※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 クラスの真ん中の列の一番後ろ、そこが俺の定位置である。
 窓際や廊下側では教室から逃げるし、かといって前や真ん中に座らせると授業妨害が著しいと
教師にマークされた結果がこれだった。
 男女が隣り合った座席配置の中で、俺の隣を嫌がって長らく女子は座ってこなかったのだが、
今年のクラスになってからはいつも同じ女子が隣にいる。
 保育園時代からの腐れ縁の早崎まゆみ、中学2年になっても全然色気の出ないチンチクリンだ。
「授業中なのよ。マジメにノートを取るなり、先生の話を聞いたらどうなの。
そんなんじゃ、またクラス最下位になるんだから」
 元々ガリ勉の気のあったまゆみは中学に入って眼鏡をかけ、
昔以上に掛けてくる言葉は嫌みったらしい。
「うるせぇ。別に俺の勝手なんだからイイだろ」
 授業の邪魔にならないよう声を潜めるまゆみと違って、そういう事など気にしない俺は
普通の声で言い返した。
「俺の勝手って…他の子の勉強の邪魔してたら勝手じゃないわよ」
 まゆみの声音は明らかに不機嫌そうだが、それでもやっぱり俺だけに聞こえるように
小さなものである。
「邪魔じゃねーよ。一緒に遊んでるんだからな」
「一緒に? 冗談でしょ。坂木君が話しかけなきゃ、下沢君は普通に
授業を受けてたと私は思うわよ」
 俺も本当はそう思うが、まゆみの意見に同意するわけにはいかない。
「何だよ、この屁理屈女。別にテメーに迷惑かけてないんだから放っておきゃーイイだろ」
「アンタを野放しにしておくと、後で先生に私が注意を受けるのよ」
 まゆみに背を向けてやり過ごそうとしたが、小さいわりに力のあるコイツは俺の腕を引っ張り
無理やりに前を向かせた。


「っだー、本当に口うるせぇ女だな! 女なんてのはさー、声を上げるのは
ベッドの中だけで十分なんだよ」
 俺はまゆみの方に顔を向けると、わざと少しトーンを落とした声で耳元に囁く。
 耳元に囁くために近づいたまゆみの女らしさのかけらもないショートカットから、
フワリと甘いシャンプーの香りが漂ってドキリとした。
色気のない眼鏡チビだと思っていたまゆみから漂う、意外なほど大人っぽい
名前も知らない花の香りが動悸をドンドンと高める。
「本当に最低。口で言い負けるからって、すぐ下ネタで返してくるんだから」
 しかし、まゆみにしてみれば俺のドキドキとした感情などまるで関係のないもので、
顔を近づけられても動じる事なく、侮蔑を含んだ視線と嘲笑うような口元を見せた。
「エロい事を言ったからって何だってんだよ。テメーだって親父とお袋が
エロい事したから生まれてんだぜ」
「当たり前でしょ。下らない事を言ってないで勉強しなさいって言ってるのよ」
 ここで引き下がっては俺の負けだと更に下ネタで攻撃してみるが、冷静な口調で返されては
かえって負けが確定しているようなものである。
「勉強の方が下らねぇよ。絶対テメーをなかしてやる。言っとくが涙流した位じゃ許してやんねーからな。
シーツを思い切り濡らして鳴いてねだるような鳴かせ方だからな」
 今までどんな気の強い女子も、ココまでいうと怯んで気力を殺がれていた。
 しかし、まゆみの奴はそうはいかない。
「流石にそういう事は大声で言うほど肝が据わってないのね。小さい男。
ほら、あの位の問題なら分かるでしょ。ノートにやってみなさい」
 あっという間に俺の言葉を受け流し、グチャグチャに用具を詰め込んでいた机から
ノートを探り出してシャーペンを持たせてくるのだ。
 結局、この時間も最終的にはまゆみのペースに押されてしまい、
したくもない勉強をやらされてしまった。


 夜九時過ぎのコンビニ、夕飯を何にしようかと店内をウロウロしていた俺は
思いがけず小さな障害物にぶつかる。
 それは学校で見飽きるくらい、始終顔をつきあわせているまゆみだった。
 スウェットにジャンパーをはおっただけのラフな格好になっている俺と違って、
