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1月1日、元旦。1年の始まりは1年で最も退屈な日。
テレビには一発芸だけで人気を獲得してすぐに消えていった懐かしい芸人が映っている。
こいつらはこんな時ぐらいしか出番が無いんだ。
ボケもツッコミもまるでなってない。トークの間も悪いしフリも滅茶苦茶。
芸人の風上にも置けない。そして何より腹が立つのが、そんな芸人が売れてしまう今の日本だ。
日本人ってのは周りの行動に同調する癖がある。急激なブームの発生と衰退にその特徴が良く出ている。
大して良いと思っていないのに、周りの評価が高いと乗せられてしまう。
心理学で言うところの斉一性の圧力って奴だ。……考えたら腹立ってきた。
お笑いだけじゃねぇ!例えば韓○ブームだとかヨ○様だとか!!この国は一体どうなってんだ!!
このままでは日本のお笑い界が駄目になってしまう!!
何がお笑いブームだ!!質が低下しちまったら何の意味もない!!

「どうしたらいいんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「近所迷惑だよ、右二」

と、隣の家の窓から落ち着き払った涼しい声が聞こえてきた。
この家の環境は最悪だ。俺の部屋の音声は全て隣家の女に筒抜け。満足に声も出せない。

「大声出してないでそろそろ行こうよ」
「瀬戸は?」

雪が室内に入らないように、窓ガラスを少しだけ開けて応答する。
せっかく部屋に溜まっていた暖かい空気が逃げていく。なんかもったいない気分。

「先に行ってるって……」

前を見ると、燕が窓を全開にして大きく外に身を乗り出していた。
しかも仰向け。かなり危険な体勢だ。

「死にたいのか」
「だって……ほら……綺麗……」

そう言って天を見上げている燕の髪には少し雪が積もっていた。ずっと空を見ていたんだろうか。
サラサラの黒髪と真っ白な雪のコントラストがなんとも言えない。
何も考えずにセニングシザー1本でざくざくと切り、そのまま放置したような髪。
オシャレなんかにはまるで興味を示さない。
実際燕は自分で髪を切ることが多いと言っていた。いちいち美容院に行くのが面倒臭いんだとか。
そのため後ろ髪が他の部分よりもかなり長くなっている。流石に自分では上手く切れないのだ。
これが邪魔なので、やはり適当にセニングシザーで軽量化し、首筋の辺りで一本に束ねて垂らしている。
しかし、そんな荒っぽいカッティングなのに何故か格好良く決まってしまうのが燕の凄い所だ。
それは彼女の容姿のせいだろう。
大きくて鋭い目と、整った細い眉。すましたような無表情。日本的な顔だ。

「んじゃぁ支度してくるから5分くらい経ったら外に出ててくれるか?」
「わかった……」

本当に分かったのか?
誰かが止めなかったらこのまま凍死するか、窓から落ちてしまうような気がする。
って事は今日も尊い人命を救ったと言う事になるのか。えらいぞ俺…

「軽装だな…」
「好きだから。寒いの」

雪が降っているというのに燕は薄手ジャケットを羽織っているだけで、下はスカート。
黒いジャケット、黒いスカート、黒い靴下に黒い靴…そして黒い髪。全身黒尽くめだ。
本当にオシャレとかには興味無いんだな……血色のいい肌だけが唯一黒じゃない。
……まぁ似合ってるからいいけど。

「右二もコートなんて脱げば?」
「俺はお前みたいにワンパクっ子じゃないんだ」

俺はこの状態でもまだ寒いくらいなのに…こいつ体温調節機能がアホになってんじゃないのか?
見てるこっちが鳥肌立ってくる。

「じゃあ行こっか」
「たしか愛が巫女やってんだっけ?」
「うん」
「瀬戸には見せらんねぇな…」

真っ白な並木道を2人で歩き出す。静かに降り積もる雪が幻想的だ。
なるほど…たしかに綺麗かもしれない。
白い雪に装飾された燕の横顔を見ながら俺はそんな事を考え……って―――

「お前傘持って来なかったのか?」
「寒いの好きだから」
「好き嫌いの問題じゃないだろ……風邪ひくぞ」

服をぐいっと引っ張って隣に持って来る。燕の肩が二の腕に軽く触れる。燕の体温が伝わってくる。

「右二」

覗き込むように、じーっと俺の顔を凝視してくる燕。
眉一つ動かさないその無表情からは、何一つとして心情を汲み取ることができない。
サラサラの髪からはシャンプーとリンスのかすかな匂いがした。
落ち着きのある爽やかな香りなのに、どうしてか体が強張って固くなる。

「な、なんだよ……」

何故か、言葉に詰まる。
綺麗な長い睫毛に覆われた、潤いのある黒い瞳。
その大きな瞳を見ているとまるで吸い込まれそうな感覚を覚える。

「ありがとう」
「え?あ、ああ……どーいたしまして…」

あまりにも普通な発言になんだか変な応答をしてしまった。
燕は大抵無表情表なので心が読めない。口数も決して多くはないし。
こいつとは家が隣という事もあって付き合いが長いが、未だに良く分からない。
風のように掴み所の無い奴だ。

