3.04・大庭君を殺した者は誰か


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大庭君を殺した者は誰か
 廿一日であつたか、廿二日であつたか少々頭の工合が悪いので、風を引いた事にして夜早く八時頃から寝てゐると、何時頃であつたか『東京日日』より『今大庭柯公氏が露国で殺されたといふ電報があつたが事実だらうか。』といふ電話があつた。安眠して頭を取返さうといふ計画がフイになつて、其の夜はとうとう昻奮して眠られなんだ。出発の際見送つたは僕一人であつたこと、大庭君が何となく淋し相に見えた事、遺言めいた伝言があつたこと、など順々と思ひ出された。ドーセ露国電報であらうとは思つても、一度言つて置き度い言つて置き度いと思ひながら、今暫く暫くで、つい遠慮してコンナ事がある迄言はなんで口惜しかつた事が、僕を極度に昻奮させた。
 僕はエライ人でもなし、干からびた人間でもないから、知らないレーニンが二度や三度殺られても、ヨツフエが一人や二人殺されてもビツクともしないが、知つてる堺君が刺されたの、大庭君が殺されたのと聞けば、シヨツクもする、腹も立つ。大庭君が軍事探偵であり、怪しい人間であると思ふなら格別だが、若しさうでないと信じてるならモツト早くに何とか方法があつたと思ふ。露西亜人はエライに相違あるまいが、日本人だつて家来許りぢやない。何もロシア人の鼻息を伺ふ必要がないとしたら、久しく牢屋に打込まれてる間に何んとか抗議、救ひ出しの方法が無かつた筈がない。ロシアの飢民も、ルールの占領も大事件に相違ないから、抗議も電報も救済も示威運動も差支あるまいが、ナゼ同志だ、仲間だ、同盟だ、子がある、妻があるといふ大庭君の保証位が恐いだらう。抗議も保証も役立たぬといふなら報復手段の方法はいくらもある。対等なら報復手段の採れない筈がない。片山君なら判らない、仕方がない、筋が違ふで通らうが。
 北村君の病気ですら、正進会が思想団体になつたり、アナーキズムになつたり、労働者が無智になつたり、自由が乱暴になつたりして了はなければ辻褄が合はなくなる。況んや、マサカ帰られなくする程の勇気も恐気もない事であるから、若し大庭君が無事で帰つたらどんな事になるだらう。結局知識階級出の者も矢張り駄目だといふ事にする外はあるまい。其時、今更チヤホヤしても、歓迎しても人の口には戸が立てられるものでない。
 コンナ事が判らない訳がないのに、コンナ事になつたのは、蓋し大庭君を怪しいと思つたからではない。ドーにも仕様が無かつたのでもない。少しも考へ及ばなんだからでもない。先方には全く頭が上がらなかつたからでもない。全く同情も人情もなかつたからでもない。僕はどうしてもコレは味方ではないものは、之れを敵と視る秘法の罪であると思ふ。其味方を極狭くして、敵を余りに語らなく恐がつた戦法の罰であると思ふ。要するに仲間喧嘩のせいであると思ふ。春秋の筆法はイザ知らず、夏冬の論法を以てしても大庭君を殺した者は誰であらうか。(十二、二、廿五)
<山崎今朝弥著、山崎伯爵創作集に収録>
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