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昨日待ち合わせした喫茶店があるビルの前に着くと、フユツグは支柱に凭れて雑踏を眺めていた。
服装は昨日の雰囲気と似た、落ち着いたものだった。
腕時計で時間を確認する。
約束の時間より、まだ15分も早い。

「ごめんなさい、待ちました?」
「僕もつい先程着いたところです。それでは行きましょうか」

と自然に嘘を吐くフユツグ。

「行き先は決めてあるんですか?」
「いえ、ノープランです。とりあえず歩き回ってみませんか。
 時折僕がガイドとして、ヒナタさんの興味がありそうなところにお連れしますよ。
 ところで、ヒナタさん」
「は、はい?」
「僕に対して敬語を使う必要はないと、以前言ったはずですが?」
「あっ……でも、それを言うならフユツグさんだってあたしには敬語を使っているじゃないですか」
「僕のは職業病で治しようがない。けれどヒナタさんの口調は意識一つで変えられる。
 どうしても、と言うなら無理強いはしませんが、できればこんなささやかな年齢差など気にせず、気さくに接して下さい」
「わ、分かりました……じゃなくて、分かったわ、フユツグ。これでいいの?」
「結構です」

満足そうに白い歯を見せるフユツグ。
フユツグが良くても、あたしはなんだかちぐはぐした気分だわ……。

あたしはフユツグに連れられて、ヤマブキシティの各所を回った。
シルフカンパニーの展示ブースに敵情視察ではなく見学としてして訪れたり、
超高層ビルの最上階からの展望を写真に撮ったり、
電車とは比べものにならないスピードで走るリニアモーターカーを眺めたりした。
フユツグは冗談が上手くて、機転が利いて、常にあたしが退屈を感じないようにしてくれた。
でも、その居心地の良さに気持ちが流れそうになる度、
今も爆睡しているタイチのイメージが浮かんできて、それを邪魔した。
昨日の夜に聞いた、あたしが小さい頃にお父さんに会っていたという事実が、あたしを沈ませた。

「ヒナタさん?」
「何?」
「いえ、気分が優れないように見えたので」
「何でもないわ。大丈夫よ」

フユツグはあたしの言葉の真偽を確かめるように目を細め、最後には微笑を浮かべて言った。

「次は、かつてこのヤマブキシティのジムを任されていた、格闘道場に参りましょうか」


格闘道場と呼ばれる建物は、遠目に見ても老朽化しているようだった。

「創設から一度も改修工事が行われていないことと、
 師範代が昔気質の硬派な方で、滅多に入門生を取らないことで有名です」

と説明しながら、フユツグは門を開く。
勝手にお邪魔してよかったのかしら、と不安に駆られたのと、

「道場破りか? 入門希望か? どっちだ?」

海鳴りのような大声が降ってきたのは同時だった。

すっかり萎縮したあたしの隣で、フユツグが静かに、よく通る声で答えた。

「見学希望です」
「勝手にしろ。ただし邪魔と判断すれば放り出す」
「ありがとうございます」

筋骨隆々という言葉がぴったり当てはまる師範代らしい大男は、鼻を鳴らして門下生の監督に戻っていった。
フユツグが振り返り、「見学の許可を戴きました」と嬉しそうに言う。