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卒業

「卒業式でー泣かないーと冷たい人と言われそおー」

 眼下に別れを惜しんで泣いている女子があちらこちらに見えた。
 屋上から下を見ながら、あいつは古い歌を歌った。

「女って浸るなあ。会おうと思えばいつだって会えるくせにさあ」
「いいだろ別に。それより卒業ソングだったらいくらでも他にあるだろ。
そんな昔の曲、チョイスすんなよ。」
「お袋の十八番だよ。いいだろ。わかるお前もお前だけどな」
 そういってあいつは笑った。
「お前、親とカラオケに行くのか。すげえな」
「俺しか相手いないじゃん。会社のストレス発散カラオケなんだから」
「それでも普通はいかねーよ」
 卒業証書が入った筒を手に持ちながら、なんとなくこの場から離れがたくて、
俺達はさっきからなんでもない話をしていた。
「歌詞なんかみないで歌えるぜ。でもー、もおっとー」
「うわー、やめろー、耳が腐るー」
 俺が耳をふさいごうとしたら、それを阻止するようにあいつに腕をつかまれた。
お互いに近くなった距離に気まずくなり、あいつの方が先に目をそらした。

 日が暮れて、さっきまで大量にあった制服の群れはまばらになっていく。 しばらく沈黙が続いた後、あいつがポツンとつぶやく。
「今日でもうここに来なくてもいいんだなあ」
「なにそれ、お前学校嫌いだったの?」
「嫌いじゃなかったけどさ。楽しかったし」
「まあね」
「でも、なんか苦しかった」
「そうだな」
「すごく苦しかった。やっとそれから解放されると思うと涙が出る」
 顔を下にして俺に見せないようにしていた。
 もしかしたら本当に泣いていたかもしれない。

「お前、卒業アルバムに変なこと書いてたな」
「いい会社に就職して、結婚して、幸せな家庭を作るってどこが変?」
「当たり前な事を書きすぎて変だっつってんの」
「バーカ、今はその当たり前のことが大変な時代なんだよ」
「じゃあな」
「ああ」
 またなという言葉も喉の奥にひっかかった。
言えなかったのか、言わなかったのか、それは自分でもわからない。

 お互いの間に薄い壁を作ったまま、俺達はここを出る。
 こんな壁は簡単に崩せたかもしれないのに、俺達にはそんな勇気も、
こんなことはたいしたことじゃないと笑い飛ばせるほどの無神経さもなかった。

 毎日同じ場所に来れば会える。たわいもない会話で日が暮れる。
体に触れても何も不自然じゃない、そんな環境が今日で終わる。

 屋上から降りる途中の階段で、「女みてー」と同級生に笑われた。
そう言われて自分の頬が濡れているのに気がついた。