折り合い


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注:支援の庭特有の記事


モンスターハンターを楽しむ人にとって、すべてのことは単なる遊びにすぎません。
楽しいということは絶対の正義になりうるけれど、こんなものが正義になるからこそ、
他人との折り合いはいつも深刻な問題を提出します。
遊びに過ぎないということは、絶対と言えるような価値基準が立たないということ。
自分がつくる世界だ、ということでもあります。だから、何が正しい(楽しい)ことで
何が悪い(つまらない)ことかも人それぞれでしょう。

その中の少数派というのは、言い方は良くないかもしれませんが
「迫害」にあうこともあります。というのは、他の人にとって「悪」であることを
「正」であるかのように語る人は、どこにいてもそういうことになるからです。

しかし、そうした正邪の別も、遊びの世界であるから、絶対のものではないのです。
そうすると、だいたい変な遊び方をする人というのは問題を起こしがちですが
それが認められることもあるのか、というと、これがあるんです。
そのために最低限必要なのが、その楽しみ方に関するこだわりと熱意、
そして他人にそれを伝えられることだと思われます。

たとえば支援が楽しいといっても、「攻撃することが貢献すること」だと
思っている人にとって、支援手は「遊んでいる」ことになります。
そして支援専門の人というのは探してもそう多くいるわけではないので
知っている人にはこういう人が不思議ではないとしても
知らない人からすれば単なる地雷になってしまうのです。

ここで重要なのは支援が地雷かどうかではありません。
自分のやっていることが他人に理解されるかどうかです。
これは自分の遊び方にこだわりを持っている人にとってはより重要だと思います。
このページを立ち上げたときに願ったのはここに載せている技術論が
誰かの役に立ち、参考になればそれでということでしたが
なにぶん私が歩んだ道もなかなか表舞台というよりは裏道をずっときたような
ものなので、説明もなしに敵を回復弾で巻き込めばそれは
「お前は何をやっているんだ」ということになります。筆者でさえそういうことがあったのですから。

これが支援のような「一応正の方向を向いているもの」であればともかく、
「クエ嫌い」だとか「裸族」だとか「一見非効率に見えるもの」については
より一層どうしてそういうことになったのかということについて
説明が必要になるでしょう。さもなければ、「よそでやってくれ」ということに
なりかねません。ときには、強くも無いが弱くもない、そうしたものでさえ
拒絶されることがあるんです。
その人にわかってもらいたいと思うのであれば、時に引っ込めることも
考えられるでしょうが、それ以上に語ってわかってもらおうとすること、
「それが自分にとって楽しいと思うために大切なファクターである」というアピールが
なかったら溝を生む結果以外にはならないんです。

人と一緒にやるので、相手が10楽しいときに
自分が1楽しいというのでさえ、それが双方にとっての障害になりかねません。
よって、熱意をもってやることと、
相手にわたりをつけることは、何より大切になることでしょう。
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