「遅いじゃないですか左渡ィィィィッ!!」

神社の階段の前に来ると瀬戸が怒っていた。

「テンション高ぇな……なに怒ってんだよ」
「早く巫女さんが見たいんですよ僕は!!」

このヲタクの名は瀬戸 天馬(せと てんま)
黙ってりゃ甘いマスクで超が付くほどの美形なのに、中身は完全に腐っていて手に負えない。
名前は一応testamentのアナグラムになっている。
正確にやるとseto tenmaではなくsett tenmaになってしまうが、瀬戸曰く「細かい事を気にしてはいけません」との事。

「では早速愛さんの巫女姿を拝みに行くとしますか」

こいつ普段愛のことなんて眼中に無いくせに。
眼中に無いどころか「今時三つ編みなんて地味ですねぇ」とか言って馬鹿にしてたし。

「お前2次元専門だろ」
「甘いですね左渡。巫女ほどの高い萌力(ほうりょく)があれば3次元でも余裕です。
 巫女装束を着ればざっと2000は上昇しますからね」

意味不明。

「先行くよ」

変なやり取りをしているうちに燕は石造りの階段を昇って行ってしまった。

「っと、こうしてはいられません!僕らも早く巫女の国へ!」
「どこだよ…」

俺たちも滑らないように注意しながら氷が張った階段を昇っていく。
階段の脇には大きい桜の木が何本も生えている。
今は花はおろかつぼみも付いてないが、春になって満開になるとそれはもう絶景だ。
神社の周りには桜以外にもいろんな木々が生えている。と言うか山の中に神社があると表現した方が早い。
夏にはみずみずしくて青臭い葉っぱの匂いと、湿った土の匂いに満たされる。
秋にはたくさんの真っ赤な紅葉に彩られ、遠くから見るとまるで燃えているように見える。
そして冬にはただ白い静寂があるばかり。
これぞ日本、と言った感じの神社。たしか燕のお気に入りスポットの1つだったっけ……。

「うおおおおおおおおおお!!巫女万歳!!日本最高!!!!」

神社の境内には愛の他にも巫女さんが何人かおり、普段は冷静な瀬戸もハイテンションだった。
感極まって涙を流している。それでもナンパしたり話掛けたりすることは無い。
「鑑賞するのは好きだが干渉するのは嫌い」と言うのが瀬戸のポリシーだそうだ。
瀬戸の容姿なら10人に声をかければ5人くらいは乗ってくると思うんだけど。

「あ!燕ちゃん!右二!瀬戸くん!」

そこに巫女装束を着た茶髪の少女がむぎゅむぎゅと雪を踏み鳴らして歩いてくる。
髪は不自然で人工的な茶色ではなく、天然で優しい感じの栗色だ。
装束は白衣と緋袴の一般的な物。足元は赤い鼻緒の草履に白い足袋。寒そうだ。

「みんな久し振……あぁっ――!?」

―――ズシャァァーーー!!

ド派手に転倒して雪の上を滑ってくる茶髪少女。勢い良くすっぽ抜けた草履が宙を舞った。

「うぅ~……いったぁ~……」

彼女こそが先程から話題沸騰中の奏天円心神社の一人娘。
名を奏天円心 愛(そうてんえんしん なる)と言う。
苗字がやたら長くて奇怪なので皆こいつの事は「なる」と名前で呼ぶ。
希代のドジっ娘で、とにかくよく転ぶため生傷が絶えない。それこそ何も無い場所でも転ぶ。
しかも近視+乱視で手におえない(軽度だけど)
眼鏡は勉強したりする時だけ掛けている。
雪の上なんかを歩けば転ばないはずが無い。滅茶苦茶運動音痴で何をやらせても5歳児以下。

「なる…大丈夫?」

燕が愛の腕を取って立ち上がらせる。

「ありがとぉ燕ちゃん…」

草履を履き直し、パンパンと服に付いた泥と雪を払う。
外見はパッとしない地味っ娘だけど、なかなかどうして巫女姿になると違うもんだ。
燕のサラサラの細いストレートとは違い、愛はふんわりとしたボリュームのある柔らかい髪質。
普段の髪型は、2つに分けたおさげを肩から前に持って来るスタイル。
そのおさげが時には一本になったり三つ編みになったりするってわけだ。
しかし今は巫女をやってるので、どちらでもない。檀紙と水引で一本に束ねている。
まぁ地味だ地味だと言うが実際はそうでもない。性格は明るくて元気だし、とても地味なんて言えない。
「地味」と言うより「素朴」と言った方が良いか。

「えっと、奏天円心神社へようこそっ!!」

この何も考えて無さそうな、あっけらかんとした笑顔。
このように、転んだ事も2秒で忘れてしまうのでいつまでたってもドジが治らない。
きっと「天真爛漫」ってのはこういう奴に使う言葉なんだろう。

「なんという事だ!?この僕がなるさんに萌えている!?こ、これが巫女の力なのかあああああ!!」
「瀬戸くんは予想通りハイテンションですねぇ」
「それより早くお参りしよ」

と、またしても1人で先に進んでいく燕。まぁこいつの自己中っぷりは今に始まった事じゃない。
単独行動が好きな燕がこうして一緒に来てくれただけでもかなり珍しい事なのだ。

「ゆーじぃー、お賽銭入れないのー?」
「どうせ愛の小遣いになっちまうんだろ」
「ならないって。それよりねぇ、こーゆーのは気持ちが大事なんだよ。わかる?ハートですよハート!」
「わかんね」
「私は分かる気がするな」

