一人の人間がグレイストームに向かって飛来してきた。
ソレをグレイストームの武装を使って迎撃した。そうしたら、頭と左腕しか確認されなくなった。
しかし、先ほどまで人型をしていたソレは、まるでグレイストームに吸い込まれるようにぶつかってきた。
一瞬にして、目の前は赤く染まった。
パイロットは驚愕した。なぜグレイストームにぶつかるのかと。
グレイストームの張り付いたソレは何かを語りかけていた。
はっきりと聞き取れたその言葉は、気が動転していて魔術の詠唱のように思われた。
グレイストームを大きくグラインドさせ、ソレを振り落とす。
考えるより先に行動に出ていた。
連装式30mm機関砲でソレを跡形すら残さないほどに撃ち続けていた。
「…そろそろ動かなくてはいけませんね」
本を読んでいた一人の少女がつぶやく。
「あら、もう…ですか」
彼女の近くにいた独特な服を着た女性が彼女を心配そうに見つめながら問いかけた。
「ええ、以外に早かったですから」
そういうと、少女は読んでいた本を閉じて部屋の出入り口である扉の前に向かった。
それに、もう一人の女性も付き従う。
二人がその扉に触れるより先に、その扉が勢いよく開かれた。
「ね、ね。遊びに行くの?」
そこには、楽しそうな顔をした幼い子がいた。
「残念ながら遊びには行かないわよ」
女性は母親が子供に言い聞かすような優しい声でその子に告げる。
「なんだぁ、つまんないの… 行ってらっしゃい。どうせボクはお留守番でしょ」
その子はとてもつまらなさそうな顔をして左を向き歩き出した。
彼女達はその子とは反対の右に向かって歩き出した。
「…貴方も来なさい」
不意に少女が口を開く。
「遊びにではないけれど、楽しいことよ?」
「ホント!? じゃあ行く!? ね、ね。どこいくの?」
とても嬉しそうな顔をして、先を歩く二人について行った。
5秒ほどソレを撃ち続けていただろうか。
キロハは思い出したように魔術師二人を探した。しかし目視はおろか、センサーすらも何も反応を示していなかった。
「…やられた」
これ以上、グレイストームに乗っていても意味がない。
仮に彼女らを追ったとしても、前方の視界が赤く染まっている以上、まともな戦闘など出来るわけもない。
ソレ――モグは単なる囮にすぎなかった。
自身の身を賭してまで逃がそうとしている以上、彼女らは教会には必要不可欠な存在なのだろうか。
そんなことを考えながらキロハは慎重にニーベルング・リング付近にグレイストームを着地させた。
「……訓練してくれ?」
「あぁ、そうだ」
ハチワンはソウスケに言われたことをオウム返しすると、ソウスケは律儀に質問ではない質問に答えた。
「何でまたそんなことを思った」
「カナメが攫われてから……いや、地球に着てからずっと誰かと一緒にいなきゃいけない、護られてなきゃいけない。だったら俺が強くなればカナメも護ってやれるし、なにより自分で考え、自分の責任で自由に行動できる」
「まぁ、そうだな」
「だったら、俺を強くして欲しい」
「…強くって言ったって、一週間や二週間でなんて、それこそ魔法を使わない限りは強くなんてなれないぞ」
ハチワンは詰め寄るソウスケに現実を突きつける。
正直なところ、面倒な面もあるのだが、一般人を強くするには膨大な時間がかかる。
それに、一人だけ強くても、軍隊などの一定水準以上の多数の方が強い
一騎当千など、今の世の中では魔法を使っても難しい。
「ハチワン。彼を鍛えてはくれないか。彼も決意したようだ」
背後からアスの声が聞こえ、それはハチワンを面倒な方向へと運び入れようとする囁きだった。
「アスか… そうは言うが」
ハチワンが言おうとしたことは、その場にいるソウスケとアスの耳には届かなかった。
なぜなら、侵入者を告げる警告音の鳴り響いていたからだ。
「お帰りなさいキロハ」
「…ただいま」
管制室に帰ってキロハをハネフはいつもの口調で迎え入れる。
対するキロハは反射的に言葉を返していた。
「それと、おつかれさま」
「ん。 どう? システムの方は」
ハネフは少し落ち込んでいる様子のキロハに気付かないフリをしてキーボードを操作していた。
キロハの顔を見なくても、声で落ち込んでいるのが分かる。
なにより目の前で見ていたのだ。分からない方がどうかしている。
「あいかわらず、ね。もっとも、キロハのおかげであの二人がいないし、原子炉まで止められてるからしばらくは何もしないと思うけれど」
「急ぐ事にこしたことはないってことね」
「そういうこと」
何気なく話すその中でキロハを元気付けようとする。それを本人が気付いてるどうかはさておき。
もとより、そこまで落ち込んではいないだろうと思っている。
あんなことで落ち込んでいるような性格ではない。それはハネフがよく知っている。
「そうだ、これ。調べておいて」
キロハはそういうとハネフの前に赤いハンカチを差し出した。
「ん? ハンカチを?」
「違うわよ。血を調べておいてってこと。さっきヘリにぶつかってきた奴の血液よ」
ハネフは真面目に答えたつもりが冗談と思われたのか、少し笑われながらハンカチを渡された。
笑うほどの余裕があれば大丈夫だろう。ハネフはそう思いながらハンカチを受け取った。
「その血を調べたとしても、あまり意味があるとは思えませんが」
突如として、聞いた事のない声が聞こえてきた。
ハネフとキロハは声が聞こえた方――管制室の出入り口付近に振り向いた。
そこには茶色のブラウスに膝より少し上までの紺色のスカートを履いた、腰まである長い銀髪の少女がそこに立っていた。
「どういう意味?」
