川手君の発憤

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川手君の発憤  川手君は武田信玄公様発祥の地たる甲州の産で、明治三十二年頃中央大学へ入つて法律学を修め第二年生になつた三十三年だかの夏帰省した。其時汽車の向側に同年輩の風彩の揚らない書生風の男が居た。暫くはお互に口も利かなんだが遂話し合ふ様になつたら其男は矢張り法律書生であつた。段々話して居る中に其男はツクヅク川手君の顔を見て『君の話では君は法律家にならなければ食ふ事が出来ないと云ふ訳ではなし、見た処君には到底判事にも高等文官にも弁護士にもなれる様子もない、悪い事は勧めぬから今の内に思ひ切つて国へ帰つた儘百姓でもし給へ』と真面目に忠告した。川手君憤るまい事か見ず知らずの初対面の人にソンナ事を云ふ馬鹿が何処にある、撲つて仕舞ふぞと云ふ処を耐へて、よい加減に応対して別れた。が、あの位図々しい無遠慮の男には其前後出会はした事がないとは今でも川手君の一つ話である。而も其男は真面目顔で初から問もせぬにベラベラと饒舌り、自分は明治大学の三年生で信州へ帰省する処で山崎今朝彌と云ふ者であると名乗つたと云ふ事だ。僕は実際覚へがないが川手君と会へば必らず君から此話が出るから萬更虚言でもあるまい。  或は恁んな事があつたかとも思ふのは、其頃は僕も中々の元気で、忘れもせぬが今の大審院の棚橋裁判長や横田博士や故今村信行さん達が出て来た信濃法政会で三人を前に並べて判事特に大審院判事の攻撃をして、あの謹厳な今村さんを憤らせ、中途退席する等云ふ騒ぎをやつた事があつた。今から考へるとあの時分はどうかして居たのかも知れぬと思ふ位だつた。 <山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>

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