チャリーン、と10円玉を3枚まとめて賽銭箱へ放る燕。「分かる」とか言っておきながらケチ臭い女だ。
瀬戸は「巫女さん堪能させてもらいましたからね」と50円玉を2枚投げた。
俺は…まぁ5円くらいならいいか。

「で、君たち3人は何をお願いするのかな?」
「決まってるだろ。我らF組……チーム『MOE』の武運を」

「あー…それ効かないかも」
「なんでだよ?」
「ウチは武運とかそう言うのじゃないもん」
「じゃあなんなんだ?家内安全とか?」
「ううん。主にお祓いとか。悪霊退散!みたいな」

そう言えば破魔矢とかお札がやけにいっぱい売られている。
俺たちは御参りに来る神社を間違えてしまったらしい。

「そう言えば、なるは幽霊とか見えるって言ってたね」
「うん。でも私が見たところ燕ちゃんと右二もかなり霊感強そうだよ?」
「僕は?」
「皆無」
「そ、そんな馬鹿な……」

がっくりと肩を落とす瀬戸。

「なんでそこで落ち込むんだよ」
「馬鹿ですね左渡。幽霊なんて萌えるじゃないですか!私的には幸薄い感じの幽霊が良いですね」

こいつの価値基準は1つしかない。萌えるか否か、それだけ。
しかし、その萌えの基準が非常に複雑。
「金髪がいい」と言った次の日には、「黒髪こそ至高」とか言う。
「貧乳は認めません」と言ったかと思えば、5分後には「小学生も射程内ですがね」と危ない発言をする。
要するに滅茶苦茶な奴なのだ。その時の気分で評価はマチマチ。
ただし瀬戸は基本的に2次元専門。"リアル"には反応しない。
今みたいに巫女に興奮しているのはかなり珍しい事なのだ。
だが、萌えの基準が滅茶苦茶な瀬戸にも1つだけハッキリしている事がある。
それは「妹萌え」ではないという事。
俺の見る限り、それだけはいくら月日が経とうとも変わる事はないだろう。
全てはこいつの実の妹である瀬戸 咲由(せと さきゆ)のせいなのだが……長くなるので割愛。

「まぁ普通は霊感なんて無いから」
「そりゃそうだ」
「それにお参りなんかしなくても燕ちゃんがいるんだからきっと勝てるよ」
「僕らは無視ですか?」

たしか初戦の相手はE組。チーム『マッセマッセ』だったっけか。
このチーム名はトラップなのかどうか…素直に考えればヴェノム使いが1人居るはず。
まぁヴェノム戦は得意だから当たっても問題無いか…。瀬戸もなんだかんだ言って強いし。
それに、愛の言う通りウチには無く子も黙る『評価S』の霧原 燕(きりはら つばめ)が居る。
一回戦くらい余裕で突破できるだろう。

「っつーか幽霊なんてマジでいるのかよ?」
「あー、その顔は信じてないね」
「信じろって方が無理だと思うぞ」
「幽霊さんは信じてないのに神様は信じてるんだ」
「なんでそうなる。神様も信じてないよ」
「でもお参りに来たってことは信じてるんでしょ?」
「それは瀬戸のせい」

瀬戸に「巫女さんが見たいから御参りに行きましょう、ついでに必勝祈願しましょう」と誘われたのだ。

「燕ちゃんは?」
「信じてる」
「へー…意外……」

俺も意外だった。

「とにかく俺は幽霊なんて信じてない」
「あーあ……ゆーじぃ、発言には責任を持った方がいいよ」
「どういう意味だよ?」
「今の発言を幽霊さんに聞かれたら呪われちゃうよ~~祟られちゃうよ~~」

薄ら笑いを浮かべて低い声を出す愛。つっても元々声が高いからさっぱり怖くない。
それなのに一生懸命ビビらせようとしている愛がなんだかかわいい。でも……ちょっと嫌な気分。

「お、脅かすなよ…」
「いやいやいやいや本当ですよぉ。今もあの柳の木の下で虎視眈々と……」

そこまで言って愛の動きが止まった。

「と、途中で止めるなよ!気になるだろ!!」

愛は柳の下を凝視していた。そこには黒髪の男が突っ立っていた。髪は短くもなく、長くもない。
鋭くて細い瞳は暴力的な印象を与えてくる。歳は俺たちと同じくらいだろうか。

「誰だあいつ?愛の知り合いか?」
「見えるの…?」
「ウチの生徒じゃないね」
「燕ちゃんも見えるの!?」
「あのー、僕だけ蚊帳の外なんですけど……もしかして新手の虐めですか?」

瀬戸には見えていないのだろうか。こんなにハッキリ見えるのに。
と思った次の瞬間、男はぐるりと首を曲げて俺を見た。目が合う。
一瞬、男の目が赤く光ったように見えた。
男は俺の顔を見ると、口元をニイッと歪めた。それはひどく気味の悪い、狂気じみた笑みだった。
俺は得体の知れない…恐怖のようなものを感じて反射的に目を逸らした。

「……あの幽霊……悪霊の……を内包……地縛……憑依は……?」

愛が何か小声で呟いた。声が小さくてよく聞き取れないが、「幽霊」と言う単語だけは聞き取れた。
……何を馬鹿な、そう呟いて再び柳の下に視線を移すと男は忽然と消え去っていた。