まゆみの奴は学校と同じく少しも乱れた所のないセーラー服の上に
学校推奨のコートと学校指定の学生カバン。こんなカッチリとした出で立ちで固めて、
まゆみの奴は肩が凝らないんだろうかとか余計な事が気になった。
「何でこんな時間に、こんな所に早崎がいるんだよ」
 昔も今も本当はまゆみと呼ぶほうがしっくりくるのだが、いつの頃からか俺のことを
名前で呼ばなくなったコイツに何となく意地を張って、俺はここの所、ずっと
『早崎』と少し他人行儀にまゆみを呼んでいる。
「私は塾の帰り。消しゴムを落としちゃったんだけどこんな時間じゃ文房具屋さんも開いてないし、
コンビニに買いに寄ったの。坂木君こそ、どうしたの? ああ、夕飯のお弁当を買いにきたのね。
って、その割にお菓子とかのジャンクフードが多いんじゃない? おばさんが忙しいのは知ってるけど、
そんなんばっかじゃ栄養も偏るし、たまには自分で作ったら?」
 俺の買い物かごを勝手に覗き込んだまゆみは、1人で納得すると俺の食生活を正しに掛かってきた。
 しかも、せっかくの夜食の楽しみと買い込もうとしていた様々なジャンクフードを一品、一品、
元の棚に並べなおしてしまう。
「自分で? 俺は自慢じゃないが飯の炊き方も分からねーから無理だ」
 見た覚えのない父親と夜の仕事で忙しい母親を持つ身としては、
本当は自炊が出来るのが理想的なのだとは思う。が、小さな頃は
年の離れた兄貴が食事を準備してくれていたし、その兄貴が1人暮らしを始めても
コンビニから歩いて2分という借家にいるせいで自炊できなくても困ったことはなかった。
「本当に自慢にならないわね。お米の炊き方くらい小学校でも習ったし、
この間の調理実習で肉じゃがとかだって作れるようになったはずでしょ?」
 まゆみは長い物差し一つ分違う俺の顔を下から覗き込みつつ、たしなめてくる。
「他のはイイけど、ソイツは勘弁してくれよ。俺の楽しみだぞ」
 菓子の下に隠れているので見つからずに済むと思っていたが、全ての菓子を戻し終えたまゆみに
チューハイやビールの缶を見つけられてしまった。


「私達、中学生なのよ。下らないもの欲しがらないの。どうしても楽しみが欲しいなら、
この位にしておきなさい」
 高い所にある酒の棚に手の届かないまゆみは、本棚を整理していた店員に声を掛けて
缶を戻してもらうと、小さな子が喜びそうな棒つきキャンディーを一本、弁当の上に置く。
「こんなんじゃ、腹減って寝れねーよ」
 弁当一つとキャンディー一本。本当にこんなものでは俺の腹の足しには程遠かった。
「じゃ、お弁当を2つでも3つでも買えばイイじゃない。お菓子やお酒なんかより、
よっぽど身体にイイわよ」
 まゆみは腕をつかんで、俺を弁当コーナーへと引っ張る。見た目の色気のなさの通り
色事には興味ないのか、手首をしっかりと握られて俺は少しドキドキしてしまっているというのに、
まゆみの奴は平然とした顔で色々な弁当を前にあーでもないこーでもないと
何か小難しい栄養の理屈を喋っている。
「で、結局の所、お前のお勧めは何なんだよ。コレか? それともコレか?」
 何だか意識しているのが自分だけかと思うと腹が立ってきたので、
わざと乱暴につかまれていた腕を振り払ってから抱きしめるような密着度で
まゆみの後ろから2つの弁当に手を伸ばした。
「3つ、お弁当が欲しいなら、両方ともイイんじゃない?」
 まゆみが自分の両脇から出てきた手に少し驚いた顔で振り返ったのに、
してやったりな気分になったのも束の間、小さな身体を活かしてスルリと俺の腕をくぐり抜けて
隣に並んでしまう。
 面白くないが、だからと言って弁当を両手に持った格好で詰め寄るわけにもいかず、
その後はおとなしく勧められるままに3つの弁当とキャンディーを入れたかごをレジへ出した。


「ああ、坂木君に捕まっちゃったから遅くなっちゃったわ。早く帰らないと」
 消しゴムの入ったレジ袋をカバンの中にしまいながら、まゆみがふーっとこれみよがしな溜息をつく。
「俺のせいかよ。どっちかというと俺が早崎に捕まって色々指導された気がするんだけどな」
