心理学研究Ⅲ 批判的査読


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<批判対象とする論文の概要に含める内容>



<批判対象とする箇所>

  • 予想される結果 
(2)“‘架空の他者’(‘Mさん’)を主語にして文を作成する”条件では,ネガティブな気分の群では最初から気分不一致の効果が見られ
   →最初からどこまでか記入されていない。結果に合わせて著者が仮説を都合の良いように書き直したのでは?

  • ムード操作
    ★「ホタルの墓」と「ダンボ」のビデオによる気分の操作
     →より直接的に自分自身と重ねやすい“私”を用いていても、ビデオの内容が自分と重ねにくいものであったら意味がないのではないか?

  • 方法   選択肢の単語を用いて文章を作成させ、使用されたポジティブ語(P)とネガティブ語(N)の得点化
    ★ex. 親しい(P,+1) 友達が(P,+1) はなれていく(N,=1)
     →ネガティブな文章なのにポジティブな文章(+1)として処理されるのには問題があるのではないか?自由記述をさせて、複数の人でポジティブな文章なのかネガティブな文章なのか判断を行い、一致率の高いもの(たとえば80%以上)で見ることはできないか 

  • 方法
   選択肢の重複使用は不可
    →いったいなぜか。その必要性がわからない。

  • 結果および考察
   〔主語=私〕条件についての分析のところから引用
   さらに第一文で、統制群と比較してネガティブな気分の群で、ポジティブな選択肢よりもネガティブな選択肢がより多く使用されたことも、ネガティブな気分の群についての予想を裏付ける傍証であるといえる。
    →上記の「ネガティブな気分の群についての予想」というのは「最初は気分一致、次に気分不一致の効果が見られる」のことを指していると思われるが、ポジティブ得点の結果からはそのように分析できない。なのに結果を部分的に取り上げて、それが「ネガティブな気分の群についての予想を裏付ける傍証」というのはその仮説に合わせようとこじつけているようで、仮説の証明の材料にはなりえない気がする。

  • 「書く」と「記憶」の実験の違いが明確でない。

  • 筆者は「私」を主語とする場合はSedikidesの研究と同様の結果が得られ、「他者」を主語とした場合、Parrot&Sabiniの研究と同様に気分不一致効果が見られると予想しているが、Parrot&Sabiniの研究は「私」を主語としているため、比較するのはおかしい。