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青い肌(3) 無才C判定 ◆8JqZBHfJBk」(2006/10/22 (日) 11:15:25) の最新版変更点

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*** 626 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 17:39:29.15 2cM0KEMtO 彼のようになりたい、と思った。 忙しないあたしと違って静かな、だからと言って人を遠ざけるような感じは全くない、温かみがある低い声。 鞄を肩に担ぐ、骨ばった長い指。 小柄すぎるあたしと違ってすらりとした高い背。 彼の前でだけは何故か自然に笑うことができる。 だけどあたしは彼について知っているのはそれくらいでしかない。 少し冷たそうなあの手のひらに自分の手のひらを重ねたこともない。 *** 628 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 17:42:17.15 2cM0KEMtO 人はあたしを明るいと言う。 いつも元気だと言い、強い人間だと言う。 お前は悩みがなさそうでいいねとため息をつく。 人を「愛する」という行為は、相手を自分に都合の良い「長所」で覆い隠すことだ。 切り刻んで、息の出来ないよう埋め立てて、相手を自分にとって最良の形に勝手に変換するのが「愛する」という行為だ。 *** 629 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 17:47:16.74 2cM0KEMtO そうして相手が断末魔に胸を掻き毟って泣き叫ぶ声を聞こうともせず、自分の「痛み」は分かって欲しいと子供のように浅ましく喚いて相手にすがりつく。 それが「愛」だ。 だから彼を愛したくはない。 あたしはいつから、そこに夢を見なくなったんだろう。 でも大丈夫だ。あたしはまだ、演じられる。まだ捨てられずにすむ。 愛されたいなら自分を殺せばいい。 壊れた自分から目を背けて相手のために踊ってやればいい。 それだけのことだ。 *** 630 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 17:55:51.87 2cM0KEMtO 苦しんだ分の対価を得ることなんて出来るわけもないのに、それにすがりつくことしか出来ない、馬鹿で、矮小で、価値のない人間。 それがあたしだ。 道化を演じている。 透過されるのが怖くて。こんなあたしを知ったら、みんな離れていってしまうから。 愛されるのが嬉しいから、あたしは踊り続ける。指を差して笑われながら、あたしは踊り続ける。あたしは踊り続ける。 神経が灼け切れて狂うまで、あたしは踊り続ける。笑いながら。 みんなが愛しているのはそんな私。 ひとりが怖いんだ。 いつか来るそれが怖いんだ。 あたしには、何もないから。 青い肌 第三話 *** 637 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 18:28:29.00 2cM0KEMtO 僕らは今でも叫んでる 確かめるように握りしめた右手 うざったい法則をぶち壊していけ 傷ついた足を休ませるくらいなら たった一歩でもここから進め 歪んだ風をかき分けて 冷たい空を追い越して それでもまださまよい続けている 僕らはいつでも叫んでる信じ続けるだけが答えじゃない 弱さも傷もさらけ出してもがき続けなければ始まらない 突き破れ扉の向こうへ 翳したプライドが間違いだとしても 描いてた理想が崩れかけても ここにあるすべてに嘘をつかれたとしても きっと此処にいる 僕らは今でも探してる 加速したスピードは変えられない 強さと覚悟つなぎ止めて走り続けなければ未来はない 突き進め扉の向こうへ 扉の向こうへ 扉の向こうへ/Yellow generation *** 638 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 18:34:15.14 2cM0KEMtO 向こうからグラウンドで練習する陸上部の声が聞こえてくる。 職員会議があるから、多分顧問に自主練習するように言われたのだろう。 隣のベッドには誰もいない。保健室には二人以外誰もいなかった。 向かいあう中、無言で帰蝶谷は鍵を上げ、傍らの窓を開けた。カーテンがささやかな風に脆弱な音を時折立てる。 最初に言葉を発したのは帰蝶谷だった。 「驚いて声も出ないって感じだね」 呆然と立っている森崎を見て、帰蝶谷は喉を鳴らして肩を震わせながら笑う。 柄にもなく俺なんて言っちゃったよ、と彼女は自嘲気味に呟いた。 「…帰蝶谷なのか?本当に、小学校の頃の」 「そうだよ」 森崎が聞くと、帰蝶谷は淡い喜色を浮かべながら頷いた。 *** 639 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 18:38:09.64 2cM0KEMtO 「でも…あいつは男だったはずだ……」 頭が心なしかぐらぐらして、こめかみを押さえ、森崎は窓枠に力弱く凭れる。 まあ無理もないけどね、そういう反応は。と帰蝶谷はくすくすと笑ってから、口元を押さえていた手を静かに布団の上へ置き、森崎を静かに見つめた。 「…アンドロゲン不応症って、知ってる?」 「いや……」 森崎は帰蝶谷へ視線を戻し首を振る。 「性分化異常の一つでね。ちゃんとXY染色体を持って男性として生まれ、男性ホルモンのアンドロゲンって物質を体内で生産できるんだけど、精巣がそれを受容出来ないために体と脳が女性として分化していく病気。」 ぱん、ぱん、と俯いて布団の皺を弾きながら帰蝶谷は言う。 *** 640 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 18:43:51.92 2cM0KEMtO 「…それで女になった、っていうのか?」 森崎が声を絞り出すよう尋ねると、違う違うと帰蝶谷は手を顔の前で振った。 「アンドロゲン不応症は先天的なもの。つまり生まれつきだよ。僕が発症したのはY染色体置換症。」 「Y染色体置換症……?」 「アンドロゲン不応症の後天性版て言ったほうが早いね。遺伝子がある日突然書き変わるんだよ」 この男を女にするように、ってね。と帰蝶谷は髪をすきながら笑う。 「僕は15の時にそれを発症した」 ふぅ、とため息をついて再び彼女はベッド枠にもたれ、森崎を見つめた。 *** 642 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 18:52:32.51 2cM0KEMtO 「Y染色体置換症を発症した男性は、その一年以内に異性と性交渉を持たないと、徐々に体と脳が女に作り変わっていく。 初期段階でまず血中のエストロゲンの濃度…つまり女性ホルモンの濃度が急に高くなって、その結果体毛が薄くなったり、頭髪の成長が速まったり、低い声が出せなくなってくる。 ただその変化は本当に微々たるものだから、初期の段階で病気に気づくことは少ないんだ。 僕なんて病名告げられたとき、骨盤が広がって制服のズボンきつくなってたしね。」 帰蝶谷は布団の皺をのばしながら、気味の悪い病気だよと淡々と話す。森崎は何も返すことができなかった。 *** 643 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 18:55:17.51 2cM0KEMtO 「一応女子として学校には生徒登録されたけど、まだ僕の中には精巣が残ってる。 そしてこうして森崎君と話している間も女性化は続いているってわけ。 ちなみに外性器は女になったし、子宮も膣も形成されたから、セックスは出来るけど妊娠はしない」 「…………さっき体調悪かったのはそのせいか?」 「そう。まだ男性ホルモンと女性ホルモンの分泌の調整は出来てないみたいで、女性化のためにどうしても女性ホルモンが分泌過多になる。 ま、軽い更年期ってやつ」 さっきは本当に、森崎君に迷惑かけちゃってごめん、と帰蝶谷は拝むように手を合わせて頭を下げる。 「大丈夫かなーって思ったんだよね、少し寒気する程度だったから」 「それでこの暑いときに長袖着てたのか」 森崎が言うと、帰蝶谷は誤魔化すように笑いながら、そう、と頷いた。 *** 954 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 17:49:11.23 1WmfS2RwO 「さて、と。薬飲まなきゃ」 帰蝶谷はよっこらしょ、と言ってベッドから降りると、制服の皺をはたいた。 「薬?」 「テストステロンっていうホルモン調整剤。医者から処方されてるんだ」 これ飲まないとまたああなるからさ。森崎が聞くとそう言って、 流し台の方へ歩み寄り、スカートの脇ポケットから小指の腹ほどの大きさの角張った薄いアルミ包装を二個取り出して、 帰蝶谷は鏡の脇に取り付けられたフックからプラスチックの黄色いコップを取った。 蛇口を捻ると共に、流れ出る水がシンクを叩き、その音にプチ、と薬の放送が折り破られる音が混じる。 *** 955 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 17:52:21.05 1WmfS2RwO セーラー服の紺色の襟に、解かれた彼女の髪が光を捉えて柔らかくうねっているのを見ながら、森崎は呟いた。 「俺のこと…恨んでるだろうな」 元は喉仏があったとは思えないすべらかで白い喉を鳴らして、帰蝶谷は水と薬を飲み干す。 彼女は何も言葉を返さず、口腔にたまった息を吐いて、コップを静かにシンクに置くと、不思議そうに森崎を振り返った。 