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「楓 ◆CrZFiJnWzo」(2006/10/22 (日) 10:59:20) の最新版変更点
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*** 521 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 04:47:42.98 +v2PwJBzO
Once upon a midnight dreary、 while I pondered weak and weary──
ガタガタと窓が鳴く。風の強い日だった。
テスト勉強をしながらうつらうつらしていた僕の耳に低く高い声がずっとしていた。
それは寝ぼけた僕の頭には歌のような呪文のような、不思議な響きを持ったものに聞こえた。
高山 楓(タカヤマ カエデ)、16才。
一般的な同年代の男より見た目は幼い。体も細いし小さいし、女顔。
ジャニ○ズに狂っている母親から逃げるため、それから大好きなばあちゃんのため、ここ全寮制の学宗院に入って来た。
*** 523 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 05:00:53.98 +v2PwJBzO
羽音らしき物音で目覚めた僕は、電気が消されていることと肩に毛布が掛けられていることに気付いた。
相部屋の和田 凌(ワダ シノグ)のお節介だ。
あいつ普段はてんで人に興味が無いくせに、たまに、本当にごくたまに優しい。
まぁだから相部屋の相手としてやっていけるのだが。
伝統ある女子禁制の全寮制男子校。イギリスのパブリックスクールを模したらしく、生徒もまぁそんな感じだ。
大好きだったじいちゃんがここの卒業生で、僕は唯一の男孫だったから、じいちゃんが死んで淋しそうにしていたばあちゃんに喜んでほしくて入った。
*** 524 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 05:11:01.59 +v2PwJBzO
下らない趣味な走っている母親から逃げられるし、ばあちゃんには制服姿を見せられるしで一石二鳥だったはずが、全寮制の男子校なんて牢獄と一緒だった。
体が小さい上に女顔の僕には精神衛生上宜しくない事態に陥る事が結構な頻度である。
しかも勉強の手を抜くと即座にドロップアウト。
どう贔屓目に見ても頭がいいわけじゃ無い僕は努力で入った。そしてその努力は入ってからも尚続いていたりする。
でももう今日は寝よう。時計は3時を過ぎている。
眠い頭には靄がかかっているようで、勉強なんかしても無駄な気がする。
それに───。
*** 525 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 05:22:02.73 +v2PwJBzO
さっきからずっと聞こえてくる声のような何か。
空耳のようで、本当のようで、よくわからない何か。
眠気のせいだと頭を振るけど、それでも霞がかったようにはっきりしない。
少しだけ開けていた窓を閉めようとカーテンを開けると、低い声が大きくなった。
───今、なんて?
声のした方を見ようと窓を開け放つ。
秋のもう冷たくなった風を頬に受けながら窓を乗り出した。
───幻聴とか勘弁してくれよ
誰もいない。
疲れているのかもしれない。溜息をついて頭を部屋の中に引っ込めたその時。
ばさり、と羽音がした。
「な───」
*** 526 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 05:33:08.88 +v2PwJBzO
黒い大きな何かが視界の端をかすめた。
振り返った僕を見つめる瞳は爛々と紅く。
「なに───?」
逸らさず凝っと、まるで僕の目を射ぬくような双眸に身じろぎもできなかった。
───見てはならない
月明かりの中でそれが闇のように暗い鳥だと知る。
羽を広げたまま、部屋にある備え付けの胸像の上に悠然と留まっていた。
「なんなんだ───?」
───聞いてはならない
頭を揺さぶるように警鐘が鳴る。早く逃げろと体が叫ぶ。
けれど───もう、遅い。
ぴたりと風は止み、声も止む。
思えばあの声は風の鳴る音だったのかもしれない。
*** 529 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 05:47:23.27 +v2PwJBzO
闇に溶け込んだ鳥の動きを僕の目ははっきりとみていた。
その声も焼き付くようにして耳に残っている。
「Evermore」
果たしてその後鳥はどうなったのか。
僕にはわからない。
しゃがれた老人のような、甲高い子供のような、朗々とした青年のような、そのどれでもあり、どれでもない声を最後に僕の記憶は途切れている。
翌朝───
床で寝ていたところ、凌に十時だと知らされ起こされた。
あいつが僕を起こすなんて明日は槍でも降るのかと思っていた。
自分が男で無くなっているなんて事を知らされ、そこでまた記憶の線が途切れた。
*** 632 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 18:55:07.15 +v2PwJBzO
ああ───また何かの声がする。
これはでも不快ではない。
話し声や、笑い声や、時折怒声。人間らしくて安心する。
僕は一体どうなったんだろう。
体は重いし、瞼も重い。所々痛む箇所があって関節は痛いのに、身体全体は冷えている。
寒くはないけどとても冷たい。
今日は何曜日だっけ。
壁越しに声がするから学校は無いのか。
それなら土曜か日曜かのどちらかだ。
休みでよかった───
まどろみに穏やかな白い光りが舞い込んで、僕は目を覚ました。
体を起こそうと動かしたけれど、ぴくりとも動かない。
自分のものでは無いようだ。
*** 637 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 19:09:06.60 +v2PwJBzO
>>632も俺です
トリ忘れてたorz
視界は白く───いつかと同じように霞んでいる。
眩しい。でも柔らかい光。
目に飛び込んでくる情報を上手く把握できない。頭は醒めているはずなのに。
声がする。
たぶん僕を呼んでいる。
誰?