 俺は弁当の入ったレジ袋をまゆみに見せつけ、発言の訂正を求めた。
「あら、そうだった? 気のせいじゃない?」
「テメー、眼鏡かけてるくせに何見てるんだよ? それとも何か、
この眼鏡は掛けると余計真実でも分からなくなるのか?」
 とぼけた声で笑われてカチンときた俺は、俺の半歩先を歩いていたまゆみの眼鏡を
ヒョイと持ち上げ取り上げる。
「あ、ちょっとやめて。返してよ! そうじゃなくても夜道は見えにくいのに、眼鏡なくちゃ転んじゃうわ」
 眼鏡をなくしたまゆみは見当違いな方向を振り向いて、眼鏡を返せと焦っていた。
「別に少しくらい平気だろ? っと、うわ凄ぇ度のキツさクラクラするな」
 野暮ったい黒縁眼鏡のレンズは結構厚くて、レンズを透かして見上げた夜空は、
俺にはグニャリと歪んで見える。
「もう、イイでしょ! 返してってば!」
「おい、早崎。そっちは危ねーぞ」
 電信柱を俺と思って掴みかかったまゆみの足の先には側溝が待ち構えていて、
危ないと気付いて声を掛けた時には既にバランスを崩していた。
「え? 何? あ、きゃっ…」
 何とか助けようとまゆみを抱え上げたが、小さいから軽いだろうと想像していた以上に軽く、
そして色気がないと思っていたのに随分と柔らかい感触に驚き、
本当はまゆみを抱えて立っていられるはずだった地面から勢い余って自分が側溝に落ちてしまう。
「痛ぇ…まゆみ、平気だったか? 眼鏡は無事だったみたいだけどな」
 身体こそ何とか道路に転がるだけで済んだものの、側溝の中に変についてしまった右手が
ズキズキと痛んだ。
「私は平気。かばってもらったし、坂木君こそ…」
 俺の左手から眼鏡を受け取り、状況を確認したまゆみの顔が一気にひきつる。
「って、ヤダ。ちょっと孝文! この手、変な方向に曲がってるじゃない!
孝文、どうしようコレ折れてるわよ! えと、救急車呼べばイイの?
でも、私、ケータイ無いし…と、とにかく大人の人を呼ばなきゃ。そうだ、コンビニ…
ちょっと待っててね。コンビニの人呼んでくるから!」
 慌てていた割に行動が冷静だったまゆみのお陰で俺はすぐに病院に運ばれ、
右手の単純骨折以外の怪我も見つからず無事処置された。


「凄ぇ、香水臭ぇな」
 昼寝から目覚めると辺りはすっかり夕方で、ギブスの重苦しさや
三角巾のわずらわしくもありがたい効果に慣れてきた俺は、
嗅ぎ慣れた母親の匂いのする部屋へやってきた。
「あら、この香りが理解できないなんて、アンタもガキね」
 俺の骨折に驚いてグチャグチャな格好で病院にかけつけてきたのと同じ女とは思えないほど、
化粧も服装も整えた目の前の人物は、母さんと呼びかけるには少し気が引ける。
「こんな安っぽい香りに参るようになるくらいなら俺はガキでイイよ」
 俺が好きな香りはこんな濃厚なモノじゃなくて、もっと軽くてでも華やかな…と、
理想を思い浮かべたところで、この間、まゆみから漂った甘い花の思い出し、
それを振り払うように頭を振る。
「えーっと、怪我したばっかりの孝文に悪いとは思うんだけど、やっぱり料理は苦手で……
店屋物でも頼んでもらえる?」
 化粧を整え終わった母親はすまなそうに表情を少しだけ曇らせて、俺に向かって手を合わせた。
「別に、何か作ってもらえるとか期待してねーしイイよ。それより、そろそろ急がねーと
今日も仕事に間に合わなくなるんじゃねーのか」
 おかゆを作ってもらっても芯の残った米を食べさせられた昨日を思い出し、
作ってもらうほうが困ると思って苦笑する。恐らく、俺の自炊下手は
この母親から受け継がれたものなのだろう。
「あ、本当だ。やっぱり、自分の店を3日も開けるわけにはいかないしね~。っと、あら、誰かしら?」
 時間を確認してカバンを掴んだ母親は、呼び出しチャイムの音に慌てて玄関へ向かった。
「こんにちわ。あ、出勤前にお邪魔してスイマセン」
 冷蔵庫に何かないか台所へ行こうとしたが、玄関から聞こえてきたまゆみの声に足が止まる。
「あら、まゆみちゃん久しぶりね~。孝文のお見舞いに来たの?