「何故?」 森崎は目を丸くする。 「何故って…俺、お前のこと…」 「ああ、あれ。小学校の時の。そのことで挙動不審だったんだ、僕に対して」 帰蝶谷は笑いながら森崎の前を横切り、ベッドへ戻ってきて布団を直し始め、てきぱきと布団を折り返して畳み、足側のベッド枠へ寄せた。 *** 957 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 17:55:40.28 1WmfS2RwO 「僕、分かってたから」 枕を手に取り、カバー代わりのタオルを巻きつけながら彼女は言った。 「分かってたって…」 「森崎君さ、仲間外れにされたくなかったんでしょ?」 戸惑う森崎に事も無げにそう返して、彼女はタオルを巻き終えた枕を布団の上へ置いた。 「別にさ、僕…森崎君に復讐しようなんて思ってないし。もう十年も前のこと、今更蒸し返したってしょうがないでしょ?僕の目が気持ち悪いのも、名字が変わってるのも事実だし」 帰蝶谷は微笑んだ。 「そんな…」 「いいよ、無理して否定してくれなくても」 森崎の前に、帰蝶谷の白い手のひらが差し出された。 見るとそこには、透明っぽい黒の、緩やかにドームを描く小さな物がある。 「…これは?」 森崎がそれを指差すと、帰蝶谷は「カラコン」と答えた。 「やっぱりさ、この目剥き出しのままだとびっくりする人多いわけ。」 彼女は、さっき森崎君に気付いてもらうために外したの、と言ってそれをポケットにしまう。 そのまましまっていいのか、と森崎が聞くと、替えが家にあるからいいんだ。と帰蝶谷は頷いた。 *** 958 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 17:57:58.35 1WmfS2RwO 「そうだ!」 突然手をたたいて帰蝶谷が叫んだので、森崎はびっくりして、一瞬肩を震わせた。 「どうした?」 「途中まで一緒に帰ろう。」 そう言って穏やかに帰蝶谷は微笑んだ。 「え?」 「いいでしょ、せっかく会えたんだから。懐かしいんだよ僕」 「お……おい」 よし決まり、と言って帰蝶谷は保健室のドアへと向かう。 森崎は慌てて帰蝶谷の開けた窓を閉めてから、彼女のあとを追った。 *** 959 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 18:01:49.13 1WmfS2RwO 日が少しだけ傾いて、日中は目を差し貫くようだった空の青さが、だいぶ柔らかく落ち着きだしていた。 青々として枝に葉を重ねて繁る、等感覚で車道側に植えられた街路樹が優しく影を落とす歩道を歩く。 帰蝶谷と森崎は終始無言だった。 風を切る音を纏いながら車はしょっちゅう通るが、コンクリートを擦る靴音だけがやけに雄弁に思える。 時々森崎は自分の横を歩く帰蝶谷を盗み見たが、その横顔はうきうきと嬉しそうで、彼に対して負の感情を押し隠しているようには全く見えない。 …どういう神経してんだ、こいつは。 森崎は歩きながら心の中で呟いた。 *** 961 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 18:06:48.47 1WmfS2RwO たとえ十年も前のことだろうと、自分をいじめていた人間と帰り道を同伴するような、 そんなことが出来るような心を持つ人間なんているのだろうか。 俺なら無理だ。 俺がこんなことを言うのは筋違いもいいところだが…と森崎は思う。 十年なんて短すぎる。 人が抱いた憎しみや悲しみが薄らぐには早過ぎる。 そういう感情は、日々を送るほどに、ずっと心の奥に染みていく。 そしてある時、突然口を開いてじわじわと痛み出すのだ。 耐えきれないほどの痛みは徐々に枠から中へ浸食してゆき、 気づいたころには、身動きが取れなくなる。 *** 962 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 18:10:59.41 1WmfS2RwO 俺も、そうだった。 森崎は思う。 そうして言い訳をすることで自分は生きてきたのだ。 傷ついたのはあいつだけではない。 自分も被害者だ。 自分も被害者を傷つけて生きざるを得なかった被害者なのだと。 罪悪感に慣れてゆく自分に罪悪感を感じ、 それにすらも飽和した思いしか抱けなくなっていった自分も被害者なのだと言い聞かせて。 「……きくん」 はっ、と森崎は我に返った。 結い上げ垂らした真っ黒な髪を風に揺らしながら、帰蝶谷が心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。 その表情のせいか、両の瞳の暗い色は余計に憂いがかっている。 *** 963 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 18:13:13.94 1WmfS2RwO 「森崎君、聞こえてた?