うかのように括れている。膝小僧に達するか達さないかの、中途半端なハーフパンツは、太股のラインを強調している。
「爺っちゃ、その子は?」
「ん? ああ、今日から働くことになった天野夕ちゃんだ」
「よろしくお願いします」
 被っていた麦藁帽子を頭から取ると、体つきとは裏腹に、幼く小顔の女の子だ。奥二重の、柔らかな垂れ目、小さな鼻。型に凝り固まった美少女でないだけに、見るからに奔放そうな、それでいて理智的な彼女は、翔の瞳に眩しく映った。
「あ、俺は高坂翔です、よろしくお願いしますッ!」
 慌てて頭を下げて、そのあまりの勢いに自分の目をくらくらとさせる始末。足元がふらつき、ましてや粒の細かい浜辺の砂だ。足を取られ、翔はその場にこけてしまった。
「……痛ってぇ~」
 おまけに、舌を噛むというドジっぷりだ。口元を押さえて蹲る翔に、再び源治の拳骨。夕は思わず吹き出し、翔は夕が笑ったのが嬉しくて微笑み、そんな二人を急き立てるように源治は声を荒らげる。
 仕事をしろと源治は翔を追いたて、そして夕には仕込みの手順を軽く説明して、自身は遅れを取り戻すかのように懸命に腕を振るって料理を作る。時折、秋を感じさせるそよ風が、そよそよと浜辺を駆け抜ける。風鈴の音が耳を楽しませ、仕事の合間、夕は思い切り潮の香りを吸い込んだ。翔は相変わらず、嗅ぎ慣れた潮の香りを意に介さずに、暑さにめげずに立ち働く。
 海は――静かすぎるほどに凪いでいた。

 その日をなんとか終えて、これ以上ないほどに大きく息をついた翔は、ビーチの転がっているプラスティック椅子の一つに座り込む。炎天下の下、長時間に渡る仕事を終えたのだ、無理もない。
「翔君、お疲れ様。これ、どうぞ」
 冷たい水を手渡され、ありがたく好意に預かる翔。