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ソ連軍・政治 関係者

50音順にドイツ軍・政治関連の登場人物を説明します。


アレクサンドル・ヴァシリエヴィッチ・コルチャーク

ロシア革命後の内戦期の白軍(反革命軍)指導者
革命後イギリスの支援でシベリアのオムスクに樹立された反ボルシェビキ政府(オムスク政権)の指導者となる。
一時はシベリア全域を掌握したが内戦に敗れ、政権崩壊後に赤軍に逮捕処刑された。

アレクサンドル・ヴァシレフスキー

ソ連軍司令官。ソ連邦元帥。
作中の時は参謀総長

アレクセイ・ニコライビッチ・コスイギン

ソ連邦の政治家
史実では独ソ戦当時はロシア・ソヴィエト社会主義連邦共和国首相であり、ロシア西部の工業施設のウラル以東への移転作業を指揮した。
戦後はソ連邦副首相となり、フルシチョフの失脚後首相に就任しブレジネフ書記長、ポドゴルヌイ最高幹部会議長とともにトロイカ体制を構築してソ連を指導した。

アントン・イワノヴィッチ・デニーキン

帝政ロシアの軍人で、白軍(反革命軍)指導者の一人。
内戦時に西欧の支援を受けて主にロシア南部で赤軍と戦い一時はモスクワに迫る勢いを見せたが、ウクライナやポーランドの独立を認めなかったためにその支持を失ったために敗北。
その後パリに亡命し、その地で生涯を終えた。

アンドレイ・ヤヌアレヴィッチ・ヴィシンスキー

ソ連邦検事総長
トハチェフスキーを含む粛清裁判で辣腕をふるい、多くのスターリンの政敵たちを処刑場や流刑地に追いやった。
自白を「証拠の女王」とする原則を打ち立て、これによって粛清対象者達は秘密警察の厳しい尋問と拷問によって自白を強制されることとなる。

ヴィトフト・カジミロヴィッチ・プトナ

ソ連軍人で内戦時代からトハチェフスキーとともに戦った腹心の部下。
革命後はイギリスやドイツでソ連大使館付武官を勤め、特にドイツに対してはしばしばプライヴェートで訪問するなど親近感を抱いていた。
このためトハチェフスキー事件においてはいち早く逮捕され、厳しい尋問によって「陰謀」の供述を強いられた。
裁判によりほかの被告とともに死刑となる。

ウラジーミル・イリイチ・レーニン

史上初めての社会主義革命であったロシア革命を成功させたロシアの政治家、ソビエト連邦の建国者。
ロシアの共産主義政党であるロシア社会民主労働党・ボリシェヴィキの指導者
スターリンの前任者。

カール・ラデック

本名カール・ベルンガルドヴィッチ・ゾーベルゾーン
ロシア革命初期の革命家の一人でポーランド生まれのドイツ系ユダヤ人で、「ラデック」は彼が十代のころから使っていた変名。
休戦後のドイツで革命運動を指揮した後ソ連の指導者の一人となるが、後にスターリンと対立して失脚。
1939年頃に銃殺されたといわれる。

クリメント・エフレモヴィッチ・ヴォロシーロフ

ソ連国防相、最高会議幹部会議長。
独ソ戦当初に敗北したにもかかわらず、スターリンの年来の昔なじみという立場から不名誉は不問に付された。
第二次世界大戦で使用された戦車KVシリーズは、ヴォロシーロフにちなんで名付けられたものである。

ゲオルギー・ジューコフ

ソビエト連邦の軍人、政治家。
第二次世界大戦期を通じてソ連で最も活躍した軍人の一人
独ソ戦開戦時には赤軍参謀総長
1942年9月現在は赤軍最高司令官代理としてスターリングラード防衛の総指揮を担当していた。
なおジューコフは1939年のノモンハン事件(ハルハ川戦争)で赤軍の指揮をとり日本の関東軍に大損害を与えたが、この世界で同事件が発生したかどうかは不明。

ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ

ソビエト連邦の政治家。
スターリンの死後、ソ連の最高指導者として、ソ連共産党中央委員会第一書記と閣僚会議議長を兼ね、スターリン批判によってその独裁と恐怖政治を世界に暴露した。

ミハイル・ニコラエヴィチ・トハチェフスキー

ソビエト連邦の軍人。
赤軍の機械化を推進。数々の画期的戦術理論を編みだし、赤軍の至宝、あるいは赤いナポレオンと呼ばれた。
彼の死は、ナチのハインドリヒによるスターリンへの密告によってだが、ドイツ側がこうした行動に出るようにスターリンが仕向けたという説もあり、真相は定かではない。
いずれにせよスターリンはこれを口実にして、トハチェフスキーを銃殺した。
赤いナポレオン(ボナパルト)と呼ばれた。

ヨシフ・スターリン

ソビエト連邦の政治家。
20世紀、アドルフ・ヒトラーと列ぶ、あるいはそれ以上の独裁者として悪名を馳せ、「粛清」と称して2000万人以上もの国民や党員を殺戮したため、「紅いツァーリ」、「白い国の独裁者」とも呼ばれた。
しかし、ソ連の国是からスターリンが祖国をドイツ(ナチ政権)から守った英雄と見る人も少なくない。

レフ・トロツキー

(本名レフ・ダヴィドヴィッチ・ブロンシュテイン)
ロシアの革命家・政治家・思想家。
赤軍の創設者のひとりとしてソビエト連邦の草創期に活躍したが、世界革命を主張したトロツキーは一国社会主義を唱えるスターリンとの対立に敗れて追放され、亡命先のメキシコで暗殺された。
その後ソ連を含む社会主義諸国ではトロツキーとその思想を支持するトロツキストの名は裏切り者、反逆者の代名詞となり、ソ連崩壊後まで長くタブーとされてきた。