ずっと立ち止まって下向いてるから、どうしたのかと思って」 「あ、ああ、ごめん」 森崎は少しずり下がった鞄を肩にかけ直しながら謝った。 「じゃ、僕、こっちだから」 そう言って帰蝶谷は、まだ赤信号を示している横断歩道で接続された、向こうの通りを指さす。 「そうか」 住宅を取り囲む石塀が続くその通りの向こうを眺めながら、森崎は頷いた。 「付き合ってくれてありがとう」 「いや、…体、気をつけてな」 じゃ、と彼が言うと、帰蝶谷はばいばい、と微笑んで静かに手を振った。 森崎はそこから左の道へ歩き出した。 道の中程で振り返って彼女を見てみたが、既に信号が変わった後で、帰蝶谷の姿は無かった。 *** 985 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 19:55:34.79 1WmfS2RwO 古びた白のガレージを横切って、樋口ははあ、とため息をついてから、目の前の引き戸をガラガラと開けた。 「ただいま」 そう言いながら彼女が玄関に腰掛け、ローファーを脱いでいると、向かって右手の居間から、不機嫌そうな「お帰り」という声が聞こえた。 靴のつま先を玄関に向けて揃えてから、樋口は居間の手前から居間を覗く。 冷蔵庫の影から、机を挟んで座る憮然とした表情が漂う母の背中と、声をしゃくりあげて泣きべそをかく妹のぐしゃぐしゃの顔が見える。 *** 986 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 19:58:13.89 1WmfS2RwO 樋口は聞こえないようまたため息をつくと、廊下を辿って居間の引き戸を開けた。 戸が動く音に年の離れた妹、樋口督子はちらりと姉を見上げた。彼女は今年で小5になる。 ランドセルが椅子の傍らに置かれていることから察するに、学校から帰ってすぐ今までお説教を食らっていたのだろう。 …またか。 そんな風にうんざりとしている内心は顔に少しも出さずに、樋口は母の眉と目尻がきつく上がった真っ赤な顔を眺めた。 「どうしたの、母さん。督子が何かしたの?」 樋口が笑いながら話しかけると、母はさらに目つきをきつくし、督子は肩をすくませてきつく目をつむって俯いた。 *** 987 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 20:01:58.96 1WmfS2RwO 「……この子の担任の先生から連絡があってね。図工の授業中に、勝手に悪戯したみたいなの」 「…………いたずらなんか、してない」 震える声で小さく言い返す督子を見て、母はフン、と鼻でせせら笑った。 「どうだか。あんた変わってるもの。あんたみたいに頭のおかしい子の言うこと、母さんが信じると思ってんの?」 あざける声にびくり、と督子は肩を震わせる。 「もういいじゃない、母さん。督子だって反省してるわ。」 そう言って、優しく樋口は俯く妹の肩を抱き、「部屋行ってなさい」と宥めると、督子は無言で頷き、おずおずと引き戸へ歩いていった。 母は厳しい表情を崩すことなく、射るような視線を投げかけていた。 パタン、と引き戸が締まって督子が居間を出ていった瞬間、はぁー……と長いため息をついて、母は居住まいを崩して頬杖をつく。 *** 989 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 20:07:14.09 1WmfS2RwO 「あんたはあの子みたいにならないで頂戴」 哀願の眼差しで見つめてくる母に、樋口はにっこりと笑って頷いた。 「来月の模試、期待してるからね」 「任せて、母さん。」 またたく間に母の顔の険しさがほどけてゆき、喜色が満たされる。 樋口は吐き気がした。 「ご飯出来たら呼ぶわね」 いそいそとゆるんだエプロンのひもを母は結び始める。 「わかった。それまで部屋で勉強してるわ」 にこにこと笑いながら優しく喋る母に樋口は頷いて、居間を出た。 *** 995 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 20:10:15.35 1WmfS2RwO 二階へ続く階段を昇りきってすぐ左が樋口の部屋だ。右は督子の部屋になっている。 階段を上がり終え、物音ひとつしてこない督子の部屋をしばらく見つめてから、 樋口は自室のドアを開けて入った。 督子が驚かないようドアを静かに閉めてから、 三度目のため息をうんざりと投げやりに吐き捨てて、鞄をベッドの上へ乱暴に放り投げる。 「あーぁ。」 ベッド横のクッションの前にへたるようにがっくりと座り込み、樋口はだらしなく足を伸ばした。 *** 42 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 22:19:47.27 1WmfS2RwO 猿みたい。 先程の、怒りを携え頭に血が上っている母親の顔を思い出して、樋口は心の中で吐き捨てた。 