恋人同士になれて嬉しかったのはほんの数日であった。
よくよく考えてみれば、俺たちには能天気に惚気ている時間なんて無かったんだ。
この冬休みがあけたら間もなく闘劇予選が開催される事となる。
惚気るどころか、全ての時間をギルティの練習に費やさなくてはならない。
と言うわけで冬休みに入ってからは一日中ゲーセンに入り浸っている。
まぁ惚気られずにいる理由は他にもあるんだけど……。

「やっぱり聖ちゃん強いね」
「何言ってんのよ、緒土さえいなければ俣奈だって十分代表に入れたよ」

……僅かではあったが、可能性としては十分にあった。

「え、そ、そうかなぁ……」
「あ~んもう照れる俣奈もかわいいー!」

百合の可能性である。
あれ以来聖と三綾の仲が急激に親密になっていった。そして俺は蚊帳の外。
なんだろう。この疎外感と孤独感。
こんな状態で俺たちは付き合ってると胸を張って言えるのだろうか。

「ねー俣奈、もう1回やろうよ」
「え…いいけど松瀬は……」
「いいからいいから」

俺は1人寂しく別の筐体で練習する事にした。
50円玉を投入して早速ヴェノムの練習を始める。
と言っても、CPU戦なんてコンボやら青キャンの精度を上げることぐらいしか出来ない。
ここは適当に動きながら乱入を待つとしよう。

『ユウハンハベジタボー!!』

画面が突如として真っ赤に染まる。

(来たか…)

今はこんなふうに余裕を持って戦いに臨めるが、この演出は非常に心臓に悪い。
初めてこれを経験した時は思わず「うおおおう!?」とか言ってしまったくらいだ。

(さて、キャラは…)

―――ガコーン……カチャ、カチャ、カチャ、ガコーン

(ジョニーか…)

自慢じゃないけどここ最近はほとんど負け無しだ。と言っても……それも当然と言えば当然なんだ。
むしろクラス代表の人間がそう簡単に負けてしまったらそれこそ大問題。負けは許されないんだ。
ジョニーならこちらが有利だし、勝たせてもらうぜ…!

『先に言っておくが…俺はパーフェクトだぜ?』
『肩慣らしになるか…』

<中略>

『うああああ!!』
『センスが違うんだなぁ……センスが』
『パーフェクト!』

開いた口が塞がらなかった。

3本全てパーフェクト負け…こんな事って有り得るのか?
あまりにも衝撃的な出来事に思わず連コしそうになるが、背後に人の気配を感じて席から立ち上がった。
しばらく論理的な思考が出来なくなる。
「あり得ねぇよ!!」「嘘だろ!?」そんな言葉で頭の中が埋め尽くされていく。

『ユウハンハベジタボー!!』

後ろにいた男が50円を投入する。ソルvsジョニー。
あのジョニーのイカサマ臭い強さをもう一度見ようと、俺はソル使いの後ろから観戦する事にした。

『テエヤー!テエヤー!テエヤー!テエヤー!テエヤー!テエヤー!ヴォルカニックヴァイパー!!』

(……あれ?)

先ほどとは打って変わってジョニーとソルはいい勝負だ。舐めプレイでもしているのだろうか?
一瞬そう思ったが、ディバコンとかはキッチリと決めてくる。立ち回りも丁寧で普通に上手い。
でもさっき俺が戦った時はもっとこう……なんだろう……人間離れした強さだったんだけどなぁ…。
こっちの攻撃は一度も当たらず、敵の攻撃は全てCH。
まるで動きが全部読まれているような……そんな感じだったんだが。

『やれやれだぜ…』
『ハッピーエンドの条件は…ハンサムが勝つことさ』

ソル使いが席を立つ。
あ…しまった。並んでると思われたか…観戦だけにしておく予定だったんだけど…まぁいい。
3本連続パーフェクトなんて認めねぇ。あんなのは偶然だ。まぐれに決まってる。
それを今から証明してやるぜ。
俺は50円玉を握り締めて席についた。

『ユウハンハベジタボー!!』

<中略>

『うああああ!!』
『諦めが肝心だぜ?』

(夢を見ているんだ…そうに違いない!!)

俺はここ最近ほとんど負けていなかった。
ひょっとしたらその事で少し天狗になっていたのかもしれない。
だからって……だからって6本も連続でパーフェクトなんて取られるわけないだろ!?
有り得ない……初心者vs全一でやったとしてもこんな結果にはならない!!
一体このジョニー使いはなんなんだ!?

「あのー……」

茫然自失としていると、背後から声を掛けられた。さっきのソル使いだ。

「あ、悪い悪い!」

すぐに席を立つ。またジョニーとソルの戦いが始まる。今回もやはり一進一退の好勝負だ。
見た所ソル使いの方もかなり強い。俺が戦いを挑んでもそう易々と勝たせてくれそうにない。
そしてジョニー使いは当然上手い。
だがこの試合を見る限りでは、とてもこの2人と俺との間に大きな差があるとは思えない。
それこそ6本連続パーフェクト負けなんてどう考えてもおかしい。
一応俺にだってそれなりに自信がある。プライドがある。
クラス代表に選ばれたし、くどいようだが最近は連勝数も30くらいは超える。
それなのに6本連続……あまりにも現実離れしすぎていて、もはや悔しさすら感じない。

『こんなもんか……』

ソルが一本取る。やはりあのジョニー使い、俺の時となんだか動きが違うような気がする……。
もしかして、ただ単にムラッ気なだけ?んなアホな…。

急にジョニー使いがどんな奴なのか気になりだす。
もしギル高の生徒でこの腕前なら、確実にクラス代表に入っているはずだ。
そう思い、俺は筐体の反対側に移動した。
椅子に鎮座していたのは全身黒尽くめの女だった。
対戦中だというのに、まるで他人の試合を傍観しているかのような表情をしている。
落ち着いているとか言う感じではない。冷め切ってる…そんな瞳だ。割といい勝負なのに……
背格好を見る限り、同年代くらいだろうか。だとしたらやはりギル高の……?