髪が肩までしかない女性が私にそう問いかける。
「言ったとおりの意味です。その血液を調べたところで彼、もしくは彼女に対する有効な打開策など得られない、という意味も含まれます」
「わからないわよ、最近の科学力は素晴らしいものだから」
そう言いながら彼女は銃があると思われるところに手を伸ばす。それはゆっくりと、しかし相手に気付かれぬよう。確実に。
もう一人の長髪の女性は既に銃を手にしていた。
事前に役割分担していたか、よほど連携が取れているのか。
「先に言っておきますが、銃で撃ったとしても無駄ですよ?」
「それは撃ってみないと分からないんじゃない?」
「確かに、百聞は一見にしかずといいますね」
長髪の女性は銃口を私の方向に向ける。
「貴方にいくつか聴きたいことがあるんだけれど、いいかしら」
「私も貴方達にいくつか聞きたいことがあるので、一問一答形式で交互にしましょう」
「貴方、自分の立場が分かってる?」
「ええ」
長髪の女性は少し驚いたような顔をしている。視線をもう一人の女性に移すと彼女の手には黒いモノが握られていた。
周りを見回しても、彼女達と同じように黒いモノを持っている者が大半を占めてきた。
「…まぁ、いいわ。その条件を飲みましょう」
「ハネフ!?」
「このままじゃ埒が明かないでしょう」
どうやら、髪の短い方はハネフというらしい。これで少しは話しやすくなった。それに、彼女はこちらの話に聞く耳を持ってくれそうでもある。
「では、そちらからどうぞ」
「あら、ありがとう。まず、貴方はどこからここに侵入してきたの」
「侵入はしていませんよ。開いていたので、正面から堂々と入らせていただきました。では」
私は正直に答え、質問をしようとした時、突如として何かの破裂音が聞こえた。
何か、ではなく銃と言う事位はすぐに分かった。
銃弾は私の腕の横に着弾したらしい。
それは長髪の女性が撃ったのだということは音がなると同時に分かっていた。
「冗談じゃなくて、本当のことを言いなさい。じゃなきゃ」
「なに撃ってるのよキロハ!? 当たったらどうするの!?」
「威嚇射撃よ。この子が本当のことを言ってなさそうだったから」
どうやら、彼女の名はキロハというらしい。
ヘリの操縦を見ている限りでは機体に負担をかけない操縦をしていたにもかかわらず、思っていたよりも短気なのだなと思う。
「…私は本当のことを話したまでですよ? どこから入ってきたかと聞かれたから、答えただけです。方法までは聞かれていません」
「じゃあ、どうやって侵入したの?」
キロハは銃口をこちらに向けたまま質問をしてくる。
「私は先ほど質問に答えましたので、今度は私の番ですよ」
しばらく彼女とにらみ合う。その時に彼女が義眼だということに気付く。
「分かった。そっちの質問は?」
「どうも。貴方達は教会を何処まで知っていますか? 詳しく教えてください」
「貴方、教会に何か興味でもあるの?」
キロハが私に質問をする。本来ならば無視するのだが、また撃たれても時間の無駄なのでうなずいておく。
「…私達よりも進んでいる”魔術”の研究してる事くらい。それ以外はこっちも把握しきれてないわ」
一瞬の間があり、キロハに変わりハネフが私の質問に答えてくれる。
しかし、思っていたより情報が少ないようだ。これは少し時間がかかるかもしれない。
「じゃあ、今度はこちらね。貴方の所属は?」
「私は、ドーラン一家の者です」
「ドーラン一家ねー…この施設にでも襲撃しに来たの? あんたらには無用の産物だと思うけれど」
キロハがすごくいやな感じで話しかけてくる。それでも撃ってこないだけそこまで怒ってはいないのだろうか。それともドーラン一家が嫌いなだけか。
「知っているのですか? ドーラン一家を」
「知ってるも何も、ことあるごとに私達の邪魔をしてくれるゴロツキ集団だからね」
「そう…ですか」
(義賊と聞いていましたけれど…荒んだものですね…)
「次はあんたの質問の番でしょ。こっちは聞きたいことがいっぱいなんだから」
「それでしたら先ほどドーラン一家を知っているかということで質問したはずです」
至極真面目に答えた。私が持ち出した条件だ、私が守らなければ意味がない。
しかし、キロハはおろかハネフも不思議な顔をしている。
「……あ、そう? なら…えぇっと」
なにか動揺させるようなことを言ったのだろうか。皆目見当が付かないが。
「あなたは何をしにここに来たのかしら」
質問を考えていたキロハをよそにハネフがようやく本題を切り出した。
「では、これで一問一答は終わりにしましょう。そうしなければ、時間がありませんから……それと」
「意外に察知されるのが早かったわね」
花の模様がちりばめられた桜色の振袖に似たような服と、小豆色をした袴を纏っている膝あたりまで茶髪が伸びている女性が幼い子に呟く。
「ん~、楽しくなってきたね!?」
そういうと、半袖のシャツに短パンといった動きやすそうな格好をしたその子はピョンピョン飛び跳ねながら前に進んでいく。
「全く、遊びに来たわけじゃありませんよ? わかってますか?」
「は~い。分かってますよ~」
その子はとても楽しそうにはしゃぎながら通路を前進している。
その後を追うような形で女性も歩いている。
恐らくその子は彼女の言ったことをあまり理解していないであろう。
そんなことを彼女は理解している。
「ね~ね~。どっち行くの~?」
前を歩いていた子が彼女に道を尋ねる
そこは突き当たりで、右か左。あるいは来た道を戻るしかなかった。
「あらあら、どうしましょうね」
「こんなときは小枝を拾って倒れた方に進もうよ」