うって変わったあの優しげな面も、何もかもが自分の心をふつふつと粟立たせる材料にしかならない。 あの人が情けをかけるのは自分のアクセサリーだけだ。 あたしのように、何も逆らわずに望む答えと結果を提供し、己の身を飾ってくれる装飾品があの人は大好きだ。 ぼんやりと窓の向こうを眺めていると、 ポケットから腰に振動が伝わり、フローリングがくぐもった低い音を立てた。 樋口はポケットから携帯電話を取り出し、パチリと開く。メールが一通届いていた。 *** 44 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 22:28:08.89 1WmfS2RwO 「誰だろ」 小さな手紙の絵柄の右横に、「1」と白抜きで表示された、画面下の青いメールマークを押して、受信フォルダを開く。 よく話すクラスメートからだった。 (……何だろ。) 親指で決定キーをカチカチと鳴らして文章画面を呼び出す。 サブジェクト欄には泣き顔の青い絵文字で「うわーん」とある。 それからして何かの悩みごとの相談だろう。 ふん、と樋口は鼻で笑った。 「うわーん」なんて絵文字つけて他人にメール送ることのできる間は、人間大したことで悩んじゃいない。 そうは分かりながらも、樋口は文面をスクロールした。 森崎君が他の女子と一緒に帰るの見たの。。。 ふたり、恋人同志なのかナ。。。。 と電子的な細い黒ゴシックで表示された文面に、やっぱりこれか。と樋口はこめかみが痛み出すのを感じた。 *** 47 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/07(土) 22:32:21.85 1WmfS2RwO 恋愛相談なんてしてくる人間の類は、答えなど必要としていない。 「恋に悩む自分」という甘美な存在に陶酔して、そんなウツクシイ自分に対しての共感を求めているだけ。 相手をするだけ馬鹿らしい。 まあ、悩みがあるんです、なんて言える奴はみんなその程度だ。それは恋愛に限ったことではないし。 ……知るかよ。あんたの色ボケなんて。 パン!とディスプレイをキー面に叩きつける粗野に閉じると、樋口は床へと携帯電話をゆるく放り投げた。 *** 144 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/08(日) 08:29:43.94 nW/t85rvO ズサ、と携帯電話の表面が床に擦れる音を聞きながら、樋口はクッションへ寄りかかる。 頭をベッドへ投げ出して天井を見上げると、 コンコン、と弱いノックがドアの向こうから聞こえた。 「…はーい?」 天井を見上げたまま、声帯が押さえられて少し濁った声で間延びした返事をする。 「お姉ちゃん?入っても良い?」 督子の小さな声が聞こえた。 樋口は慌てて投げ出した携帯を引っ付かんでベッドへ置いてから、「どうぞ」と姿勢を正してから声を返した。 *** 145 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/08(日) 08:32:58.77 nW/t85rvO ガチャ、とゆっくりドアノブが回る音がして、督子が決まり悪そうな顔で入ってくる。 ドアを静かに閉めて、しばらく姉の顔を見つめてから、たまりかねたように督子は樋口に勢いよく頭を下げた。 「お姉ちゃん、さっきはごめん!」 耳の下あたりで両側に結った、肩に毛先がかかるくらいの長さの黒髪の2つ結びがさらさらと服を流れ落ちた。 樋口は目をぎゅっときつく瞑っている妹の顔を見た。 頬に張り付く乾いた涙の跡が痛々しい。あれから泣いたのだろう。 母の前で肩を怒らせて、相当気を張っていたに違いない。 とげとげとした気持ちが少しだけゆるくなっていく。 *** 146 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/08(日) 08:34:55.26 nW/t85rvO 尚も膝に手をつき頭を下げたまま、顔を上げようとしない妹に樋口は優しく笑いかけた。 「馬鹿、いいの。あんくらい。あたしは督子の姉ちゃんなんだから。ほら、突っ立ってないでここ座りな」 そう言って、彼女は自分の背とベッドの間に挟んでいたクッションを引き抜くと、自分の右隣に置き、妹に笑い掛けながら、ポンポンと軽く叩いた。 ずっ、と鼻をすすりあげて、督子は目尻を手の甲で拭う。 泣きやんでまだ間もないせいで目尻の赤い目をしばたかせながら、制服のまま胡座をかく樋口の前を横切り、督子はそこに膝を抱えて座る。 口元をはきつく結んだまま、床の板目を見つめて彼女は俯いた。 *** 12 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:50:03.01 WJzcDe07O 「で。あんた、何やらかしちゃったの?」 