僕を呼んでいるのは誰?
探そうとしたけど、眩し過ぎて───。
「あ」
見上げたそこは半年間見慣れた寮の天井。
見回してもいつもの部屋だ。
掃除をサボっていて薄く埃を被ったランプシェード、使い道のわからないドレッサー、凌と僕のベッドの間にあるローテーブルにはまだ昨日のマグカップがある。
*** 641 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 19:27:40.56 +v2PwJBzO
凌とのあいだに引かれたパーテーション代わりのカーテンは、最初暗い色だったのを濃い狐色ばかりのこの部屋が嫌で少しでも明るくしようと代えたアイボリーのレース。
半分程開いているそこから、ベッドの上で本を読むあいつが見えた。
溜息がなぜかこぼれる。
ここは自分の部屋なんだとようやく安堵したからだと思う。
───あれ
どうしてそんな当然の事で?
寝たままの状態で見える範囲は狭いのに、どうして僕はこんなにも必死に自分の居場所を確かめているんだ?
机。昨日のまま参考書もノートも辞書も乗ったままだ。
*** 646 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/24(日) 19:41:45.88 +v2PwJBzO
コートハンガーには二人分の制服が乱雑にかけられている。
ゆらゆらと風に揺れるカーテンの先には、誰だかわからない男の胸像があるはずだ。
最初にこの部屋に入った時、どうしてもあれが嫌で見えないように移動させたんだっけ。
───じゃあなぜ見えていた?
それはいつの記憶?
だけど僕は覚えている。
ばさりと風をまとって。
燃え上がるような眸で。
ゆうに3メートルはあろうかという翼を。
───どこに拡げて?
この部屋にそんな広さは無い。本棚かドレッサーに邪魔されるはずなのに。
だけど拡げていた。
そして僕を見つめて。
*** 921 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/25(月) 16:45:15.45 1I6ZbCcuO
あれは一体なんだったのか。
僕は有り得ないものを見たのか?
喉が確かに上下に動き。
クチバシが開いて。
それから僕に向かって言ったんだ。
───違う。
言うはずが無い。
だってあれは鳥だった。
いくら鸚だってあんなにはっきりと喋ったりしない。
じゃああれはなんだ。
僕の耳に今も残っているあれはなんだ。
鳥の鳴く声なんかじゃない。その言葉の意味を理解し、相手に伝えようと発せられた声。
「evermore?」
二度と無い、確かそんなニュアンスのもの。
だけどなにか、とても嫌な感じがして。不吉な響きが隠れているようで。
*** 922 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/25(月) 16:53:02.57 1I6ZbCcuO
暗い穴に何が落ちているかを探るよう、僕は鮮やかな赤と闇の記憶を必死に紐といていたけれど、急激に意識が沈み込んだ。
身体がまた熱を失っていく。
血が循環を止めたのかと疑いたくなる。指先の感覚はとうに失われて、それどころか動いている器官───つまりは内臓の熱さを骨で感じている。
瞼が重い。
鈍重な思考スピードは脳が眠ろうとしている証拠だろうか。
もう考えられない。
水彩画みたいな色彩の滲んだ世界が見える。
だけどもう限界みたいだ。
薄れていくというのはきっとこういう状況なんだろう。
*** 925 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/25(月) 17:29:27.96 1I6ZbCcuO
斑の景色の中動くものもない。
穏やかで、静かで───誰もが止まっている世界。
それは本当に周りが止まっているの? 僕が止まっているの?
