東京瓦斯事件訴訟・準備書面

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東京瓦斯事件訴訟           原告 山崎今朝彌           被告 東京瓦斯株式会社 瓦斯代値上無効確認訴訟       請求の目的  一定の申立と同一なり       一定の申立  被告は一千立方呎一円七十五銭の割合を以て原告に瓦斯を供給する義務あることを確認すべし       請求の原因  被告は東京市内の瓦斯需用者に対し一千立方呎金一円七十五銭の割合を以て瓦斯を供給することを市に約し、原告は右の利益を享受すべき事即ち一円七十五銭にて瓦斯を費用すべき事を被告に申込み今日に至る迄久しく之を費用し来りたり  然るに被告は突然原告に何等の相談もなく本日より一千立方呎に付二円二十五銭宛に瓦斯代を値上せり  尤も市と被告との契約には「市は被告に瓦斯営業の独占を許容する代りに、被告は九分以上の利益あるときは其利益の半額だけは瓦斯代を値下げ又利益九分に達せざるときは其不足額の半分だけは値上をなす事を得(所謂損益均分主義)但し其値上の瓦斯料金が一円七十五銭以上に出ずるときは此損益均分主義に依る外尚其上にも市の承諾を求むることを要す」との条項あり、此条項には原告も当然服従せざるを得ず  然るに被告は今回市の承諾を求めたるのみにして前記の所謂損益均分主義に依らず値上をなしたるものなれば原告に対して何等の効力を発生せず  依て本訴に及びたり  大正八年十月一日           右山崎今朝彌 東京地方裁判所 御中 準備書面  大正八年ワ第一八三三号瓦斯値上無効確認請求事件に付原告が十月五日の弁論に関し準備すること左の如し       第一 市と会社との契約は第三者の為にする契約なり  東京市(以下単に市と称す)に於て瓦斯供給を営む東京瓦斯株式会社(以下単に被告又は会社と称す)は明治四十四年十一月二十四日(及び其後数回に)市と左の契約を為したり  一、市は其の所有又は管理に属する道路橋梁堤塘公園其他の土地工作物に対し、会社の営業上必要なる埋管其他の装置を為すことを承諾す(契約第一条)  二、市は本契約期間内は自ら瓦斯事業を経営せず又新たに生ずる瓦斯供給営業者に対して第一条の承諾を与へず(同第四条)  三、会社の供給する瓦斯料金は一千立方呎に付当分金一円八十銭とし明治四十六年七月一日以降は金壱円七拾壱銭とす(同第五条)  四、会社は其払込資本額に対する年率九分の配当を標準とし、尚ほ過剰額を会社及需要者に均分するの主義に拠り、次の事業年度に於ては該過剰金の半額に比準する料金を引下ぐべし、若し九分に達せざる場合は特に料金壱円七拾五銭までを限度とし、其不足金の半額に比準する引上を為すこと得(同第六条一項)  五、炭価の激変其他特別の事情により更に料金の引上を必要とする場合は別に市の承認を求むべし(同第六条二項)  右は被告が市に於ける瓦斯供給営業の独占権を得るに付、市民の福利増進を念とする市と、右期間内市民たる瓦斯需要者に右契約内容の瓦斯供給を為すべきことを約したるもの(即ち民法第五百三十七条第一項の契約)なり  市民三百萬、其中一人や二人は真に本件契約を目して民法第五百三十七条第三者の為にする契約にあらずと解するものなきを保せず、今其論旨を考造すれば左の如し  一、契約全文を通じて会社が需用者に瓦斯を供給すべき義務を、市又は需用者に負担することを明言せず  二、料金を支払つて瓦斯の供給を受くるは利益を享受するものにあらざれば、本件契約は民法第五百三十七条第一項の契約にあらず  三、需用者利益享受の意思表示により会社は直ちに需用者に瓦斯を供給する義務ありとするときは会社は無数の需用者に無限の義務を履行せざる可からざる結果会社に不能を強ふるに至らん  四、要するに本件契約は、会社が需用者に瓦斯を供給するには一定の条件及び料金を以てすべきことを市と契約し市民は反射的に其利益を獲得せしものなり  言何ぞ夫れ宛として三百然たるや然れども左に之れを駁撃せん  一、凡そ契約は当事者の真意を探求し正理公平便宜に解するを上乗とす、契約に明定なきの故を以て明定の要なき明白の規定を否定するを得ず  二、反対給付を伴ふは利益の給付にあらずとの論は、負担付贈与は贈与にあらずとの論にして採るに足らず  三、契約は不能を強ひず、供給不能の場合、会社に供給の義務なきは勿論なり、只会社の依怙贔負横暴我儘を以て市民に対して其義務履行を拒むを得ずと論ずるのみ  四、要するに本件契約は寧ろ公共事業たるべき瓦斯事業の独占権を会社に於て獲得するに付、会社が市民の利益幸福を図るべき市と、一定の条件に依拠して市民に瓦斯を供給すべきことを確約せしものなり  斯く解する事は市と会社間に於ける契約全文の如何なる条項にも抵触せず、当時に於ける当局者の職務怠慢ともならず、又如何なる場合に於ても会社の利益を減殺せず、然るに之れに反し若し之を反対に解釈せんか、実に由々敷左の大事を生ぜん則ち  仮りに会社が其資本家たる特質を発揮し、茲に金三十萬円運動金を準備し、或は議員に或は当局に或は又之を新聞雑誌に散布して極力不当の値上を迫り、一旦失策あらば則ち委員長を拉して悠々間々臨機の処置を施し、策戦既に宜しきを得ば忽ち急に質問を打切り、急所に達すれば商機の秘密、反対を声すれば世界の漫遊、或は盛んに壮士を使嗾し、遂に其横暴を遂げたりとせば如何、而して之れ果して杞憂に過ぎざるものか、然らば本件も亦之を第三者の契約と解し吾人立憲法治下の国民に、苟も冷静峻厳単だ正義の権化たる司法裁判所に於て、其正不正を争ふの権利を与へずして可ならんや       