暫くの間沈黙が流れたが、それは督子へ対して向けられた、樋口のおどけた明るい声で破られた。 「……デカルコマニー」 督子は床の板目を見つめたまま言った。 「デカルコマニー?」 きょとんとして姉が聞き返す声に、督子は黙って頷いた。 「何それ」 樋口の満面を疑問が帯びる。 「絵の、描き方」 そう言って、督子は膝を抱えた腕に顔を埋めた。 「へえ、本かなんかで読んだの?」 「……うん。新聞」 絵とかの難しい説明がいっぱいついている所を読んだの。と督子はくぐもった声で返した。 文化欄のことだな、と樋口は理解する。 督子はしばしば、年に似合わないようなものに興味を持つ。 文化欄の文章は教養のある大人でも読むのが難しいときがあるのだが。 *** 13 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:50:57.35 WJzcDe07O 「それって、どういう描き方なのよ」 「絵の具をてきとうに紙の上にのせて、折り曲げて、左右おんなじ模様をつくるの」 「ほお」 督子はぼそぼそと歯切れ悪く呟く。 「なるほど。みんな普通の絵描いてるとき、あんたそれをやったんだ」 督子は無言のままだった。どうやら樋口の推量は当たっているようだ。 「学校のまわりの景色を描けって言われた」 「うん」 「でも、あたし描きたくなかったの」 「うん」 小さな声で督子が話す言葉ひとつひとつに、樋口は優しく相槌をうつ。 「だから……」 「パタン、とやっちゃったわけか」 樋口が開いた手を合わせると、督子のうなだれた首が、こくりと小さく揺れた。 *** 14 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:52:13.37 WJzcDe07O 「あんたって自分の嫌いなことはどうあってもやらないタイプだもんねえ………好きなものは言われなくても目一杯頑張るのに」 樋口が苦笑いをしながら頬をぽりぽりと掻くと、督子の小さな肩が震え出す。 「と、督子?どした?姉ちゃんキツいこと言っちゃった?」 妹の様子に気づき、樋口が慌てて督子に尋ねると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。 「……おかしい子だよね……わたし、お母さんが言うみたいに」 「何言ってんの。」 呆れたように樋口が言うと、督子がぐすっ、と鼻をすする音がした。 「だっていつもお母さん言うもん。督子は頭がおかしいって。お姉ちゃんみたいにどうしてできないのって。」 ううっ、と堪えきれない嗚咽が、督子の喉を震わせた。 「あたし、なんでみんなみたいに普通になれないのかな………」 普通にやろうとするのにいつも自分でだめにしちゃう。 震える声で督子は弱々しく呟く。 「督子………」 顔を腕に埋めたまま声を絞り出す妹を、樋口は見つめていた。 「……督子が羨ましいよ、私は」 *** 15 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:54:52.52 WJzcDe07O そう言いながら肩へ妹の頭を抱き寄せ、樋口はため息をついた。 督子は泣くのをやめて、驚いたような目つきで見上げる。 「お姉ちゃんが?私を?」 「そうよ」 「何で?お姉ちゃんみたいに頭よくないし性格もよくないし可愛くないし」 「そんなのはね、督子」 まくし立てる妹を制するように、頭を撫でながら樋口は窓を眺め呟いた。 「気に入られはしても、見てはもらえないの。それに姉ちゃんそんな完璧じゃないよ」 純朴に真っ直ぐ見つめてくる妹の目に、照れるように樋口は笑った。 「…見てもらうって、何を?」 「……大きくなれば、あんたも分かるわ」 階下から「ご飯よ」と母が叫ぶ声がした。 おっ、と樋口がドアへ振り向く。 「待ってな、姉ちゃんあんたのぶんも持ってくるからさ。」 あんなことあったばかりで母さんと顔もあわせにくいでしょう、と樋口が言うと、こくり、と督子が頷いた。 樋口は口角を優しく上げて妹を見てから、 部屋を出た。 *** 16 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:55:54.91 WJzcDe07O 少し奥まっているせいで陰り、段の輪郭がぼやけはじめている階段を足早に樋口はトントンと降りる。 カラカラと引き戸を開けると、暮れ始めた外のせいで薄暗い廊下と、打って変わって明るい蛍光灯の光が満遍なくゆきわたっていた。 「ご飯ご飯っと」 テレビでは観客を前にして、お笑い芸人がたいして面白くもないことをさかんにわめき散らしている。 居間にあふれる静寂の隙間を埋め立てる以外の役割を、それは持たされていない。 来年には消えるんだろうな、この人たちも。樋口は冷ややかに画面へ目を流してから中へ入った。 「お疲れさま。ご飯テーブルの上にあるからねー」 「はーい」 台所から聞こえてくる、包丁の小刻みなリズムを聞き流しながら、母に返事をし、樋口はテレビの斜め前の食卓へと歩み寄った。 *** 17 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:56:54.97 WJzcDe07O 焼き魚と、茶碗に程よく盛られて湯気をほんわりと立てる白飯に豆腐の味噌汁、そして小鉢に盛られたきんぴらごぼう。 向かいあって両側に木枠の椅子が収まっているテーブルの上には、一人分の食事しかない。 ……なるほど。 樋口は軽くため息をつく。 督子のぶんはありません、ってか。 台所に立つ母の背中を黙って見つめながら、彼女は心の中でつぶやいた。 「……母さん、あたし上で食べるわ」 樋口は料理の盛られた食器へと視線を戻す。 「あら、どうして」 「なかなか解けない問題があって。数学の課題なんだけど。食べながらやる」 そう言って樋口は食器棚へ近づくと、収納戸を開ける。各棚に隙なく整理されて細々とした器や皿が折り重なっている。 上から二番目の棚へつま先立ちをしながら、 食器が雪崩を起こさないよう細心の注意を払い、そろそろとトレーを取り出した。 *** 19 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/10(火) 22:58:27.05 WJzcDe07O 「あらそう、わかったわ。食べ終わったら食器持ってくるのよ」 一旦手をとめ、母は樋口を振り返って言う。 パタン、と戸をしめてから、はい、と彼女は笑った。 「ところでさ、母さん」 「何?」 また母は顔を台所へと戻し、包丁で音を刻み始める。 「督子のぶんはどうしたの?」 さも今思いついたかのように樋口は尋ねる。 「え?あの子の?知らないわ」 調理を休むことなく事も無げに母は言った。 パン、パンと軽くトレーを脹ら脛に触れさせながら、聞くまでもないか、と樋口はこっそりと肩をすくめた。 「…そう」 短くつぶやき、樋口はテーブルへ歩み寄って、食器をトレーへ移し始めた。 テレビからどっ、と観客の笑い声が上がった。 *** 182 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 本日のレス 投稿日:2006/10/12(木) 21:32:56.63 N2WKjsYBO カーテンをしめていない窓から青い闇が部屋を満たしていた。月がこうこうと照っているせいで暗さを貫き通せずにいる。 樋口はベッドへ仰向けになりながら、薄青い闇の中を見つめる。 隣では督子がすうすうとあどけなく寝息を立てている。 樋口には、父親がいない。婿入り養子だった彼女の父親は、樋口が幼い頃にこの家を出ていった。 「婿入り」という立場の形見の狭さに耐えられなかったのかもしれない。 それとも自分の妻に疲れたのか。 恐らく後者だろうな。 あの人は型を押しつけすぎるから。樋口は心の中でつぶやく。 昔は大きな商家だったという母の実家は幾度も見たが、古びてはいても、やはりその広さにはいつまでたっても慣れない。 この前の葬式の手伝いをしにいったときも、親族が総出で集まっているのに、座敷がいくらか余っているほどだった。 *** 183 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 本日のレス 投稿日:2006/10/12(木) 21:41:59.63 N2WKjsYBO 長女ではない自分の母親が、なぜ婿を取ったのか。答えは分かりきっている。 実家をアテにしてのことだ。 父とは職場恋愛だったらしいが、その職場もただの腰掛けに過ぎなかったのだろう。 夫という経済力を失ってから、パートをしているものの、母はもっぱら実家を頼っているので、 その娘である遠子と督子に向けられる視線は本家(あちら)では冷たい。 それを気にして母は樋口に「型」を押しつける。「良き娘」の「型」を。自分が責められたくないだけだ。 別に娘の将来を思ってのことじゃない。督子に対する態度もそれのせいだ。 *** 185 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 本日のレス 投稿日:2006/10/12(木) 21:50:53.82 N2WKjsYBO 嫌われたくない。 それでも一人になりたくない。 「明るくて頼りになるみんなに優しいクラスメート」 「勉強が出来て親に逆らわない扱いやすい娘」 みんなが受け入れやすい器に自分は身を納める。そこからはみでてしまえばあたしには何もないからだ。 森崎君が私と話してくれるのは私の入っている器を受け入れているからであって、けして私を受け入れているからじゃない。 自分だってそうだ。 自分は森崎君のその奥を知っているわけじゃない。私は森崎君の納まっている器の模様程度しか知らない。 *** 187 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 本日のレス 投稿日:2006/10/12(木) 22:02:30.37 N2WKjsYBO クラスメートからのメールは返す気が起こらずそのままにしていた。 