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一章..」(2009/10/04 (日) 22:20:09) の最新版変更点

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 今日僕は久しぶりに実家に帰ってきていた。  通っている学校は全寮制の大きな学校で、店なども全て敷地内にあるので、学校の敷地内からも出るのも珍しい。そして正確に言えば通わせて貰っているが正しいのかも知れない。  学校の敷地から出るのが珍しいというのは、通っている学校がスポーツ特待生ばかりを集められたような学校で、外に出るくらいなら練習をするというような学校だからだ。それに寮なので、ほとんどの生徒は普通の授業が終われば、寝るまで練習に費やすだろう。しかし中には例外もいる。それが僕、麻倉 導だ。  何故なら僕はこの学校にいるにも関わらず、スポーツが出来ないのだ。しかし僕はここに通わせて貰っているという、普通ではありえない待遇を受けている。僕の家庭はスポーツ一家の様なもので、世襲ではないが、何かしら僕の家族は世界に通じるほどの運動神経などを持ち合わせているのだが、僕にはそれを持ち合わせておらず、普通なら僕の家系では既に大会でいくつも賞を上げている年だと言うのにも関わらず、僕は未だにどんなスポーツをするかすらも見つかっていなかった。  だから家の中では誰よりも僕は一番下の立場だった。そして僕は必要もされないような、見捨てられたような何も出来ない人の一人になっていた。この家では勉学は何の足しにもならず、そもそも僕の学力もいいものではなかった。  だから僕は今日この実家に帰ってくる事にも怯えていたところもあったし、ここに呼ばれた理由も僕にとってはさらに立場が悪くなることだった。 「こんなところで何してるの、出来そこない」  いきなり声がかかったが、僕にその言葉を向けられていると分かっても、反論しようにも、それも出来ないような立場だった。  その声は僕の妹の美月だった。美月は僕と同じくスポーツをする事が出来ず、同じように卑下にされてきた妹だったが、妹はスポーツではなく、能楽で真価を発揮し、特別一家の中で認められた。  「出来そこない、あんたまだ何もしてないの? 本当に愚図ね。別に上の御兄様方見たいに高見しなくていいですから、早く何かしていただけません? この麻倉の面汚し」  僕は何も言い返す事も出来なかった。それに今日の主役でもある妹には何も言い返す事なんて出来るはずもなかった。 「まあいいです。先に行って挨拶でもして来なさい」  そう言って美月は僕の横を通り過ぎ去っていく。  年は僕の方が上だが、このように何も出来ない僕は何の発言権も持てない。  しかし今日は美月の晴れ舞台には違いなかった。  今日行われるのはずっと続いてきた儀式で、この儀式は麻倉家で認められる時に行われるもので、これを終えて初めて一家の一人になれるというものだった。これは既に上の二人の兄様は終えており、今日妹の美月も行う。つまりこの儀を納めてないのは僕だけになる。  そしてこの儀式には過去のスポーツの名手なども集まる、大きな催し物である。中でもこの麻倉家には家宝の刀があり、二メートルを超える長い刀と、十数センチメートルしかない短剣の一対で成している。この刀は昔、鬼との戦い勝利した御先祖様がそのまま焼いたりし灰にしたりしたのではなく、悪くも好敵手であった鬼達の力も讃えて、鬼の骨を刀に加工した物だという代物で、この刀の高度は金属よりも硬いと言われているが、家宝であるので実際そんな記録も残っていないのも事実だ。しかしこの家宝に触れる事が出来るのは一人前として認められた証でもあり、この儀式でこれを使って舞をするのだ。そして何人も麻倉家では一人前としてこれを行い、世界へと羽ばたいて行ったそうだ。  しかし妹が先に一人前となってしまっては、兄としては本当にどうしたらいいかすら分からないほどのプレッシャーを感じてしまう。  だが、今の僕には全てに従う事しかなく、既に人も集まり始めているであろう儀式の間へと足を運んだ。  