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フレアの異的空間


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そして

あれは結局夢だったのか。
もしくは現実か。
今となっては分からないけど、しかし――

+++

彼女は収穫祭の宴会のために、とびっきりの料理を作っていたはずだった。
鍋から出る煙に思わず目を瞑り――まぶたを開いたその瞬間までは。

「……あ、れ?」
わたし、どうしたのかしら。
一瞬だけ意識が飛んだ気がしたような気がするけど……此処は?
彼女は両手で自分自身を触り、一応己が無傷だということを確認し辺りを見渡す――が、一面が黒。または、闇。

何も見えない。
何も聞えない。
何も感じない。

まるで夢の中にいるような浮遊感。
しかし同時に、現実にいるような己の確固たる存在感を感じる此処とは?
――否。
何でしょうか、この、空間は。

「――っ、はあ?!」
と、背後で低いテノール――しかし、とても聞きなれた声。
わたしの好きな声。
彼女はその声の主を確認するために振り向き、黒いタキシードに包まれたその姿――背景が黒いので、周りに溶け込んで同化して見えなくなりそうだった――を捉える。
「……レオナルド、なの?」
「――っ?!」
彼女の顔をみた瞬間、彼――レオナルドは一歩後方に後ずさり。余程驚いたようすだったので、思わず彼女も身を引いていた。
「貴方、レオナルドなの?」
もう一度、彼女は問う。
すると、レオナルドは決心したように彼女の顔を見下すように見つめた。
「オレ様は――レオナルドじゃないぜ? フォルテ、だ。今度から間違えんなよ?」

彼の名前が……フォルテですって?
彼が自分から自信を持って、しかもあんな態度で言ったのですから、真実なのでしょうけど。
そでにしたって。
どこからどうみても、それにさっきの反応からしても、わたしの目の前で仁王立ちをするこの人は――。
「あの、貴方本当は――」
「それ以上言うんじゃねえぞ? お前の言いたいことは、分かってる」
彼、もとい、レオナルド、もとい――フォルテはそして、今までの不機嫌そうな表情を変えて、見るからにしょうがねえなと言わんばかりのそれに変え、倒れるように――いつの間に現れたものだが、空気を読んだ彼女はそれに関して問うことは無かった――背後にある赤いソファに座る。
「……なあ、フレア」
と、至極当然のように彼女の名前を言ってのけたフォルテ。
彼女――フレア自信も、言った相手が相手なので、
「はい」
と、いつもどおりに返事をした。
「オレ様は誰だ」
「……えっと、レオナルド、よね?」
「違ぇよ、フォルテだ。何回も言わせるな。それにしつこいようだが……此処ではその名前で呼ばなよ? オレ様は今お前を救うために、レオナルドの名前は棄てたんだ」
「…………?」
フレアはフォルテのどこか悲しげな言葉に首を傾げる。が、それも当然の反応といえばそうなのだろう。彼女がこの空間――フォルテにとっては異常空間と言ったところか――の存在意義を知るのは、まだまだ先のことなのだから。
「じゃあ――フォルテ。貴方は何でそんな格好をしているの?」
「さあな」
と、彼は短く答え。
そして――嘘を、吐く。

「差し詰め――『これ』がお前の夢だからじゃないのか?」

言うと同時に。
本当に夢なら良かったのにな。
と、心の中で唱える。
勿論、言葉にも表情にも口調にも、出さなかった。
そんなことを――彼が言うべきではないのだから。

この時フォルテは――否、レオナルドは。
胸が締め付けるように、痛かった。
今更ながら、今まで耐えてきた現状が――『フォルテ』であることが辛くなる。
何故、何故、今になって、己の愛する人が目の前に?

「夢……かしら。何だか、違う気もするの」
フレア、フレア、フレア。
「だけど、貴方があんな可笑しなことを言いましたからね。案外そうなのかもしれないわ」
オレ様は、今、無性に。
「きっとこれは夢なのよ」
お前と、音楽に、酔いたい。

そう思ったから。
だから、彼は。
言うのだ。

「なあ、フレア。オレ様と一曲、踊るか?」

これが正真正銘最後の――私的空間での己自信のための、音楽。
つまりそれは――二人で紡ぐ、円舞曲であった。


+++



「馬っ鹿野郎。んな動きは踊りでも何でも無いぜ?」
「こ、これでも、努力はしている、つもりよ?」
「はっ、それがお前の最高の踊りだっていうのか。まるで雨乞いの儀式だな」
「しょ、しょうがないじゃない。経験も何も無いのに――リズムなんてとれるわけないじゃない」
フレアはぼやき、ぎくしゃくした動きでステップを踏む。
対して。
フォルテは笑い、慣れたような動きでステップを踏む。
さすがは彼の私的空間――否、さすがは天才。
まあ、あくまでも自称だが。

天才は強引に片手でフレアをターンさせると、「じゃあよ」と前置きをして。
「下手なワルツをするお前に合わせて見事に踊っているオレ様は何だっていうんだ?」
「知らないわよ!」
少し起こり気味のフレアである。
だがそれを無視するように(実際に無視をしているのだろうが)、ファルテは「よっ」と声を出しながら、フレアの身体を支えて、無理矢理彼女の上半身を倒した。
「ちょっと、あ、危ないじゃない!」
「おいおい、そうかっかすんなよフレア」
「かっか、て……」
そして。
フレアの上半身を反らしたままという奇妙な体勢にも関わらず、フォルテは金髪がかかったフレアの顔に、顔を近づける。
「れ、れおなる――」
「しっ……黙っとけ」
フォルテは指を口につけたポーズで言うと、目を瞑った。


その横では、黒い蓄音機が鳴る。
円舞曲を、演奏し。
円舞曲を、間奏し。
円舞曲を――終了し。
後は無音が響くのみの空間。
ファルテは唇と唇が触れる直前で、その行為を止めた。
「…………チッ」
舌打ち。
そして――抱擁。
フレアを優しく抱きしめる。
「え、な、何なのよ?」
完璧に、キスをするかと思っていたフレアは、赤かった顔をますます赤くしている。フォルテは至って無表情。
否。
とても、とても――惜しむような嘆くような哀れむような悲しそうな、表情であった。
「オレ様は決めた」
「へ?」
「オレ様が帰ったらまず最初に――お前との結婚式を挙げてやる」
それまでキスはお預けだ。
後半の言葉は、心の中に留めるフォルテ。
「れ……フォルテ、帰るってどういう――」
「とにかくお前は、聴いていろ。オレ様の歌を、そのまま」
その時。
フォルテの眼には――流れることの無い涙が在った。
彼は言う。

「オレ様の音楽に酔いしれろ」

+++

「おい、フレア」
と、茶色を貴重とした服の上に腰に巻く白いエプロンを着た女性――フレアに声を掛ける男が居た。
「ん……あれ?」
フレアはぼやけた視界と脳裏を覚醒すると、振り向き、己の婚約者を見つけた。
「おいおいおい、馬鹿みてえに何つったってんだよ」
と、婚約者――つまりは少し長い黒髪を後頭部で結び、目にはうっすらとくまができている男性は腕を組んだ。
「レオナルド……さっきまで夢を見ていた気がするの」
「ほお、お前は立ったまま寝るのか?」
「違うわよ……だけど、きっと、気のせいね」
フレアはそして、レオナルドに向かい、
「それで、わたしに何か用なの?」
「よく察してくれたな。実はよ、見に覚えの無い理由で悪人に追われているんだが――オレ様が店先の樽に隠れる間、守ってくれねえか?」