法律逆用の意義と実例


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法律逆用の意義と実例
 法律の逆用といふ文字元来の意味はどういふ事であるか僕は知らないが、僕が言ひ初めた法律の逆用といふことは、反抗反逆の手段として法律を利用するといふだけの事である、警察が盛んに職権を濫用して天下の悪法違警罪即決例や行政執行法を悪用し、無辜の良民を矢鱈に拘留する事も法律の逆用であらふし、又強権と法律とを無視否認するアナーキストが、進んで裁判をする事も法律の逆用と言へよう、が僕のはソンナ高遠な哲理から出たものではないらしい。
 何時から僕が法律の逆用といふ事を云ひ出したかはハツキリ覚へはないが、大正八年の「平民法律」にはコンナ広告がある。
 平民法律は平民大学直営の平民法律が、法律逆用のため、無料専門我儘御免にて実地取扱ひたる、社会問題に関係ある法律事件を、通俗平凡、面白可笑しく解説する、平民法律所の御用誌なり。(大正八年改正)
 本年正月朝日新聞の「大正十二年を迎へて」の返答にも僕はコンナ事を書いた。
 大正十二年は去年に引続き、其れにもまして旧勢力が衰へ新勢力が擡頭する。総じて反動運動が勃興し随所に血腥い事件が頻発する。都会の社会運動が地方に移つて農民運動や小作争議が猛烈に繁昌する。裁判に対する不信用が極度に厚くなり日本も愈々文明国となる。
 社会運動が政治運動となる。無政府主義者が無くなつて社会主義者が悉く国家社会主義者となり、国家社会主義者が国家主義者となる。法律の逆用濫用運動応用が盛になる。団体の決裂と合同が流行し労働組合の大連合がキツトできる。政府は其間私に制定中の過激法案を通過させるかさせないか。其他枚挙に遑あらずと雖も概ね確実の類にあらず。
 僕が法律を逆用した例は沢山ある、誌面の許す範囲に於て、最近のものから順次例叙して見よう。
 最も最近の新しいのは此の雑誌の発行さるる五月一日のメーデーに、東京地方裁判所民事第十三部に大正十二年(ワ)第七九七号として口頭弁論のある、原告米国伯爵山崎今朝彌、被告日本華族某若夫人間の報酬金請求事件である、此事件は其後其若夫人より僕に対し恐喝取財の告訴があり現に予審中であるから詳報する事や弁解する事の自由を有たないが、左の書類で大体は判かる。
      訴状
          東京市芝区新桜田町十九番地
          弁護士米国華族
          原告 山崎今朝彌
          東京市某区某町日本華族
          被告 某若夫人
          右同所運転手
          被告 [甲野太郎]
      一定の申立並に請求の目的
 被告は各金二千円に送状送達の翌日より本件完済迄年五分の損害金を付して原告に支払ふべし
 訴訟費用は被告の負担とすとの判決並に保証を条件としての仮執行宣言の御宣言を求む。
      請求の原因
 一、被告[甲野]は大正十二年一月廿八日被若夫人に対する婚約不履行に基く慰藉料請求並に運転手職不当解雇に基く損害金請求訴訟を原告に委任し、着手金無く其代り成功謝金は成功の二割五分、委任の解除請求の抛棄、和解等は成功と見做し請求金の二割五分を即時に支払ふことを特約せり。(甲一号証委任状並に甲二号証契約証を以て立証す)
 二、被告[甲野]は曩きに自身、原告へ委任前一月中一萬七千五百円を被告若夫人に請求し、原告は其請求金を三萬二千円が相当なりと算定して訴状を作成し、被告[甲野]は訴訟となりたる以上其額以上の請求をなしたしと主張したるものなるも、原告は一萬円の二割を以て足れりとし其以上を請求せず。(被告に於て之れを否認するときは警視庁刑事部土屋捜査係長、中村歌右衛門、運転車[乙川]某、裁告の母、某銀行重役等を証人に申請す)
 三、然るに被告は其後一月卅一日警視庁に於て被告若夫人と私かに和解を為し権利全部を抛棄したりと称し即日原告への委任を解除し、二月一日には尚入念に再び委任解除の通知を為すと共に其後踪跡を晦らまし謝金を支払はざるにより原告は本訴を提起するの止むなきに至りたり。(甲三号証杉本刑事委任状、甲四号証捜査課の証拠物受領証、甲五号証[甲野]の内容証明通知書を以て立証す)
