大正十五年度解放運動大観

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大正十五年度解放運動大観           山崎今朝彌  私の発見によれば本年は去年の続きである、否数年来の連続である、其中から本年の社会運動に就て今私の記憶に残る特異のものを摘記すると、  (一)労資共孰れも攻勢的、組織的、反動的であつた。  (二)同一陣容内で分裂抗争が盛んに行はれたるに不拘現実主義総連合単一政党のお題目は皆一致して居た。  (三)左翼の積極的奮闘は特に目覚しかつた。  (四)運動が闘争的、大衆的、階級的となり、思想団体、水平社、青年同盟等が衰微し、婦人運動、学生運動等が下火になつた。  (五)分合論争の結果、個人、団体、雑誌に至るまで左派右派中派の色彩分野が判然として来た。 こと等である。そして来年に持越す興味ある問題は。  (一)労農党は『大衆』派の意見が勝つて、左翼の遠慮隠忍、支部承認の厳選大会延期等で解散を免れ、中堅派が復帰するに至るかどうか。  (二)中堅連盟と統一同盟と何れが早く労農総連合を完成し得る可能性を持つに至るか。  (三)一年間の運動を特色付ける密告内通撹乱乱闘に於て、手と足の潤沢豊富なる左翼が勝つか、最後の逃場を持つ右翼が遂に勝つか、或は又大衆の支持を得るに便宜なる正義の看板を掲げる中間派にしてやらるるか。  (四)如何なる戦術で如何なる程度に総同盟が農民組合を、評議会が総同盟を切崩し得るか。  (五)左翼の猪突で右翼が敗退、反動的に官資と協力し、『左翼派の大馘首大検挙』が現出せざるか。  (六)中堅派の労農党復帰、新政党加入、新党樹立と自由連合派及右翼並に左翼との関係はどうなるか。  (七)支那式戦争の現状に於て、芝浦の紛糾を好機に、『評議会有志』の名を以て、積極的に評議会切崩しに着手する最先者は黒色青年連盟であるか総同盟であるか又は芝浦労働組合であるか等である。  資本の組織的攻勢は昔からであるが殊に本年の反動的なる制度創設、立法制定、団体製造、言論圧迫、積極的なる訴訟、解雇等は官資協同の総動員の観があつた。従つて其対立関係にある労働階級に於ても反動的に益々抗争力戦するか、又は反動的に愈々ヒラリと転身右へ附け入るかとなつた。又争議の深刻化は其参加人員継続日数検挙総計等に於て屢々レコードを破つた。訴訟に於ては多く原告側たりし労働階級が却て被告側に立ち、民事々件は転じて刑事々件となつた。賃金増加、小作料減額、法廷戦術、不納同盟遂に効目なく、農民より労働者へ、関西より関東へ、地方より東京へ、部分的経済闘争より全部的政治闘争へと、運動が当然の予定へ反動して来た。  大震の余震に比すれば総同盟の分裂には余震がなかつた。併し同じ火山脈中にあつた農民組合自治会等には分裂があり、其他の組合にも微震は常に絶へなかつた。其絶へざる分裂統合の間にあつても左右中の三帯は相変らず厳存して根気よく悪罵し合つた。にも拘はらず本年社会運動のお題目たりし労農組合の総連合、単一階級的無産政党及び現実主義には何人も反対がない耳ならず進んで本家争をして居り乍らサテ愈々一つも纏らなかつた奇現象を呈した。之れは確かに私の注目に価した。左翼は「右翼が時機尚早を唱へ協同戦線を拒み四団体を排斥し脱退を声明するは分裂を期するもので、分裂は官資の望む処好む処で、右翼幹部が之れを知り乍ら又は知り得べき地位にあり乍ら敢て之れを行ふは、即ち作為若しくは不作為に官資と意識的の協力を為すものである」と論難するに対し、右翼は同じく「悪法なるも国法に背く第三インタの指導精神を有つ左翼幹部の参加介入は当然其団体を解散消滅に導く事極めて明白なるに、之れを知り又は知り得べくして尚之れを敢行するは、真正の目的を心裡に留保して共同戦線を表面上の目的とする左翼幹部が官資と意識的に協力して作為又は不作為に団体の解散潰滅を企図するものである」と応酬し、所謂正義派たる中堅派は退いて組合主義又は自由連合の旧陣を守るべきか、右に赴くべきか左を支持すべきか、或は独自の本道を開拓して前進を継続すべきかの十字街上に暫く佇立して傍観するを余儀なくされた。  本来左翼派奮闘の目覚しさは特筆大書すべきものであつた。