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雨でシャツが透ける

 近頃暑い日が続いていたが、今日は昼前から降り出した雨のせいで寒いくらいだった。
 赤井が部活の練習を終え、着替えて帰ろうとした時も、随分と弱まってはいたが、まだ
止む気配がない。汗をかいた体に外の空気は冷たくて、赤井は身震いした。傘を持ってき
ていない赤井が体育倉庫に投げ込まれたボロ傘の存在を思い出し、取りに行くと、倉庫の
そばの木で雨宿りをする少年がいた。
 友人ではない。しかし赤井は彼を知っている。

「えーと、黒部?」
「……赤井。同じ、クラスの」

 俺のことなんか知ってたのか、と少し驚いた。去年、今年と続けて同じクラスだったの
に、授業以外でこいつがしゃべる所を見たことがない。虐められているわけではなさそう
だが、彼は孤立していた。

「何してんの、お前」
「待ち、合わせ」

 傘もささずにどれだけここにいたのか、夏物の薄いシャツはすっかり濡れて体に貼りつ
き、日に焼けてない黒部の肌の色を透かしている。ひ弱そうな細腕で自分を抱きしめ、奥
歯がぶつかり合う音が聞こえそうなほど震えている。

「……傘は」
「取りに、行ってる間に来て、帰っちゃうかもしれない」
「とりあえず、倉庫入ろう。俺、鍵借りてきたから」

 そこなら誰か来ても分かるだろう、赤井はそう言いながら半ば無理やりに黒部を倉庫に
押し込み、予備として持ってきた未使用のタオルを差し出した。

「ありがとう」
「ん。でもお前すごい顔色悪いよ。もう諦めて帰れよ」
「……携帯、持ってないから。連絡が取れない」
「俺今持ってるし。俺が知ってる奴なら代わりに伝える」

 赤井の申し出に、黒部はしばし躊躇った様子を見せた。まあそうだろう、と赤井は思う。
シャツの下からぽつりぽつりと赤い色が透けて見えている。待ち合わせの相手がそういう
関係なら、――というか黒部が友人と居る所を見たことがない以上間違いなくそいつなの
だろうが、今まで隠しおおせてきた分、露見しそうな真似は避けたいのだろう。

 言いづらいなら追いつめるのはよしておこうか、と、「俺の知らない奴?」と赤井が問
うと、黒部はようやく呟いた。

「……知ってると、思う。白崎」
「え、バスケ部の?」
「うん。赤井とは、ライバルだって、話してたから」
「あー、スタメン入りを争ってるけどな、確かに」

 何だ、俺の名前を知ってたのは恋人の友達だったからか、と赤井はがっかりした。同時
に、白崎が恋人がいるらしいのにその話をほとんどしないのはそのせいかと納得した。

「何ていうか、意外な組み合わせだな。話合うのか? っていうか話してるの見た事な
い」
「幼馴染で……話は、合わないけどっ、くしっ」

 黒部が妙に可愛らしいくしゃみをした。赤井はあわてて鞄からパーカーを取り出す。

「これ、部活で使ったからちょっと臭いかもだけど、ちょっとの間だから。あの、俺んち
すぐ近くだから、えっと風呂と着換えくらいは貸せるし、白崎にも連絡するから、……」
「……挙動不審」
「俺もそう思うけど! だって俺とお前友達じゃないしさぁ!」
「ふ」

 耳まで真っ赤にした赤井を見て、黒部が耐え切れないように笑った。多分、この学校で
こいつの笑顔を知っているのは自分と、――白崎だけだ。そう思うと、赤井は苦いものを
食べたような気分になった。



 倉庫から傘を二本拝借して、鍵の返却と、黒部が教室に置いてきた傘の回収は明日する
ことにして、二人で人気のない道を歩く。

(白崎は罰掃除を命じられたから、多分まだ体育館だ)
(急いで着替えて、待ち合わせ場所に駆けつけて黒部を学校中捜しまわって、その頃には
黒部はとうに俺の家)

 赤井は去年一年、現国の時間だけは決してさぼらなかった。朗読に指名されて、黒部が
一番長く話す時間。

(俺が一年足踏みして、黒部の友人にすらなれなかったのはお前のせいじゃない。俺の好
きな人がお前の恋人だったのも、お前のせいじゃない)

(でも白崎、黒部はお前を「友達だ」と偽ることすらできなかったんだ)
(お前は恋人に、自分を捜しすらしない奴だと思われてるんだ)

 赤井は黒部の、シャツから透けた色を思う。

 ――なあ、あの肌に触れられるのが自分だけなんてのは思い上がりだよ。