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名誉回復請求の訴
京橋区尾張町新東京新聞社
原告 藤田貞二
右訴訟代理人
弁護士 山崎今朝彌
麹町区有楽町二丁目一番地
被告 帝国劇場株式会社
右法定代理人取締役社長
渋澤栄一
一定の申立
被告は原告に対し東京市内に於て発行する日刊新聞、日本、二六新聞、報知新聞、東京日々新聞、東京朝日新聞、東京毎日新聞、東京毎夕新聞、東京毎日電報、東洋新報、豊国新聞、中央新聞、中外商業新聞、萬朝報、読売新聞、やまと新聞、国民新聞、都新聞、時事新報、及び文芸倶楽部、演芸画報に初号活字を以て三回左の謝罪広告を為すべし
謝罪広告
抑当劇場二月狂言第二佐藤紅緑作『日の出』二幕の儀は貴社と同名なる東京新聞社の財政不如意及び同社長の家庭紊乱等を仕組みたる演劇に有之、就ては観覧を辱うしたる御得意様の中、貴社の御高名は聞及ばれながら未だ御内容の堅固を承知致されざる方々は、或は同劇こそ貴社の内幕を素破抜きたるものなりとの感想を御極められんも知れず、従つて同劇が貴社の名誉を毀損致し候は誠に理の当然に御座候、然るに貴下が穏かにも右狂言中の新聞社名変更方御交渉被下候にも係らずツイツイ大劇場の権威を笠に着て一言の御挨拶も仕らず二日の初日より二十六日の千秋楽迄其儘の興行相続け、猶其筋書をも発売仕候段誠に以て不届至極、慾に目も暗みて理も非も相見え不申、自分さへよければ他人は如何でも御構なしとの御多分に洩れぬ人面獣心の振舞ひと、御叱り相受候も今更一言の申訳も無之真に恐縮の至りに奉存候、さりながら此処何卒貴社独特の御任侠を以つて一回だけは是非御勘弁成下され相も変らず永当々々御贔負の程閉口頓首偏に奉懇願願候也
明治四十五年 月 日
帝国劇場代表者 男爵 渋澤栄一
東京新聞社長 長髪 藤田浪人 殿
訴訟費用は被告の負担とすとの御判決相抑度候
請求の原因
一、原告は東京新聞を出版する東京新聞社の社長にして其持主たり
二、被告は明治四十五年二月二日より二十六日迄其劇場に於て佐藤紅緑作『日の出』と題する二幕の演劇を興行せり
三、『日の出』二幕中には(一)東京新聞社長は馴染の芸妓を落籍し妻としたること(二)同社長は同居の先妻の妹とも情交ある事(三)従て前妻の妹と芸者上りの妻とは互に嫉妬の結果喧嘩口論絶へざること(四)同社長妻は夫に対して従順貞淑ならず社長も亦之を制御する能力なく両者の衝突看る人をして眉を顰しむるものある事(五)東京新聞社は従来弥縫策を以て経営し来りたること(六)今や同社は債権者より差押を受け破産の悲境は旦夕に迫り居ること(七)同社長の妻は債権者の一人なる前の情夫と待合に会し漸く同社の差押を解くを得たること(八)同社長の邸宅に多数の醜業婦闖入すること(九)新聞紙の記事により東京新聞社長は妻の貞操を前の情夫なる債権者に粥がしめ破産を免れたりとの風評あること(十)同社長は先妻の妹及び親戚の夫人等に迫られ妻の姦通を認めて之を離別すること(十一)同社長の妻は姦通を否認するも良家の夫人が前の情人と待合に会し其夜遂に帰宅せざりし故を以つて衆人の疑を解く能はざること(十二)同社長前妻の妹は恋敵なる社長妻の離別を喜び社長の妻は破鏡の嘆を悲み遂に自殺すること等の仕組あり
四、被告は又其劇場に於て前項記載の筋書を該狂言興行中発売配布せり
五、東京新聞の発行部数は三萬乃至五萬にして被告にも発行の都度其配達を為したり尚又該狂言興行前最近に於て東京新聞に関する記事数回市内発行の各日刊新聞に掲載せられたり
六、原告は明治四十五年二月七日被告に向て該狂言中の社名変更方を迫り翌八日内容証明郵便に依り同じく社名変更及び筋書配布差控方を請求し被告は翌九日返答なすべき旨を答へたる儘傲慢不遜今日に至るも何等一言の挨拶も為さず
七、被告劇場に於て該狂言『日の出』を観覧せし人は約五萬筋書発売数は約一萬部なり
以上の事実は被告が故意若くは過失を以つて原告の名誉権を侵害したるものなるに依り名誉回復を求むる為め本訴を提起したる次第なり
明治四十五年二月二十七日
右原告代理人 山崎今朝彌
東京地方裁判所
判事 鈴木喜三郎 殿
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>