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悪党は時として、作戦を実行し、敵と遭遇するので、警戒しておきましょう


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静寂と言う時間が流れている、というわけでもないし。
沈黙と言う空気が泳いでいる、というわけでもない。
セシルがノアに優しく声を掛けてからのこの雰囲気はきっと――気まずい、と言う。
誰しもが言葉を発せずらくなった状態。
幾分かの時間、騒がしい森から(本来あるべき姿である)静かな森へと変わる。

――と。
「御免……みんな」
ノアは俯いて、小さな声で、呟くように。
「ぼくがあんなに大声で喚いても……二人は、帰らない。迷惑をかけるだけだった」
「まあ、分かればいいのさ。さて、これからどうする?」
セシルはノアに巻かれていた鉄の蛇を手で触り、輪の花に変えると、ノアと零の顔を交互に見て問う。
すると、零は相変わらず落ち着いた声で。
「まずは、警察だろう。あの二人は迷子になっただけだろうから――日が暮れていたらまだしも、今は昼前。それほど緊急のことではないはずだ」
零の極めて冷静な判断と対処。
すると、それに対し。

「駄目だよ」

だがノアははっきりと、そう即答する。
焦燥の表情の彼。
これは迷子になったアイリスを一刻も早く見つけてあげたい――ということからの焦りでは無い。
それよりかはもっと、重大で、危険――何故ならば。
「聞いたんだよ、悲鳴を」
「悲鳴、だと……?」
すると、ノアは零に向き直り、
「ぼくの直ぐ近くで、アイリスとエレナが小さな声で叫んだんだ。だからぼくが慌てて振り向いたら――二人共、居なかった」
と言う。
「ああ、それならオレも聞いたよ。だからオレは先刻、探すとか見つけるとかじゃなくて――『救う』と、ノアに言ったのさ」
だから。
急ぎ、焦らなくてはいけないのだ。

何せ二人は『何者か』に襲われた可能性が高いのだから――!

「そういうことなら、警察に言っていたら確かに二人を救うには遅すぎるが――なら、どうする」
この広く深い森の中で、特定の人間を探すのは困難。
しかもその上――『何者か』に見つかったら、攫われた二人に危険が及ぶだけなのだ。
だが、そんな絶望的状況でも、セシルは言う。
「簡単なこと、さ」
そして彼は、ふいに懐から一枚のハンカチを取り出し、
「空飛ぶ絨毯にでも、乗っていくかい?」


+++

ウォールワットの奥に存在する、森林地。
そこには勿論、世に知られた千年樹がひっそりと在る。
だが――その傍に小さな湖が在るということを知る人は、少ない。

そんな秘境に、悪党共は居た。
「これを罪悪感と呼ばずに何と呼ぶって感じだな」
ルノワールは隣に在る、何故か死体のように手を組んで置かれたアイリスとエレナを見つめる。
「へえ、ルノワールみたいなゴーレムでも、そういう感情はあるんだねえ」
ジャイルは湖の水をすくい、その冷たさを楽しみながら意外そうにそう答える。
「ま、一応生き物だからな。あ、かといって、今更この悪事を止める気はさらさら無いぜ?」
そんなルノワールの言葉に、ジャイルは軽く笑って、
「そんなの、君の楽しそうな顔見ていれば、分かるよ」
会ってから約1日経っただけだというのに、早くもルノワールに親近感を抱くダークヒーローであった。

「…………ん」
と。
ルノワールの横に横たわるエレナが、身動きした。
そのことに、まだジャイルとルノワールは気付かない。

+++

……………………。

確か私は。
アイリスさんとノア君と零君とセシル君と、森の中を歩いていたはずです。
あの有名な――千年樹を見るために。
だけど。
この状況は――どういうことでしょうか?