「松瀬、聖ちゃんがそろそろ帰ろうだって」

気付いたら三綾が隣に来ていた。

「え、あぁ……わかった」
「元気ないね?負けたの?」
「いや…別になんでもない」
「もしかして仲間外れにされた事怒ってる…?」
「あー、いや、そうじゃなくて…」

6本連続パーフェクト負けなんて口が裂けても言えなかった。しかもこっちが有利なカードだったのに。

もうすぐ冬休みも終わろうかと言う肌寒い日の出来事だった。

「なぁ燕、お前なんでギルティやってるんだ?」

ゲーセンを出たところで変な質問をされる。

「なんでって…どうしてそんなこと訊くの?」
「だってお前、全然楽しそうに見えないから…」
「あーー!ゆ~じ~!!燕ちゃ~ん!!」

右二がそう言い終えるや否や、なるがぱたぱたと私達に向かって駆けて来た。

「ねぇねぇ2人とも!みっちー見なかった!?」
「御剣?見てないけど」
「おっかしいなぁ……こっちの方に来たと思ったのになぁ……」
「何かあったのか?」
「幽霊が…」
「お前まだそんなこと言ってんのか?」
「んもぉ~またそーゆーこと言うしー!本当にいるんだってば~!」
「はいはい」
「うー……って、こんな事してる場合じゃない!じゃあねっ!」

そう言ってなるは猛然と走り去っていった。あんなに走ったらまた転びそう……。

「転ぶなよ~!!」
「転びませんよ~!!」

と言った直後、なるは「うえ!?」と短い悲鳴を漏らして豪快に前のめりになって転んだ。
あまりにもダイナミックに転倒したためか通行人も心配そうに見ている。

「あ~あ…言わんこっちゃない……」

でも愛はすぐに立ち上がり、また勢い良く駆けて行った。
良く転ぶためか、なるは見かけによらず体だけは頑丈に出来ている。

「あいつ何やってんだろうな?」
「さぁ」

・・・

「本当は家で寝てたかったんじゃないのか?」

燕をゲーセンに誘ったのは俺だ。
もしかしたら本当は行きたくないのに我慢して付き合ってくれたのかもしれない。
本当は家で眠っていたかったんじゃないだろうか……そんな事を思う。
燕はいつも眠たそうな顔をしてるし、授業中にも良く寝てるし……。

「ううん。右二と遊ぶのは楽しいよ」

それは本心なのだろうか…。
燕は強い時と弱い時とで落差が凄まじい。
調子がいい時はそれこそ誰も勝てないくらい強いのだが、悪い時は全然駄目。
そして何故かは分からないが、調子がいい時の燕は決まって暗い。全く生気の無い表情をしている。
さっきのヴェノム使いと闘っている時もそうだった。
「ギルティなんて全然面白くない」今にもそんな事を言いそうな顔をしていた。

・・・

「ならいいんだけどさ……燕、ギルティってのはなぁ、お前自身が―――」
「あ、右二と燕じゃない。何してるの?」

右二が言い終えると同時に背後から声を掛けられた。
後ろを振り向くと、絵に描いたような美男美女の2人組が立っていた。
男の方は長身ですらっとした体型。男にしてはやや長い髪。
女性の方はカラスの羽のように黒いロングヘアー。身長は160cmくらいで体は細い。

「燕は相変わらず眠たそうな顔してるわね」

女性の方が話し掛けてくる。

「だって…」
「純粋すぎなのよ。そんなに周りを気にする事なんてないわ。あなたの好きにやればいいのよ」
「…その事については言わない約束」

はぁ…っと腰に手を当てて軽く溜息をつく。すぐに腰に手を当てるのが彼女の癖だ。
本人は意識してないと思うけど、細いウェストに自然に目線が行ってしまう。

「お前らなに電波チックな会話してんだ?内容が支離滅裂だぞ」
「右二には関係ないわ」
「はいはい……それにしても2人いっしょなんて珍しいな?」
「好きで一緒にいる訳じゃない」
「ははは、そんなに照れなくてもいいんですよ咲由」
「黙れ。殺すぞ」

本当にいつ見てもこの兄妹は仲が悪い。
兄は妹が好きで好きでたまらないと言った感じだけど、妹は兄の事をとことん嫌っている。

「で、瀬戸は何やってたんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ」
「俺らは練習だよ。休みが明けたらすぐ予選始まるからな。お前も練習しとけよ」
「分かってますよ」

それから4人で帰路についた。
私は絶えず襲ってくる睡魔に抵抗しつつ、さっきの右二の言葉を反芻していた。

"お前自身が楽しいと感じてないんだったら、無理にやる必要はないんだぞ?"

