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ペーパークラフト系架空バスの出てくるだいぶ前から架空鉄道より派生した架空バスが存在していた。

日本架空鉄道協会の時代

架空鉄道に少し遅れる形で架空バスサイトは増えていった。
当時の架空鉄道は考証や再現などという物よりは、想像を形にするという物やそこに存在すると記述する物が多かった。
あくまでも鉄道事業の付属という形の物が多く、鉄道ほどの記述が見られる物は少なかった。
ほとんどが「野川電鉄」のバス塗り絵を使った物だった。
当時は「バス事業もやっている」という記号的意味合いが強かったのだ。

線路は続くよどこまでも・・・

架空鉄道はただ記述するだけから、考証を加えることや、様々な方法で語ることを始めるようになる。
その結果様々な切り口の架空鉄道が生まれることになった。
バスの方はかなり数少ないものの、路線についてしっかり記述されたサイトなども架鉄手法によって生まれている。