森崎君とはこれでいいんだ。そしてまわりの人たちとも。 これ以上わからなくなることもなく知ることもない今の距離が一番いい。 この器から出たくない。出たとしても何もない自分になにができるだろう。 ひび割れた箇所はまた補修されるはずだ。明日になればまた私は私として私を飼い慣らせる。 また森崎君の前で笑える。みんなに優しくできる。 夕食のあと、ねころがりながら話し込んで、そのまま寝入ってしまった妹を見つめる。 ふっ、と樋口は笑った。 「督子がうらやましいよ。私は」 樋口はそっと起きあがって、ずれた妹のタオルケットを直し、寝返りで乱れた前髪を優しく梳いてやりながら呟いた。 *** 188 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 本日のレス 投稿日:2006/10/12(木) 22:12:34.14 N2WKjsYBO スタンドの電気だけが明るかった。 闇の中に淡くぼやけて家具がその輪郭を浮かび上がらせている。 白い顔をその下に照らしながら、帰蝶谷は小さなガラスケースを手のひらで包み込むように見つめていた。 蝶の青い羽の表面を覆っている燐粉が、ガラスを挟んで透過する蛍光灯の人工的な明るさに鮮やかに光沢を流す。 羽のふちの黒く細い縁取りがそれを際立たせている。 帰蝶谷の形の良いくちもとは、優しく緩んだ。 引き出しの奥にしまい込んでいるせいで、埃で少し曇った容器の表面を、親指でそっと撫でる。 *** 190 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 本日のレス 投稿日:2006/10/12(木) 22:21:29.98 N2WKjsYBO ぎし、と廊下が足音で軋む音がゆっくりと近付くのを聞き、 帰蝶谷は慌てて開け放していたすぐ手前の一番大きな引き出しにガラスケースをしまい、鍵をかける。 むかむかとしてくる胸をさすり、帰蝶谷は目を閉じて深呼吸をした。 震える体を、膝に置いた拳を握りしめることで誤魔化そうとする。 足音は彼女の部屋で止まり、ドアノブがゆっくりと回った。 ドアが開かれる。 「帰ってきたんだ、今日は」 帰蝶谷は椅子へ腰掛け机の正面をみたまま、ドアを見ようとはしなかった。 抑揚のない彼女の声のあとで、フン、と馬鹿にしたような声がした。 *** 192 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/12(木) 22:31:04.86 N2WKjsYBO 「俺の家なんだから帰ってくんのは当然だろうが」 きちんと剃らないせいでむさ苦しく髭が点々と伸びた顎をがりがりと掻きながら、中年くらいの男は下卑びた笑いを浮かべる。 酒臭くだれた風貌を感じて帰蝶谷の二の腕は粟立った。 「なんの用なの、父さん」 隙なく堅めた表情を崩さず、父のほうを見ようともせず彼女は言う。 「何ってぇ?わかってんだろうが…」 にやにやと笑いながら、帰蝶谷の父は彼女へと近付く。 酒臭い息が耳元にかかり、帰蝶谷は嫌悪感で歯を噛み締めた。 *** 194 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/12(木) 22:40:55.24 N2WKjsYBO 土気た手のひらが、帰蝶谷の右胸を強く握った。 「…………っ!」 「嫌なら嫌って言えよぉ、ん?ああ、言えねぇか、おまえここ追い出されたら行く場所ねぇしなぁ」 べろりと首筋を舐め上げられて彼女はいっそう強く爪を掌に食い込ませた。ざらざらと湿ったいやに柔らかい感触に膝が震える。 喉を鳴らしながら耳元で笑う声を聞きながら、 帰蝶谷は瞼をきつく瞑った。 大丈夫だ。 あっという間だ。 すぐに、終わる。 服の下を指が虫の蠢くように這い出すのを感じながら、彼女は蛍光灯の残光が点滅しては消えていく網膜の暗い情景を見つめた。 ---- 681 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 21:16:58.05 2cM0KEMtO ※今後作中に出てくる「アンドロゲン不応症」は実際に存在する性分化異常のひとつです。 この病気は思春期に発症が判明することが多く、患者さんに深い心の打撃を与えることが少なくありません。 自分は決して、この病気を軽んじているわけではありませんのでご容赦ください 683 名前:無才C判定 ◆8JqZBHfJBk 投稿日:2006/10/06(金) 21:19:32.64 2cM0KEMtO なお、帰蝶谷が発症している「Y染色体置換症」は創作です。 すまない(´・ω・`)さっき書くの忘れて

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