儀式の間ではまだ開始の四時間前だというのに既に来ていた人もいた。  その人達はスポーツ選手という訳ではなさそうで、どうやら美月の仕事関係の人達だろう。部屋には一番上の兄様も既に挨拶をしに来ていたので、僕は兄様に向かって行った。 「お久しぶりです、雹兄様」 「ん、導か。久しぶりだな。元気だったか」  雹兄様は僕にでも優しく接してくれる方です。やっているスポーツは弓道で、弓道は勿論の事、流鏑馬やアーチェリーもする事が出来て、アーチェリーでは世界大会で何度も優勝している素晴らしい方です。 「僕は元気でしたよ。雹兄様はどうですか? なんて聞いてもしょうがないですね、雹兄様の御活躍はいくつも聞かせて頂いてます」 「そうか、元気でなりよりだ」  雹兄様は本当に僕の事を心配してくれているようで、正直照れてしまいます。 「よう、雹兄、って導も先に来てたのか」 「お久しぶりです、響兄様」  次男に当たる僕のもう一人の兄様の響兄様はいつも気合いを入れて、見ているこちらも元気になってしまいそうな方です。やっているスポーツは剣道で、雹兄様と同じくいくつもの大会で優勝をおさめています。 「おう、相変わらずお前はひょろちぃな。ちゃんと食ってるかお前」 「ええ、これでも僕の体重もしっかりいくらか増えましたよ」 「だからお前その僕ってのやめろよ、そんな一人称だから更にひょろちぃんだよ」 「響、良いではないですか、久しぶりに兄弟揃ったのですから」 「そうだな、最近雹兄もカナダに行ってたんだっけか?」 「それはいつの話ですか」 「違ったか」 「イギリスでしたよね?」 「よく知ってますね、導」 「兄様方の事なら何でも知ってますよ」 「ほう、じゃあ俺が最近何をしたか知ってるか?」 「もちろんです、五段を取られたんですよね」 「正解だ、流石導だな」 「いえ、褒められる程の事ではありません。それに響兄様も五段には苦労したのではないのですか?」 「はっ!この俺がそんな訳無いだろう」 「確かにその負けず嫌いで傲慢さのおかげでしょうね」 「雹兄、儀式が終わったら酒でも飲んでちょっと話そうか」 「おっと、それは遠慮しておきますよ。流石に響が飲む量はおかしいですからね」  などと僕達兄弟は仲が良く、本当は立場なんて関係ないのかと思ってしまう程だが、これは兄弟だからで、本当に怖いのは親です。  お母様はスキーを成されていて、今でも日本代表のコーチをなさっています。  そしてお父様は柔道を成されており、今でも現役の選手でやっていまして、もう五十歳に差し掛かろうと言うのにも拘らず、その鍛え上げられた肉体は、若い世代の人達よりも確りとした体で、力も力士でも本当に投げ飛ばしてしまうほどもあります。  そして僕はお父様に嫌われています。もちろん原因は言うまでもありませんが、今のところは学校にも特別入れさせて頂いてますが、いつどんな目に遭わされるか心配でしかありません。お母様もお父様と同じ意見なのか、全く見向きもしてくれません。  そのお父様とお母様はまだ来られてないようなので、僕達兄弟は一度今着ている人たちに挨拶をして回ることにしました。  既に儀式開始まで十分を切っており、もう招待客全員が来てもおかしくない時間帯だった。  見回せば相変わらずこの儀式には有名な人達が集まっていた。僕も兄様方二人が行われた二回とも参加しているが、今回の美月は能楽ということで、スポーツ関係の人は少なく、代わりに日本舞踊に関係した人達がとても多い。中には宮内庁からも来ているという話で、それほど期待が持たれているという事かも知れない。  しかしお父様はこんな大物の人達にも頭を下げるような事がありません。傲慢なのです。これは響兄様も遺伝していますが、それよりもとても自意識過剰なのです。実際かなりの権力を持っていて、財力もあります。だからこそこんな人達を呼ぶ事まで出来ているのです。  ですが、たった一人だけこんなお父様にも恐れる人物がいます。しかしその人は招待したはずなのでしょうが、まだ来ていないようです。その人物は知っていれば誰もが恐れてしまう人、いえ、知っていなくても見ただけでその凄みに耐えきれなくなってしまうでしょう。