と。
エレナはそんなことを考えながら、悪党共の会話に耳を立てる。
本来、こんなこと――他人の会話を盗み聞きするなどという、失礼な行為――はしていけないと重々承知はしている彼女だったが、状況が状況である。つまりは、緊急事態。
今エレナが分かっていることは。
己の隣で、親友のアイリスがまだ横になって眠っているということ。
男子三人衆は(あくまで今のところ)捕まっていないということ。
そして、自分達を攫った犯人は二人組、ということ――だけだ。
まあ、普通ならばこれだけのことが分かれば上出来だろう――それに何より、本来彼女は助けられるポジションなのだから、待っていればいいだけのことである。

だが、しかし。
エレナはそれでは満足しない。
これはノアやアイリスのように、騎士の血はどうたらとは関係なく――ただ純粋に、エレナのその真面目な性格だからこそである。
エレナは目を瞑ったままで――万が一にでも目が覚めていることに気付かれたら、どうなるか分かったものではない――不自然な動きをしないように細心の注意を払いつつも、しかし耳のみを外に向けて。
「――うさたん、これからどうするんだっけ?」
「……ルノワール。僕、今まで何回君に作戦を説明したっけ?」
「知らねえぞ」
「……ま、そうだろうけど」
そしてジャイルは呆れの溜息を吐き、「まあ、そんなことはどうでもいいんだけどさあ」と前置きをしつつ、何回目かの説明をルノワールに話し始める。
「まず、人質は確保したでしょ?」
「おお」
素直に頷く人型ゴーレムを一瞥し、可笑しいように少し微笑んでから、ジャイルは続ける。
「その後のこと、つまりはこれからのことだけど――絶対に残りの三人組はこの子達を探し回るから――」


「待て、うさたん」


と。
ルノワールは突然――話していたジャイルの口を己の手で塞ぎ、停止。
「…………?」
ジャイルは勿論、ルノワールの行動の意味が分からず、訝しげに彼を睨むことしかできない。
しかしそこで、ルノワールは言う。
「聞こえるか? うさたん」
「……なにほだ(何をだ)」
「五月蝿いぞ、うさたん」
「…………」
理不尽だ、と思いながら尚も、ジャイルは憎しみの念を持ってルノワールを睨み続ける。
すると、ふいに手が離された。
「へえー、成程。そっかそっか」
と、一人で何やらぶつぶつと独り言を言うルノワールに、今度は不気味の意で見つめるジャイル。
そして、彼――ルノワール=オブ=ゴーレムは。
とてもとても低く小さな、しかし恐ろしい声で、言う――エレナに向かって。

「ぎゃははは。おい、お前、起きてるんだろ?」
「――――え?」

……長い前置きであったが、これにて水の泡となった。
黙っていればいいものを、反射的に声を出してしまったエレナは、しかし疑問に思って。
「な、何故、分かったのですか……?」
私は一寸も動いてはいなかったはずです。
と、彼女は続けた。
ジャイルはひそかに、それに賛同した。
確かに――彼女は動いてはいない。
何せ彼自身、ルノワールに話しているときでも、人質から目を離さないようにしていたのだから――だから、彼女は動いてはいないと言い切れる。
と。
そこでジャイルは思い出した。
それは真夜中の事。

『となると……ルノワールは些細な音でも、起きてしまうということになる』
『耳がいいのか?』

「そうか……『呼吸する音』か」
「お、さすが自称悪党だな、うさたん」
「自称じゃない!」
いや、どうみても自称だろう。
と、ルノワールは言葉には出さずツッコミ。
だがしかし、ジャイルの言っていることは現に正しかった。
エレナが寝ている時の規則正しいそれと、起きている時のそれとは――微妙に違うのだ。それに、状況が――状況である。意識するのも、仕方がない。
というわけで。
「ぎゃはは、もう一度、眠ってもらうぜ?」
と。
ルノワールが腕を振り上げた、その瞬間だった。

「――ちょっと待って、ルノワール」

と。
ジャイルがルノワールの背後から――どこか悪そうな声で、言う。
「ん? 急に何だようさたん。こいつを早く眠らせなきゃいけないのによっ」
「だから、それを待てと言ってるんだ」
そしてジャイルは己の癖毛白髪を掴むと、しばらく考えるように目を瞑る。ルノワールは手を振りかぶったままで、エレナは抵抗するために手を頭の上にかざしたままで、その様子を訝しげに見つめる。
そして、ふと。
悪党は言う。