怪我した時にまゆみちゃんが一緒だったからって、そんな気にしなくてイイのよ」
 母親の部屋から台所までを通り過ぎるついでを装って玄関を覗いてみると、
そこには私服姿のまゆみが風呂敷包みを胸に抱えて立っていた。
 久々に制服姿以外のまゆみを見たが、上に着ているコートは相変わらず
学校推奨の紺色のやぼったい奴だし、その下の服装も白いブラウスと飾り気のない
紺色のスカートというスタイルで、サスペンダーこそつけていないが少女合唱団みたいに見える。
しかも、体型は小学校の頃と全く変わらないストンとしたままで、そのあまりに色気のない私服姿に
思わず笑いそうになってしまった。


「でも、私の事をかばって、孝文君が怪我したんですし、あの、差し出がましいとは思ったんですが、
骨に良さそうなカルシウムの多いお弁当作ってきたんで食べてもらってもイイですか?」
 俺に気付いていないらしいまゆみは、普段からは想像もつかないほどしおらしい態度である。
「まあ、ありがとう。ジャンクフードばっかり食べて、あの子の骨ももろかったみたいだし、
だからって、私もあんまり料理は得意じゃないから、本当に助かるわ。
あー、まゆみちゃんが本当に我が家の子ならイイのに」
「お、おばさま。く、苦しいです…」
 昔から事あるごとにまゆみを娘にしたいと騒いでいた母親は、
弁当を持参するまゆみの行動に感極まったのか相手を窒息させそうな勢いでギューッと抱きしめた。
「おい、遅刻しそうなんじゃなかったのか?」
 もがいているまゆみを放っておくわけにもいかず、玄関にやってきた俺は、
何の遠慮もなくまゆみを抱きしめる母親の襟元を掴み、時間の確認を促す。
「そうだった。残念だけど私、仕事があるのよ。まゆみちゃん、何のお構いも出来なくて悪いけど
ユックリしていってね。本当に家の馬鹿息子のためにお弁当なんか持ってきてもらっちゃってアリガトウ!
孝文、我が家で一番、イイお茶だしときなさいよ!」
 再び遅刻しそうな事実を思い出した母親は、俺をけなしつつまゆみを労って玄関を慌てて出て行った。
「おばさま、いってらっしゃい」
「いってきま~す! まゆみちゃん! いつでもお母さんって呼んでくれてイイんだからね~!」
 手を振るまゆみを振り返った母親は、ニコニコと嬉しそうに笑いながらヒールで駆けていく。
「か、考えておきます…」
 まゆみは少し引き攣った笑みで母親が見えなくなるまで手を振っていた。


「ったく、あのババァは…早崎、悪かったな」
 玄関で話し続けるのもどうかと思い、手招きで家の中へと招く。
「イイわよ。おばさまのあのノリはいつもの事だし。だけど、お弁当の中身が
ちょっと崩れちゃったかも…」
 昔はよく遊びに来ていたせいだろうか、勝手知ったる他人の家といった感じのまゆみは
遠慮なく家へと上がってきた。
 抱えていた弁当を台所のテーブルの上に置いたまゆみは、心配そうに風呂敷をほどく。
「弁当って、何作ってきたんだ?」
 母親に言われたからではないが、先日買った普通よりも高めのペットボトルのお茶を
冷蔵庫からテーブルへと出した。
「うーん色々。勝手に作ってきちゃったけど骨折すると確か熱とか出るんだよね?