───あぁもう無理みたいだ
色彩は飛び去り残ったのは泥のように絡み付く黒。冷たい黒。
どこまでもずっと闇(クラ)い。
あの鳥の羽根みたいだとなぜか不意に思った。
濡れたように黒く、わずかな光は吸い付けられ、奮い立つくらい羽根は綺麗だった。
声がする。
誰だろう。
どこだろう。
暖かくて優しくて、このままずっと聞いていたい。
それから額が冷たくない。柔らかな温もりが広がっていく。
*** 926 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/25(月) 17:41:37.25 1I6ZbCcuO
額から頬、そして首。壊れ物を扱うように触れる、たぶん誰かの手。知らずのうちに僕はその手を掴んでいた。
楓、と呼ばれた気がした。
手が離れていきそうで、声がした方向に腕を延ばす。何度も宙を切る。
居ない。
誰も居ない。
───いやだ
あれがほしいんだ。
もうこの冷たさには耐えられないんだ。
もう一度手を延ばして。
「いっしょにいて……」
触れた体に死に物狂いで抱きついて、今度こそ本当に意識を手放した。
だけどずっと暖かくて、どこかへ僕を引きずっていこうとする闇は来なかった。
*** 179 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 05:29:29.38 or7vUomEO
すすまねー捕手
指先から鼓動が伝わってくる。
規則的で優しくて暖かい。
瞼にオレンジ色の光りを感じて目が覚めた。
この感覚は一体今日何度目だろう。
いや、これは同じ日の出来事なのか。そんな事すらも曖昧。
「やっと起きたか」
「え───」
なんで。
どうして。
何が起こってこうなっているんだ。
僕は一体なにをしたんだ。
「いくら軽いっつっても流石に上で寝られたら重い」
なんで凌が僕のベッドに。しかも一緒に。添い寝を越えた、むしろ抱き枕になって。
何故僕は凌にしがみつくように、あいつの体の上にいるんだ?
*** 180 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 05:32:48.51 or7vUomEO
パニックを起こしかけていた僕を放置して、上半身を起こした凌は怠そうに欠伸をする。
「で───これなに?」
「何言って……ひぁっ!」
浮かした上半身に凌の腕が伸びて来たかと思うと、胸をわし掴みされた。
───胸!?
筋肉も無く、薄っぺらかった胸が。
「なんでこんな……」
はっきりと膨らんでいる。
盛り上がっているそれはどう見ても乳房と呼ぶに相応しい。
「心辺りないのか」
「あるわけ……んっ……ちょっ…やぁ……」
ぐにぐにと揉まれ、凌の手の中で形を変える。映像をみているような違和感があるのに、
*** 181 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 05:37:18.33 or7vUomEO
気持ちの良さは神経に伝わるこのギャップ。
「凌止め……ぁっん」
なんでこんな事に。わけなんか皆目わからない。
それ以上になんでこんな事態になっているんだ。
Tシャツ越しに乳首を擦り上げられると力も入らなくなる。
揉まれ、抓られ、弾かれ、擦られ、指先だけで僕は凌に弄ばれていた。
「本物っぽいな」
なのになんの変化も無い声で凌は言い放ち、胸をいたぶっていた手が離れていく。
───な、なんなんだ。
平然と立ち上がった凌は窓を開け、ミニキッチンへと向かった。
なんでああまで冷静というか、マイペースなんだ。
*** 184 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 05:43:42.04 or7vUomEO
初めての刺激で、体はふわふわしていた。言いようのない飢えと焦躁だけが残っている。
不思議な感覚だ。
なにかが足りない。
体中でほしがっている。
───でも
そんなことよりも大事なこと。
この胸。
一体なんなんだ。
確かにずっと女の子みたいだねとか言われ続けて来た。だけど僕は間違いなく男だった。
竿も玉もついていたし、人並み程度には自慰もして、出るべきものは出していた健康な男児だった。
───そうだ
胸にばかり気を取られて忘れていた。
付いているのか、いないのか。
この際縮んでいたっていいから───。
*** 185 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 05:49:10.02 or7vUomEO
だけど、いつも感じていたものの存在は感じられず。
