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霊異

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霊異



そこは校舎から少し離れたちょっとした崖でした。高さ10m程度で崖下には大きな岩があり、そこへ向かって跳ぶ事で死ぬ事が出来る有名な所です。僕は存じませんが、過去において数年前に一人だけそこから跳んだ女子生徒がいたそうです。なんでもたった一人の犠牲者だとか……。

 よく晴れた日の陽気な昼下がり、そんな前科持ちの崖で僕はこれから身を投げ出します。

 理由は単純。いじめに耐え切れなくなったからです。
 クラス皆が見て見ぬフリを決めこみ、何も知らない教師達に相談する事も出来ず、帰宅する度に顔をしかめる親には笑顔でごまかす毎日……いじめる奴らは何も言わないけど、これを犯せばさらなる苦痛が待ち受けるだけです。その位はわかります。
 しかし、日々に増していく苦痛から逃れようと、何度も殴るアイツ達を刺そうか、何でも奪うアイツ達の家を焼こうかと幾度となく考えましたが、そんな勇気も無い僕には自分自身の存在を消す事以外に生きる苦しみから逃れる手段を選べませんでした。
 足どりは意外にスムーズで、初めて向かう自殺名所の道中にはあまり恐怖感を覚えませんでした。
 防止用の柵を超えた所で先客に気付きます。制服から察するに同じ学校の女子生徒だと思われます。その子はギリギリの足場の位置に立ち、下をじっと見つめたまま立ちすくんでいるように見えました。
 こちらに気がついたのでしょうか、少女はこちらに振り返ります。

「君、自殺志願者?」

 僕は頷きます。けど、君も自殺?なんて事は聞く気にはなれませんでした。こんな所にいるのだから目的は一つです。
 しかし、少女からは予想外の言葉が飛び出しました。

「やめた方が良いよ。絶対生きてた方が良い事あるって。だからやめなよ、自殺なんて」

 今更この子は何を言い出すのか、僕には全く理解出来ませんでした。まさに今死のうとしてる奴にそんな事を言われるなんて心外です。この子は一体どういう神経を持ち合わせているのか。偽善者も良いところだ、と僕は不快に感じます。
 少し腹を立てた僕は歩を進め、その少女を押しのけて死の境界線間際に立ちました。

「嫌だよ、もう痛いのは……。辛いんだよ、生きてるのが。君が跳ばないなら僕が先に跳ぶ。止めないでくれよ」

 そう言い捨て、目下の光景と向き合いました。
少女は何も言い返してはきませんでした。何も言う事が思い付かなかったのでしょう。
 ただ崖から一歩踏み出すだけ……その事を僕は淡々と受け止めていた筈なのにその一歩を踏み出せずにいました。脚の震えが止まりません。何度も飛び込むタイミングを伺います。
 次の呼吸を終えてからだ。その時に跳ぼう、行こう、とぼう、いこう、飛ぼう、逝こう、跳べ!--

「……。……出来ないよ、怖いよ」

 それでも跳べなかった自分に嘆くしかありませんでした。これしか手段が無いのにそれを諦めたらどうするんだ、また辛いいじめの渦に巻き込まれるだけじゃないか。もう痛いのは嫌だよ! ひたすら自分を責め続けます。
 そんな時、僕の手に誰かの手が添えられました。

「一緒に…いこっか?」

 先程の少女が僕の隣で微笑んでいました。その微笑みは優しさで満ち溢れていて、同時に儚くて……。

「一人より二人の方が怖くないよ」

 そう言って、その子は自分のネクタイを外し、僕と少女の手を繋げるように纏めて結びました。

「これで跳ぶ時も一緒だよ」

 不思議でした。あんなに震えていた脚が今では嘘のように静かです。それだけでなく、僕は今のこの瞬間を心地よくさえも思いました。何でこんな子が自殺を考えたのでしょうか。しかし、事情を聞く気にはなれませんでしたがそのかわりに--

「二人で、合図して跳ぼっか」

 僕から切り出しました。少女は静かに頷きます。
 これで後は振り返る事は何もない、後悔する事も無い。こんな安らかな気持ちで逝けるなんて僕はどれほどの幸せ者だろうか。合図も……僕から切り出そう!

「じゃあ、いくよ」

 脚に力を込めます。少し膝を曲げて、何の躊躇も無くそのまま跳躍する為に……お互いの手を固く握り合いながら……。


「「せーっの!」」


………………
…………
……
…・









 身体中が痛い。
--死んだら、痛いままなのかな?
 視界が暗い。
--死人て目を閉じたまんまだもんね。
 誰かの声が聞こえる。
--きっと幽霊だよ。
 いや、本当に幽霊?違う。この聞き覚えのある声は……。

 ふと目が覚めました。まるで長い長い夢を見ていたかのようです。全身が痛いので首だけ動かして周囲を見渡します。間違いなくそこには目を腫らした父と母がいました。そして、担当医。
 生きている事に呆然とします。死にそこなった事に後悔します。

「何で……僕、生きてるの?」

 意識が戻ったという事で検診が行われましたが、患部を一つ一つ丁寧に診てくれる担当医に僕は情けない声で問いました。
 医者は嬉しそうに話してくれました。

「君、跳ぶ時に躊躇したでしょ? それで岩には当たらなくて、地面に全身を打ち付けただけになったんだよ。ホント危ないとこだったさ」

 躊躇…した?嘘だ。僕は躊躇ってなんかいない。なら、何故?岩まで届かなかったのだろうか。
 躊躇わずに……跳んで……一緒に……。考える内に僕は一つの答に辿り着きました。しかし、それを思い付いた時には平常心を失い、医者に向かって声を荒げていました。

「あの子はどこですか! 僕と一緒に運ばれた筈です! 僕と一緒に跳んだ女の子です!」

 医者は少し困った顔をしながら答えました。

「運ばれてきたのは君だけだよ。現場に流れてた血痕の量から考えても間違いなく君だけしか崖の下にはいなかった」

 それを聞いてうなだれるしかありませんでした。あの子は一体誰だったのか。間違いなく跳んだのは確認出来た。だって、ネクタイで……。

 そのネクタイは持ち主の手の隙間を空けたまま僕の手に掛かっていた--

“生きてた方が良い事あるって”

 暗闇の中で幽霊はそう言っていたような気がした。




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