「――その子を囮に使うっていうのは、どう?」

+++

空飛ぶ絨毯。
それはあくまでも――空想上の乗り物である。いや、否。
空想上の乗り物であった、と訂正すべきである。

ノアと零とセシルはまさしく文字通りの――空飛ぶ絨毯に乗っていた。
しかし正確に言い表すならば――セシルが手品でハンカチを変えたものなのだが。
それはともかくとして。
現在男子三人衆は、アイリスとエレナの行方を捜している。
はたから見たらメルヘンでも、本人達は至ってシリアスである。
「だが……本当に飛ぶとは思わなかったな」
「そう? ま、最初に宣言しちゃったからね――オレは妖精界一のマジシャンになるって、さ」
「それより二人共、何か見つけた?」
そんなノアの不安そうな声に答えるように、零は静かに「……残念だが」と言い、セシルは肩をすくめて「まだだよ」と苦笑。そしてさらに眼下の緑を見つめて、
「ウォールワットの森林っていうのは癒されるし美しいけど、こんな状況だと鬱陶しく感じちゅうね」
おかげで、人っ子一人探せないよ。
と、セシルは締めくくる。
空を飛べば何かを発見できる可能性もあったが、それも意味のないことだと悟ったセシルは、徐々に絨毯を降下させていく。
「…………」
零はその間も必死に――手がかりを見つけようと、辺りを見渡す。

すると、
「――ぎゃは」
と、小さな笑い声。
零は反射的に声をしたほうを向くと――そこには奇抜な格好の人が、『飛んでいた』。
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を上げる零。
しかしよくよく見ると、その不可解な人物は何を持っている。
――いや、待てよ。あれはもしや。
「これ……だーれだ?」
二つに結った栗色の髪、そしてその髪の間から覗く怯えたような金色の瞳。
見間違うことなどありえない。
「エレナッ!」
零は叫ぶと居ても立ってもいられず――ルノワールに向かって、跳んだ。

身体が、空中に舞う。

「――れ、零君!」
と、思わずエレナは悲痛な声で叫ぶ――そして同時に、ノアとセシルは零が絨毯に乗っていないことと、エレナが何者かに捕まっている状況を迅速に理解した。
だが。
時すでに遅しというのは、まさにこのことである。
零の身体は急降下中、今から空飛ぶ絨毯で受け止めようとしても到底間に合わない。
そのことは一瞬で、ノアとセシルも、エレナとルノワールも――そして零本人も、分かっていた。
――だから。
彼は、こう叫ぶ。
「エレナ、飛べ!」
「……え?!」
「いいから、飛んでくれ――俺を、信じて」
「……わ、分かりましたっ!」
そしてエレナは無我夢中で身体をよじらせる、ルノワールの手から離れるために。だがそこで手加減しないのがユノワールである。エレナはなかなか抜け出せない。しかも、零はもうエレナのすぐ上まで来ている。

と。
「エレナちゃん、気をつけろ、よ!」
絨毯の上に立ったセシルがそう叫び――そして、何かを空中に放り投げた。
何かとはすなわち、火の点いたマッチ。
しかし除々にマッチは形状を変えていき――最終的に火の鳥へと変化する。
「……あ、あ?! 一体何がどうなってるんだ?!」
ルノワールが叫ぶも空しく、火の鳥は一直線にルノワールの顔面に体当たり――!
「ぐうわああああ! 熱い熱い熱いだろおおおが!」
そして、ぎゃーぎゃーと叫ぶルノワールの腕の力が抜け――エレナはまっさかさまに、重力逆らうことなく、森へと落ちていく。
「――――!」
エレナはそして、己が今置かれた状況の重大さに気付き、すぐさま本能的に悲鳴をあげようとする……が。
その口を誰かが手で塞いでいた。
零の手だった。
「大丈夫だ」
と、まるであやすように零は言う。
零が目の前に居る。一緒に落ちている。
そのことを確認するとエレナは、安心したように意識を失った。