とても楽しそうに彼女に提案する。ほほえましい提案なのだが、そうも言っていられない。なにより
「その小枝はすぐに手に入るかしら?」
「ん~、…ないね…」
今度はとても悲しそうに落胆する。本当に見ていて飽きない子だなと彼女は微笑みながら思った。
「では、私は左に行きましょうか。アレックスは右をお願いね」
「うん。わかった~」
そういい終わる前にアレックス呼ばれた子は右に向かって駆け出していった。
「それと、目標を発見したら連絡しなさい。わかった?」
「わかった~」
彼女が大きな声でアレックスに言うと、アレックスは彼女の方に振り向きながら返事をした。
「侵入者は二名。しかも二手に分かれました」
白は監視カメラの映像を見ながらその場にいる全員に告げる。
「ふむ… 狙いはカナメくんだな」
「私……ですか?」
「あぁ、私の勘…だがね」
そういうとアスは肩をすくめ、カナメを見る。
そこは紫苑軍基地本部――アスの館にある監視室だった。
その場にはソウスケ、カナメ、クオ、ハチワンをはじめとする傭兵隊。そして、アスと輪廻だ。
監視室といわれているが、人が15人ほど寝起きしても余裕があるほどに広い。
「こんな部屋もあるのか」
部屋に入った時にソウスケが何気なく呟く
「一応、私も連邦から狙われる身ではある。これくらいでは少ないくらいだ。もちろん、君たちのプライベートはちゃんと保障されている。そこまで私も外道ではないからね」
館のいたるところには監視カメラが設備されていた。しかし、アスの言うとおり、誰の部屋も監視モニターには移っていなかった。
監視カメラが設置されているのはあくまで廊下と出入り口、また人気のないところだけだった。
「さて、アス。どうする。ここにたどり着かれる前に、二人にお帰り願うか?」
「…二人しかいないということは単なる偵察だろう。それになんであれ、帰すのはあまり利巧ではないな」
アスは二人が移っているモニターを見ながらハチワンと侵入者の動向。そして、どうするかをすばやく決める。
「そうか、じゃあ捕まえる方針で行くか。じゃあ」
「万が一に備え、左のルートを行った者は睦月、及び白と桜花に一任する」
「了解です」
白がいつもの口調で、アスに向かって返事をする。桜花と睦月も無言ながら、しっかりと頷く。
「右のルートの物はハチワンと輪廻。君たちにお願いしたい」
「ハイッ!? 任せてくださいアスナプル様っ!?」
輪廻はとても元気よく、まるで主人に遊んでもらえることを喜んでいる犬のように返事をした。
「……まあ、いいか。しかし、ここは誰が守るんだ?」
「それは、私とソウスケくんで守ろう。大丈夫だろう?」
ハチワンの質問にアスはさも当然といった風にソウスケに聞き返す。
「あぁ、いいぜ。どうせついていっても足手まといにしかならなさそうだからな」
「うむ、ありがとう。ではクオくん…と言ったかな? 白に変わって彼女達の位置を二チームに教えてもらってもいいかな?」
「あ、はい。いいですよ~」
「じゃあ、行ってくるよ」
「あぁ、武運を祈っている。」
そして、二つのチームが部屋を出て各々の拿捕すべき侵入者の下へ分かれていった。
「さて、カナメくん」
「はい?」
「いつでも人数分のお茶を出せる準備をしていてくれないかな?」
「え? いいですけれど?」
カナメはあたりをキョロキョロと見渡す。
「あぁ、すまなかったね。お茶の用意はあちらに、水などはそちらにある。自由に使ってくれて結構だ」
アスが思い出したように言うと、カナメは不思議に思いながらもお茶の準備をし始めた。
「…何を考えてんだ」
「いや、必要になると思っただけだよ。私の勘は昔からよく当たるからね」
アスは怪訝な顔をしているソウスケに苦笑しながら答えた。
「本当に、誰もいませんね」
彼女は廊下をゆっくりと歩く。今まで人一人として出会わなかった。
二手に分かれる必要は無かった。むしろ、二人で行動していた方が良かったかもしれない。
(…もしかしたら、今頃あの子は……)
そう思っていた頃、人の気配を感じた。というのは嘘で、目の前の扉の向こうに人がいるのは確かのようだ。何かに躓く音と声が聞こえた。それをしかる人の声も。
彼女はゆっくりと扉を片方だけ押し開けた。その先には
「…誰もいませんね~」
不思議に思った。もっとも、隠れていることくらいはすぐに分かった。問題は何処に隠れているかだが。
「すみませ~ん、誰かいませんか~ ……おかしいですね、何かに躓く音と声が聞こえたんですけれど」
そう言いながら、入り口付近で部屋を見渡す。しかしそう簡単に出てきてもらっても困るのも確か。
彼女は探すのを諦めて、廊下に出てからゆっくりと扉を閉めた。
つい先ほどまで彼女が開けていた扉の裏にハチワンと輪廻が立っていた。
「…なんで俺たち隠れたんだ」
「だってハチワンさんが隠れろって」
輪廻がハチワンの疑問にすかさず答えを導き出す
「あらあら、別に隠れる必要は無かったんじゃないですか?」
「そうだよなぁ、何で隠れたんだろう…」
「そうですよ、侵入してるのは向こうなんですから、隠れるなら侵入者ですよ」
「あらあら、じゃあ私は隠れなきゃいけませんね」
「普通そうなんだよなぁ………」
ハチワンは下を向きながら何かを考え事をしている。月々を抱えながらそれを見守る輪廻。隠れる場所を探す侵入者。
一瞬、しかし長い沈黙。顔を上げるハチワン。横を向く輪廻。隠れる場所を見つけた侵入者。
「うわぁ、し、侵入者!?」
「な、何でお前がここにいる!?」
「あら、やっと気付いてくれましたか。もぉ、いるなら返事してください、ダメですよ、返事をしないと」