ここでその人に逆らえる人ももちろんいないと思います。  しかしそんな事を考えているうちに儀式開始の時間がやってきました。  流石にその人を恐れても、時間を延ばす事は出来ないようで、その時間になると奥の襖が開き、そこから美月が現れた。  衣装も麻倉家の家紋を大きく背中に象った着物で、流石に美月は職柄着こなしていた。  その美月はそのまま正面に歩き出し、この部屋の中央に置いてある刀に向かう。置いてある刀は一対の内の一本で、長い方の刀だ。これも伝統で、この儀式には二本とも用いらず、一本だけで行う。  そして刀の置いてある前に一度座り、そこで能楽の関係者が祝辞を述べる。 「麻倉 美月様、この度はおめでとう御座います。我々能楽界としても大いに喜ばしい事です。これからも日々共に精進していきましょう」  など他に何人かが祝辞を述べ終え、美月が答辞をしようと立ち上がろうとしたときだった。  戸が思いきり開く音がした。 「遅れて悪かったな。神威」  神威とはお父様の名です。そしてその遅れてきたのは先ほど申した誰もが恐れる方。宮左御 極陽様でした。詳しくは知りませんが、宮左御様はお父様以上の権力などを全て凌駕しているほどの人物と聞きます。それにこんな無礼な事をしても、誰も怒る事なんて出来ないほどの人です。しかし毎回息子の権一様と御越しになられる筈が、宮左御様の息子様が去年亡くなり、僕も去年は葬式に招かれたりしました。その代わりなのでしょうか、宮左御様の隣に女性がいました。美月に負けず劣らず、それ以上の美貌を持っているかの様な風貌で、赤く伸びた長い髪が一目の印象です。確か権一様の葬式の時に見た気がしますが、一体何者なのか気になるところですが、僕にはそんな事を聞く事を出来る度量は持ち合わせていません。 「宮左御、遅かったな」 「ああ、息子の仇のこいつを連れて来ようと思ったのが間違いだったか」  宮左御様はその女性の髪を掴んで、前に立たせました。その女性はそれを何も思っていないのか、顔を歪める事も睨む事もありませんでした。 「仇というと、例の」 「そうだ。代わりに連れてきたんだが、少々手間取ってな」 「そうですか、それでは続きをしますので、お座りください」  そういってお父様は席へと案内する。  しかしお父様は宮右御様に普通に接していたかと思えば、体は震えあがっていたようで、顔からも汗が滴っていました。  それにその女性は権一様の仇と申しました。もしかしたら彼女が犯人だったのでしょうか? しかしそれならば刑務所なりに入れられているはずだと思いましたが、現にこの場所にいるのでそんな事は無いと思いました。しかしそれは僕には関係もない事で、知ろうにも知れない事には変わりは無かったので、考えるのをやめました。  そして中断していた儀式を再開し、美月が答辞をするところから始まった。  その答辞を述べ終えると、美月は刀を持ち、立ちあがった。  この儀式で一番重要な舞が行われるのだ。  刀は二メートルを超えているという事で、振り回すことなど出来ず、それに両手を使わないと扱いが難しい事から、この一対を使わないという話もあり、美月もその一本だけでもかなり苦労しているように見えた。  舞はそれほど本格的という訳でもなく、それに練習していたといえど、この刀に触れるのは初めてなので、美月はふらつきながらも舞を踊っていた。普段能楽で踊っている舞よりも何倍も難しいだろう舞っているその姿は、逆に力強さすら覚える。  しかしその刀を振り回すのは五分くらいで終わる。それほど扱いが難しいのだ。  そして刀を戻し、最後に美月が一言述べて、儀式は終わった。  それからこちらがメインかというかの様な宴会が始まった。  大量の料理が運ばれ、酒樽も用意されたこの部屋には、大人達は群がって、我先にと食べにかかっていた。  僕はそれには参加せず、同じく参加しなかった兄様達と部屋を移動した。 「ふぅ。わざわざこんな事にこんなに人呼ぶ事もないのにな」 「まあ伝統というのはどんな事でも続けることに意味がある事ですからね」  響兄様が部屋を変えたと同時に愚痴を洩らしました。 「ですが本当にこんな短い事に意味があるのでしょうか?」 