そしてすぐさま零は、エレナを抱きかかえ――そのまま緑の中へと呑まれていく。
二人は、落ちる。


+++

――が、しかし。
零とエレナは、生きていた。
それには様々な要因がある。

まず、ノア達がアイリス達を上空から探すことを諦め、絨毯の高度を低くしていたこと。
そして何より、ウォールワットの大自然が、地面に落下するまで何度も衝撃を受け止めるクッションの役割をしたからであろう。

ちなみに、零はそこまで計算はしていなかった。
己が下に、エレナが上にくるように抱きかかえて、そのまま落ちてしまえば――下に居る自分がクッションとなって、少なくともエレナだけは助かるだろう、と。


落ちてから、しばらく経ち。

在る意味余韻に浸ってから、零はそして緑に囲まれた周りの情景を見渡し、呟く。
「……生きてたな、俺」
「……ん、ん?」
エレナは――自分が死ぬかもしれなかったという状況の直後だというのに――冷静な零の声に反応し、身体を起き上がらせる。
「……エレナ、大丈夫か?」
「……あ、はい。全然平気なのです、けど……零君は?」
「俺は、大丈夫だ。少し背中を打ったくらいで、何とも無い。骨も折れていないようだ」
「そ、そうですか……良かったのです!」
そして、心底安心したように微笑みを浮かべるエレナ。
その笑顔に零は見とれるわけでもなく惚れるわけでもなく――ただ、微笑み返した。

と。
そんな静かな雰囲気の中に――悪そうな声。
「あーあ、残念だったねえ、君達」
もう少し早く此処から逃げていればよかったのに。
そして赤眼白髪の少年――零とエレナとは初対面である――すなわち、ジャイルは緑の中から突如現れて、ニヤリと笑う。
「囮作戦――それはあの男子三人衆をなるべく分離させて、単体ずつで倒しやすいようにするためのものだったけど、この状況だと上手くいったみたいだねえ」
「……誰だ、お前」
「ん? 僕のこと? そうだねえ……僕は所謂、悪党だ」


得意げに、そして誇らしいようにそう名乗るジャイル。
そこには言いようの無い――ある種特殊な、無邪気さと邪悪さ。それらが微妙な比率で交わっているような、悪が潜んでいる……気がした。
そして――その瞬間。
地響きのような、『足音』が聞こえる。
「あ、話は戻るけど――僕の囮作戦には、もうひとつ目的があったんだ――

――東の街、つまりは此処に落ちた黒い閃光から現れたゴーレムを、操ること」

そんなジャイルの言葉――しかし本来、このように作戦を敵にべらべらと喋ってしまうのは、半人前の悪党にとっては相応しくない行動である――が言い終わるか終わらないかのうちに、それは現れた。

一見すると木に見えるが、その形や色は見るからに不気味である。
しかし、零とエレナは、ゴーレムが目の前に現れたことよりも――
「あ、アイリスさん!」
と叫ぶエレナの視線の先――木のゴーレムに埋め込まれているような状態で、アイリスは居た。今だに気を失っているようである。
「これだと、迂闊にゴーレムに攻撃できないな」
それよりも、俺一人で倒せるか……?
さすがに零も、この状況で焦燥の気持ちは隠せなかった。
しかし、それでも。
零は近くに生えていた木の、なるべく丈夫そうな枝を折ると――それを両手で持って、構える。

それはまさしく――剣道の構え、そのものだった。

「……エレナ、安心しろ」
「だ、だけど、零君が危ないのです」
「大丈夫、俺は死なない……お前も、死なない」
そして零は、己の丈の二倍はある、そのゴーレムを見据えて――

「俺が全力でお前を護ってやる」

そして、幕開けを告げるように。
いつかの、あの赤い絶望のように、ジャイルは堂々と、堂々と。
そして何より――楽しそうに。
「――さあ、喜劇のような悲劇を始めよう」