農民組合は初め誰しも総同盟右翼の指導に陥るものと思つて居たが今は殆んど完全に左翼が闘取し最早中間組合とは云へなくなつた。労農党も先づ地方無産団体協議会又は労働党支部より初めて全く獲得し、芝浦労働組合さへ其一部を強襲して了つた。水平運動学生運動は昔の事で、政治研究会は今年になつて其残滓迄を占領し、『大衆』の左右中間派の結成運動は完全に撲殺し新に全国労農組合統一運動同盟なる単一左翼の結成運動を起した。原因が結果するのか結果が原因するのか、兎に角左翼の運動は圧迫が多いに不拘積極的であつた。闘争的理論的であつた。今日は敵だと宣言する者に明日は協同戦線を申込む、グラ幹を攻撃するが決して右翼大衆が悪いとは云はぬ。働きかけて失敗すれば又新に働きかける。下より下よりと云ふ口の下から決して上からを忘れぬ。大衆を大衆をと云つて決して個人運動戸別訪問を怠らぬ。テーゼ、スローガン指令訓令声明宣伝応接に遑なく、誓願歎願大会総会何でも御座れ。前進退却協議協調決して機会を失はない。特に基本営評議会にあつては、統制訓練行届いたもので進退行動一糸乱れず凡ての運動に於て未だ曽つて評議会有志なるものの存在を見た事がない。一人説を吐けば萬誌之れを伝へ、闘志忽ち起つて手足四方に飛び、天下乃騒然たり。併し数に於ては評議会は着々と減少し総同盟は黙々と増大して居ると云ふ事だが、真実だらうと思へる。  思想団体、全国水平社等の衰微一時流行の青年運動、婦人運動、学生運動、教育運動等の下火も本年の特徴ではなからうか。闘争の深刻化運動の階級化大衆化は部分的の青年運動、水平運動、婦人運動、小供運動、教育運動、思想運動、文学運動、音楽運動などとゼイタクの事を云つてるヒマを与へぬのではなからうか。  思想団体の中今尚存在理由のあるものは独立労働協会のみであらう、尤も新政党成立迄の生命だ。労農党の成立した以上政治研究会は仮令大衆教育同盟となつても存在の理由がなくなつたことはアノ多士才々たる会がアノ多士才々たる各種合同青年団体と同様取立てて云ふ程の仕事を為なかつた事で明かである。各組合の青年部、教育部でさへ人のない為めでなく闘争の忙しかつたために其の活動は少かつた。水平社は大会の決定に威力と重味と厳粛さとがなくなり、全国水平社を冠した青年連盟、支持連盟、中堅連盟、解放連盟等全く別物の団体が続出し、新聞雑誌に全国水平社其物の如く宣伝される事実が既に其未来を約束して居る。婦人運動としては評議会大会と無産者新聞の討論問題になつただけ、だから仮令かの京都事件がなくとも本年の学生運動は下火になつて居たに相違ない。  総同盟分裂以来の連続的左右両翼の理論的、悪罵的、実力的の闘争は本年に至つて遂に思想界組合 間、個人、雑誌無産政党等を完全に左翼右翼中堅の三派に分裂統一した。左に評議会無産者新聞を中心に労農党、農民組合、俸給生活者、九州連合等の統一運動同盟あれば、右に総同盟民衆新聞を本営に、農民党民衆党、農民同盟官業海員組合党の連合軍(海連海員協会党は此の右翼をも敬遠するであらう)がある、中央には総連合自治会司厨製陶の全国労働組合政治部連絡委員会を中心に日本労働新聞を機関銃とする全国労働階級中堅連盟が新に陣地を堅める。誠に一代の偉観で三派にあらずんば人に非ずの慨がある。此三派は以前にも増して敵の潰滅を図るに手段を択ばす官資の連合軍は烏合の衆として目も呉れず、悪戦苦闘を続けるであらう。而して勝つべきものが遂に勝つ前に敗く可からざるものが共に敗けるような事はなからうか。  終りに極左派たる自由連合派に尤も執着を持ち注意を払ふ私も、左右を説き運動を論ずる時には遂に之れを閑却し僅かに中間派の一楔子と思考するに過ぎざる矛盾を見るは何故であらうか。(十一月十四日) <以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。> <旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。> <底本は、『解放』(解放社)第5巻16号46頁(大正15年(1926年)12月1日発行)>

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