「だよな、導」 「はぁ、確かにこの儀式には大した意味はないでしょうね。むしろ宴会の方に意味があるのでしょう」 「買収か」 「そんな感じでしょう」 「っけ! 俺達がそんな汚い真似をして活躍しているのだとしたら死にたくなるぜ」 「しかし響は実力でそこまで来たのでしょう」 「当たり前だ、肉体の力を叩きつけてここまで上り詰めたんだ。雹兄だってその集中力の高さだって凄いものだろう」  その二人の会話を聞いていると、本当に僕には何も無い物だと悲観してしまいます。ですが兄様方は悪気もないですし、事実です。それに僕も兄様方が兄弟愛は富んでいる事だって知っています。ですがそれでもその言葉には遣る瀬無い気持ちがあります。 「どうした導?」 「いえ、本当に僕には何も無いと思ってしまって……」 「おいおい、そう落ち込むなよ。別にここから抜けて、普通の職業に就いたっていいんだ。お前の人生だろ? それに俺達だって導の事なら応援してやる」 「響兄様……」 「それにその呼び方やめろって、なんなら響って呼び捨てでもいいんだぞ? なぁ雹」 「逆に響はそういうところに無関心過ぎです。ですが導、貴方にはそれくらいの事をしてほしいものです」 「……ごめんなさい」 「叱っている訳ではありません。ほら呼び捨てでいいからいいから呼んでみてくださいよ。兄弟の名前に様を付けるなんておかしいでしょ?」 「ですが、それでも僕にはそんな事が許される程……」 「いいんですよ、私達が許します。だから」 「そうだぜ、俺だってお前の事ならなんだって許してやる」 「……雹」 「はい」 「……響」 「おう!」 「……ありがとう」 「もうこんな時間か」 「そろそろお腹が空きましたね」 「そうですね、宴会も落ち着いてることでしょう」  僕達は喋っている間に何時間も過ぎていて、僕達は夕飯も食べず腹が減っていたので、宴会で出されていた物でも貰いにまた儀式の間へ移動した。  しかし予想とは反して、まだ大いに盛り上がっていた。中には酔いつぶれて床に倒れている者もいるが、それを気にも留めずに騒いでおり、しかも今日は能楽の人達も楽器を持ってきており、それを演奏していた音楽に合わせて酔っぱらった人達が踊っていたりしていた。その光景は絶対に世間には公表できないだろう。あそこで裸になって踊ってるのは国会議員として活躍していたはずの人だったり、この部屋で行われている事は全てスキャンダルになってしまうような者だった。  しかし僕達の目的は食事で、その目的である料理はかなり用意していたのか結構残っており、代わりにワインや酒樽の中は底に少しだけ残っている程度だった。 「結構残ってるな」 「というよりあまり手を付けてないようですね」 「酒に目が眩んだんじゃねえのか? あのワインや酒樽の中身は銘酒のはずだしな。少し残ってるし俺も貰っておくか」  そういって響兄様は酒樽を掴み上げ引っ繰り返して、そのまま喉を鳴らしながら飲んでいました。 「行儀が悪いですよ」 「いいじゃねえか、無礼講だよ無礼講」  雹兄様の言葉を聞き流して、そう言いながらまた酒樽を掴んで、残っていた酒を全部飲み干してしまいました。その無茶苦茶な飲み方に雹兄様は呆れている様子です。 「導、響は放っておいて私達は先に食べましょうか」 「は、はい」  そう言われてビュッフェ形式だったので、大皿に乗っていた物を小皿に盛りつけていく。僕はそもそもそれほど量を食べないので、小皿一枚に盛っただけで足りてしまいますが、雹兄様は細い見た目とは裏腹に、大盛りにして五皿も持っていました。 「それだけで導は足りるのですか?」  かなり少ない量しか取っていなかったので、雹兄様が心配してくれましたが、 「はい、足りなかったらまた取りますから」 「そうですか、それではあそこが空いてますから座りましょうか」  雹兄様と空いた席に移動すると、後から響兄様もやってきました。 「……響兄様」  と言うと響兄様は僕を睨みました。つい先ほど言われた事を守れなかったからでしょうから、僕は言いなおして、 「響、そんなに取って来て食べきれるんですか?」 「導、俺達でもこんないい食材を使った物なんて早々食べる機会がない、だからこそこの機会に食べつくしてやるんだよ!」  