3.03・露国討つ可し、日本べからず・露国飢饉救済金募集趣旨書

露国討つ可し、日本べからず

露国飢饉救済金募集趣旨書
 露西亜はいま未曾有の大飢饉に見舞はれて居る。豊僥なボルガ河畔の耕地は昨年の収穫期に一物をも産しなかつた。而して其地方の二千六百萬の住民が飢餓に曝されて居る。或者は木の根や雑草を食つて露命を繋ぎ、或者は麦藁や粘土を囓つて空腹を満して居る。否、それすら今は尽き果てて、全く絶望の裡に悶え死ぬもの数を知らぬ。死屍途にみちて葬る術もなく、萎びたる母の乳房に空しく乳を求めて泣く幼児は、狂へる母の手からボルガの懐に投ぜられて居る。而も最も痛ましいことは、一千萬の子供が餓死に瀕して居ることである。何といふ凄惨な物語であらう。之が人類史上空前の悲劇でなくて何であらう。
 それは然しゆ飢る人の罪であらうか?否、断じて否。労農政府の秕政の結果であるといふ憶説は信を措くに足らぬ。主因は天災である。来る月も、来る月も一滴の雨も降らず、早魃は雑草まで焼き尽した。此の外に露西亜が列国の封鎖の中にあつて、外国の物資を仰ぐことが出来なかつたのも、亦重大なる一因である。
 兎もあれ救ひは一刻を争ふ。飢えたる人々を救ふ-それは唯純人道上の立場から遅疑なく、無条件に為さるべき事である。救が世界に求められて、今や文明国といふ文明国は挙つて飢えたる露西亜の為め、或は醵金し、或は物資を供し、或は人を派して救済に協力して居る。而して日本は如何? 今日になつて救済の事が漸く世人の口に上つたに過ぎぬ。由来日本人は正義の民であると誇称する。人道の味方であると自任する。然り而して飢えたる人の為めパンの一片を割愛することを知らないであらうか。果して然らば正義は咽び、人道は泣かう。然し日本人は非人情ではない筈である。
 されば敢て正義と人道の名に於て吾が君子君法曹界の諸賢に訴ふることを許せ。我等は道徳的に飽く迄強くありたい。我等は正しき事の為に、而して人類の福祉の為に率先し、且最後まで奮闘する意気と情熱の持主でありたい。吾人はそが正義であり、善であり、人情美であるの故を以て諸賢の賛同を得ることを信じて疑はぬ。額の大小の如き、元より問ふ所でない。吾人随所救済金募集の企てらるるを見て、茲に法曹界の諸賢に訴ふ。諸賢の同情の結晶が、一刻も早く又、一銭でも多く、遠隔の罹災者の上に潤はんこと、之れが吾人の切なる願望である。而して同情金は全部、米国若くは英国の法曹主催、露国飢饉救済会に委託し、寄附金の受領は賛成新聞紙上の報告を以て之れに代へる。
          発企人
<山崎今朝弥著、山崎伯爵創作集に収録>
最終更新:2009年11月12日 00:06
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