(私自身…か…)

「えーっと…どうすりゃいいんだろう…」

ベッドの前で腕組みをしながら考える。

「ほ、ほら起きて!」

布団をぽむぽむ叩く。しかし緒土は規則正しい寝息をたててすやすやと眠っている。
俣奈曰く「けっこう頑張らないと松瀬は起きないよ」らしい。

(うーん…)

ぎゅーっとほっぺたをつねってみる。

「ひゃ、ひゃへほ…」

緒土が奇怪な言葉を発する。困ったような顔がちょっとかわいい。

(…こんな事してる場合じゃない…)

そろそろ起こさないと本当に遅刻してしまう。どうやって起こそうか。
本気で起こすならリアルバンカーをぶっぱなすとか封雷剣で斬り付けるとか、方法はいくらでもある。
でもそんな非ロマンティックな事をしていいはずが無い。
あたし達はもう恋人同士なんだから、それに見合った起こし方があるはず。

(た、例えば目覚めのキ……キッ…キッ……)

しかし俣奈に先駆けてそんな事をするのは罪悪感がある。

(…軽く……)

枕元まで顔を近づける。なんだか凄く緊張する。
ありがちな話だけど、顔を近づけた瞬間に緒土が目を覚ますなんてこともあり得る。
そんなことを想像していると、またあたしの心臓は暴れ始めた。
……早く実行に移そう。起きてしまったらその時点で終わりだ。
ほっぺたに軽くするだけ。緊張するな。深呼吸深呼吸…

「ふぅーっ…」

目を閉じて呼吸を整える。覚悟は出来た。
ほんの少し、ちゅっとするだけ。一瞬で終わるんだ。

「なぁ、お前さっきから何してんだ?」

目を開くと緒土が不思議そうな表情であたしを見上げていた。

「キ……」
「き?」
「オーバーヘッドキッス!!!!」

・・・

次の瞬間、俺は宙を舞っていた。そのまま壁バウンドしてベッドに落下。
その後の追撃が来なかったのがせめてもの救いであった。まだ体が悲鳴をあげている。

「たくさん作ったから」

そして俺は今、エプロン姿の聖の前に座っている。
テーブルに並べられた色とりどりの料理。サラダ、魚、肉、吸い物、ご飯にパン。

「力作なんだからね?」

その言葉通り、料理はどれもこれも美味そうで、食欲をそそるいい匂いがリビングを満たしている。
だが組み合わせがおかしい。ご飯とパンなんて明らかに異常だ。
しかも量が半端じゃない。一体どうなってるんだ。力士でもこんなに食わない。
胃の容積を超えているのは火を見るよりも明らかだ。恐らく用意するにはかなりの時間と労力を使ったはず。

「どうぞ召し上がれ」

聖は満面の笑みを湛えている。食わなかったらどうなるだろう。

「こんなに食えないだろ」
「え…」

聖が残念そうにうつむく。「え」じゃないだろ。
これは1人分の量じゃない。多分4人分くらいはある。2人で食べても楽勝で余る。
料理の鉄人の聖にそれが分からないはずが無い。ひょっとしたら俺を虐めて楽しんでいるのかもしれない。

「食べてくれないの…?」

上目遣い。

「うっ……い、いただきます!」

「速くしないと遅刻するわよ!」
「ま、待ってくれ…胃が…」

食べ終わると時計は8時を回っていた。

「朝っぱらからあんなに食えるわけねぇだろ!!」
「でもちゃんと食べてくれた」
「う……」

それはリアルバンカーが怖かったからなんだけど……。

「っつーかどう考えても作りすぎだろ…どれくらい掛かったんだ?」
「ん?前日から作ってたから大丈夫」
「そこまでしなくても…」

こういう関係になってから、ますます聖の事が良く分からなくなってきた。
いきなりOHKをしてきたかと思えば、こうして丹精込めた美味い料理を作ってくれる。
以前から行動に一貫性の無いやつだと思っていたけど、最近はそれがより顕著だ。

「だって緒土が…」
「ん?」
「す……好き…だから…」
「わっ…お前……ばっ…!?」

ガラにもなく赤面する。耳が熱い。焼ける。
聖の発言にツッコミをいれようと脳を回転させるが、全然言葉が出てこない。

「顔真っ赤…」

少し嬉しそうな、呆れたような眼差しを向けてくる。

「お前のせいだろ!!」

こんな馬鹿みたいな恥ずかしい事言いやがって…。なんか俺ばっかり赤面してるのが悔しい。
このまま聖に主導権を握られ続けては今後の関係にも影響が出る。
こう言うのは初めが肝心なんだ。切り返さなくては。

「じゃあいつから好きだったんだ」
「えっ!?」

……アホか?俺は。
顔が熱い。自分で言って自分で赤面してる。
でも聖の顔も赤くなってる。けっこういい気分だ。

「ずっと前から…」
「ずっと前って?」

ますます赤くなっていく聖。そのうち爆発するんじゃないかとさえ思わせる。
今までに感じた事のない優越感……なんかいい気分だ。
こんな風に俺が優位に立てるのは修学旅行の時のお化け屋敷以来だ。
もうしばらく遊んでやるか。