ハーフパンツの上から確かめても平で。
急激に感情全体が喪失感で染められる。
ぽたりとシーツの上を叩く雫。拡がっていく染み。
止めたくても止まらない。
溢れるのは叫べない代わりだろうか。
泣き声もでないまま、呆然と泣き続けていた僕は、コーヒーをいれてくれた凌に抱き着いた。
夢であってほしかった。
嘘だと言ってほしかった。
───だけど僕はわかっていた。
原因や過程なんか関係なく、僕にとって無秩序すぎる今が結果の現実を。
そしてその現実はまやかしやなにかでない事を。
*** 206 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 09:26:16.82 or7vUomEO
腕を伸ばしたり曲げたり、屈んだり立ったり。
飛んでみてと言われたから、跳ねてもみる。
「ちょっと緩いかも」
どこで調達したのかは知らないが、凌の持って来たサラシを胸に巻いてその上に服を着る。
こうすれば、ちょっと逞しくなったと見えない事もない。ラフな恰好ならそれすらばれないだろう。制服はシャツの上にベストを着るからこちらも問題ない。
「日常生活なら大丈夫だと思う。でも変な暴れ方はたぶんアウトだ。慣れるまでは体育自粛した方がいいかもな」
サラシを巻き直しながら凌は言う。
こんな事になったのは偏に僕の我が儘だ。
*** 207 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 09:28:54.29 or7vUomEO
親にでも連絡しろと言ってくれた凌にそれだけは嫌だと突っぱねたのだ。
女人禁制なんて旧時代な言葉だが、学宗院は現在進行形で女人禁制である。
そんな学校で生徒の僕が女になっちゃった、なんて言おうものなら即座に放校だ。たぶん。
それだけはなんとしても避けたい。
あの母親に知られたら何をするかわかったもんじゃない。ばあちゃんなんか心臓が弱ってるから沫吹いてそのまま逝っちゃいそうだ。
それ以上に、もしかしたら男に戻れるかもしれない。唯一の手掛かりであるあの鳥にまた会えるかもしれない。無いかもしれない希望に縋っていた。
*** 208 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 09:30:38.01 or7vUomEO
幸いと言うべきか、胸さえなんとかすればいいのだ。
体型はたぶん男のそれとは違うけれど、元々細いし小さい。なんとかなる。
それに万が一変化を知られたとしても、よもや男が女になったなんて考えまい。
「しかし本当に楓なんだよな」
凌がサラシを微調整しながら呟いた。
「だから……くっぅ」
言いかけた言葉を遮るように強くサラシを絞められる。
「い……き、できな……」
「あぁ悪い。やりすぎた」
軽く眩暈。
意識の奥のハレーション。
黒、赤、黒。
また赤が弾ける。
散り散りになった色は収束し、二つの赤い点になる。
*** 213 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 09:56:38.06 or7vUomEO
長い間深淵を見ていると、深淵もまた君を覗き込む。
ニーチェはなんだってこんな恐ろしい事ばっかり言うんだ。
僕は見たんじゃない。ただ見えただけなのに。
しかも長い間なんか見ちゃいない。
───揺さぶれ。
そうすれば違うものも見えるだろう。
もう息も楽に出来る。
肩に触れた温度がじわじわと黒を消していく。
晴れる。
でも揺さぶってくれ。
また同じものを見たくない。
このまま離さないで。
そうすれば僕は闇の中飛び込まずに済む。
このままずっと触れていて───。
「大丈夫か?」
心配そうな顔は凌。
*** 214 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 10:00:04.88 or7vUomEO
女っぽくないすっきりしたきれいな顔。身長もたぶん180はある。悔しいけれどこうなりたかった、僕自身の理想。
性格は一匹狼というかかなりのマイペース。今日みたいに色々と世話を焼いてくれるなんて、明日日本が浮上しても驚かない。悪い奴じゃないが腹のうちがわからない男。
成績はクラスが違うから不明。なんとなくだけど悪くはなさそうな気がする。
その凌が心配そうに僕を覗き込みながら、あまつさえ僕の体に腕を回している。
これはどんなジョークだ?
