訴状(1)

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訴状           芝区新桜田町十九番地           原告 弁護士 山崎今朝彌           下谷区坂本警察署官舎           被告 官吏 山川秀好 名誉回復請求訴訟       目的及申立(註一)  被告は左記形式の謝罪文を奉書紙に自筆調印の上日付を付して之を原告に差入るべし(註二)       謝罪状 大正八年八月十五日貴平民大学夏期講習会に於て拙者が貴殿に対し『何ツ此野郎』と無体の言を吐き候は昻奮の余り思はず識らず出で候失言に有之別段悪意ありたる次第に無之候へば何卒御勘弁相成度茲に謝罪状差入謝罪仕候(註三) 山崎今朝彌 殿     山川秀好       請求の原因  (一)原告は明治三十四年試験に合格し明治四十年登録して今日に及びたる弁護士にして傍ら独立(註四)の平民大学を経営し平民法律、破毀判例、社会主義研究等の月刊学術雑誌を発行し未だ曽て刑辟に触れ若くは説諭を受けたる事無きのみならず却て其筋より親孝行及び人命救助の故を以て表彰せられたる事ある者なり(註五)  (二)原告は大正八年八月八日より十五日迄平民大学の夏期講演会を芝区三田の統一教会内に開き当時三田警察署長たりし被告は職権を以て之に臨監せり(註六)  (三)被告が最後の十五日に至り講師室伏高信氏の講演中止を命ずるや(註七)聴衆は被告の不当処置を非難絶叫して止まず、原告は依て聴衆に対し左の挨拶をなしたり  (四)諸君、今晩は之にて閉会し私方にて茶話会を開く故私と一所に同行されたし、署長今晩の中止は私も不当と思ふ、特に署長と私との間には特別契約あり私は総て其条項を履行したるに署長は之が履行を為さず不当なる中止をなしたり、併し職権行為故諸君が如何に騒ぎたればとて法律上致し方なし故に今晩は私に免じて騒がず柔順しく私方に引揚げられたし、其代り私は法律上可能の範囲に於て有らゆる手段を採り、署長今晩の処置の当否を争ひ、私が社会的に死すか署長が責任を負ふて転任するか迄戦ひ、誓て諸君の面目を立つべし  (五)言未だ終らざるに被告は之を歯牙に懸け奇声を発して原告に飛び掛り「何ツ此野郎」と大声に叫びながら猿臂を延して原告の腕を掴みたり  (六)此時早く彼の時遅く、之を聞きたる聴衆は鯨波を揚げ被告目懸けて押寄せ来り将に之を捕へんとするや、被告は断然狼狽忽ち身を躍らし獅子奮迅の勢を以て脱兎の如く原告を捨てて場外に逃走し為めに原告は幸ひ事なきを得たるも被告の野郎呼はりには流石に聊か侮辱を感じたり  (七)要するに被告は聴衆の面前に於て(公然)原告に対して野郎扱を為し(侮辱)(註八)以て聴衆が原告に対して有する尊敬の念慮感情を減殺(名誉毀損)せしめたるものなり(註九)  大正八年十月一日    右 山崎今朝彌 東京地方裁判所 御中(註十)       註  (一)訴状には民事訴訟法第百九十条の規定に従ひ、起したる訴訟の目的と其を受けんとする裁判の申立とを(訴訟を起す理由の外)記載すべきものとす、併し目的と申立とは要するに同一なれば両者の中一つを書けばよい道理なり  (二)尻拭紙に鉛筆で他人に書かせ而かも宛名を下げて書いた謝罪状の如きは謝罪の誠意なきものなれば本項も必要なり  (三)裁判の訴訟費用は敗けた者の負担にして特に其請求なしと雖も判決書に其旨を書いて呉れる  (四)平民大学は官立なりや公立なりや将た又私立なりやの問合せがよくある故、官立にも公立にも私立にもあらず全然独立なる旨を茲に明にしたる訳なり、尤も平民大学が独立を以て創立せられたる後、法律は改正せられて凡ての学校大学等に官公私立等の文字を冠するに及ばずと云ふ事になりたり、尚昇格も平民大学を以て嚆矢とす  (五)本件は名誉恢復事件故原告の身分地位を証明する事が必要なり  (六)治安警察法第十一条第二項には、政治に関せざる集会と雖も安寧秩序を妨害する虞ありと認むるときは警察官署は制服を著したる警察官を派遣し臨監せしむる事を得、此場合には発起人に於て警察官の求むる席を供すべし、とあり  (七)同法第十条には、集会に於ける講談論議にして安寧秩序を紊すの虞ありと認むる場合に於ては警察官は其の人の講談論議を中止することを得とあり  (八)刑法第二百三十一条に曰く、公然人を侮辱したる者は拘留又は科料に処す、同二百三十二条本章の罪は告訴を待て之を論ず。故に原告が告訴するときは被告は拘留又は科料に処せらるべきものとす、此場合原告は刑事訴訟法第二条に従ひ本訴を私訴として公訴に付帯して提起する事も得  (九)民法第七百十条に曰く、他人の名誉を害したる者は財産以外の損害に対しても其賠償を為すことを要す同七百二十三条は曰く、他人の名誉を毀損したる者に対しては裁判所は原告の請求に因り損害賠償に代へ又は損害賠償と共に名誉を回復するに適当なる処分を命ずることを得  (十)本件訴訟には百円だけの印紙三円五十銭を貼用するものなるも五百円以上の訴訟と同じく地方裁判所にて審理するものなり <山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>

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