響兄様が持ってきた皿には肉しか乗っておらず、残っていた分をほとんど持ってきたのかそれが二十皿もありました。その皿を掴んで箸も使わずに豪快に手掴みで食べ始めました。別に箸を持ってくるのを忘れた訳ではなく、そんなものでちまちま食っていられるかという話だそうです。響兄様は手が汚れて、顔も肉の脂などで汚れているのも気にせずに食べ続けていました。 「……導、貴方にはしっかりした体づくりをして欲しいですが、決してあのようにならないよう注意してください」 「……なろうと思ってもなれるものじゃないと思いますが……」  雹兄様と僕は揃って響兄様の様にはならないようにと考えていました。    結局僕はもう一皿おかわりして二皿分食べきり、雹兄様は少し多かったのか一皿分残してしまっていました。 「ちょっと取りすぎましたね。こういう場で少し浮かれていたのかも知れません」  と雹兄様は反省していましたが、その隣で響兄様は肉を全て食べきり、その後更にその辺に転がっていたワイン瓶を一瓶丸々一気に飲み干して、横になって寝ていました。 「雹、響はどうしますか?」 「そのまま放っておいても大丈夫でしょう。ところで美月が見当たりませんね?」 「あそこにいますよ」  僕は美月の方に指を指しました。そこにはお父様と宮左御様が一緒に飲んでおり、隣で美月が酌をしていました。 「しかし雹、あの宮左御様って何者なのでしょうか?」 「ん? お前知らないのか」 「雹は知っているのですか?」 「大きな声では言えませんが、東日本、いえ、最近は全国各地を裏で仕切るようになった方ですよ。ですから誰も頭が上がらないのです」  大きな声で言えず、裏で仕切ると言えばもう一つしか思い当たらず、深くは追求しませんでしたが、 「最近全国を仕切るようになったという事は、何かあったのですか?」 「そうですね、去年大企業を狙った多発テロがありましたでしょう。あれに関係あるそうですが、私もそこまで詳しくは知りませんね。それまでは東日本だけを仕切っていたそうですが、それを切っ掛けに全国を仕切るほどの権力を持ったそうですよ。それに権一様が無くなったのもこのテロのせいだと聞いています」 「……そんな事があったんですか……」  僕達の知らないところでそんなことが起きていた事が驚きだった。確かにテレビなどで大きく取り上げられてはいたけど、深く追求していなかったのはその為だったようです。  そして僕はもう一つ気になる事がありました。 「では、あの宮左御様の隣にいる女性の事も知っているんですか?」  お父様と宮左御様に酌をしている美月の他に、宮左御様が連れてこられた赤髪の方が隣に座っていました。しかし彼女は酌もすることもなく、それどころか出されていた食事にも一切手を付けておらず、どこか遠いところを見ていました。その事を宮左御様もどうも思っていないようで、お父様と喋っています。 「いえ、私も知りませんね。でも権一様の仇と言っていましたし、テロにも関係あると思うのですがね」 「そうですか」  雹兄様も全く知らない様子で、どんな関係なのかより一層気になってしまい、その赤髪の女性をいつの間にか見つめていました。  その視線を感じたのか、その女性は今まで全く動かなかったのに、いきなり立ち上がって僕の方に寄ってきた。 「何貴方、さっきから私の事見て」  いきなりだった事だったので僕も驚き、それにすごい剣幕だったので、僕は少し怯えてしまっていた。 「い、いえ、宮左御様とどんな関係があるのかなと……」 「ふん、どうだっていいでしょ。貴方みたいなのに関係ないわ。それに貴方誰よ?」 「あ、あの、僕は麻倉 導と申します。貴方が導? こんな弱そうな体してるのに、本当に運動なんて出来るのかしら? いや、そういえば美月が言ってたわね、出来そこないの兄がいるって、貴方の事ね」 「…………」  誰かも知らない他人にここまで罵倒されているのに、僕は何も言い返す事は出来ず、ただ黙っているだけでした。が、 「少し聞き捨てなりませんね、貴方が何者かは存じませんが、宮左御様の連れといえど、私の大事な弟が馬鹿にされるのは頂けません」 「ふん、じゃあもっと馬鹿にしてあげましょうか? 