普通のご飯はもう、食べられる? 学校休んでたくらいだし、
お粥とかの方が良かったら今から作るけど…」
 食器棚を探って箸を見つけ出したまゆみが、当たり前のように俺の隣へ座る。
「熱も引いたし、薬のお陰で下手に動かさなきゃ腕も痛くねーし、普通に飯くらい食えるって。
本当は今日だって学校行ったって問題なかったけど、金曜だから大事をとってとかって言えば
連休になるって休んだようなもんだしな」
 まゆみが開けた風呂敷の中身はお弁当箱というよりも重箱で、
中には手の込んだ料理がギッシリと詰まっていた。 
「ズル休みだったの? 心配してお弁当を作ってきたっていうのに…。
ま、怪我は本当なんだから許すけどね」
 箸で少し片寄ってしまった弁当の中身を整えつつ、まゆみが俺に憎まれ口を叩く。
「許すって、何でお前に許されなきゃいけないんだよ」
「まぁまぁ落ち着きなさいって。こんな時間だしお腹すいてるでしょ? ほら、アーン」
 ムッとした顔でまゆみを睨んでいたが、アーンと言われて思わず素直に口を開けてしまった。
「美味しい?」
 小首を傾げて、まゆみが俺の反応を待っている。
 短いくせにサラサラと音を立てるように黒髪が横に流れる仕草は妙に可憐で、
思わずゴクリと喉を鳴らしてしまったが、飯を食っているせいだとでも思ったのか、
まゆみは何も気にしてないようだった。
「美味いけど…別にフォークとか使えば左手でも食えるんだがな」
 食べさせてもらうのは悪くないが、いちいちまゆみに覗き込まれては
落ち着いて飯も喰えないので、使える左手を差し出してフォークを要求する。
「あ、そっか。フォークね。えーと、あった。コレで平気?」
 まゆみは食器棚からフォークを見つけ出し、俺の手に握らせると
再び椅子に座ってこちらの様子をジーッと見つめてきた。


「早崎は食ったの? あんまり見られてると食いづらいんだけど」
 ヒジキの煮物みたいなのが入った混ぜご飯。チーズとシソが入った巻きカツ。
厚揚げとニンジンとシイタケとその他にも何だか色々な物が入っている煮物。
小松菜のおひたし。シラスの入った卵焼き。デザートらしいフルーツのヨーグルト和え。
色々と手作りらしい手の込んだ料理に目移りするが、ゆっくり食べようにも
まゆみの視線が刺さって本当に落ち着かない。
「じゃ、一緒に食べようかな。だけど、不便な事があったら何でも言ってね。
手、怪我したの私のせいだしさ。あ、口、汚れたよ」
 まゆみはスッと立ち上がってタオルを濡らしてくると、俺の汚れた口元をグリグリと拭ってきた。
「いや、そんな世話焼かなくてイイって…不便な事なんて
便所とか風呂とかオナニーとか、そんなもんだし。そういうのは手伝ってもらうわけにもいかないだろ」
 あんまり甲斐甲斐しく世話を焼いてくるまゆみを少し困らせてやろうと、わざと下ネタをふってみる。
「別に手伝って欲しいなら手伝うけど」
 しかし、また下ネタへ持っていくと怒られるとばかり思っていたのに、
まゆみはあっさりと手伝うと返してきた。
「え? お前、手伝うって何するのか分かってるのか?」
 冗談で言ったつもりが、まゆみは恥ずかしがる事も怒る事もせずに、
ゆるく微妙に握った右手を上下に揺する。
 明らかに何をすべきか分かっている手つきに、こっちの方が恥ずかしくて赤面してしまった。
「だって自分でするの大変なんでしょ?」
 まゆみは俺に使っていた箸を全く当たり前のように使いながら、
自作の弁当をパクパクと食べ進めている。
「確かに大変は大変なんだけど……」
 平気で俺のチンコを握るというまゆみが、箸での間接キスくらい気にしないのは
当たり前なのかもしれないが、もしかしたら欠片も男を意識されてないせいで
あしらわれているのかもしれないとか、色んな事が頭を駆け巡り、
それ以上の言葉が告げなくなってしまった。
「どうしたの? 手、止まってるわよ。食べないの?」
 まゆみは会話が止まった事よりも、俺のフォークが止まった事の方が気になるらしく、
またしても顔を覗き込んでくる。
「いや、食べる。食べるよ。俺は昨日も一昨日もマトモな飯を食ってなくて腹が減ってるんだ」