 四、被告若夫人は原告が[甲野]より前記事件を受任したることを知るや太く之れを嫌忌し、其母、某銀行重役某、某等と協議の上、重役某の妻の妹婿赤池某が現に警視総監なるより之れを利用して[甲野]を恫喝し、其請求を抛棄若しくは譲歩せしめ且つ其力により[甲野]を原告と隔離し以て原告が[甲野]に対して有する債権を侵害せんことを企て、一月廿九日未明警視総監の内命に基く捜査係長の命令なりと称する警視庁刑事巡査部長杉本政治外一名をして、[甲野]を其旅館より自動車を以て警視庁に拉し去らしめ、二月一日迄之れを拘禁し其間手を替へ品を替へて日夜百方之れを脅迫せしめ遂に被告自から警視庁に出頭し囹圄に慄へ居たる[甲野]に請求抛棄の和解を為さしめ艶書の残り其他の証拠品全部を取り上げ、一方警視庁をして再び[甲野]が原告の処へ立廻り若しくは寄り付き又は居所若しくは内容を原告に告ぐるが如きことあるときは直ちに恐喝取財を以て逮捕すべき旨を言渡さしめ、且つ二人の尾行を付して一月一日何れへか釈放隠匿し以て完全に前記原告の債権を侵害したるものなれば原告は被告に対しても不法行為に基く債権侵害を原因とする本件訴訟を提起す。(前記甲第一号証乃至第五号証並に甲六号証、甲第七号証、甲第八号証警視総監官舎内某より[甲野]に宛てたる書面全部の写及び前記の証人並に前記某々、赤池、杉本の証言及び[甲野]に対する恐喝事件の記録取寄被告に対する書類提出命令の申請並に[甲野]の本人訊問等を以て立証す)
 五、抑々本訴元来の目的は事全く金銭問題にあらざるにあらずと雖も必ずしも被告等が憎ひなり悪いなりと云ふにあらず、[甲野]が請求を為す若夫人が驚く、実母が相談に乗る、女が思案に余る、某々が忠義立する、素人が弁護士を怖がる、姻戚の大官が一肌脱ぐ、下ツ端役人がオヒゲの塵を払ふ、無理もする人権蹂躙もある、往生もする和解解決もする、謝金は出し度く無くなる、被告は逃げ隠れも仕度くなる、之れ皆寧ろ当然のことなり、原告はこんな事の解らざる人間にあらず故に当時既に早く関係者が相当の礼を以て原告に臨み原告の了解を得たらんには原告も既に本件請求の権利を抛棄したものならん。
 六、然れども当時原告が関係者にあれ程口を酸くして、本件は[甲野]と原告との真の了解を得て和解するにあらざる限り永遠に満足なる円満の解決を遂げ得るものにあらず、弁護士は常に一家の見識を有して事件に臨むものなれば本件の如き事件に弁護士の介入するは寧ろ被告に取り非常の利益あるものなり、特に原告の採り若しくは採らんとする態度に対しては被告は頗る感謝すべきもの多々之れあり、法律の事なら警視庁が十や二十束ねて来たからとて到底原告に及ぶべくもあらざるは自明の理なれば、之れを考へずに小策を弄すれば後日必らず臍を噛むことあるべし、と噛んで啣めるだけ堅く云ひ聞かせ置きたるに拘らず小人遂に養ひ難く、訴外某々と訴外警視庁の下ツ端役人との猿智恵により、一時原告に鼻を明かせ蔭にて私かに舌を出し、して遣つたりと手を拍ち痛快を呼ばせたるは聊か心外の至りなるも、彼等を相手とするは聊か不足あり、さりとて又訴外赤池某を被告とし寧ろ憲政会あたりに政府攻撃の材料を与ふるに過ぎざることも此れ又聊かベラ棒の感あり、依て原告は茲に金に転んで只民事責任者の一人たる被告等に本訴を起し、被告若夫人には聊か気の毒の感なきにあらざるも止むを得ざることとして傍ら小策を弄したる無智なる者が今に至つて初めて後悔する処あり思ひ知る処あり恨まるる処あるを見て独り自から慰藉し兼て痛快を叫ぶに止めたり。
 大正十二年三月一日    右山崎今朝彌
東京地方裁判所民事部 御中
<[ ]内は仮名>
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『復刻版進め』(不二出版、1989年)、底本の親本は、『進め』(進め社)第1年4号(大正12年(1923年)5月号)32頁>
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