出来そこないのお兄さん」  彼女は更に雹兄様を挑発するように言いました。僕は何故こんなに弱いのかといつもと同じように考えてしまう前に、僕が弱い事で大事な兄様が罵倒されていた事に、怒りを覚えていて、 「ちょ、ちょっとまて! 僕を馬鹿にするのはいい! だけど、兄様を馬鹿にするすのは許さない!」 「導……」  僕も気が動転していた。それにこんな言葉を使ったのも久しぶりで、この後どうしたらいいかも考えず、怒りにまかせた言葉だけが出ていた。 「あら、勇ましいわね。でもそんな怒りだけを言っても私は痛くも痒くもないわ」 「じゃあ、これでどうだ!」  僕はその女性に向かって走っていく。確かに僕は弱い。だけどこれでも僕は基礎体力だけは作っているし、いくつかの武術だって経験していた。僕は麻倉家の中で落出来そこないといえど、女性一人くらい十分倒せる力を持っていた。それに手加減もする事もなく殴りにかかったはずだった。 「……あれ?」 「やっぱり勇ましいだけね。でも御免なさい。貴方達を馬鹿にしすぎたわ。出来そこないなら殴りにも掛かって来ないわ」  僕は殴りかかったはずだったのに、気づかぬ間に床に倒れていた。 「あ、うん」  何故か僕が倒れていたのに彼女は謝ってくれたのだが、その光景をいつの間にか起きていた響兄様が見ていたようで、 「おいこら、俺の大事な弟に何しやがった」  とその女性の肩を掴んだ。  僕は大事になりそうだったので、 「響、もういいよ。彼女も謝ってくれたし」 「いいや、よくない。弟が虚仮にされた恨みを思い知れ!」  どうやら酔っているようで、余程大事に見えたようです。  しかし酔っているといえど、流石に響兄様の力は凄まじいもので、いつの間にか手には竹刀まで持っており、彼女が危ないと思い、 「逃げて!」  と僕は大きな声をあげたが、彼女はそれを嘲笑うかのように笑みを浮かべ、逃げるどころか構えまで取っていた。  そして響兄様が竹刀を振り上げたと同時に、彼女は響兄様の首に足で蹴りを入れてしまっていた。 「は、速い……」 それは一瞬と言えるような速さの蹴りだった。しかしそんな女性の蹴りを響兄様はものともしないと思っていたが、そのまま倒れこんでしまった。 「……響!」 「……響兄様!」  僕達は急いで響兄様に駆け寄りました。 「大丈夫か! 響!」  雹兄様が起こそうとしても、全く反応がありません。  ですが、 「大丈夫よ。死にはしないわ」  と、蹴りを入れた張本人の赤髪の彼女が言いました。 「……貴女……本当に何者ですか?」  流石に雹兄様もこんな事になるとは思っていなかったようで、響兄様を一回の蹴りで倒した彼女の事が気になったようでした。 「はぁ、私の名前は潺、何者かは教えてもしょうがないわ、今の私には何も残っていないのだからね」 「潺ですか、覚えておきますよ」 「もう忘れちゃって貰って結構よ」 「しかしなんだ、貴女みないな女性が響を倒してしまうとはね」 「見た目に惑わされる方が悪いわよ。それに女性だから弱いのじゃない。弱い奴が弱いのよ」 「そうかも知れませんね。気を悪くさせてしまったようで申し訳ありません。それに響も思っての行動でしたので、許してやっていただけませんか?」 「別にいいわよ。私が最初に貴方達を馬鹿にしたのが悪かったわ」  と、落ち着こうとしていましたが、 「輪廻」  いつの間にかこの騒ぎに気付いた宮左御様が目の前までやってきていました。 「何よ」 「こんな場所で何騒いでいる」 「悪かったわね」 「相変わらずお前は身分を弁えないな」 「ちょっとくらい別にいいじゃない」 「ふん、勝手にしろ、だがな、俺達に恥をかかせたらどうなるか分かっているだろ」 「肝にでも銘じておくわ」  そういうとまたお父様の所へ戻って行った。  その間お父様は変な汗をかいていたようで、美月に汗を拭いて貰っていた。確か宮左御様に喧嘩でも売ってしまっていたのだと勘違いしてしまうような感じだった。  しかしその宮左御様と潺の話を黙って聞いていたところ、やっぱり何か因縁があるようだった。

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