第6部 スターリングラード編 第5話 「パウルス」
2007年2月15日放送
概要
第6軍救出作戦の準備は進み、ドン軍集団にあちこちの戦域からかき集められた装甲部隊が集結する。
マンシュタインとの会議の為、ドン軍集団本部を訪れたパウルスに面会を求めるマキ。
シュタウフェンベルクの姪に興味を持ったパウルスは、マキと会うことを承諾する。
会話の中、パウルスは語る。
「装甲猟兵には死守も撤退も命じない」
スターリングラードへの帰途、マキはシュトルヒの機上から雪原を行く巨大な列車砲の群れを目撃する。
ホイッスルの音
ドラマでは車両の騒音に混じってホイッスル音が聞こえるが、これは移動する車両の交通整理をしている野戦憲兵が鳴らしているもの。
1個師団につき1000両以上の車両、さらに馬車や徒歩行軍する歩兵が一斉に移動する部隊の移動には大混雑がつき物であり、野戦憲兵による交通整理は部隊が迅速に移動する為には欠かせないものだった。
「わが軍にまだこれだけの装甲車両が存在していたなんて・・・」
史実ではドン軍集団が保有していた装甲兵力は戦力の低下していた第48装甲軍団とフランスから急派された第6装甲師団、陸軍総司令部(OKH)予備の第11装甲師団、及び南方のA軍集団から引き抜かれた第23装甲師団などからなっていた。
また三個装甲師団と三個自動車化師団が包囲から逃れているが、これは史実では行われていない。
つまりドラマでは史実よりも大幅に増強されており、ほぼ1個装甲軍に相当する戦力を保有している。
自動車化歩兵師団
兵員輸送用のトラックを装備した歩兵師団のこと。
歩兵は戦場近くまでトラックで移動するが、戦闘は徒歩で行う。
一般的なイメージと違い、ドイツ軍の歩兵師団のほとんどは歩兵の移動を鉄道と徒歩で行っていた。
数少ない自動車化歩兵師団は迅速に移動できる為、装甲軍団に配属されて突進する装甲師団の側面を守る任務に投入されることが多かった。
史実では自動車化師団の多くはその後装甲師団や、戦車大隊を持ち兵員が装甲兵員輸送車に乗車する装甲擲弾兵師団に改編されている。
チル川
スターリングラード西方でドン川に合流している河川。
赤軍の反攻後後退したドイツ軍の防衛線となった。
4号F型
長砲身と言っているのでおそらくF2型である。
1942年3月から175輌だけ生産され、IV号戦車としてはじめて長砲身の7.5cm Kw.K.40 L/43を搭載した。
対戦車戦闘に威力を発揮。
英軍から「マーク4スペシャル」、ドイツ兵からは「IV号スペツィアル」と呼ばれた。
なおF2型とは1942年3~5月の間にだけ使われた分類で、その後生産中の長砲身型の車輌をG型に改称された。
突撃砲
ドイツ国防軍によって歩兵支援用につくられた自走砲の一種である。
元々は敵の火点(トーチカ)を砲撃して歩兵の突破を支援するために作られた。
戦車と異なり旋回する砲塔を持たず、砲は車体上の装甲された戦闘室(ケースメイト)に搭載されている。
始めは短砲身(25口径)の砲を載せていたが、車体が低く発見されにくいことと車内のスペースに余裕があるため、長砲身の砲を載せて対戦車戦に投入されるようになった。
この場合ではおそらく75ミリ長砲身搭載の3号突撃砲のことだと思われる。
あくまで自走する「砲」という扱いのため、突撃砲は戦車兵ではなく砲兵によって運用される。
「市内の第6軍への補給は、制空権と天候に大きく左右される空輸だけに・・・」
史実では第6軍は包囲された軍の維持に必要な物資量を1日500tと計算し要求した。
これに対し空軍のゲーリングは1日300tの物資空輸を約束したが、実際には悪天候とソ連空軍の攻撃・対空砲火によりそれをはるかに下回る1日100~150t程度に留まった。
これにより第6軍の戦力は徐々に低下し、包囲環の縮小によって飛行場が次々と失われた為空輸量がどんどん低下していった。
1943年1月21日には最後に残ったグムラク飛行場が陥落し、その10日後に第6軍は降伏した。
機動反撃の橋頭堡
史実ではドン軍集団の戦線はドン川を越えてさらに西方のチル川西方まで後退しているが、ドラマでは市内から脱出した装甲兵力がスターリングラードと地続きのドン川東岸に踏みとどまり橋頭堡を維持している。
このため史実よりも容易にスターリングラードへの連絡路を切り開く反撃が可能となる。
ドン軍集団
スターリングラードの第6軍救援のため、史実では1942年11月にマンシュタインを司令官として新設された軍集団。
史実では赤軍大反攻反攻の時点ではクリミア攻略後第11軍はその兵力のほとんどを他の部隊に抽出され、マンシュタインと第11軍司令部は北方軍集団戦区のレニングラード攻略支援の為に現地に着任したばかりであった。
マンシュタインと第11軍司令部は手持ちの兵力を持たないままスターリングラード戦線に急派され、そのままドン軍集団司令部として下記の部隊の指揮をB軍集団から引き継いでいる。
史実では、
第6軍(スターリングラード市内に後退したルーマニア第3・4軍の一部を含む))
ホート集団軍(実態は第4装甲軍だが、この時点では敗走した他の軍に属する部隊を臨時に編入していた為この名称で呼称されていた)