第二 瓦斯利用の申出は契約の利益を享受する意思表示なり  原告は被告の勧誘に従ひ明治四十四年十一月中瓦斯引用を被告に申出で、被告は之れに応じて前示の契約に適合する条件を以て京橋区四谷区芝区等に於て今日まで引続き其瓦斯を原告に供給し呉れたり右原告の申出は則ち民法第五百三十七条第二項に所謂「第三者(原告)が債務者(被告)に対して契約の利益(瓦斯供給)を享受する意思を表示したる」ものに外ならず       第三 契約の内容は飽くまで損益均分の公平主義なり  市被告間右契約中瓦斯料金値上に関する場合の内容は則ち左の如し  一、会社が払込資本額に対する年率九分の配当をなし得ざる場合に其事業年度の不足金の半額を(契約第六条第一項)  二、其事業年度の瓦斯数量に比準して次の事業年度の二月一日以後より(協定第三、七号)  三、一千立方呎に付一円七十五銭までの限度とし会社の自由に(契約第六条第一項)  四、若し炭価の激変其他之に類する特別の事情により、尚右以上に料金の引上を為すにあらざれば九分の配当をなすことを得ざる場合には、前項の外別に市の承認を得て金一円七十五銭以上に(契約第六条第二項) 値上げすることを得  故に所謂第六条第二項は第一項と独立せる無関係の条文にあらず、全く同一条文中の第一項に対する第二項なり従て同条以外の契約条項に所謂「契約第六条」中には第六条の全部凡てを包含す  然るに被告は契約第六条第二項を第一項と独立別意の規定と解し、第一項及び協定書の規定に依ることなく単だ予算を基として本年度よりの値上承認を市に求めたり、然れども  一、第二項が第一項に独立別意の規定なりとするときは、九分配当標準、損益均分主義、に付ても亦其適用を見ざる結果、会社は他の会社が五割十割の配当を為すことを特別の事情となし、五割十割の配当を為し又は為さんが為めに料金の引上をなし、契約の根本精神は忽ち会社の為めに破壊さるるに至らん  二、或は会社が九分以上の配当を為さんが為めに値上の承認を求むる場合は市に於て之を承認するものにあらずと論ずるを得んも市の神聖が当てにならざること前述の如くなるのみならず、寧ろ第一項の九分配当、損益均分は第二項にも適用あるものと解するを直裁簡明、論者の説を徹底せしむる所以にあらずや  三、或は第一項の前記二原則は第二項に適用あるも現実計算主義は其適用を見ざるものなれば、会社は九分以下の配当を標準となし、予算又は概算により値上の承認を求むることを得べしと、然れども第一項中の一半を第二項に適用ありしとし他の一半を適用なしとするは、余りに勝手の過ぎたる解釈のみならず、会社前年度の現実計算が、特別の事情により九分の配当を為し得ざる場合九分の配当をなす為めに第一項及協定書の規定に基きて為す誠実なる会社が、遂に料金の値上承認を求むる方法なき不権衡を如何にせん  四、被告擁護の任にあるもの尚ほ曰く  第一項の制限が第二項にも適用さるるとせば炭価の激変其他特別の事情により会社当期の配当が皆無の見込確実なる場合、会社は座して次期に於ける値上を待たざるべからず、契約豈斯の如き酷を会社に課せんやと  思ふに論者は会社の配当皆無が数期を継続すると雖も、会社は営業を廃止することを得ず其損失を忍ぶべき義務あることの規定(第十二条)を知らざるものなり、抑々論者は炭価の激落其他特別の事情により、会社当期の配当が五割十割に達する見込確実なる場合と雖ども、会社は座して次期に於ける値下を待つに過ぎざることを知らざる者なり、稀有又は必無の例は稀有又は必無の例を以て之を解すべし  五、要するに契約第六条第二項は第五条に対立し瓦斯料金を一円七十一銭以上に引上げ得べき原則を示したる規定にあらず、第六条第一項の規定によれば如何なる場合と雖ども会社は一円七十五銭以上の値上を為し得ざるが故に、第一項前述三原則の例外として第一項の外更に料金の値上を必要とする場合に、第一項の外別に市の承認を求むべきことを規定したるものなり  然らば会社の利益より寧ろ市民の利益を保護する職責ありとするを当れりとする者共迄が、此明白なる条項を無視して偏に会社利益の解釈をなすを、世人が挙げて以て之を世界三大不思議の一に数ふる又故なきにあらず       第四 結論  上述の如く市と会社との契約が市民の為めにする契約にして、市民たる原告が其利益即ち一千立方呎一円七十五銭にて瓦斯供給を受くる利益を享受する意思を会社に対して表示したる以上、民法の規定に従ひ会社と原告との間に直接瓦斯供給請求の権利が発生し、会社は原告権利の内容を為す市との契約条項に依るか若くは原告の承認を得るにあらざれば、仮令市の承認を得たる場合と雖も従来の瓦斯代を値上し得ざるものとす  然るに被告会社今回の値上は或事情の為め市の承認を得たるものなれど、適法に市の承認を得る前提条件たる現実計算に依る損益均分主義の計算に基かざるか故に値上は絶対に無効なりとす  大正八年十一月五日           原告 山崎今朝彌 東京地方裁判所第一民事部 御中 <山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>

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