「また顔色悪いぞ。ここで食事にするか?」
触れていてほしいなんて。
*** 269 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 18:45:36.82 or7vUomEO
「大丈夫……っ」
どうして気持ちいいんだ。
僕を僕だと知りながら無理矢理胸を───。
そんな奴の手なのに。
逃げたい。
もう全てがぐちゃぐちゃだ。
「暴れるなって……っ」
「放せっ」
凌が優しい事も、非道い事も、伝わってくる温度も、ずっとトーンの変わらない声も。
嫌だ。
なんでこいつは変わってないんだ。
なんで僕がこんな目に遭っているんだ。
「楓……」
僕が一体なにをしたと言うんだ。
「なんでだよ……」
「楓、」
「わけわかんないよ」
「楓」
優しく諌める声。見上げると困惑気味の凌がいる。
*** 270 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 18:53:33.50 or7vUomEO
その凌の手が頬を包む。
「腹が減ってるからだ」
脈絡が無さ過ぎる。
あまりにも説明を省き過ぎている。
凌の言葉に従うのは癪だったのが、先に部屋を出た彼の背中を追い掛けるしかなかった。
なにかあった時、僕は凌にしか頼れない。凌以外にしられるのはたぶんまずいんだ。
身体がうまく動かなくて遅れそうになるのに、同じ距離間で歩いているのは、僕に合わせてくれていたんだろうか。
まだ夕食には早い時刻の食堂はがらんとしている。
厨房の中で忙しそうにおばちゃんたちが動いているくらいで僕たちの他に生徒はいない。
*** 272 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 19:07:26.60 or7vUomEO
筋肉の煮込みに雪のようなマッシュドポテト、具だくさんのコンソメスープ。硝子のボウルに山盛りのサラダは、実は学園内で採れたものだったりする。
食欲は余りなかったのに、いざ食べてみると普段以上にするすると入ってきた。
体に残っていた冷たい箇所が塗り潰されていく。
「顔色、マシになったな」「うん……って、何顔触ってんだよ」
「触診」
───触診だ?
もしかしてこの男。
「む…胸触ったのも……」
平然と、そうだと言ってのけた。
少しずつ人が増えていく食堂の中、僕の回りだけ音は無く、ただ凌の低い声だけ聞こえている。
*** 273 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 19:10:16.64 or7vUomEO
「驚いたのは俺も同じだ。
だいたい数時間の間にそうなってるなんて悪戯かとか、あんな状態で押し付けるから新手の嫌がらせかとか思った。
けどやたら冷えてたから放るわけにもいかないし」
トレーを返しながら凌は、周りを気にしてあれとかそればかりを言う。
マイペースで冷淡だと思っていたこの男はその実、優しい奴なのかもしれない。
もしかしたら、鉄面皮の下は慌てふためいていたのかもしれない。
本当に僕は凌の事を知らなかったみたいだ。
「ありがと」
恥ずかしいから聞こえないように言ったはずが、凌はぽんぽんと僕の頭を撫でた。
*** 274 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 19:17:09.02 or7vUomEO
嬉しかった。
そんな小さな幸福感に浸っていた僕の耳に入って来たダミ声。
「楓チャーン!」
あぁ───聞きたくない。
神様、僕のささやかな安らぎを返してください。
凌に隠れるように立ってみたけど、全く意味はない。
「相変わらず大人気だな」
しかも素っ気ない。
僕が慌てて食堂の出口を目指しても、我関せずと見ていそうなこの男。
やっぱり優しそうでは、ナイ。
「楓ちゃん、うちの部のマスコット…」
「受付に!」
「撮影会に是非…」
「ウェイトレスだったらいいよね?!」
「いや、うちの部の方が……あれ?……逃げたぞ!」
*** 275 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 19:24:16.49 or7vUomEO
凌に隠れながらうまいこと逃げたものの、あれが暫く続くのかと思うとぞっとしない。
少なくとも当日まではなんだかんだと理由をつけて、女装させようとする奴らから逃げなくては。
勿論クラスの出し物も決まっていて、言われてはいないがなんだかそれらしき雰囲気を出されたりする。
なんだってこんな事で逃げ回らなくちゃならないんだ。
僕はこんな体になった原因と元に戻る方法を探さなきゃならないのに。
実はこの学宗院高等部、テスト終了後一週間ほど休みがあり、その後女人禁制の不毛過ぎる学園祭が待っていたりするのである。
*** 276 名前: ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/09/26(火) 19:30:29.00 or7vUomEO
第一章終了です
お付き合いありがとうございました。
続きは書くか未定。
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