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「……ねえ、旬香?」
 村井が言った。私は村井の方を向くと、答えた。
「何?ユッキー」
 村井は綺麗な黒い髪を整えると、眼鏡をなおした。言いにくそうな顔をした後、咳払いをして、言った。
「人の庭でその、て、テントとかさ、張るのやめて……くれる?」
「え?ダメなの?こんなに広いのに!」
 私は手を広げて村井家の庭の広さを表した。広すぎ、この庭。学校建てれそう。なに?この家考えた人。脳みそついてるの?アホじゃないの?
「……い、家の中……でね?」
「エエッ?ユッキーの家って、家の中でテント建てて良いの?スゲー!」
 村井は苦笑いをする。
「……いや、そうじゃなくって……家の中で、暮らすって言う……ことなんだけど」
「一週間以上も寝泊まりさせてもらったんだから、もう充分デスヨッ」
 私はテントの杭を打ちながら親指を立てて見せた。村井はいっそう苦笑いが増す。
「……そ、そっちの方が迷惑だから……ね?」
「ええ?そうなの?」
「……うん」
 村井は私を純粋な子供を見るような目で見ている。まるで「こいつは三歳児」と言い聞かせているようだ。むう、その視線は痛い。痛すぎる。
 私は深々と刺さった杭を雑草でも抜くかのようにひょいひょい、と抜くと、テントを折り畳んで、専用のバッグになおした。
「よし、じゃあ、上がりますか」
 私は図々しくも堂々としながら家の中に入った。
「おい、雪那、いるのかい?」
 遠くの方から、老いた男の声がした。相当年齢はいってるだろう。
「ウギョエッ」
 ユッキーはあの、「つめたい、けど、それがイイ」と男子の間で騒がれている氷の女王(男子達がつかう村井への俗称)の発する声なのか?『ウギョエッ』っていった!いった。絶対今言った。間違いない。神に誓って。あの氷の女王様が、あ、あの女王様が『ウギョエッ』と言った!
「こっちにいるのか?おや?友達かね?」
 そこには髪の毛全体が殆ど白髪で、髭も随分と長く蓄えられた老人がいた。
「そ、そうなの。おじいちゃん。か、彼女、宝生旬香って言うのよ。ちょっと、家が全焼しちゃって、止めてあげることになったの」
「へえ。そうかい」
 村井のおじいちゃんは顎を撫でながら言った。その瞳は私の目を明確に掴むと、捕らえてはなさなかった。
「私は村井平幸という。いちおう、村井研究所の創設者。しかし今はタダのお荷物」
 平幸はニヤッと笑って、付け加えた。
「笑うところだぞ?」
「……初めまして。宝生旬香……と、いいます。えっと、お孫さんには……えっと、その」
 平幸はまたにやりと笑う。
「私のような仕事をしているとな?アームヘッド乗りに見込みのある人間とそうでない人間が……わかる」
 平幸は人差し指を出し、私の右目にゆっくりと近づけたゆっくりと指は近づいてきた。
「君に才能はないが……きっと、嫌、もうすぐ君の予期せぬ出来事が起こるはずだよ。そして、私にも」
 平幸は私の真横を通ろうとした瞬間、ささやいた。小さな、けれども威圧的な声で。
「オーディンに選ばれたんだね?」
 私の背筋はぞっと凍るような感覚がした。
「旬香?」
 平幸が去った後も、この、凍るような感覚はぬぐえなかった。恐怖に、私が……?
「……ああ、ウン、大丈夫……」
 言いかけた瞬間、チャイムが鳴った。
「あ、ちょっと出てくるね」
「うん」
 私は、背後にはまた、いないはずの平幸の気配があった。
「……」
 振り返って、いないだろう。やっぱりな。疲れているんだ。と再認識しよう。と思い、振り返った。
 しかし、そこには平幸でも何でもなく、童顔の女性だった。
「……!」