三者三様…とは言いがたい反応が返ってくる。
ハチワンと輪廻は距離をとり、互いの武器を持ちなおし戦闘体制に入る。
そんな二人を気にせず、彼女は袴の少し持ち上げながら優雅にお辞儀をする。
「始めまして。私、ドーラン一家のフェリル・アッシュと申します。以後お見知りおきを」
フェリルはそういうと二人に笑顔を向けた。
二人は突然の事態にポカンとしている。輪廻は何かを思い出したように慌てて直立すると
「紫苑軍所属。輪廻・B・パールと申します」
「あらあら、ご丁寧にどうも」
フェリルは輪廻に向かって微笑みながらまたお辞儀を繰り替えす。輪廻もつられてお辞儀をしてしまう。
それを一部始終見てたハチワンは
(コイツ…間違いなくバカだ…良い意味で)
とか呆れながら思ってたりする。
「で、自己紹介してどうするんだ”侵入者”のフェリルさん」
侵入者を強調しながら ハチワンがフェリルに問いかけると輪廻はまた慌てながら月々を構える。
輪廻の様子を見ていてフェリルの中でユカイな人という情報で認識される。
「いえ、少し探し人がいまして。その人に会わなければいけないんですよ」
「その探してる人って誰?」
「それは秘密です」
人差し指を口の前に立てる。まるで、小さい子供を静かにさせるときに使うように。
「そうか、じゃあここにその探してる人がいない場合はどうするつもりだい」
「それはありえませんから安心してください」
自信たっぷりに言い放つ。ここに目標がいることは明白である。そのために、自分達は長い間待っていたのだから。
「安心は出来ないね。君がドーラン一家ならば尚更ね」
「あらあら。ドーラン一家がハチワンさんに何か悪いことをしましたか?」
ハチワンが含みがある言い方をする。どうやら、 ハチワンはドーラン一家が嫌いなようだ。と解釈したフェリルは思ったことを聞いた。
他人の不幸に興味はないが、今後この名前を使うのはあまりよろしくないかもしれない。何よりフェリル自身、あまり好きな名前ではなかった。
「いや、俺に直接じゃないけれどね、ニュースでやってただろう。地球で女性を大量に誘拐してって話」
「あらあら、そうだったんですか…それは知りませんでした……酷い方たちですね」
「酷いって、君もその一味の一人なんじゃないのか!?」
ハチワンが少し語尾を強めてフェリルに問いただす。
身の潔白を証明しない以上、この二人と戦わなければいけないだろう。
そうなったとしたら、この部屋では狭すぎる。そのため、一つの決断をするしかなかった。
その決断で状況が少しは改善されれば幸いだと思いながらフェリルは喋りだす
「なら、私たちは名を改めましょうか。そうですね……では」
「…私たちは"FAUST"と名乗りましょうか。現在のドーラン一家とは全くもって別組織であるという認識で結構です」
私は、今しがた決めた名前を彼女達に告げる。
「分かったわ。それともう一つ教えて欲しいことがあるのだけれど、いいかしら」
「ええ、一つずつであれば時間の許す限りいくらでも構いませんよ」
「貴方、名前はなんていうの?」
その質問をされるとは思ってはいなかったから少しだけ驚いた。しかし、難しい質問でもないし特に問題もない
「…神威 永久(とわ)と言います」
「そう、永久ちゃんね」
ちゃん付けされて少し嫌な気がする。しかし、彼女達の年齢差から考えれば、仕方ないことだろうか…
「私は」
「さっき銃で私を撃ったのがキロハ。私と会話しているのがハネフ。間違っていますか?」
呼び捨てされたからか、何かを言おうとしたキロハをハネフが制した。さっき銃で撃たれた、ささやかな仕返しと言うことにしておこう。
「それで、永久ちゃんは何処まで教会のことを知っているの?」
「全て…とまでは言いませんが大部分は知っています。もっとも、活動内容はハネフが先ほど言ったとおりですが」
「私たちの知らないことを教えて欲しいんだけれど」
「まず一つ。教会のことについてです」
ゆっくりと、ここにいる全員に分かるようにはっきりと喋る。二度も同じことを説明している時間はない。
後は、彼女達の理解力にかけるしかなかった。
「教会とは、火星連邦の組織に一部でもあります」
室内に同様が走る。しかし、そんなことを気にしている猶予もない。
「火星連邦の組織に一部ってことは、その行動の責任は全て火星連邦にあるってこと?」
キロハが私の次に言おうとしていたことの質問をする。これくらい頭が回るのならば、理解力に問題はなさそうだ。
「いえ、教会は独自に動く独立機関として活動しています。しかし、連邦から依頼という形式の任務があればそれを優先しなければいけませんが」
「…資金援助をしてもらってるって感じなわけね」
「そういうことになります」
キロハはなかなか分かりやすい例えをしてくれる。そのため、周りの者も話についていけているようだ。
「魔術使いについてですが…どこまでわかっていますか?」
「ん~…普通の人とは違って染色体が47本あるってくらい」
「…そうですか」
どうやら、色々と間違えているようだ。しかし、この程度はまだ想定ないだろう。
「……一つ条件があります。それを了承していただかなければ。これ以上は話せません」
「さっきなんでもっていったじゃないの!?」
キロハが明らかな同様な色を見せる。
「いたって簡単です。私たちと協力関係になって欲しいだけです」
「…それだけ?」
「ええ」
「…ちょっとまって」
キロハとハネフがなにやら話している。 彼女達に組織の完全なる決定権がないのは知っている。しかし、彼女達個人ならば、組織はあまり関係はない。もっとも、組織がある以上、組織の規約以上には頼み事は出来ないが。