ホリト軍支隊(ルーマニア第3軍残余及び後方の警備部隊や補充部隊の寄せ集め)
からなっており、その兵力は脆弱なものであったが、ドラマでは大幅に装甲兵力が増強されている。
史実では第6軍の降伏後、B軍集団の残余を吸収して南方軍集団に改称されている。
パウルス
フリードリヒ・ヴィルヘルム・エルンスト・フォン・パウルス
ドイツ陸軍大将。
バルバロッサ当初は第6軍の参謀長で、1942年当時には第6軍司令官。
史実では第6軍の降伏直前に元帥に叙せられたが、その直後に赤軍の捕虜となった。
一時は陸軍参謀総長候補に挙げられるほどの秀才だったが、野戦指揮官としては優柔不断な性格だったといわれている。
史実ではこの時点では上級大将であり、スターリングラードで降伏する直前の1943年1月30日に元帥に叙せられた。
第2次ハリコフ戦
1942年6月、ブラウ作戦開始直前に赤軍がハリコフ奪還を主目的として行ったいわゆる「ティモシェンコ攻勢」に始まる一連の戦闘のこと。
詳細はスターリングラード篇第1話「邂逅」で語られている。
クリミア制圧
セヴァストポリの戦いのこと。
ハンス・フォン・ゼークト少将
第一次世界大戦後厳しいヴェルサイユ条約の下でドイツ陸軍を再建した中興の祖である。
装備・火力・交通を重視し、一正面の防御作戦の実施に耐え得る軍の創設に努力した。
ヴァルター・フォン・ライヘナウ元帥
第一次世界大戦では砲兵将校として西部戦線に出征。
陸軍将校としては珍しくナチス党への積極支持を表明し、自身も熱烈なナチス党員として、さまざまな政治的謀略に加担し、ナチス党の陸軍掌握に尽力する。
優秀な軍人で、グーデリアンの提唱した装甲戦理論を支持する。
ポーランド戦では、第10軍司令官、フランス戦、ソ連侵攻に際しては、第6軍司令官として参加し、キエフ大包囲戦を成功させる原動力となった。
1942年1月17日に、司令部において心臓発作で倒れ、ライプツッヒの陸軍病院に空輸される途中、搭乗機の墜落事故で死去した。
ルントシュテット
ゲルト・フォン・ルントシュテット
第二次世界大戦中の陸軍元帥。ドイツ最良の将軍の一人として知られる。
ポーランド戦、フランス戦で一軍集団の司令官として勇名を馳せる。
バルバロッサ作戦では南方軍集団司令官を務めたが、一部の部隊を独断で退却させ、12月にヒトラーから罷免され予備役となった。
作中では12月にはヒトラーはいないが、史実同様に責任を取った模様。
後任はライヘナウ。
ヴェーアマハト ライヒスヴェア
ドイツ国防軍のこと。
ヒトラー政権下の1935年の徴兵制再施行以後、ヴェアマハトと呼ばれた。
作中ではヒトラーが暗殺されたのち、ライヒスヴェアに名称を戻された。
アウゲンターラー大尉
パウルスの副官。
名前は80年代に活躍したドイツのサッカー選手クラウス・アウゲンターラーからとられている
「極東戦域の海で」
パウルスは「交戦」ではなく「対峙」と言っているので、日本とドイツが戦闘状態にあるかどうかは現時点でははっきりしない。
作中のドイツはインド洋や東アジアあたりまで海軍を派遣していることが想像される。
この時点でドイツ海軍の艦艇が極東に行くのは非常に困難と思われるが、対談では英独間の戦闘は膠着、もしくは自然休戦状態にあるようにも受け取れるので、喜望峰周りでインド洋・太平洋に向かい、仏領マダガスカルや蘭印など、ドイツの支配下にある西欧諸国の植民地を足がかりに進出しているのかもしれない。
中央渡船場
ママイの丘西方、南部市街のウニヴェルマグ(百貨店)にほど近い渡船場。
北部市街の北渡船場と共に、赤軍によるスターリングラードへの援軍の上陸地点であり、最重要目標として独ソ間の激戦地となった。
ママイの丘
スターリングラード市街中央にある高地。
「102高地」はドイツ側の呼称で、数字は標高を指す。
南北両市街を一望できるため、作戦上の要所として激しい争奪戦が行われた。
現在ではスターリングラード戦の記念施設がおかれ、高さ51mの巨大な「母なる祖国像」が聳え立っている。
スターリングラードの市街はママイの丘を境に、百貨店や共産党本部などの商業・行政施設の集中した南市街と、「赤い10月」や「赤いバリケード」などの巨大工場施設とそこで働く労働者の住宅からなる北市街に分かれている。
ライヒスマリーネ
ドイツ海軍のこと。
ヒトラー政権下での名称はクリークスマリーネ。
「私の第6軍を救う為にしんがりは務めてもらう」
史実ではパウルスはスターリングラードからの撤退をしようとしたが、ヒトラーに「どんな状況に陥ってもスターリングラードを死守しろ」と命令された為スターリングラードに残った。
また、冬の嵐作戦によるマンシュタイン配下のドン軍集団による第6軍救出は、それに呼応して包囲を突破するというパウルスの提案がヒトラーに却下されたこともあり失敗した。
この台詞から作中での6軍は、冬の嵐作戦に呼応したスターリングラード包囲の突破を行おうとしていることが予想される。
カールゲレート
カール自走臼砲の別称。
ゲレートはドイツ語で「機械」・「装置」などの意。
魔女の大釜
ドイツ語でHexenkesselといい、「この世の地獄」や「大混乱」などを意味する。
最終更新:2007年02月27日 10:28