「はじめて見た時から…かな……」

・・・

結局聖の最後の言葉を聞いて俺の顔は真っ赤に染まってしまい、その後も「照れてんの~?」とか言われて茶化され続ける事ととなってしまった。
最近では毎朝三綾と聖はむちゃくちゃな起こし方をする。
俺も目覚ましを掛けてはいるのだが、2人が来る前に起きる確率は頑張っても50%くらいだ。
普通の目覚まし時計はどうしても慣れない。
あの『ジリリリリリリ!!』とか言う激しい音は心臓に悪すぎる。
かと言ってデジタルの『ピピピピピピピピ!!』とか言う音も嫌だ。寿命が縮むような思いがする。
そしてようやく落ち着いたのがボイスレコーダー機能付きの、現在愛用している目覚まし時計。
しかし今となってはそれにも慣れてしまって、目覚まし時計としての機能を果たしていない。

「あ、聖ちゃんどうだった?」
「けっこう楽しかったよ」

案の定3人で上手くやっていくには色々大変だった。
お前らは楽しいかも知れんが、こっちは毎日辛くてやってられん。
しかも最近では三綾と聖の仲が良くなりすぎてしまい、俺の入り込む隙など全く無い。
と言うか俺が2人のオモチャにされているだけ。
このまま2人の仲が親密になっていったら俺はどうなるのだろう。お払い箱か?

「そうなったら俺が兄貴を慰めてあげますよ」
「お前いつから読心術なんて身につけたんだよ……」

とは言うものの、どっちにしろ今は惚気ている暇など無い。ささやかなサービスタイムはこれで終了だ。
ついに明日は闘劇予選、校内も闘劇ムード一色になっている。
俺達の練習も最後の調整に入っていた。
校内は異様な熱気包まれている。近くの大型電気店ではデジカムが大量に売れているらしい。
きっと対戦動画を盗み撮るつもりなんだろう。
そんなことしなくても学校がちゃんと録画していると思うが…。

「おーし、席つけー」

雁田が教室に入ってくる。今日もまたいつもの授業が始まる。
俺と永園と聖はひたすら実戦演習。
ついに闘劇予選……思えば、長いようで短い1年間だった。色んな事があった。
最初は永園とぶつかり合っていたけど友達になって、修学旅行にも行った。
テストでは三綾を蹴落とす結果になってしまった。それでもあいつは祝福してくれた。
この1年間……俺は一生忘れない。闘劇予選、必ず勝ち抜いてみせる。
散っていった多くのクラスメイトの為にも。俺は勝たなきゃいけないんだ。

『オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!オウアー!ヴォルカニックヴァイアパー!!』

「あー、最後の授業もこれで終わりだ。この1年間良くがんばってきたな。
 あと数ヶ月で泣いても笑ってもお前らは2年生になる。
 知っての通り来年からスラッシュに移行するから、今回の闘劇で青リロも終わりって訳だ。
 最後の青リロ、心ゆくまで存分に楽しむように!
 松瀬、江辻、永園の3人は明日に備えて早く帰って糞して寝ろ!
 それから明日は早めに登校する事!分かったな!じゃあ解散!」

雁田が部屋を出て行って教室が俄かに騒がしくなる。
これで俺の1年も終わりか……なんだか感慨深い。やっぱりこの1年は短かった。
入学式の事も昨日の事のように思い出せる。

「ねぇ松瀬松瀬」
「ん?」

三綾が話し掛けてくる。なんだかこいつの顔を見ていると緊張感が一気に吹っ飛んでしまう。

「2年生になったらクラス替えとかあるのかな?」
「さぁ」

もしあるとすれば、三綾たちとも別れる事になるかも知れないのか……。

「まぁクラスが分かれたって会えなくなる訳じゃないんだし」
「そうだよね。じゃあ今日はもう帰ろっか。松瀬は明日早いみたいだし」

三綾に促されて席から立ち上がる。

「兄貴ィィ!!俺もお供します!!」

……なんか郁瀬見るの久し振りだなぁ…懐かしい。
こいつも最初はまともな奴だと思ってたのに、ふた開けてみたらただのホモだった。
しかし今では真人間への道を歩みつつある。このまま行けばこいつの未来も明るい。

「蘇留と帰らなくていいのかよ?」
「今日はチームメイトと一緒に帰るって言ってましたから」
「ふーん…そういやぁお前蘇留のチームのメンバーって分かるか?」
「いえ、聞いてないッス」

蘇留側にはこちらの情報が筒抜けだからな……
他のメンバーの使用キャラだけでも分かると心強いんだけど。

「松瀬くん、蘇留のチームの人だったら知ってるよ」

そこに紙野も会話に入ってくる。

「本当か!?」
「うん。たまに家にきて練習してたから。ヴェノムとミリアだったよ」
「げっ……ミリア……」
「『げっ』って、あんたミリア苦手なの?大丈夫?」

いつの間にか聖も隣に来ていた。

「苦手って言うか不利キャラなんだよ。そう言うお前だってヴェノムは不利だろ?」
「そんなの腕でひっくり返せるわよ。あんたとやった時みたいにね」

いちいち憎まれ口を叩く奴だ。

「でも2人ともあんまり緊張してないみたいだね?僕はずっと緊張してるのに…」
「お前が緊張してどうすんだよ」
「あたしはなんかまだ実感が湧かないのよね」
「もう前日ッスよ?」
「んーなんかねー……当日になれば流石に少しは緊張すると思うんだけど」
「江辻さんは度胸があっていいなぁ…」