「いいわ、その条件を飲みましょう」
「ありがとうございます。では、魔術使いについてですが、これは一種の伝染病であるという仮説で私は考えています」
「伝染病?」
ハネフがとある単語をオウム返しのように聞き返す。
「ええ、火星に着てからの伝染病です。けれど、発熱などの症状はありません」
「それが変異して47本目の染色体になるってことね」
キロハが早すぎる結論に達する。しかし、残念ながらその答えは間違っていた。
「残念ながら違います。染色体と今の話は全く持って別です」
「そ、そうなの」
少し恥ずかしそうな感じで呟くキロハをクスクス笑っているハネフを見ていて、この二人は仲がいいんだなと漠然と思う。そんな二人を見ながら私は話を続ける。
「今から話す事は全て私の勝手な仮説で科学的根拠もありません。それを十分に覚えておいてください。伝染病の病原菌は地球にいた頃もあったと仮定されます。これは地球にいた頃も魔術使いが数名いたという文献に基づいての仮定です。それが火星に移住してから急に魔術を使える人種が増えました。それは火星には地球より強力な病原菌が飛散していたと考えられます。そして、その病原菌に対する抵抗力の弱い人間は感染し、魔術が使えるようになってしまう。私はそう考えてます。それと、魔術使いがどうやって魔術を使っているかは、一部特殊な人もいますが、この施設と殆ど同じといっても過言ではありません。以上で何か質問はありますか」
管制室を見回すが、質問はないようだ。あるいは
(理解できていないか…)
「なら、あの47本目の染色体は何なの?」
ハネフが私の心配をよそに染色体について質問をしてくる。どうやら彼女はしっかりと理解できているようだ。
「それは教会が作り出した変態生物と呼ばれるものに見られる傾向です」
「作った? 何を」
「さっき言ったとおり、生き物を…です」
「…なら、その。この染色体を持ってる人間っていうのは」
「教会で作ったモノなんでしょうね」
私の言葉に彼女達は凍りつく。人体実験は禁止されている。彼女達の反応は仕方ないものだ。
(これは、もうしばらく時間がかかりそうですね…)
漠然とそう思う。思っていたよりも時間をかけている。彼女達が無事に任務をこなしていれば何も心配はないのだが。
扉を開ける。そこには窓すらもないガランとした空間が広がっていた。
「おぉ~……やっほ~!?」
意味もなく大きな声を出す。山彦の様に声が反射してくる。それが楽しいのか。アレックスは声を上げながら部屋の中央を横切る。
不意に上を向く。何かが落下してくる。その物体の向こうには眩い光を放つ照明が取り付けられており、ナニかを判別するのは難しい。
このままでは危ないので避けようと体を動かそうとする。
のが普通の人。アレックスはそれを受け止めようとした。まるでそれをボールか何かと勘違いしているかのような感じで。
「……デジョン・スラッシャー」
ソレが急に動き、アレックスの近くに着地する。しかし、すぐにアレックスから離れていった。
アレックスは何が起きたか認識していない。アレックスの体は浮き、切れ目に吸い寄せられる。
「お、おぉぉぉぉぉ!? これおもしろぉぉぉい」
アレックスは身の危険よりも楽しさを優先していた。しかし、彼は何もすることなくその切れ目は消えていった。
当然アレックスは地面に落ちた。しかしそれすらも楽しそうに立ち上がりながら降って来たソレに視線を向けた。
ソレはすごく驚いた顔をした少女――睦月だった。しかしそれも一瞬で、睦月はすぐに剣を構えなおした。その剣は少女が持つには不釣合いで、巨大な剣だった。
しかし、その剣はアレックスの興味を引くには十分で。さっきの出来ことはすっかり忘れたようだった。
「ね、ね。その剣ちょっと貸して!?」
「…これは、ダメ。それに…遊んでるわけじゃない……」
「ん? 遊んでくれてるわけじゃないんだ…なぁんだ…」
アレックスは睦月に興味をなくしたように明らかな落胆の色を見せながらトボトボ歩いていた。
睦月が進むのを阻止しようと、剣を構える。それと同時に、何かを思い出したように急に睦月の方に振り向いた。
「あ、そうだった。自己紹介しないとね。えっと。どうらんいっかのウヅキ・アレックス。よろしくね」
そういうと、アレックスは笑顔で睦月に手を差し伸べた。睦月が手をとろうか迷っているとアレックスは何かを呻きながらゆっくりと頭を右に左にと傾けていた。先ほどのことといい、何をしているのか睦月にはアレックスが理解出来なかった。
「…ごめんなさい。嘘つきました」
アレックスはそう言いながら勢いよく頭を下げる、言い終わると同じような勢いで頭を上げた。そこには、大剣を振りかぶる睦月の姿があった
「…おりょ?」
アレックスは睦月が何をしているか理解するより先に、後ろに飛び去っていた。
睦月はさっきまでアレックスがいた空間を大剣で遠慮なく横薙ぎをする。
「…不意打ちはヒキョーだよ!?」
「……不意打ちじゃない……戦術的奇襲…」
アレックスは怒ったような口調で睦月に話しかける。それを睦月は気にしたのか言い訳とも取れない事を口走る。
「そ~なのか~、せんじゅちゅてきなんちゃらならしょうがないね」
ちなみに、アレックスは戦術的奇襲が何なのか全く理解していない。
「あ、そうだ言い忘れてた。どうらんいっかじゃなくて、ふぁうすと? って名乗らなきゃいけないらしいよ」
「……」
「あ、ね~ね~。君の名前はなんていうの?」
アレックスが無邪気に睦月の名前を聞いてくる。睦月はどうしようかと考えた。が、教えたところで特に何もないだろうという考えに達した。
