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「馬鹿だなぁ(頭なでなで)」

 悠馬、という言葉が聞こえて思わず読んでいた本から目線をそらした。
「彼女?」
「なに、悠馬に? 彼女できたって?」
 いやいや、元々から……などという声につられて、そっと斜め前の男女グループを盗み見る。
 悠馬と一緒にいるところを何度か見かけたことがある。…「ゆうま」というのは、悠馬、で間違いないだろう。
(失敗した)
 講義が終わって、一緒にレポートをやらないかと声をかけられた。いつもなら一も二もなく頷くところだが、聞きつけた悠馬の友人たちが集まってきたので、買ったばかりの本を読みたいからと断った。
 一人で家に帰る気にもなれず、大学の近くの喫茶店で本を開いた。バックには心地いいジャズ。
 コーヒーの値段は安くはないが、居心地がいいので気に入っている。
 でも、胸がざわざわして、ここに来るんじゃなかった…、と後悔した。

 悠馬に彼女がいるなんて聞いたこともなかったが、いても何もおかしくはない。人間関係が下手な自分と違って、友人も多いし、見た目も中身も文句のつけようがない。
 恋愛とは程遠い自分に、話す必要も感じないだけかもしれなかった。
「……ね、じゃあさ、本人呼ぼうよ」
 電話するよ、と声がしたのと同時に、慶史は席を立った。

 とんとん、と控えめに肩を叩かれた。無視していると、指でそっと髪を梳く感触がした。
「……なに」
「やっと見つけた」
 レポートで徹夜して、そのまま講義に出て眠ってしまったらしい。辺りを見ると、教室には誰も残っていなかった。
「俺のこと避けてたから。一週間待ったけど、慶史からは来てくれないし」
「避けてたわけじゃ……」
「じゃあなんで?」
「…友達と、頻繁に会う、理由がない」
「友達?」
 悠馬が怪訝そうに眉を寄せる。
 ああ、友達ですらないのか、と思うと胸がしめつけられるように痛くなった。
「彼女と会えばいいんじゃないのか」
「…彼女って?」
 悠馬は怒ったような顔をした。イライラと頭をかいた後、乱暴に肩をつかまれる。
 ――唇が重なった。
「俺って、ただの友達にキスするほど、悪い男?」
 びっくりして、頬が熱くなって、恥ずかしくて…咄嗟にうつむく。
「誰かから、俺に彼女がいるとか聞いた?」
 頷くと、それお前のことじゃん、と悠馬が呟いた。
「……付き合ってるとか、知らなかった」
「おまえほんと、ばかだなあ」
 笑って、頭をなでられた。
 熱いなにかが喉の奥からせりあがってきて、しばらくずっと、息を殺していた。