そんな会話をしながら下校した。
明日は闘劇予選……初戦はF組、チーム『MOE』これは確定している。
そして2戦目、蘇留が本当に勝ち抜いてくるかどうか。
下手をすれば俺たちだって1回戦負けの可能性は十分にある。
だが、どんな奴らが相手だろうと負ける訳にはいかない。
いらん事は考えなくていい。俺がやることは1つだけ。
今日まで必死に練習してきた全てを出し切って勝つだけだ。

「ただいまー」

リビングに入ると全身脱力してソファーに寝転がっている蘇留がいた。
寝転がる、と言っても我が家のソファーは特に大きいわけじゃない。蘇留自身が小さいからできるだけだ。

「ん、お帰り」

そう言ってソファーから起き上がる。

「練習しなくていいの?明日でしょ?」
「練習しすぎて腕が痛いんだ。筋肉痛かもしれん」

左腕の肘から下を手で揉む蘇留。
そんな蘇留の姿を見ながら考える。一体どれだけハードな練習をしたら筋肉痛なんかになるんだろう。
筋肉痛なんて、ゲームと一番かけ離れたものに思えるけど。

「マッサージ」

ずいっと腕を突き出してくる。
鞄を床に置き、蘇留の腕を手に取る。
蘇留は確かに体は小さいし、やせてる方だ。でもこんなに細い腕だったなんて思わなかった。

「こう?」
「もっと強く」
「こう?」
「強すぎる」

僕は召使いじゃないんだぞ蘇留……。

「お兄ちゃん」

3分ほどマッサージを続けていると、出し抜けに蘇留が呟いた。

「うん?」
「アイツは…永園は私が絶対倒すから」

やっぱり蘇留はまだ永園くんのことを気にしているんだ……。
僕も何度も説得したけど蘇留は全く言う事を聞いてくれなかった。
僕としても永園くんと蘇留の仲が悪いのはあんまり気分が良くない。

「だから永園くんとは和解したんだってば」
「知った事か。お兄ちゃんは許したのかもしれないけど、私はアイツの罪を許しはしない」
「でも……」

―――ヴー!!ヴー!!

言いかけた所で蘇留の携帯が震動した。慌てた様子ですぐに携帯を手に取る。

「雹か。美里の代役は決まったのか?
 ……ん?なに?……やっぱり出る?…ああ…そうか、わかった。それでお前のヴェノムの事だが……」

蘇留はそのまま部屋を出て行ってしまった。蘇留はいつまで自分を作り続けなければいけないのだろう。
永園くんに報復するまで、かつての蘇留は戻ってこないのだろうか。

・・・

眠れない。
早く明日になって欲しいような、永遠に明日が来ないで欲しいような……こんな気分は初めてだ。
ついに闘劇。俺は……俺のヴェノムは一体どこまで通用するのだろう。
もしかしたら一回も勝てずに終わってしまうかも知れない。
俺は確かに代表に選出された。一応強さは保証つきだ。でもそれはクラス内での話。
いざ闘劇という世界に出てみたら井の中の蛙だった、なんてことは十分にあり得る。
そうなったら何も出来ずに公衆の面前でボコられるのか。

(あのジョニー使いと闘った時のように…)

あの日以来、俺は完全に自信を喪失してしまった。
もしあのジョニー使いがクラス代表に出ていたらどうなる?
終わりだ。勝てる気がしない。

(…どうすりゃいいんだ…)

死ぬほど練習した。コンボ精度も青キャン精度も完璧にした。
立ち回りだって、キャラ対策だって必死こいて研究した。
なのに、あのジョニーには手も足も出なかった。
俺はこれ以上強くなれないのか?これが俺の限界なのか?
どうすればもっと強くなれるんだ…こんなんで本当に勝てるのか…俺は……。

―――ドドドドドドド………

窓の外が白みだした頃、新聞配達のバイクの音が聞こえてきた。
早く寝ろと雁田に言われていたのに結局徹夜してしまった。
不安を紛らす為に家庭用で練習したが、どんなにやっても不安が消える事は無かった。
胸の奥には不愉快な緊張感と、得も言えぬ不安が淀んで溜まっている。
ついにこの日が来てしまったのだ。あと数時間後には、俺は全校生徒の前で対戦する事になるんだ。

「…実感湧かねぇ…」

あまりに事態が大きすぎる為か、現実感に欠ける。地に足がついていないような浮遊感。
気分が悪い。
でも調子が悪いなんて言っていられない。
今日は早めに学校行って練習して体を慣らしておかないと。

それからまた1時間ほど家庭用をやって不安を紛らせた。
7時頃になってから部屋を出て、顔を洗って、制服に着替えて、
トーストを口の中に詰め込んで、それを牛乳で流し込んで、そして緊張のためか、少し吐いて、家を出た。

重い足取りでギル高へ向かう。
体はめちゃくちゃダルいし、気持ち悪いし、さっきから溜息を乱発している。
でもそんな俺の状態とは裏腹に心臓はドクンドクンと力強く脈を打っている。
ギル高……通い慣れた場所。歩き慣れた筈の通学路。でも今日は全然違う所へ行くみたいな気分だ。
景色も全く違うものに見える。
空を見上げると、どんよりとした灰色の雲が空を覆っていた。

(雪でも降りそうだな……)

そうやって、極力闘劇の事は考えずに通学路を歩いた。