「…睦月」
「むつきか~。よろしくねっ」
そういうとアレックスは満面の笑顔を睦月に向けた。睦月は、この変なアレックスの相手をするのを嫌になってきた。
「もっとも、あくまで例外がいることも忘れないでください」
変態生物についての説明を簡単に終えた。恐らく、理解しているのはキロハとハネフだけであろう。
「さて、私は行くところがあるのでここで失礼いたします。もうよろしいですね?」
「えぇ、ありがとう。おかげで教会についての知識も増えたし…」
キロハが少し疲れたような顔をしながら謝礼の言葉を述べる。
その言葉を聴いてから踵を返し、歩こうとした。
「なんで……いや、すごく今更なんだけれど、何で永久ちゃんは教会にそんなに詳しいのかな?」
ハネフが急に私の事について聞いてくる。それは、いずれ聞かれるであろう疑問であった。
「以前、教会にいたからです」
何気なく当たり前のように答える。さすがに驚いているような顔をしている。
「…じゃあ、なんで教会を抜けたの?」
「元は本が読みたかっただけでしたのですが、全て読み終えましたので」
「そう。…永久ちゃんの目的は何なの?」
「とりあえずは、教会にいる姉と仲直りをするつもりです。出来ればですけれど」
質問をするハネフが少しだけぎこちない気がした。本人も気付いていないだろう。
「そういえば。教会の変態生物については私は関係ありませんのでそこまで気にしなくてもいいと思いますよ。あくまで知的探究心で論文を読んだだけですから。もっとも、気にするなといわれる方が無理かもしれませんけれど」
とりあえず、それだけでも伝えておかなければならない。今後の有事のときに面倒があっても困る。
今度こそ彼女達の元に行こうと思った。しかし、一つだけ気になることを思い出した。
「そういえば、ひとつ聞いてもいいですか?」
「え? えぇ、いいわよ」
「以前、一度だけ先ほどの魔術師二人を撃退したと聞いています。どうやって撃退したんですか?」
それが一番の疑問だった。基地を吹き飛ばすほどの魔術を使える魔術使いを、どうやって撃退したのかを。
「それは、これで依頼したから」
キロハが何の変哲もないノートを見せ付けるようにひらひらと振る。
そのノートを見た瞬間。疑問が解決した。そして、これからやろうとしている事が楽になりそうな感じもした。
新しい組織名も伝えた。身の潔白を証明したつもりであった。
けれど結局戦う羽目になってしまった。かといって、戦わせるには狭すぎる…
「ですから、私は探し人に合わせてもらえればそれで結構なんです」
身を隠しつつ、先ほどから同じ言葉を繰り返す。しかし、二人はあまり聞く耳を持たずに攻撃をしてくる。
正確にはハチワンが銃で撃っているだけだが。輪廻は、先ほどハチワンに射線上には入るなら動くなといわれてハチワンの近くで落ち込んでいた。
「俺は雇い主でもあるヤツから君たちを拿捕しろっていわれたからな。ノコノコ連れて帰っても拿捕とはいわないだろう」
そう命令されたらしょうがないのだろうか。かといって捕まる訳にもいかない。
捕まったらちゃんと会わせてもらえるかも分からない。
(しかし、『月』に恋焦がれて作られた『月々』ですかね、あれは……本物なんでしょうか)
ハチワンの近くから一歩も動こうとしない輪廻が持っている大鎌を見ながらそう思う。
一度だけでも持たせてもらえれば本物かどうか分かるが、それは難しいだろう。なんにせよ、彼女が興味を示しそうでもある。
《…フェリル 今大丈夫ですか?》
いきなり頭に聞きなれた声が直接語りかける。それは先ほどまで考えていた彼女の声であった。
「えぇ、大丈夫ですよ。少しお待ちください」
つい独り言のように話してしまう。ハチワン達から見れば大きな独り言なのだが。
「すみません。ハチワンさん。しばらく発砲をやめていただけませんか? 流れ弾が彼女に当たると色々厄介ですので」
フェリルは隠れるのをやめゆっくりと立ち上がる。
彼女といわれ、ハチワンは眼だけで近くにいる輪廻を見る。しかし輪廻は全く動こうとはしてない。動くなとは言ったが、ここまで動かないとなると、やはり馬鹿なのだろうか。それとも命令に忠実なのかを考えてしまう。
そう考えている間、ハチワンは発砲をやめていた。それはハチワン本人も気付かないほどの間。
「……輪廻の心配なら大丈夫だろう。動かないし」
「いえ、彼女ではありませんので。それと、発砲をやめていただいてありがとうございます」
フェリルはハチワンに笑顔を向け、軽く頭を下げる。そして、言葉を紡ぐ
『繋の門(サモンゲート)』
フェリルの横の空間が歪む。
突如として扉が現れる。その扉は蝶番を軋ませながら開いていく。
開かれた扉の先は何も見えなかった。しかし、何かいるのは感じられた。
フェリルは扉の前に立ち手を伸ばす。まるで誰かをエスコートするかのように。
その手を握る小さな手が現れ、足が現れ、ゆっくりと前に歩く。
フェリルが手を握っていたのは、先ほどまでニーベルング・リングにいたはずの永久だった。
「ありがとう。フェリル」
「そちらもお疲れ様でした」
笑顔で永久を迎えるフェリルと、ハチワンたちを見ながらの永久が言葉を交わす。
「…目標は」
「残念ながら、まだなんですよ…」
「そうですか。結構遅れていますね」
永久は右手で髪をいじりながら少し考え事をするように呟く。さほど怒った様子はない。
「おい、ちょっと待てよ…」
不意にハチワンが口を開く。その声はどこか震えているようでもあった。まるで、在りえないモノを見たかのように。