 食ってる間は妙な事も考えなくて済むだろうと、俺はひたすら目の前の料理を口の中へと押し込んだ。


「お風呂、沸かしてないんだね。どうする? 今から沸かす? それとも今日は身体だけ拭く?」
 食事を終え、薬を飲み、自分の部屋でくつろいでいた俺に、まゆみが洗面所から声を掛けてくる。
「今から用意するの面倒だろ。タオルで十分だよ」
 骨折のせいで完全に寝転がると起きるのに一苦労なので、ベッドに山積みにした布団に
もたれかかってテレビを見ているのだが、くつろいでるつもりでも、内心はドキドキで、
今からまゆみが何をしてくれるのかと思うとバラエティーの内容は何も頭に入ってこなかった。
「うん。分かった。じゃ、そっちにタオル持ってくね」
 まゆみの足音がゆっくりと近付いてくる。
 どうせちゃんと見れていないテレビなので消してしまい、リモコンは机の上に投げ出した。
 静まり返った部屋に引き戸が閉まる音がトンッと響く。
 洗面器を抱えたまゆみはいつも通りの澄ました顔で、焦って落ち着かない自分が
何とももどかしかった。
「ココ、座ってイイ?」
「ああ」
 洗面器の中には濡らしたタオルが何本か入っているらしく、それをベッド脇の机に置き、
まゆみがベッドの縁に腰掛ける。
「随分と暖かくなったけど暖房もまだ入れてる位だし、温かいタオルがイイと思って
お湯で絞らせてもらったよ。もし、もっと温かいのが良かったら言ってね」
 さっそく身体を拭くつもりらしいまゆみの手が、パジャマの前ボタンに掛かった。
「なあ、先に抜いて欲しいんだけど。身体拭いてもらった後で汗かくってのも
どうかと思うだろ」
 ボタンを外す為にこちらに身を乗り出している、まゆみの耳に問いかける。
「…それもそうね」
 少しの間を空けて、まゆみが頷いた。
「……あの、…明かり消してもイイ?」
 歯切れの悪そうな切り出し方に、やっぱり無理だとでも言い出すのかと思ったら、
少し赤い顔になったまゆみが俺の顔を覗き込む。
「明かり? 何で?」
「嫌なら別につけたままでもイイんだけど…」
 何をしたいのか分からなくて尋ねると、まゆみは理由を答えず少しベッドから離れ、
いきなりスカートのホックを外しだした。


「な、何で脱ぐんだよ」
 スルッという衣擦れの音共にスカートが絨毯の上に落ちる。
「だって、汚れたりシワになったりしそうだし」
 まゆみはブラウスのボタンを次々と外し、あっという間に下着姿になった。
「胸も尻も見事にねぇーなー」
 タンクトップとパンツの色は淡い水色で健康的だが、身体のラインと同様、
色気はちっともない。ちっともないが、チンコの方は勝手に硬くなり始めてきてしまった。
「うるさいなー。別に私の体型なんかどうでもイイじゃない」
 タンクトップも豪快に脱ぎ去ったまゆみが、ムッとした顔で俺の鼻の頭をつまむ。
「あれ? ブラジャーってこういう形だっけ? これ、前にも後ろにもホックないじゃん。
ワイヤーとかいう硬いのも入ってないみたいだし」
 まゆみのつけているブラはレースみたいな飾りは一切なく、ワイヤーもなければ
ホックもない布地だけで出来たものだった。
 水商売をしている母親がつけていたブラジャーは、もっと布地の少ない薄い仕立ての
レースでゴテゴテしたモノだった気がする。
「何で、そんなにブラに詳しいのよ」
 まゆみは訝しげな冷たい視線を俺に遠慮無しにぶつけてきた。
「いや、洗濯は俺の仕事だから、お袋のブラジャーは材質とか状態チェックして洗ってるんだよ」
 兄に一切の家事を任せるのが申し訳なくて小学生の頃に覚えた洗濯の仕方のおかげで、
今では色落ちモノもドライマーク製品も何の問題も無く仕上げる自信がある。
 別にブラマニアとかの変態的趣味な訳ではないので、まゆみに睨まれる筋合いは無い。
「おばさまの……。布だけなんて言うけど、これだってスポーツブラって呼ばれてる、
立派なブラなの! 誰でもおばさまみたいにオッパイ大きい訳じゃないんだから仕方ないでしょ」
 俺の母親の無駄な巨乳っぷりを思い浮かべて自分と照らし合わせたらしいまゆみが、
ムッとした顔をしながらベッドに近付いてきた。