「彼は?」
「ハチワンさんという面白いお方です」
永久の質問に、フェリルが手短に大体あっていることを告げる。
「…さっき使った魔術は一体何だ!?」
「ワープ、みたいな感じですよ?」
ハチワンはフェリルの言っている事を理解できなかった。
例え魔法を使おうが、この世界において乗り物を使わずにワープなどは不可能だった。
それは、いくつかの要因のせいなのだが、それはまた別のお話。
睦月の体が青白く光りだす。このよくわからないアレックスを殺さない程度に痛めつけて捕まえようと。
これ以上話していても睦月のペースを崩されるだけでもあり、それがアレックスの作戦かもしれない。と言う結論に睦月は達した。
駆け出そうとした、その時。
突如として光を放つ謎の球体が現れた。耳鳴りのような音が部屋に響き渡り、光を放っていた球体は、帯状に解れていく。
睦月は何が起きているか分からなかった。しかし、アレックスが何かしたのだろう思い、それを切ろうと考えた。
球体が段々とその形を失い、やがて完全に消滅すると、そこには若い男とその男に抱きついている少女がいた。
「空間跳躍完了です」
「あぁ、ごくろ、ん?」
「…コズミック・スラッシャー」
若い男が少女に労いの言葉を言い終わる前に何かに気付き前を向く。そこには恐ろしいほどの速度で睦月が若い男達に向かって突っ込んでいた。
素早さも加わった恐ろしいほどの斬撃は二人の体を一撃で真っ二つに…
しなかった。
間一髪のところで男が少女を抱えて後ろに飛び去っていた。
「不意打ちか? 卑怯だな。大丈夫か、ノエル」
「…はい」
ノエルと呼ばれた少女は男に短く答える。しかし、視線は目の前の睦月に向けられたままだった。
「…不意打ち…じゃない、先手必勝」
どうやら睦月は不意打ちといわれるのがあまりスキじゃないようだった。
後ろに飛び去った男は、後ろにアレックスがいるとは思ってもいなかった。
故に。アレックスに男が思いっきりぶつかり倒れる。もちろんアレックスが。
「おや?」
何かの衝撃を受け、男は後ろを振り向く。そこには尻餅をついて、眼をぱちくりさせているアレックスの姿があった。
「…あ」
「おや、君は」
「ウルユスだ~っ!?」
二人がアレックスを認識するより先に、アレックスがウルユスと呼んだ男に飛びついていた。
「あぁ…これは厄介な子に見付かった……」
ウルユスと呼ばれた男は複雑な顔をしながらアレックスを受け止める、それを見てノエルがとても複雑そうな顔をした。
その光景を見ていた睦月は、完全に取り残されていた。いや、正確にはその三人に注意すら向けられていなかった。
そして、改めて思う。アレックスが苦手だとタイプ…
「睦月ちゃん」
後ろからようやく追いついてきた白の声が聞こえた。
振り返ると、そこには桜花におんぶされてすごく複雑そうな表情をした白の姿があった。
恐らく、桜花がおぶったほうが早かったことに少しだけショックを受けているのかもしれない。
「…アスさんが、その侵入者達を連れてきてくれって」
「どういうつもりだ。アス!?」
かなりご機嫌ななめのハチワンがとある一室に入るなりいきなりアスに怒鳴るように言う。
「彼女達は敵ではないよ。それに、こちらから手を出さない限り攻撃はしてこない。少しは落ち着いたらどうだ? カナメくん達がおびえているじゃないか。それにハチワン…」
アスは冷静にカナメが入れたばかりの紅茶を飲み、ハチワンにしか聞こえない声で何かを告げる。
「…あぁ、わかった」
ハチワンが勢いよく椅子に座る。それを見てアスは少し安堵したような表情になる。
ハチワンが怒るのも無理はない。先ほどまで戦って(?)いた侵入者をいきなり丁重に部屋に連れてこいなど言われれば、戸惑いもする。
その場にいたのは監視室に残っていたメンバーとハチワン、輪廻。そして永久とフェリルだった。
永久はさも当然といった様子で椅子に座り、フェリルはカナメと一緒に紅茶をみなに配っていた。
そこへ、睦月と桜花、白、アレックス、ウルユスとノエルが部屋に入ってきた。
部屋に入った瞬間アレックスが感嘆の声を漏らす。それは、頭上にあるシャンデリアに興味を示したからである。
永久は椅子から立ち上がり、ウルユスに向かって軽く会釈をする。
「…お久しぶりですね。ウルユス」
「そうだな、永久。まさか君から呼ばれるとは思わなかったよ」
そういいながら永久の横にウルユスは座る。
「えぇ。いつか呼ばなければと思っていましたけれど、方法がありませんでしたから。偶然、連絡手段を見つけたもので。迷惑でしたか?」
「いや、仕事がなければ暇なだから構わない」
苦笑いなのか、微笑んでるのかわからない表情をしながらウルユスは永久に言う。
永久は特に表情を変えず、何かを考えているように眼を閉じていた。
「あら、ノエルちゃん。お久しぶり」
「…お久しぶり…です」
さりげなくウルユスの隣に座ったノエルに、フェリルは笑顔で話しかけると、ノエルは少し恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
それで満足したのか、フェリルは永久の右後ろに立った。
「さて、みんな揃ったようだね。あぁ、椅子にかけてくれて結構だよ」
アスがフェリルに向けてそういう、しかし、フェリルは動こうとはしなかった。
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は結構ですので」
「そうか、では本題に入ろうか。私の名は鮫・アスナプル。紫苑軍総裁だ。ここにいるのはハチワン、輪廻、睦月、白、桜花、クオ、ソウスケ、そしてカナメだ」
アスがその場にいる仲間の名前を順に挙げていく。
「なるほど、貴方がカナメですか…」
永久はカナメの事をとても興味深そうにみる。まるで何かを確かめるかのように。
「…私は"FAUST"の神威 永久と申します。後ろに立っているのがフェリル。横に座っている子がアレックスです。そして、彼らは」
「ウルユスとノエル、だ」
三人が簡潔な自己と仲間の紹介をすませる。
「失礼ですが、紫苑軍は何処まで教会の事をご存知でしょうか?」
「火星連邦と繋がりがあるという程度だ」
永久がいきなりそんな質問をする。しかし、その質問を既にされることが分かっていたかのようにアスは答えた。
その答えに、永久はいくらか安堵したような表情を見せる。
「そうですか。それは良かったです。2回も説明するなど面倒なので(筆者が)。では私達と協力関係になってはいただけませんか? そちらが火星連邦に攻撃を仕掛ける場合、私達も可能な限りそれを手伝いましょう。無理にとは言いませんが、その逆の場合はご協力お願いします」
お互いまるで話してもいないのに永久がそんなことを言い出す。それをアスは深く考えた様子もなく。
「あぁ、お願いしよう」
「ありがとうござます」
まるで、その言葉を待っていたかのようにそう告げる。永久もそういわれること以外考えてなかったかのように感謝の意を告げると、目の前の紅茶を口に含んだ。
しばらくの間沈黙が場を制す。
「おい、そんなに簡単に決めていいのかよ」
ソウスケがこの場にいる全員に代わってアスに質問をする。
「あぁ、いいのだよ」
そういうと、アスは紅茶を一口飲んだ。
とある航空国防軍基地内部、格納庫。
そこに、巨大な鉄の塊があった。それは超攻撃型空中機動母艦『ラピュータ』
本来なら、まだ測定しなければいけない数値があるのだが、それらは全て実戦で測定すれば言いということで、1機だけ配備された。
そこへ、眼鏡をかけた一人の男が入り込む。その男は胸ポケットに拳銃をしまわれていた。
「もう帰るのかね。夕食でも一緒にどうだ」
アスが私たちに向かってそういう。私が時計をみると、既に20時をになっていた。
思いのほか時間がかかっていたようだ。
「とても魅力的なお誘いですが、あいにくまだやらなければいけないことがありますので」
「そうか、それは残念だ」
アレックスとアスが残念そうな顔をする。しかし、食事に何か盛られていても困る。ないとは思うが、ありえなくはない。
それに、今後のことについて考えなければならない。
「何かあれば連絡ください。では失礼します」
そういうと、私達はアスの館を背に歩いてゆく。
「さて、ウルユス」
「なんだ、永久」
私はウルユスの顔を見ずにそのまま歩く。ウルユスは顔を少しこちらに向けながら話している。
「貴方にも、少しだけ協力をお願いするかもしれません。もちろん、報酬もそれなりに支払うつもりです」
「構わないが、どうやって連絡を取るんだ」
「そうですね……キロハに頼んでノートを貸してもらうとしましょう」
「なるほど、分かった。ちゃんと分かりやすいように書いてくれ。どっちの依頼かわからなくならないように」
私もウルユスも、特に表情を変えずに話しあう。
そして、私達は人のいないところで立ち止まる。
「では、またいずれ会いましょう」
「あぁ」
ノエルがウルユスの手を握り、次元間跳躍の準備を始める
「あ、そうだ」
フェリルがいきなり声を上げる。何かを思い出したようにノエルに駆け寄っていく。
「ノエルちゃん。空間跳躍教えてくれてありがとうね」
ノエルと同じ目線でフェリルが満面の笑みでノエルの頭を撫でる。ノエルはそれが恥ずかしいのか、顔を赤くしながら俯いた。
それで満足したのか、フェリルは頭から手を離し立ち上がろうとする。
「……ゃ」
「ん? どうしたの?」
ノエルがフェリルに向かって何かを呟く。フェリルは立つのをやめ、ノエルが次の言葉を喋るまで待った。
「……おいしい…紅茶の淹れ方……を…おしえて…」
「えぇ、いいわよ。じゃあ、指きり」
そういってフェリルとノエルは指切りをする。
フェリルはノエルたちと離れ、私達の元へ帰ってくる。
フェリルは何が嬉しいのかずっとニコニコしていた。
しばらくして、ウルユスたちは複雑な球状の紋章に包まれ、消えていった。
「さて、私達も帰りましょうか。アックスも眠そうですし」
「ねむくなんかないよ~、めがあかないだけだよ~」
アレックスはとても眠そうにそう呟く。フェリルが既に準備を終わらせていたようで、アレックスをおんぶした。
目の前の扉をくぐり、いつもの部屋に戻ってくる。
「さて、ご飯にしましょうか」
私はフェリルにそう告げる。
「はい、すぐに支度しますから少しお待ちください。準備が出来次第、呼びますので」
フェリルはそういうと、アレックスを寝室に運ぶために部屋を出て行った。
残されたのは私と、大量の本。
(しかし、思いのほか彼女達は役に立ちそうですね)
そんなことを考えながら私は椅子に座り、読みかけの本を再び読み始めた。
「これが、ラピュータの力……素晴らしい……」
眼鏡をかけた男がラピュータの操縦席で呟く。
本来ならば、アウルの動く城だけで十分なのだが、このラピュータに配備されていると聞き、あわよくば一緒にと考えていたが。
「これも持ち帰れば、今までの失敗も帳消しだろう……フフ…アハハハ」
男は独り言を呟き、笑いながらラピュータを起動する。
たった一人の人間に、ラピュータとアウルが盗まれたという報道が世に出回るのは、この少し後の出来事。
最終更新:2009年04月06日 02:17